テオドールの記憶⑤
小さなライラは純真無垢な女の子。初めて会ったテオドールが大好きです。
――りゅう、って竜の事か?
母フィリアがいつも話してくれていた。アイルノルト辺境の事、竜の一族の話。
「君は、竜の一族なの?」
幼女はにこっと笑って首肯する。頬がほんのり桃色に染まっていてとても愛らしい幼女だ。
「あたしライラ。おなまえおしえて」
嬉しそうに微笑むライラにテオドールは胸が暖かくなる。
「テオドールだよ。テオでいいよ、長いから」
「ておどーる。てお!」
ライラは嬉しそうにぴょんと跳ねる。その仕草がかわいくてテオドールはライラの頭を何度も撫でた。
血だらけの格好をしているのに頓着なくライラがテオドールに飛びつく。驚いてライラを引きはがした。
「僕、汚いよ!血だらけだし泥だらけだし・・・。あっ!母上が、殺されて・・・」
現実に引き戻されて逃げてきた方角を振り返る。走ってきた方角からは何も見えない、鬱蒼とした樹海が広がるだけ。先ほど吹き飛ばされた暗殺者がいた場所は血だまりが出来ていた。暗殺者の身に何が起きたのかはわからないが気絶した筈の姿がどこにもない。だが、あの血の量なら絶命しているだろう。魔獣に食われたか。
「てお、いいにおい!!」
「えっ? 血生臭くない?汗臭いし・・・。それより、竜の一族だから大丈夫って意味わからないんだけど。」
「おおきいにーさまと、ゆぐさまのとこいくから、だいじょぶ」
「ライラの兄上? ユグ様? それで見える様になるの?」
「うーん。わかんない! でも視えてるからだいじょぶ!」
ライラは嬉しそうに汚れたテオドールにくっつきながら話す。血で汚れていて汚いと何度かライラを引きはがすが、すぐに飛びついてくる。そんなライラが可愛くて見つめているとアイルノルトの騎士達が暗殺者を始末し終え、テオドールに追いついた。
騎士の一人、灰茶色の髪のザックと名乗る背の高い騎士がテオドールの前に膝をつく。
「テオドール様、お怪我なさいましたか!? 大量の血痕がありますが、何があったのでしょうか?」
慌てた様子のザックにテオドールは首を振る。左眼を抉られ殺されそうになったがライラが助けてくれた。
この小さな身体で、何をどうやってあの暗殺者を吹っ飛ばしたんだろう。
それに、木に叩きつけられて気絶したはずの暗殺者は血溜まりを残していつの間にか消えている。不穏な事だらけだ。
「・・・ここでは不思議な事が頻繁に起こります。血の匂いに刺激されて魔物が移動し始めます。
この場所から離れたほうがいいでしょう」
ザックはテオドールの身体を一通り見て怪我がないのを確認すると、後ろに控えた残りの騎士に目配せする。
どこからか真っ黒な大きな馬が歩いてきて、みな、それぞれ騎乗する。
「テオドール様、行きましょう。ダスティン様にフィリア様の事をお伝えせねば・・・」
眉間に皺を寄せ唇をきつく噛むザックは怒りに震えている。
ああ、母は死んだのだ。あの暴徒たちによって無残に切り殺された。テオドールを庇って。
自分も左眼を奪われ、今は左眼がライラの眼になっている。どういう理屈かはわからないが。
「テオドール様、瞳の色が左右違いますが・・・? オッドアイではなかったですよね!?」
ザックは慌ててテオドールの頬を支えて瞳を見る。確か、テオドールは母フィリアと同じ薄紫色の瞳だったはず。フィリアはアイルノルト辺境領地には帰っていなかったがテオドールは何度か辺境伯に会いに領地に来ていたから見知っている。
それが今は左が金色になっている。不思議な揺らめきの金色にザックは唾を呑む。そして、テオドールの腰のあたりに腕を回してくっつく小さな女の子を見る。
小首をかしげてザックを見上げる幼女は瑠璃色の髪で金色と薄紫の瞳をしている。
――瞳の色がテオドール様と同じだ。どういう事だ?
「・・・これは、ライラが見える様にしてくれたんだ。自分の左眼を、僕に・・・」
テオドールは俯きながら小さな声で呟く。ギュッと拳を握りしめて身体が震える。
「・・・お眼をやられていたなんて。しかし、そんな事ができるのですか・・・?」
ザックは畏怖の気持ちを隠しながらごくり、と唾を飲む。いまだ、テオドールにくっついている幼女に視線を落とすとライラは目を細めてにっこり笑った。
「・・・・かわいい、ですね」
思わず零れた声に反射的にテオドールはザックを睨む。そして、サッと背後にライラを隠した。
「ザック・・・」
ギリっと歯ぎしりが聞こえる程、歯を食いしばりザックを睨みつけるテオドールにザックは慌てて両手を振って謝罪した。
「すいません!すいません!!違いますよ、邪な気持ちはありませんって!」
ひとしきり睨まれてからザックはライラも一緒にテオドールを馬に乗せ、アイルノルト城に戻った。移動の間、ザックはずっとテオドールに睨まれていた。
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