実の母がなぜ娘に毒をもるのか
ミキが運んできたトレーには、おいしそうなチャーハンが乗っている。
「雅ちゃん、おまたせ」
雅は、目の前に置かれたチャーハンを夢中で食べた。
「ホントおいしい、いくらでも食べれる」
そう言いつつ、もう食べ終わる勢いだった。
ミキは驚いたようすで何かを言いかけたが、口には出さなかった。
「ゲフー、おいしかった。幸せ~」
ミキは雅がレンゲを置くのを見計らい、口を開いた。
「雅ちゃん……前はコーンをよけてたよね?」
雅は内心ドキッとしたが、そしらぬ顔で答える。
「だね。前はツブツブして気持ち悪いと思ってたんだけど、今日は1日なんも食べてなかったから、おなかがすいてたのかな。一気に食べちゃった。すごくおいしかったよ」
「そっか。ごめんね。本当は雅ちゃんのぶんだけ、母さんに作ってもらうはずだったんだけど、雪乃さんがどうしてもチャーハンが食べたいって言いだしてね、あの人、コーン好きでしょ。だから……」
「いいの、気にしないで。それより……」
愛想よく手を振りつつ、雅は探りを入れることにした。
「私いま、うつ病で学校を休んでるじゃない? でもそろそろ卒業だよね」
「うん。だからちょうど聞こうと思ってたの。明日、大学で卒業生向けに企業のインターン募集の説明会があるんだけど、雅ちゃんも行く?」
前から雅とミキが同じ大学だとは知っていたが、こんなに仲がいいとは驚きだった。
(インターン……)
雅の瞳がキラリと光る。
(やった! これって五条グループに入り込む絶好のチャンスじゃない?)
願ってもない誘いに「もちろん行く!」と勢いよく返事をする。
ミキはうれしそうに笑った。
「よかった、じゃあ早く休んで」
雅は、ドアのところまでミキを送ろうと立ち上がる。ところが突然、激しいめまいに襲われ、心臓がバクバクと早鐘を打ちはじめた。
「どうしたの? お葬式で疲れちゃった?」
ミキは雅を支えベッドに座らせると、心配そうに顔をのぞき込んできた。
「大丈夫? 病院、行く?」
雅は手探りでコップを手に取り、水を飲む。
(まさかこんなに、からだが弱いなんて……)
そう思った瞬間、川島の言葉がよみがえる。
「雅様、余計なことに首を突っ込むと、ひどい目にあいますよ。食事には気をつけたほうがいいです」
(たしかにそう言ってた。さっき食べたチャーハンがダメだったの?)
雅は米粒ひとつ残っていない皿を見て、絶望する。あまりにもおなかがすいていたのだ。いまさら気づいても、もう遅い。
ミキは心配そうな顔をして優しく手をにぎってくる。
「やっぱり明日は大学に行かずに、家で休んでなよ」
雅はミキの人のよさそうな顔をじっとみつめていたかと思えば、突然、ミキの手首をわしづかみにした。
「正直に答えて。チャーハンに何か入れた?」
「そ…そんなことしてないよ」
ミキは目に涙を浮かべている。
「雅ちゃん、何言ってんの? 入れるって何を? つばとか泥とか? 私がそんなことする意味ないでしょ? 今日の雅ちゃん、なんかずっと変だよ!」
「そんな嫌がらせ程度のものじゃなくて……。薬か何かを入れたんじゃない?」
ミキは目を丸くして、口をぽっかり開けている。
雅はミキの手首をつかむ手に力を入れた。
「もう一度聞く。入れたの?」
ミキは深いため息をつき、首を振った。
「そっか、めまいがしたのは誰かに薬をもられたせいだと思ってるんだね。もし本当に薬のせいだとしても、私じゃないから」
雅は注意深くミキの表情を観察する。疑いをかけられたことに傷つき、本気でがっかりしているように見えた。
ミキは雅の手に自分の手を重ね、まっすぐに雅の目をみつめる。
ミキの無言の訴えに、雅の確信は揺らいだ。ミキを疑ったことに罪悪感をおぼえつつ、ゆっくり手を離した。
ミキは痛そうに手首をさすりながら言った。
「行こう」
「え?」
「警備室で監視カメラをチェックしよう」
なるほど、これだけ大きな屋敷で、しかもあるじが議員なら、監視カメラくらい設置されていても不思議はない。
(これからは気をつけて動かないとダメね)
雅は、あらためて自分をいましめる。自分が監視カメラをチェックできるなら、他人も同じことができるということだ。
雅とミキは警備室にやってきた。ミキの「雅ちゃんのピアスを探したい」という適当な口実で、あっさり映像を見せてもらえた。
まずキッチンの映像を確認する。ミキの母親がチャーハンを作っているが、特に怪しい点はなかった。チャーハンが皿に盛られると、ミキがトレーに乗せてキッチンを出た。ここまで何も問題はない。
次に階段と廊下の映像を見る。ミキが2階へと続く階段の踊り場にさしかかったときだった。上の階から中年の女性がおりてきてすれ違う。
(あれは昼間、薬のチューブを渡してきた人だ!)
「これ、私に薬をくれた……」
言い終わる前に、衝撃的な映像が目に入ってきた。中年女性が落としたハンカチを、ミキが拾ってやっていたのだ。その瞬間、中年女性は雅のチャーハンに白い粉末を振りかけた!
雅は驚きを隠せなかった。この屋敷の使用人なら監視カメラの位置はわかっているはずだ。それなのに、あえてカメラにうつる場所で、あのように大胆な行動に出た理由がさっぱりわからない。何か事情があるのか、それとも誰かに指示されたのだろうか。
「薬かけたよね? この家政婦さん、私に恨みでもあるのかな?」
わけがわからず、思ったことを口にしてしまう。
「家政婦さん?」
ミキと当直の警備員が、不思議そうに雅を見る。
「雅ちゃん、お母さんのことを家政婦さんって……」
雅は頭が混乱する。
(お母さん? えええ? あの人が雅のお母さん?)
頭がガンガンする。もはや耳鳴りまで聞こえてくるしまつだった。
(実の母親でしょ? ……なんで娘に薬をもるわけ?)




