大親友は、まさかの裏切り者だった!!
フルカラーの縦スクロール型コミックも制作中です。乞うご期待ください!
(心臓が……痛い……)
長いまどろみから目覚めた五条望海は、もうろうとする意識の中、重いまぶたを必死で持ちあげる。
すべてが悪夢であれと、強く願う。
ふと気づけば、望海はふかふかのベッドにゆったりと、からだを横たえていた。かたわらでは、夫の高清がおいしそうなサンドイッチを乗せたトレーを持ち、柔らかに微笑んでいる。
けれど、そんな淡い幻想は、四方を取り囲んでいる冷たく高い壁によって、あえなく打ちくだかれた。
独房特有の陰鬱とした空気が、容赦なく望海にのしかかる。
「うっ……」
望海は苦しそうに胸を押さえた。
薄汚れた頬、ひび割れた唇が痛々しい。飲まず食わずのまま何日も高熱に浮かされていたのだ。
ふたたび、望海の視界がかすんでゆく。
「み、水を……」
蚊の鳴くような声を歯の隙間からしぼりだす。もう大声を出す気力は残っていない。
(のどかわいた!)
(おなかすいた!)
(誰か助けて!)
そもそも望海が夫を殺す理由なんて何ひとつない。明らかに冤罪だというのに、どういうわけか誰も彼女の話を信じようとはしなかった。ただひとりを除いては……。
(こんな所で死にたくない。なんとかして無実を証明しなくちゃ!)
ウィーーーン……。
遠くから、かすかにモーター音のようなものが聞こえてくる。
(まさか面会?)
望海の瞳にわずかな光が宿る。神様が望海の心の叫びを聞きいれてくれたのだろうか。
助けてもらえるかも、という期待が望海に力を与えた。彼女は重いからだをひきずりドアに近づくと、のぞき窓から外を見た。
独房のドアの前に車椅子に座った優雅な女性がいる。
長らく姿を見せることのなかった看守が、女性にこびへつらいながら鍵を開け、そそくさと去っていった。
(雪乃だ!)
大親友の雪乃が来てくれたのだ。人生で最も悲惨な瞬間に、自分を気にかけてくれる存在がいることに、望海の心は踊った。
雪乃が車椅子を操作し、ゆっくりと中に入ってきた。
「雪乃……ゴホゴホッ……雪乃、私……濡れ衣を……」
望海は雪乃の脚にすがりついた。
「五条グループの財産を手に入れるために高清を殺そうだなんて、考えたこともないのに……。あなたの脚がこうなったのも、まったく身に覚えがないし……。どうか信じて。私は無実よ!!」
雪乃は心から同情したようすで、己の無実を涙ながらに訴える雅をみつめている。
「もう限界……ずっと飲まず食わずで……のどはカラカラだし、おなかがすいて死にそう……なのに看守も来なくて……」
雪乃は、ねぎらうように望海の背中を優しくポンポンとたたいた。
「つらかったでしょ。こんなに痩せちゃって……。とにかく何か口に入れないと」
そう言って雪乃はパンと水を望海に差しだした。もちろん、望海のためにペットボトルのふたを開けてやることも忘れない。
極限状態に陥っていた望海には、もうなりふりを気にする余裕などなかった。
雪乃の手からペットボトルを奪いとり、グビグビと音を立てて飲む。むせて服が濡れるのもお構いなしだ。
パンを丸ごと口の中に押し込む。
雪乃は手を伸ばし、汗で額に張りついた望海の前髪を、美しい指先でそっとかき分ける。
「小さいころから何不自由なく育ってきたお嬢様のあなたが、こんな苦労をさせられるなんて……さぞつらかったでしょう?」
口いっぱいにパンをほおばる望海の目にまた涙が浮かぶ。
雪乃の気づかいに、心が温かくなった。夫に捨てられ、世間の信頼を失ったあげくに殺人未遂の濡れ衣まで着せられたのだ。これ以上ないほど散々な人生ではあるが、少なくとも雪乃のような親友がいてくれる。
望海はパンをのみこみ、涙をぬぐった。
「雪乃、高清には愛人がいたみたいなの」
少し腹が満たされ、落ち着きを取りもどした望海は、静かに話し始めた。
「それで私、夫を誘惑した女の正体を突き止めようとしてたんだけど、あの日、車を盗まれてしまって。そしたら、そのあと事故が……。たぶん車を盗んだ犯人が高清を狙ったんだわ」
そこまで言って、雅は車椅子に座る雪乃の脚に視線を落とす。
(いっそ私がこうなればよかった……)
「あなたには本当に感謝してる。彼を突き飛ばして命を救ってくれたんだもの」
黙って話を聞いていた雪乃は、不思議そうな顔をして自分の脚をなでた。
「私に感謝してるの?」
「当たり前じゃない。あなたのおかげで夫は助かったの。でもそのせいであなたは、歩けなくなってしまった……」
「私に感謝したこと、後悔しないでね」
そう言って雪乃は「うふふ」と笑いながら、顔の横でスマホをヒラヒラと振ってみせた。
「覚えてる? ほら、昔よく一緒においしいものを食べながら、ドラマを見てたでしょ? 今日はパンしかなくて味気ないけど、やっぱり動画は外せないわよね」
雪乃の豹変ぶりに驚きを隠せない望海の目の前に、スマホの画面が差し出される。
(!!…………)
望海は己の耳を疑い、全身が凍りついた。雪乃のスマホから、人目もはばからぬ奔放なあえぎ声が聞こえてきたのだ。
画面の中では上半身裸の男が、雪乃をデスクに押し倒し激しく動いている。雪乃は真っ白な脚を男の肩に乗せ、快楽におぼれた表情で懇願する。
「お願い早く、もっと早く~」
あまりに衝撃的な光景だった。口の中に苦みが広がる。