大学の大ボスを蹴り飛ばせ
五条高清に突き飛ばされた林田蓮は、駆けつけた警備員らによって取り押さえられた。
高清の母珠美は、やはり顔色ひとつ変えない。息子が殴りあおうが、嫁が血を流そうが、まったく興味がないようだ。
「谷さん、望海さんの生理は、そろそろかしら?」
珠美がたずねると、谷と呼ばれた使用人は慌ててうなずく。
「え、あ、はい、遅れてはいますがこの2、3日中かと」
「おい望海、流産したふりして同情を買うとは、たいした演技派だな」
高清があきれたように言い捨てる。
望海は額に冷や汗を浮かべて、懇願するように高清を見る。
「本当に痛いの。お願い、病院に連れてって」
「ふん」
高清が鼻で笑う。
「僕は弁護士だ。彼女を早く病院へ連れていけ。さもないと法的措置も辞さない」
警備員に腕を押さえつけられていた林田だったが、高清をにらみつけてどなった。
けれど望海をかばおうとする林田の発言が、高清の嫉妬心をさらに燃えあがらせた。
「僕が夫なんだ。関係ないやつはいますぐ出てけ!」
その声を合図に、警備員らは林田を部屋の外へ引きずりだす。そしてそのまま、どしゃ降りの雨の中に転がされた。
林田の目の前で玄関の扉が閉まる。ずぶ濡れのまま扉にかけより、ドンドンとたたいてみるが、もちろん出てくる者などいない。
林田はスマホを取り出し、警察に通報した。
「もしもし警察ですか? 友人が家庭内暴力の被害にあってるんです。すぐに出動してください! 住所は……、なんですか? ……いいえケガというより、おなかが痛いと言ってまして……。救急車? いえ、それだと助けられないかと……もしもし? もしもし?」
無情にも電話が切れる。親族でもない林田が救急車を呼んだところで、家族が拒否すれば救急隊員は中を確認することもできないだろう。ましてや林田が望海の惨状を証明する手立てもない。
林田は、己の無力さを痛感し、怒りにまかせて扉を蹴った。しかし重厚な扉は鈍い音を発するばかりで、びくともしない。
望海の助けを求める声が、耳元でこだまする。
突然、過激な考えが頭をよぎった。
林田は急いで自分の車に駆けもどると、ドアを開けて運転席に乗り込んだ。エンジンをかけ、両手でハンドルをにぎる。
一度目を閉じてから大きく深呼吸をする。目を開けると視線の先には、あの重厚な扉がある。
「こうすれば警察も出動しないわけにはいかないだろ」
林田はブレーキペダルを踏んだままエンジンを何度かふかし、エンジンペダルを思い切り踏み込む。次の瞬間、ブレーキペダルから足を離した。
急発進した車が、猛スピードで扉に突っ込んだ。
◇◇◇◇◇
林田は、きつく目を閉じた。もうこれ以上は思い出したくなかった。この暴挙のせいで、あやうく弁護士資格を失いそうになったのだ。
(高清のクソ野郎が、のんたを監獄に入れたりしなければ……)
そもそも、やつらが望海の心とからだをボロボロになるまで傷つけたりしなければ、彼女が心臓病で命を落とすことなどなかったはずだ。
望海の死後、林田は五条グループを観察し続けた。そしてついに高清が率いるエナジー製薬の問題を突き止めた。
いつまでも悲しみに打ちひしがれている場合ではない。なんとしても望海の濡れ衣を晴らしてやろうと、心に決めていた。
(高清を殺そうとしただと? ふん、バカげてる)
林田がよく知る幼なじみの望海は、そんな女性ではない。
(それにしても、さっきの学生には妙な親近感があったな……)
顔はまったく似ていないのに、どこか望海を思いださせる雰囲気を持っていた。
ドサッ!
突然、鈍い音が聞こえて、林田は現実に引きもどされた。
「何するのよ! よくも蹴ったわね」
見れば歌子が地面に尻と両ひじをついて騒いでいる。
(蹴った???)
林田がもの思いにふけっている間に、雅が歌子を蹴り倒したというのか。蹴られた歌子も、まさか雅に蹴られるとは思ってもみなかったらしく、あっけにとられている。
横にいたミキは、目を丸くしてゴクリとつばをのみこんだ。
「雅ちゃん、本当にあの雅ちゃん?」
ミキが不思議そうに雅の顔をのぞき込む。