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はじまりの世界の終わり~プロローグ~

前作モブ令嬢がこちらの長編の番外編版でした。

前作の登場人物が多数出てきます。

かなり長くなるかと思いますが、お付き合いいただけると嬉しいです。

曇天の空は暗く重い。

薄汚れた空はついぞ晴れる事はなかった。汚い煤が大気に混じり身体に沁みついて心までも汚していくように感じる。じわり、と身の内が汚れていく。


この世界線では、人間同士が欲望のままに突き進んだ結果、崩壊を辿った。

かつて栄華を極めた都市も、国自体もない。廃墟と化したかつての国々は生物を受け付けぬ不毛の地となった。有毒ガスが大気を汚染し、生きとし生けるものを排除し、あらゆる生態系を破壊した汚染物は許されざるモノを生んだ。ソレ(・・)が人々を狩り、この世界を地獄に変えていった。対抗するためにあらゆる兵器を生み出した人間は、ソレらとともに世界を壊した。


世界は、崩壊に向かっている。

煤が少しづつ剥がれて、やがてこの地に住む全てのモノが”無”になるのだろう。

そして、何億年もかけてまた新しい世界線ができるのだ。そうやって、『世界』は崩壊と再生を繰り返していく。


天に突きあげた手を下ろし、汚れた大地を背に大きく息を吐く。右手を天に突きあげて己の汚れた甲を見る。

女だというのに硬く、ぼろぼろの指先。陽の光など見たこともないから肌は灼けていない。

得体のしれないモノと戦ってきたから筋力はあった。髪は元の色がどんなのかも興味ない。

自分を映す物はないから顔貌もわからない。ただ、仲間たちは顔の造形を褒めていたかもしれない。

その仲間はとうに亡くなった。


此処はもう終わり。大事なものは、もうない。全部なくなってしまった。守る者もいない、仲間もいなくなったし、愛する人はできなかった。ただ、生きる事が全てだったから。物心ついたころには此処にいて必死に生きていただけ。親なんて知らない。


このまま、目を閉じてこの世界と共に終わるのもいい。精一杯、生きたから。

人よりも強い”力”に恵まれた為に、長く苦しんだ。同じ”力”を持った者ももういない。

戦争の道具に利用されて、みんな死んでしまった・・・。



――なんの為に生まれてきたんだろう。

――利用されるため?



そんなのは悲しすぎる。みんな幸せになりたかった。



煤が激しく、濃度が増してきた。崩壊は目の前だろう。

空が黒い。生まれてから一度も『青い空』を見たことがない。一度でいいから『青い空』をみてみたかったな、と涙が出た。この世界と一緒に心中か、と呟いた声は音にならなかった。

意識が遠のく。目を閉じると白が見える。眩しい、光? 白い、薄暗い色しか知らなかったから白い空間が

光の中のように眩しく感じる。

――白って眩しいんだなぁ・・・。


光の中に包まれていくような感覚のまま、『わたし』としての意識はなくなった。




「やあ、お目覚めかな?」

いかにも軽そうな調子の声が頭に響く。意識が急激に浮上して若干、気持ち悪い。

世界の崩壊とともに『わたし』も消滅したはずなのに、何故か肉体を感じる。

寝転がったまま、重い頭を巡らせてみると、死を感じた時と同じ“白い空間”にいた。


白は眩しい、と初めて知って目を細める。視線の先に小さなテーブルとイスが2脚あって、一つに白髪の子供が座ってこちらを見ている。服も白い。顔は、なんだか兵舎で給仕をしていた男の子?女の子?に似ている。


