熱血教師友の会の退廃と崩壊
先生も大変です。しんどい仕事のわりに報われない…。すべての先生にエールを送ります。
「この度は『熱血教師友の会』を取材していただけるそうで、本当にありがとうございます」
「いや、まだ実際記事になるかわかりませんので、お礼など…。今日は活動の様子など教えていただければと思いまして」
「…そうですか。でもわざわざ会の事務所を訪ねていただいただけでもありがたいですよ」
「とんでもない。けれどこんな会があるとは思ってもいませんでした」
小さな雑居ビルの一室で俺は初老の男と向かい合っている。手元には男の名刺『熱血教師友の会 幹事 大山金八朗』と印刷されている。
「金八か…」俺は呟いた。
会社が購読している地方新聞の片隅に『熱血教師友の会 会員募集』の広告が小さく掲載されていたのを見つけたのは偶然だった。
記事になるかどうかはわからないが『今時熱血?』という感想が浮かび、むしろ興味がわいた。
思った通り。いや思ったよりも小さくて薄汚れた事務所は事務用の机と書類ロッカー、そして今俺たちが相対している古ぼけた応接セットで、ほぼその面積は一杯だ。
前日に電話連絡した俺が昼過ぎに訪ねた時、そこにいたのは彼ひとり、ドアをノックするとこの事務所へ通してくれた。
「連絡した翌日にすぐに対応してもらってありがとうございます。お邪魔ではなかったですか」
「いえいえ。正直言って今入会希望者はめったにいないという淋しい状態ですので、こうして取材を受けられれば何かのきっかけになるかもと思います。よろしくお願いします」
「こちらこそ。早速ですがこの会の趣旨と活動内容などザックリと教えていただきたいのです」
幹事の金八さんはペットボトルのお茶を開け、俺の前のカップに注いだ。何だかもの悲しい。
「わかりました。まずこの会の発足は1970年代です。もう50年ほど前ということになります」
「えっ、それはずいぶん前ですね。びっくりしました」
「はい。夕陽ヶ丘とか熱中時代とか金八とかスクールウォーズとかそれはもう熱血教師全盛時代をこの会は支えていたわけです」
「えー、…この会が支えていたのですか?」
「そうなんです。今言った番組はすべて我々熱血教師友の会、略してNTTが企画しTV局に持ちこんだものです」
「…嘘ですよね。それから何でNTTなんですか。NKTかNTKでしょう」
「『熱血教師 友の会 東京本部』の略でNTTです。いろいろ全部本当です」
胡散臭すぎる。これはヘタすると逆に面白い記事が書けるかもしれないぞ。俺はちょっとほくそ笑みながら、金八さんに先を促す。
「会は様々な熱血教師像を世間に提供するとともに、自分たちがいかに熱血な人間として教育に携わっていくか研修を積んでいました。全盛期は週に4~5回の集まりがあったとも聞いています」
「待ってください。週に4回も5回もどこかで集まっていたら、学校で通常業務に影響がありませんか。みんなヒマだったんですか」
ちょっと意地悪だったかな?と思ったが、思ったことをそのまま口にした。だが金八さんは特に動じることもない。
「そんな気持ち、あくまで気持ちの問題です。実際は休みの日に会合があったとか、お互いの授業を見せ合う会も行われたということです。いろいろあって連絡を取り合うことは週に7~8回だと考えられます」
…増えとるやないかい!まあ、あんまり追求してこの先のトンデモな話が聞けなくなるのも残念だ。指摘しないで先を聞いてみよう。
「すごいですね。その中でTV局に企画の提案まで?」
「そうですね。脚本まではいかなかったけれど、原案は大概NTTが出したと聞いています」
絶対あり得ないが、面白いからほっておこう。
「でも今はあまり状況が良くないと…?」
「はい。バブル崩壊の前後からいろいろ一緒に崩壊し始めまして、学級も崩壊し、学校ドラマの教師像も崩壊し、中国のダムも崩壊しました」
「最後のは関係ないでしょう」
