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姉との対決

高清(こうせい)の手が(みやび)の足首に触れた。

 そのとたん、雅の脳裏にかつて親密だったころの記憶がよみがえり、からだが熱くなるような感覚をおぼえる。

「あの……」

 雅は、高清の手から逃れるように少しだけ脚を浮かせた。そのせいで余計にあらわになった足首を、すぐにスカートの(すそ)で隠す。

 ほんの一瞬のできごとではあったが、雅の目的を達成するには十分な時間だった。その目的とは、足首にある花の形をした傷あとを高清に見せることだ。

「その傷……」

 驚きの声をあげた高清は、こめかみに指を当て軽く頭を振った。

(ふふ、気づいたのね)

 雅は満足そうに高清をみつめる。実は望海(のぞみ)の足首にも、雅の傷と同じような花の形をしたアザがあったのだ。

 雅は転生し復讐(ふくしゅう)を誓ったあと、高清を誘惑するために、わざと同じ場所に似たような傷をつけておいたのだ。というのも、この雅の()せて貧弱なからだを、もとのように美しく魅惑(みわく)的に復活させるには、とうてい時間が足りなかったからだ。そこで、いちばん手っ取り早く高清の興味を引くことにした。

 男の気を引く最も効果的な方法は、その男の心の奥に(きざ)まれた欲望を刺激(しげき)することだ。性格の良さや見た目の美しさなどは、二の次といっても過言ではない。

 雅は視覚的に「望海」の記憶を呼び起こすことで、高清の欲望を刺激した。

 これは雅として高清に愛されるための第一歩なのだ。最終的には、彼がふたたび望海を愛するようしむけてゆく。そうしてクズ男を完全に望海の(とりこ)にしておいてから、その愛を思い切り踏みにじるつもりだった。

(私と同じ苦しみを味わわせてやる)

 雅は瞳の奥で深い憎しみの炎を燃やす。けれど、そんな感情はおくびにも出さず、目のふちにたまった涙をあふれさせた。

「社長……ごめんなさい……」

 雅の声を聞き、高清はわれに返った。

「謝るのは僕のほうだ。驚かせてすまなかった」

 高清は、雅の足首に触れていた手を引っ込めた。

「ただ、君があまりにも似てたから……その……君はいったい……?」

「雅です……蘇我雪乃(そがゆきの)の妹の……」

 消え入りそうな声で名前を告げる。そしてすぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らずまた座り込んでしまった。

 高清の視線がふたたび、花の形をした傷あとに(そそ)がれる。高清は、おもむろに足元に転がっている黒いハイヒールを拾いあげると、雅の足をそっと持ちあげた。

(うそっ、まさか()かせてくれるつもり?)

 まったく予想外のできごとに、雅のからだがこわばる。高清のあまりに自然な動きに、胸の高鳴りがおさえられない。

 雅は、目の前に次々と現れる幸せだった日の思い出を、あわててはらいのける。

(ダメよ!)

 いまはあのころの思い出にひたっている場合ではない。過去がどれほど美しくても、雅がこうむった裏切りを考えれば、やはり高清は恨むべき存在なのだ。心の中で、真逆の感情がせめぎあう。

 そのとき、前方から車椅子のモーター音が聞こえてきた。そのおかげで、雅は冷静さを取りもどすことができた。

 (かたき)を地獄に落としたいなら、まず自分が地獄に落ちなくてはならない。そのために、いちばん必要のないもの、それは「愛」だ。そして自分が持っているものをすべて捨てさる覚悟がなければならない。なぜなら、いま彼女が生きている唯一の理由は「復讐」なのだから。

 雅は深く息を吸って相手を(むか)え撃つ覚悟を決めた。

「社長、そこまでしていただかなくても」

 雅は、あわてて立ちあがるそぶりをみせ、よろける。高清は思わず手をさしのべ、雅と手をにぎりあう形になった。

 すでに雪乃の車椅子は、背後にせまっていた。

「そこで何してるの?」

 雪乃の声は落ち着いている。いわゆる「よそゆき」のそれだ。

 雅は「お姉ちゃん」と呼びかけてから、困ったような顔をして事情を説明する。

「転びそうになったから、社長が助けてくれたの」

 雅に「お姉ちゃん」と呼びかけられた雪乃は、けげんそうな顔をしている。

 そんな雪乃の反応を敏感に察知した雅は、内心あせっていた。なるべく雪乃と視線をあわせないよう視線を(くう)に漂わせる。そして両手の人さし指でひっきりなしにドレスの端をかき回し、精神の不安定さをアピールした。

 雅は、夢にも思っていなかったのだ。まさか本物の雅が、雪乃とまともに話をしなくなってかなりの月日がたっていること、ましてや「お姉ちゃん」などと呼ぶはずもないことを。


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