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転生したら宿敵の妹になっていた


「うっ!」

 胸に、まるで誰かに心臓をわしづかみにされているかのような激痛が走った。

 映像にうつる男の顔は、死角になっていて見えない。けれど、腕にはめた数量限定のハイブランドの時計とオフィスの内装がすべてを物語っていた。

(私があげた時計!)

 あのオフィスは、明らかに五条(ごじょう)グループの社長室だ。そして雪乃のからだを激しく攻め立てているのは、まさしく望海の夫、高清だった。

 望海はぎゅっと胸を押さえ、雪乃を振り返る。たったいま見た光景を、どうしても現実として受け止めることができなかった。自分の夫が親友と浮気をしていて、しかも会社のオフィスでこんな行為を……。

(やめて! こんなのウソに決まってる!)

 まだ望海は、心のどこかで認めていなかった。

 雪乃は、口の端に意地の悪い()みを浮かべている。

 あからさまに冷酷な悪女と化した雪乃は、伸ばした指先で望海のアゴをつかみ、持ち上げた。

「目を開けてよく見ておくのね! あなたが自分のものだと思ってた男は、実はそうじゃなかったってわけ」

 完全に打ちひしがれ、涙を流す望海を見て、雪乃の表情に狂気の色が増す。

「あはははは。あなたって、昔から私よりいいもの持ってたものね。さすがだわ。あなたの旦那さん、ホント最高だった。腹筋は割れてるし、精力も強すぎでしょ?あの快感……私たち親友どうしで感想を言いあってみたら楽しいかも」

 雪乃は挑発的な言葉を次々と放ち、ふたたびスマホの画面を望海に見せつける。

 高清が荒々しく、雪乃のからだを後ろ向きにさせている姿が、いやおうなしに目に入ってくる。

 胸の鼓動(こどう)が急激に早まり、うまく息ができない。

「薬を……」

 そう言って床に倒れ込んだ望海は、力を振りしぼり雪乃のほうに手を伸ばす。しだいにぼやけてゆく視界の中で、さらに驚くべきことが起きていた。事故で歩けなくなったはずの雪乃が車椅子から立ちあがっていたのだ。

「だ……だましたのね……」

 望海は、肺にわずかに残っていた息をしぼりだし、うめくように言った。もう動くこともできない。ただ恨みに燃えた目で雪乃をにらみつけ、雪乃の足首をつかもうと、けんめいに手を伸ばした。

 そのようすを見て、雪乃はなんのためらいもなく、望海の手を力いっぱい踏みつけた。

「だから? 何を言われようと私は高清の命の恩人よ。これであなたが死ねば、五条グループの社長夫人の座は私のものね」

(痛い!)

 心が悲鳴を上げている。手の痛みなどとは比べものにならないほど、つらくて苦しい。

(そうか、これは憎悪(ぞうお)だ!)

 自分を裏切った者たちが憎いのは当然ながら、それ以上に、望海は自分のことが憎くてたまらなかった。

(どうして私は、こんなにも弱くて(おろ)かなの?)

 望海は、薄れゆく意識の中で強く願う。

(神様、もう一度だけチャンスをください!)

 もし願いがかなうなら、今度こそ強靱(きょうじん)なメンタルと可憐な美貌を持つ黒い悪女に生まれ変わってみせると心に誓う。そして、このメギツネとクズ男に復讐(ふくしゅう)を果たし、すべてを取りもどすのだと。

(この手で復讐を……)

 目の前の裏切り者につかみかかろうと、最後の気力を振りしぼり伸ばした手は、むなしく(くう)をさまよい床に落ちた。

 最期の瞬間、望海の耳に白々しい言葉がひびいた。

「かわいそうに」

(……かわいそう?)

 雪乃の、心にもない言葉に身の毛がよだつ。

 次の瞬間、望海はカッと目を開けた。

 空中から降り注いでくるまばゆい光に、目がくらむ。ほどなく、それが天井につるされた大きなシャンデリアの光であることに気がついた。

「望海は本当に優しくて素晴らしい女性でした。それなのに心臓病で急に()ってしまうなんて……。私は、彼女のことを決して忘れません。それから、おじさま、おばさま、何か困ってることがあれば、何でも私に言ってくださいね。私は彼女の親友として、ご両親に孝行しますから」

(なんて白々しい女! 吐き気がする!)