「・・・もしかして、給仕の子? 逃げてこれたの?」

掠れたが声は出る。煤を吸ったせいで喉がピリピリと痛い。痛覚があるという事は死んでいないんだろうか。

喉に手をやりながら男の子を見た。


「わあ、やっぱり僕を認識できるんだね、お嬢さん」

「? 給仕の子じゃないの?」

「そう見える? お嬢さんの心に残った子に見えるのかもね。」

クスッと笑って、椅子から立ち上がり傍らに膝をついて顔を覗き込まれる。白い、眩しいと顔を顰めた。


「名前は・・・、ライラだよね?」

「なんで・・・」

名前を知っているのか。


「ふふ、僕は『世界線』の番人さ。あまり人や時間には介入しないんだけど、気まぐれを起こす時もある。

まさに今がその時なんだけど」

楽しそうに笑いながら、ライラに人差し指を立てる。

「ライラの“力”が強くて思わず引っ張ってきちゃった! その潜在能力すごいね、さっきまでいた世界では大変だったんじゃない?」


ああ、と起き上がりながらライラは何でもないように言う。

「・・・全部、使ってたわけじゃないよ。崩壊する前はちゃんと隠してたよ。」

「うん。ライラほど潜在能力が強い子はあの世界にはいなかったからさ、ライラだけ連れてこれたんだ。」

「あなた、神様?」

首を傾げてライラは白い少年、――のような子供をみた。

「違うよ。番人だっていったでしょう? ――お茶、どうぞ」

番人の少年は先ほどのテーブルに移動してテーブルをとん、と叩く。すると湯気の出た紅茶の入ったティーカップが二つと焼き菓子の盛ってある皿がセットされた。

ライラはその様子を口をぽかんと開けて見ていた。何もない空間から茶器が出た、なんだろう、これは。


さあさあ、と空いたもう一つの椅子を引いてライラに手招きをして誘う。


「本当は、ライラには僕と一緒に『世界線の番人』をやってもらおうかな~と思ったんだけど」

紅茶の入ったティーカップをライラの前に押しながら焼き菓子も勧める。呆然と座るライラに番人の少年は続けた。それは少し無理そうかなぁ、と“番人”は言った。

「ライラは元の世界線に戻してあげなきゃいけなくてさ。本当は一緒に番人してもらいたいんだよ~。

 でも、あの方(・・・)がダメだって言うからさ。」

「元の世界線に戻る?」

「う~ん、ライラは今、知らなくて大丈夫! でも、ただ世界線を移すって難しいから理由付けが必要で、面倒くさいんだけど・・・」

眉間に皺を寄せながらぶつぶつと独り言のように呟いている番人の少年をちらりと横目で見る。

入れてくれた茶器にそっと手をつけて、お茶をこくりと飲んだ。――甘いお茶だ。


「ちょっと気になる子がいるから見て。どうしたいかはライラが決めていいんだけど。」

「え?」

大事な事だよ~と、しれっと言われライラはカップから視線を少年に移す。

「見てみて、この子。」

もしかしたら死んじゃうかも、と少年は言いながらどこから出したのか、ズイッと水盆を出しそれを叩く。

水の入った盆は叩かれた振動で波紋を広げると、何かを映し出した。

「ライラが戻るには、この子が条件だからさ」

言われた意味がわからなかったがライラは水盆に映し出された映像を見る。


小汚い部屋に黒くうずくまっている子が見える。部屋は石造りで暗く、不衛生に見えた。

ライラの世界の建物と何ら変わらない様子のその部屋には赤黒いモノ、どうやら子供が寝転がっている。

さっきからぴくりとも動かないその子は何となく少女のように見えた。丸みを帯びた身体が浅い息で

僅かに上下している。


「ここに映ってる世界も私の世界と同じ?」

“番人“は首を振る。

「ライラがいた世界線は壊れちゃったからあれで終わりだよ。休息期に入っているから再生までは気が遠くなる年月がかかるだろうね。それだけひどく壊れてしまったから」

「・・・でも、似てる。」

「それはこの子の置かれている室内が、でしょう?」

「それもだけど・・・、こんな子ばかりだったから」


ライラはあまり心揺らされたような感じではない。今まで見慣れてきた光景だったため、特に心が揺さぶられる事ではないのだ。崩壊までを経験した後だ、感情が麻痺している状態でもある。


「あのね。ライラ達の世界線の人間は異常だったんだよ。あんな状態を人口の8割以上は経験していた。でも、そんなの普通じゃないんだ」

きょとんとして“番人”を見る。ライラよりも身長の低い“番人”を見下ろす感じになるが、ライラは思った言葉を口にした。

「普通がわからない」

だろうね、と“番人”は大仰にため息をつく。


「この子、虐待されててね。どう?助けてあげたいと思う?」

「・・・助けるって、なんで?」

 “番人”は目を瞬かせる。驚いたな、とまじまじとライラを見た。


「だって・・・。ずっとこの子を私が助けられるわけじゃない。自分で立ち上がらなければまた同じ目にあう。自分で打破しないと「待って、待って!」

ライラが持論を展開する前に“番人”が言葉を被せる様に止めに入る。ライラはギュッと一文字に口を結ぶ。

言葉を止められて少し不快に思った。まだ言いたい事があるのに、間違った事を言ったつもりもない。


「ライラ・・・。君は最後のほうはずっと何年も一人で戦ってきたから感覚が麻痺してしまったんだろうけど。君は僕が給仕の子に見えるんだろう?初めに言った。その子はライラにとって大事な子なはずなんだ。」

「・・・そうだった? まだ私が小さい時、給仕の子は私より小さかったけど・・・、よく一緒に働いたの。名前・・・忘れちゃって・・・」

悲しそうに俯く。小さな女の子か男の子。性別も思い出せない。幼く機敏に動けないお互いを助け合って働いた。硬くなって廃棄寸前のパンを二人でちぎって食べた。病気になればこっそり休ませて、なけなしの食料を運んで互いを守り合った。

やがて世界中で原因不明の症状で人々は倒れた。一向に治らない病。伝染病が蔓延していた都市で弱者の子供から次々罹患していった。体調を崩し、起き上がれなくなるのはあっという間だった。その子も例外じゃない。