「すみません。しかし、『熱血教師』というものが世間一般に受け入れられなくなったのも確かです。今では愛情あるビンタなんてまったく許されませんし、生徒をニックネームで呼ぶことさえもできません」
「なるほど。体罰は当然ですが、大概『○○さん』のようにさん付けが基本ですもんね」
「ドラマで『お前達!俺は感動した!○○さん。』なんておかしいでしょう。『歯を食いしばれ!』とか言って、優しく肩をなでて『○○さん、俺の心も痛いんだ!君は痛くないだろうけど!テヘ!』とか訳わかりませんよね」
「意味不明ですが変態的ですね。たぶん優しく肩をなでるのも最近はアウトかも」
金八さんはがっくりした様子で何かの資料を取り出す。
「見てください。私たちの敵対団体です」
表紙には大きく『KFC』と書いてある。
「ケンタッキーフライド…ではないですよね」
「フレンドリーティチャーズクラブの略です」
「FTCでしょ、それなら。…Kは何ですか」
「神戸支部の略ですね」
「先生の団体は略称の付け方を間違ってますが、まあいいでしょう。何ですか、これ」
金八さんが資料を開くとそこには大変胡散臭い、このNTTよりもさらに胡散臭い笑顔の(たぶん)先生達が写っていて、大きく『先生と生徒の距離を山手線西日暮里~日暮里間より近く!』と太ゴシックで入っている。
「それは近い。近いけれど、コピーとしては何だかなあ」
「友達っぽい先生の会です。こんなことで教育が成り立つわけはないでしょう。先生は厳しく、ある時はひっぱたいてでも生徒を導くべきです」
「いや、それはもう時代錯誤でしょうけど、『友達先生』なんていうのもあんまり今は流行ってないような気がしますよね」
金八さんが頷く。
「そうなんです。向こうのKFCももうひとつ最近勢いがないということなんで、私たちはここで勢いをつけて奴らを逆転してコテンパンにしたいと思ってんですが…」
「闘ってるんですか?KFCは悪の組織…ではないんですよね?」
結局、熱血教師友の会が何でどういう活動をしているのか、悪の組織「トモダチ先生の会」とどう闘ってるのか、いまひとつわからないまま、とりあえず失礼して俺はいったん帰社した。
「うーん、面白くないこともないんだが、このまま記事にするのは難しいな」
デスクにやんわりしたダメ出しを受けて、俺も頷いた。
「ですね。怪しすぎるし、この会の狙いも不明ですし…」
「どうだ。こっちのフレンドリーティーチャー…か、KFCの方と対決させてみたら」
「対決ですか」
「そうだ。どっちが今の世の中にフィットしているのか、討論させて現役の高校生にジャッジさせるんだ。奴らはっきり意見を言うから面白いぞ」
「なるほど。でも、熱血教師なんて、ちょっと今の時代、分が悪すぎませんか」
「いや、意外とわからんぞ。若い奴らは叱ってくれる人を求めてるっていう記事も前にあったくらいだからな」
「そういえばそんなのもありました。熱血教師が善戦すれば面白いですね。そこで世相を切り取るような記事も書けるかもしれません」
翌週、俺はNTTの金八さん、それからKFCにも連絡を取り、代表の友田千代という30代の女性教師に取材できることとなった。
さらに社員の家族である3人の女子高生ともコンタクトをとって取材に協力してもらえることとなり、熱血教師対友達教師の対決準備ができあがった。
「そもそも古いんですよ。今時汗と涙と…なんて。そんな汗臭い関係、生徒が望むわけないじゃないですか」
「何を言ってるんです。今だからこそ生徒達は熱い魂と魂のふれあいを欲しているのです」
「違います。生徒達が必要としているのは上からの『導いてやる』目線でなく、私たちのように『そばにいてあげるね』という温かい思いやりなんです。わかりませんかね、しょせん、古い時代の遺物のような先生達ですから。ホホホホ」