 望海は怒りに震え、ガバッと起き上がった。

 どこかの講堂のようだ。

(誰かの葬儀かな?)

 あたりを見まわし、ふと視線を止める。

 祭壇に(かか)げられた写真の中で笑顔を見せているのは……望海ではないか!

 故人を(しの)ぶ黒いリボンと望海が好きだった青い薔薇の花で飾られた祭壇の前には、車椅子に座り、嗚咽(おえつ)する雪乃がいる。

(よくも私の葬儀に出られたものね!!)

 望海はさっと周囲を見渡した。さっきまで横たわっていたのは、講堂の最後列のベンチだった。手元には見慣れないスマホが置いてある。

 黒いディスプレイに、血の気のないやつれた顔がうつっている。望海はその顔に見覚えがあった。雪乃の妹、蘇我雅(そがみやび)だ。

(いったいどうなってるの? 私の魂が雪乃の妹の中に入ったの?)

 あの最期の祈りが神様に通じて、望海を生まれ変わらせてくれたのだろうか。

(えええ! まさか転生?? ウソ! ありえない!)

 この信じられない展開を、どう受け止めていいのかわからず、雅はパニックになった。

 けれど、参列者の心ないうわさ話によって、すぐに現実へと引き戻される。

「彼女が運転する車にひかれて、雪乃さんは脚が不自由になったというのに、ひとつも恨みを口にしないなんて、本当にできた人ね」

(はあ?? なんでそうなるのよ!)

「ほんとそう。故人の前で言うべきじゃないけど、望海って相当な悪女よね」

「五条社長も心が広いわ。自分を殺そうとした女の葬儀をしてあげるんだもの。もし私だったら、とてもじゃないけど無理」

「望海が社長を殺して五条グループの資産を奪おうとしたっていうのは、本当の話なの?」

「先に自分が死んじゃうなんて、これって自業自得よね」

 根も葉もないうわさ話に花を咲かせる参列者たちの声に、心の奥底から(いか)りがあふれだした。

 視線の先には、いまいましい雪乃の顔が見える。

(許せない……)

 「雅」のからだが、わなわなと震えた。これはいわゆる「武者震(むしゃぶる)い」というやつだろう。もはや怒りの感情を通りこし、闘志(とうし)さえわいてくる。

(私は戦う。もう失うものもなんて何もないんだから)

 あのメギツネに命を奪われたばかりか、死んでなお人としての評判も地に落ちてしまった。

 けれど、いまはもう他人から好き勝手に侮辱(ぶじょく)される世間知らずのお嬢様、望海はではない。彼女は誰がどう見ても蘇我家の次女、雅なのだ。

(これは高清と雪乃に復讐する絶好(ぜっこう)のチャンスだ。ふたりまとめて地獄の苦しみを味わわせてやる!)

 雅の瞳が冷ややかな光を放つ。

 空々しいスピーチを終えた雪乃が、講堂を見渡している。

「ふん」と、雅は不満げに鼻を鳴らした。

(あのメギツネ、クズ男を探してるのね?)

 心の中で悪態をついていると、雪乃は車椅子を操り、さっさと講堂から出ていった。

 雅は立ち上がり、急いであとを追った。

(…………!)

 なんということだ。からだが思うように動かない。

「ハァ……ハァ……」

 ほんの数歩進んだだけで、もう息が切れる。

 長年うつ病と拒食症を患っていて、ずっと家に引きこもっていたせいに違いない。もともと美しい容姿の持ち主ではあるが、いまはガリガリに痩せ細り、衰弱しきっていた。

 キョロキョロと視線を走らせるが、もう雪乃の姿はどこにもない。ただ、この建物には見覚えがあった。

(ここって確か、私が在籍してたエンジェル楽団よね?)

 記憶をたどりながら、雅はトイレに向かう。とにかく自分の顔を鏡で確認したかった。

 廊下の角を曲がると、電話をかけながら歩いている高清の後ろ姿が見えた。

 そして高清がトイレの前にさしかかったときだった。突然、開いたドアから手が伸びてきて高清のネクタイをつかんだ。

 高清は体勢を崩し、そのまま中に引っ張り込まれた。




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