「・・・グスッ」

ライラは鼻を啜る。思い出してしまった、忘れていた感情に心が追い付かない。あの時、強く思った事は

――また一人になる・・・。


「・・・思い出したの?」

優しい口調で顔を覗き込まれる。瞳からぽたぽたと零れ落ちる涙を拭う事無く水盆の少女らしきモノを

見つめる。でも、この感情は給仕の子を思いやる気持ちではなくて、自分がひとりになる寂しさが溢れてきた感情だった。ひとりになりたくなくて必死に看病した。ライラは嗚咽混じりに吐露する。



「違うよ。みんな、ひとりでいるのは辛いから、助け合って寄り添って生きていくんだよ。置いて行かれて寂しいのはみんな同じなんだよ」

思い出して?とライラの背をさする。

「かつて、同じような子を君は助けたはずだよ?」

ゆっくりした口調の“番人”の声がライラを感情の波から掬い出す。ライラは“番人”を涙で濡らした瞳で捉える。

なんの事? 給仕の子とは助け合って生きていただけ。“番人”の話はあちこちに飛んでいまいちよくわからない。


でも何かを誘導するような話し方をする。――今も・・・



「――その片眼、どうしたの?」



「眼・・・」



――左眼が、ない。



言われてはっとする。自分の身の情報が急激に戻ってくる。左手で左眼を覆う。ライラは隻眼だった。

気が付いたら左眼はなかったから。眼帯がわりに黒い布を巻いている。視力はない。

震える手で布をほどくと黒い布の下は、輝きのない左眼、眼球の代わりに魔石が入っている。

水盆の水が鏡となって己の顔を映し出す。右眼は金色の瞳、左は薄紫色の瞳。

――どうやって入れたのかな? 綺麗な薄紫、まるで紫水晶を思わせる美しい色。



「わからない。でも、この色が好き・・・。」

「うん、そうだね。きれいな色だねぇ。思い出すのはもう無理かなぁ、かわいそうに。」

「何を思い出すの? 眼の事? ・・・多分、いい事をしたのだと思う。」

「へえ?」

おどけたような“番人”の声が、ライラにはなぜか恥ずかしく感じた。


「・・・何となく。わたし、あの子を助けたほうがいいの?」

ライラは水盆を指さす。小さく蹲る黒い塊と化した少女らしきもの。

「そうして欲しいんだ。僕は人には介入しないんだけどさ、ライラはまだ死んでいなかったからこちらに引っ張った。でも、君はちょっと特別なんだよね。だから引っ張ってこれたって言えるんだけど・・・。」


“番人”はちょっと言葉を区切ってから考えるように顎に手をやる。うーん、と唸りながらどうしようかと悩んでる風だ。ライラはちらりと“番人”に目をやり、左手で左眼をさする。水盆の中?の世界から暖かいものが流れているような気がする。

“番人”はじっと水盆に魅入っているライラに視線をやると、ひとつ頷いて言った。


「もしかして行きたいのかい? その世界へ」

はじかれたように顔を上げるライラに“番人”はにやっと笑う。

「条件は、その子を助けてやることだよ」


ライラはもう一度水盆を見る。

「助けるって、どこまで? ずっとそばにいないとダメ?」

「ライラが、大丈夫だなって思えるまで」

その言葉の意味に首を傾げてしまう。この状況を打破したら、大丈夫なのではないだろうか。



「ふふ。どうなるか、楽しみだよ! じゃあ、この世界線に君を送るよ!もしかしたら本来の姿に一時戻ってしまうかもしれない。もともとはココが君のいた世界線だったからさ」

「え」

「君はさっきまでいた世界線に放り込まれたんだよ。――悪意にね」



――悪意。

ぞわり、と背筋に悪寒が走る。ソレ(・・)を知っている。



コワイモノ(・・・・・)



「僕はあまり介入しないけど、この世界線は特別強固な世界線だ。類似の世界線は存在していない。この世界線の中にだけは、世界樹があるから」

「世界樹」

「守っているのは、――だ」

「? 聞こえなかった、もう一回」

「戻るんだ、あの子を助けてあげて。それが戻る条件だから」


水盆から水が溢れてライラの足元にみるみる水溜まりを作る。それは湖のように広範囲に拡がりライラを中心に波紋を作る。飛沫をあげて激しくなる渦の中心にライラはいる。風までも吹き巻いてライラは大きな声で“番人”を呼んだ。



「まだ聞きたい事があるのに! ――っ」

逆巻く風と渦の中に吸い込まれるようにライラは呑まれていった。硬く目を閉じて顔を両腕で覆う。

頭の中で“番人”の声がする。



『君の潜在能力はそのままだよ。元から持っていた“力”は左眼を代償に使用不可能になってしまったから。その代わりに目覚められた能力だったんだよ。さすが、――だよね』




水の中を潜るように意識も下降していく。

“番人”の空間から抜け、急速に大気を感じる。あの世界とは違う、懐かしい大気だ。





わたしはまた、大地に立つ。――初めての陽の光の下へ。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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