不気味なメイクをした女の笑顔
雅は思わず叫びそうになったが、ミキと警備員の視線を感じ、とっさに声をのみ込んだ。
「めまいのせいかな。ちょっと目がかすんでるみたい。これ、本当に私のお母さん?」
雅は瞬きをして画面に顔を寄せる。
ミキは「ああ」と短く反応するが雅の間違いを気にしているようすはない。
「それより雅ちゃん、どうする?」と心配そうに聞いてきた。
「どうするって、本人に問いただす。あの粉がいったいなんだったのか、はっきりさせないと」
「雅様、あの……旦那様に報告……」
「ダメよ!」
雅は警備員をにらみつける。
「このことは誰にも言わないで」
警備員がミキのほうをチラリと見た。ミキも神妙な顔でうなずいている。
雅はミキの手を引いて警備室を出た。
「行こう。母に確かめないと」
本当ならミキが行く必要はないが、迷子になると困るので連れていくほうが何かと便利だろう。
ミキにも「なぜ私が?」という思いはあるようだが、雅の勢いにおされ、ふたり連れだって雅の母親の部屋の前まで来た。
雅がドアをノックする。返事がないので、もう一度試したが、やはり誰も出てこない。
廊下には当然、監視カメラが設置されているはずだ。あまりしつこくすると、余計な疑いを持たれてしまうと判断した雅は、ミキと別れて自分の部屋に戻ることにした。
ベッドに横たわり、ごろごろしていたが頭の中に次々と疑問がわいてくる。雅は起き上がり、ポケットから母親がくれたチューブを取りだした。
ふたを開けると、ありふれた白い軟こうが見える。においも変わったところはない。パッケージに印刷された説明には、消炎作用があり打ち身や捻挫に効くとある。
(塗ってみようか……)
雅は今日、高清の前でわざとつまずいたとき、本当に足首をひねってしまっていたのだ。チューブを押して人さし指のはらに軟こうを2センチほど出し、足首に塗りこんでみた。
(なんか効いてるみたい……)
どうやら薬は本物だったようだ。
それにしても蘇我夫人はなぜ、実の娘の食事に薬をもったのか……。
(あ……、そうか)
蘇我夫人がチャーハンに薬を入れたのは事実だが、致死量に達するほどの毒薬ではなく、めまいを引き起こす程度だった。もしかすると本物の雅に薬を盛るのは、初めてではなかったのかもしれない。雅が毎日あの薬をもられていたとすれば、ここ数年で体調が悪化した理由も説明がつく。
それに蘇我志郎は、いまは市議会議員だが、政界入りする前は医療機器の会社を経営しており、いまは蘇我雪乃が事業を引き継いでいる。
そもそも五条グループ傘下のエナジー製薬の社長である高清を、親友の雪乃に紹介したのは、望未だった。いま思えば、高清と雪乃はビジネスをとおして親密になっていったのだろう。
そのつながりを考えれば、かつて蘇我志郎の会社を手伝っていた蘇我夫人が、怪しい薬を手に入れるのは、そう難しくもなかったはずだ。
(でもどうして母親が実の娘を傷つけたりするの?)
考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。気づけば時計の針はすでに10時をさしていた。
雅はベッドからおりてパジャマに着替えると、4階の蘇我夫人の部屋を目指した。ミキによれば蘇我夫妻は夫婦別室なので、気をつけて行けば誰の目にも触れることはないだろう。
雅が部屋の前まで来ると、ドアが少しだけ開いており、隙間からのぞくと、中のインテリアがはっきり見えた。
雅は慎重に扉をノックし、「お母さん……いる?」と問いかけた。
しばらく待ったが、中から返事はない。
(トイレかな?)
けれど、そんなはずはない。この屋敷は各部屋にそれぞれ風呂とトイレがしつらえてあるのだ。
雅が興味本位で中をのぞくと、不気味なメイクをした女の笑顔が薄暗い灯りのしたに浮かびあがっていた。




