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99 こんなはずじゃなかった(ジーン視点)

しばらくサラナ以外の視点です。第一弾はジーン君。

 どうして俺はあの時、ロックにあんなことを言ってしまったんだろう。

 ずっとずっと友だちだったのに。


「とうとうキビリ―商会から丸石製品の販売が始まるらしいぞ!」


「あのでけぇ工房見たかよ? 設備も最新式のものばかりだぞ?」


「商会と工房の募集を見た? お給料も高いし、休みもあんなにもらえるなんて本当かしら?」


 今、メルドの街は丸石事業の話で持ち切りだ。ユルク王国で大きな影響力を持つアルト商会と、カルドン領では老舗のキビリー商会の業務提携。これはカルドン領が主軸で行う丸石事業の製品製造と販売を請け負うためのものだ。キビリー商会は規模はそれほど大きくないが、商会長の人柄と堅実な経営がカルドン侯爵様に評価されて丸石事業を任されたと聞いている。


 俺、ジーンの実家が営むカリム商会にこの業務提携の情報が入ってきたのは、もう全てが決まった後だった。ウチだけではなくどの商会も、この業務提携の事前情報は掴んでいなかったようだ。それぐらい秘密裏に話が進められていたのだろう。丸石の研究が上手くいっているとは聞いていたが、まさかこれ程大規模な事業になるとは思わなかった。


 丸石は魔鉄に混ざると魔鉄を脆くすると、鍛治師には天敵の様に扱われていた鉱石だ。厄介者だった丸石が特殊な加工と魔術の付与で、武防具どころか日常品にまで使える万能鉱石になるなんて誰が思っただろう。キビリー商会の新しい工房では、丸石を使った食器や『保存容器』という密閉できる新しい容器などが作られ、人気が出過ぎて常に欠品状態だ。武防具はキビリー商会と提携している鍛冶屋が作成しており、通常よりも軽い武防具は大人気だった。


 丸石研究を成功させたのは、俺の幼馴染のロックだった。貧乏鉱夫の家に生まれたロックと、商会の跡取りとして生まれた俺は、立場は違うけど初めから妙に馬が合った。親父や店の者は俺がロックと親しくなる事を歓迎していなかったが、子どもの頃は家の差だとか立場だとか関係なく、俺はロックと一緒に居る事が楽しくて仕方がなかった。ロックの親父さんは鉱石博士と言われるぐらい博識で、ロックの家に泊まり込んで夜通し行われる実験を見るのも、とても楽しかった。あんなに楽しかったのに。


 いつの頃からだろうか。俺はロックを邪魔に思う様になっていた。原因は分かっている。もう一人の幼馴染、マリーだ。子どもの頃は3人で過ごす事に何の疑問も持っていなかったけれど、成長するにつれ、俺はマリーを独占したくてしょうがなかった。素直で、可愛くて、天使の様なマリー。


「俺、マリーが好きだ」


 初めて気持ちを告げたのは成人前だった。どんどん綺麗になっていくマリーに焦って、俺はマリーに会う度にそう言っていた。でもマリーは。


「ありがとう、ジーン。私も大好きだよ。またロックも誘って3人で遊びに行こうね」


 マリーが自分に好意を寄せてくれているのは分かっていた。自惚れでもなんでもなく、マリーと俺は両想いだって分かっていた。

 でも、マリーにとっては幼馴染である俺たちが3人でいる事が当たり前で、俺がマリーと2人で過ごしたいと言っても、『ロックを仲間外れになんて出来ない』と悲しい顔で断られるばかり。ロックもマリーに誘われれば、嬉しそうに俺たちの後をついてきた。俺だって、最初の頃は急にロックの事を除け者にするのは悪いかと、我慢していたけれど。仲の良いロックとマリーに、俺は段々とイライラが募るようになっていき、気づけばロックを煩わしく思う様になっていた。


「お前みたいな貧乏人、マリーは幼馴染だから相手にしているんだ」


「マリーは優しいからお前を誘うんだ。少しは気を使えよ」


「金もないのについてくるなよ。俺たちにいつまで集るつもりなんだ?」


 ロックはいつだって控えめで、俺たちに一度だって集ったことなんてなかったのに。俺は口汚くロックを罵り、排除しようと躍起になっていた。ロックはいつもすまなそうな、悲しそうな顔で俺に謝っていた。何一つ悪い事なんてしていないのに。


