夫の激しい嫉妬から家庭暴力へ
◇◇◇◇◇
望海は大きな丸いケーキの乗ったトレーを両手で持ち、窓の外を見ている。
「高清さん、遅いな。運転、大丈夫かしら……」
独りごとを言いおわらないうちに、ドアの開く音がした。
望海は笑顔で夫を出迎える。
「おかえりなさい。今日は初めての結婚記念日……」
パシーーン!
酒のにおいをプンプンさせた高清が、いきなり望海にビンタをくらわせた。望海はよろめき、手の中のケーキが床に落ちて無残にくずれた。
望海は頬をおさえ、ぼう然とする。いつも穏やかで優しい高清が暴力を振るうなど、とても信じられなかった。
「そんなに五条家の財産が欲しいのか?」
高清がどなる。
「家族の借金を返すためなんだろ? 人に頼んで僕をひき殺そうとしたことも、わかってるんだ」
望海は、わけがわからず首を振る。
「何を言ってるの? 私そんなこと……」
高清は、目を真っ赤に充血させている。もはや理性など残っていないらしく、乱暴に望海の両肩をつかむと、壁に押しつけた。
「雪乃が命がけで守ってくれなきゃ、今ごろ病院のベッドで寝てるのは、この僕だったはずだ!」
高清は、ものすごい形相で望海をにらみつけている。
「僕たちは夫婦なんだぞ。よくもあんなひどいことができるな」
望海の頭が真っ白になる。
(私が高清さんをひき殺す?)
それは、ありえないことだ。今日、望海の車は盗難にあっていたのだ。雅が慌てて説明しようとしたときだった。
「しかも他の男と……」
耳を疑うような高清のセリフに、雅はことばを失った。
高清は、望海の胸元に目を落とす。激しい嫉妬とアルコールのせいで完全に自制心を失っている。彼は乱暴に望海の手を引き寝室に連れてゆくと、ベッドに放りなげた。
「カネ目当てで結婚したなら、妻のつとめを果たしてもらうまでだ!」
よく知っているはずの夫が、見知らぬ人のように思える。怖くて息がうまく吸えない。
「高清さん、私がそんなことすると思う?」
高清はネクタイをゆるめ、上着を脱ぎすてると望海を上から組みふせた。
「お前なんか、欲望のはけ口でしかない」
ギラギラした瞳とは対照的に、その声はぞっとするほど冷たい。
望海の心が絶望に支配される。
高清が大きな手で彼女の太ももをこすり、乱暴に指を立てた。
「痛い……」
けれど、それとは比べものにならないほどに心が痛い。
高清は冷ややかな笑みを浮かべ、手のひらをスカートの中へとさし込んでゆく。
「林田と寝るときも、そうやって嫌がるふりするのか?」
高清は乱暴に望海のからだをまさぐりながら、ゲスな質問を投げかけてくる。
望海の目に涙があふれる。
「急に何を言いだすの? 高清さん、何か誤解してる……」
「誤解だ? ふん、幼なじみのあいつと、僕に隠れて浮気してたんだろ」
高清は素早くベッドからおりると、脱ぎすてた上着の内ポケットから写真を取りだし、望海に向かって投げつけた。
望海は身を起こし、震える指先で写真を拾いあげる。
「そ、そんな……」
望海は背筋が凍った。男女がキスをしている写真だった。
そこに写っているのは、たしかに望海と幼なじみの林田蓮だ。けれど望海は、誓ってキスなどしていない。体調をくずし、めまいがして倒れそうになった望海を、蓮が抱きとめて助けてくれたのだ。その瞬間を、誰かが意図的に角度を調整し、まるでキスをしているかのように写したとしか考えられない。
それにしても、わざわざ「キスシーン」の写真を撮って、高清に送りつけた人物の目的は、いったいなんだったのか。
望海が誤解を解こうと口を開いた瞬間、ベッドの上で望海のスマホが鳴り、ディスプレイに「林田連」の3文字が表示された。
「浮気相手から電話だぞ。何が誤解だ!」
逆上した高清は、激しく望海を押し倒す。そしてディスプレイの「応答」のアイコンをタッチした。