「何ですと。古いものが悪いとは限らないでしょう。あなたたちのような温くて芯の通らない人間が教師をやっていることが許せないんです」
2人は激論という名の不毛な遣り取りをしているが、ジャッジ役に社の会議室に来てもらった3人の女子高生はすでに飽きはじめているようだ。
一人は机の下でスマホをいじりはじめ、もう一人は鏡を出してメイクを直しはじめた。
…でもう一人はというと腕を組み下を向いている。どうやら居眠りしているようだ。
俺は二人の教師に声を掛ける。
「ちょっと待ってください。ここで現役の学生に意見を聞いてみましょう。どうかな?今の遣り取りを聞いていてどう思った?」
スマホ女子高生がニコリと笑って口を開く。
「うーん、正直言って熱血?のおじさんは鬱陶しいかな?」
KFCのトモダチさんが大きく頷いて笑いかける。
「でしょ。こんなの時代遅れよね」
スマホ女子が笑い顔を崩さず答える。
「アハハハハ、でもトモダチさんはもっとキモい感じ」
メイク女子が顔をあげて同意する。
「うん。勝ち負けつけるなら…両方負け!って感じ。いい勝負の両方惨敗かな」
金八さんも『トモダチヨ』さんも呆然とお互いを見た。俺はもうひとつ質問をする。
「あのさ、じゃあ、どんな先生が理想像?」
二人はニコニコ笑いながら首を傾げる。
「うーん、どうでもいいなあ。普通の先生でいい。変なことしないであんまり出しゃばらないで、やっぱり変に踏み込んでくる人は苦手」
「そうそう、どっちかっていうとクールで自分の世界があって、押しつけがましくない感じの人がいいなあ。『こういう先生いいだろ』ってグイグイ迫られてもねえ…」
「うん。先生も群れているようじゃ、駄目だよね」
「言えてる。えっと、孤高?って感じ?周りの雰囲気に流されないで生徒とも他の先生ともちゃんと距離を取れている人がいいです」
居眠り女子がハッと顔を上げた。
「終わった?帰っていい?」
俺はため息をつきながら三人を労う。
「ありがとう。もう充分だよ。参考になりました。出口のところで謝礼をもらってね。ほんのわずかで申し訳ないんだけど」
三人が笑顔で帰っていくのを二人の教師が悄然として見送る。
「いつの間にか、我々はどちらもすっかり時代遅れになっているのですね」
「まさかあんなふうに否定されるとは…」
「鬱陶しいと言われました」
「私なんかキモいって言われたんですよ。シクシク」
俺はあわてて金八さんとトモダチさんを慰める。
「まあまあ、お二人の教育にかける熱心さは少なくとも僕には充分伝わりましたよ」
「…」
あまり慰めにはならなかったようだ。ちょっと気の毒な企画になってしまったようだ。俺は罪悪感で言葉があまり出なくなり、二人の帰りを見送るときにはすっかり無口になってしまった。
それから1ヶ月ほどたった。熱血教師友の会の記事は一応紙面に掲載されたがあまり話題にもならず、最初から最後まで何だか残念な企画となってしまったな、という反省した。
ところがそんなある日、金八さんから突然連絡が入った。自分なりの新しい考えを聞いて欲しいというのだ。気はまったく進まなかったが、彼に対して罪悪感を抱えていた俺は断れずに面会を承知した。
社の会議室に入ってきた彼は外見は別に変化なしである。だが自信満々に言った。
「やはり自分に自信を持ち、一匹狼でも彼女たちの言うとおり孤高の存在でありたいと思いましてね」
「ほう、そのお歳で自己改革を成し遂げるというのは並大抵ではありません。素晴らしい」
俺はお世辞も数十パーセント含めて、褒めてみた。
「でしょう。というわけで…」
金八さんの言葉に続いて背後のドアから友田さん、トモダチさんが入ってきた。
「どうも、その節は…」
よくわからない組み合わせだ。俺はそのまま疑問を口にする。
「お二人が揃ってやってくるとは、よくわからないのですが」
金八さんが自信満々の笑顔で応えた。
「『孤高の教師連合』を結成しました」
エールは送れなかったように感じます。すみませんでした。