第9話 アキレウスの盾
「お仲間が吹き飛んで飛び降りちゃったけど良いの?」
「あら、あなたも居たのね。ラーファ」
「やっぱり、あなたは誰の事も仲間なんて思ってないのね。薄情な女」
「人にはいろんな愛の形があるのよ。あれが二人の愛の形。そこに私たちが水を差すのも野暮でしょ。あなただってこんな姿になっても勇者に執着してる。少しは気持ちが分かるんじゃないかしら」
「あなたにも分からせてあげる。愛する人を失う気持ちを。そうすれば私の気持ちも飛び降りた彼女の気持ちも分かるようになる」
「私だったら、あなたたちを殺して私も死ぬわ。それが私の愛の形。メルこそが私の生きる意味。だから、勇者も殺したのよ」
首なしの勇者の陰からひょっこり姿を見せたラーファを嘲笑する様な声色で、アルメイスが言うとラーファは苛立ちを隠そうともしなかったが、一旦気持ちを落ち着ける様に深呼吸をすると今度は、見下ろすような2人表情をした。
「それにゾンビたちに釣られてのこのこあらわれるなんて追われてる警戒心が無さすぎるんじゃないの?」
「俺たちが何時逃げたって?」
「そう思ってるのはあなただけよ」
「そんな余裕を保ってられるのは今だけ。やっちゃって、私のネルセス」
ラーファが命じると首なしの勇者は、腰に差してあった剣を抜いて走り出した。
「速いけどかわせないほどじゃない」
「油断しないでこの程度は遊びみたいなものよ」
その突進を2人は両サイドに身を翻して避けた。
「「裏名川流抜刀術単竜」」
両サイドからの抜刀術は、首なしの勇者を切り裂くことなく、障壁によって防がれた。
「これが、アキレウスの盾」
勇者には聖痕から引き出される力として様々な力を与えられる。
ネルセスの与えられた力は、あらゆる攻撃から守る盾であるアキレウスの盾と言うものがある。
完全自動防御で、自らに向かってくる攻撃となりうるものを全て弾いてしまう。
「アルメイス。お前どうやってこいつ斬ったんだよ」
「完全防御って言ってもオンオフは出来るのよ。じゃないと飛んできた虫とかも全部弾いちゃうから」
「なるほど、今は意識がほとんど飛んでるからフルオート状態と。どうすんだよ」
「ハハハ、絶望した?そうよ。そこの女に不意打ちされなければ私の勇者は無敵なの」
「自分の所有を激しく主張するのは、余裕のなさがバレるわよ」
そう言ってアルメイスは、もう一度刀を振るい盾に攻撃を仕掛ける。
「無駄なあがき。諦めて。恐怖に震えなさいよ」
「盾の力を授かった勇者が死んだ例は枚挙にないわ。その死に方は不意打ちだけじゃない。勇者の盾も割れるの」
「そんなわけ…」
「あなただって知ってるでしょ。私が勇者の死に様の史料を読み漁ってた事は」
「やっぱり、あれはネルセスを殺すために」
「ええ、そうよ。不意打ちがうまくいかなければ正面から倒すしかないものね」
アルメイスは、勇者を守るためと誤魔化していたが旅をする先々で、その土地に残る勇者の最後の伝説や文献を探していた。
その調査の結果、盾の力を授かった勇者も盾を割られて死んでいる事が分かり、アルメイスは、最終手段としてそれの方法を考えていた。
「私を含めて人間の最高火力では壊せない。なら何度でも当てるまでよ」
ラーファに宣言したアルメイスは、メルセスに視線で合図をする。
「よし、そうと分かれば、叩くなら壊れるまでだ」
「「裏名川流風花雪月」」
両側からの風と花と雪と月をイメージした四連撃は、やはりアキレウスの盾に防がれる。
「 」
首なしの勇者も黙ってサンドバックになっているわけもなく反撃の竜巻が首なしの勇者を中心に巻き起こる。
「裏名川流剣術大車輪」
メルセスがその竜巻に怯むことなく、渦の中心に飛び上がり、そこから回転しながら落下し遠心力と全体重を乗せた一撃を放つがこれも防御される。
「強力な一撃も当たらなければどうと言う事は無い」
「何してるのネルセス。そんな奴らさっさと蹴散らしてよ」
「 」
ラーファの言葉に反応するように首なしの勇者が、七つの首を持つ風の龍を出現させた。
「防御任せたぞ」
「分かったわ」
攻撃を防がれ龍にの一体に襲われかけたメルセスは、飛び退いてアルメイスと合流すると手短に話し合い役割分担を決めた。
龍からの防御を全てアルメイスに任せたメルセスは、抜刀の構えを取ったまま、勢いよく地面を蹴りながらスピードを上げると首なしの勇者に向かった。
「そんな突撃が私の勇者に通用するわけないでしょ」
「心配しないで。私がさせるから」
その言葉通りメルセスに迫りくる風の龍を片っ端からアルメイスが叩き落としていくとメルセスが刀の斬撃範囲に首なしの勇者を捉える。
「裏名川流抜刀術刻死無双」」
一歩一歩の力を一切無駄にせず斬撃に乗せた一撃に今まで違う感触を受け取ったメルセスは笑った。
「こいつは確かに割れそうだ」
「そうでしょ。でも、浮かれちゃダメ。かつての勇者には盾に皹を入れられても軍隊の攻撃を耐えきってかった勇者も居るから。むしろここからが本番」
「油断は無いさ」
「ならいいわ」
「何でよ。何であなたたちはそんなに…笑っていられるのよ」
勇者と言う強大な力を前に恐怖を感じるどころか笑顔で勇者の攻撃を捌き切り、あまつさえ勇者の盾を割ろうとしている2人を見たラーファは戦慄を覚えて思わずつぶやいた。
「そんなの決まってるわ。メルと一緒に戦っている時間は私の至福の時なの。楽しくないわけないじゃない」
「幼いころ勇者になってアルメイスと共に旅する夢を見た。その夢がかなわないと分かった時の絶望から立ち直って得た希望これさえあれば。どんな絶望も笑えるさ」
「ただ勇者の後ろで守られながらちょこちょこやってたあなたには分からないでしょうね。互いの命をそばに感じるこの幸福は」
戦慄するラーファに2人は勝ち誇ったように説明する。
それがラーファにとってのダメージとなると分かっているからだ。
「お前は黙ってそこで見てるんだな」