「丸石事業の中心になっている研究者は、()()ロックだそうだ。お前、仲良くしていたんだろう? 本当に知らなかったのか?」


 丸石事業が本格的にカルドン領で始まると、ウチの商会が完全に他よりも出遅れている事に苛立つ親父から詰問された。丸石事業は大きな事業だ。キビリー商会だけでなく、いくつかの他の商会も何らかの形で丸石事業に関わっている。だが、ウチの商会だけはサッパリと機会が得られない。他の商会は鉱夫たちや研究者たちの伝手を辿って事業に参加できた様だが、ウチは何の伝手も辿れなかった。むしろ、鉱夫たちや研究者たちから敬遠される始末だ。ウチは街では1、2を争う商会だというのに。


「丸石を使った武防具についての問い合わせがひっきりなしにあるんだぞ? アレをウチで扱えなければ、ウチの商会はジリ貧だ! お前、ロックにウチにも商品を流す様に頼め!」


 親父だってロックを貧乏鉱夫の息子だといつも蔑んでいたくせに、どうしてそんな調子の良い事が言えるのか。ロックとの付き合いにあからさまに顔を顰めていたくせに。店の奴らだってそうだ。ロックが店に顔を出すたびに、汚いだの貧乏くさいだの、陰口を叩いていたくせに。今じゃロックや丸石事業に関わる者たちに擦り寄ろうと必死だ。


 最初は俺も、ちょっと声を掛ければあのロックのことだから、すぐに俺を事業に混ぜてくれると思っていた。驚いた事に、ロックはいつの間にかメルドの街を出ていて、ドヤール領に引っ越していた。俺にもマリーにも一言の挨拶もなく勝手に引っ越すなんてと腹が立ったが、マリーがあまりに心配するので、俺も段々と心配になってきた。あのロックが、俺たちがいないところで生活なんて出来るのだろうか。俺は何度かロックへ手紙を送ったが返事はナシの礫だった。


 マリーも何度もロックに手紙を書いたが、返事は全く返って来ないそうだ。あのロックがマリーに手紙を返さないだなんて。俺はますます嫌な予感がした。丸石事業の研究者だなんてもてはやされているが、もしかしたらロックはドヤール領に囚われ、奴隷の様に働かされているのかもしれない。もしそうなら幼馴染として、なんとかロックを助けてやらなくては。俺はカルドン侯爵様に助力を願おうと親父に訴え、親父もその気になっていたのだが。


 懇意にしている商業ギルド長に頼み込み、なんとかお忙しいカルドン侯爵様に面会の時間を取ってもらった。カルドン侯爵様にお目通りが許された俺は、ロックと俺が幼い頃からの友人であること、そんなロックから手紙の返事がこないこと、丸石研究の成果をドヤール家が独占するために、外部との接触を絶たれているのかもしれないと、必死に訴えた。それ以外、俺からの手紙に返事がないなどありえないと。 


 カルドン侯爵様は俺の話を難しい顔をして聞いていたが、ロックを連れ戻す協力をして欲しいと訴える俺を、煩わしそうに手で制した。


「……商業ギルド長。お前、よくもこんな世迷言を私に聞かせてくれたな」


 カルドン侯爵様が低く唸るのに、同席していた商業ギルド長が青くなって、頭を深く下げた。


「も、申し訳ありません。この者が何度も訴えてくるので、万が一にも事実であったらと、一度は侯爵様のお耳にいれようと……」


「何の根拠もない妄想を垂れ流す見習いのガキ一人抑えられず、よくもギルド長などの役職が担えるものだ」


「……そ、そんな、妄想だなんて。俺は、俺は、ロックが心配で」


 カルドン侯爵様の冷えた眼差しに、俺は声が震えてしまった。カルドン侯爵様は、お貴族様とは思えないほど気さくな方で、よく街にも出て領民の話を聞いて下さる方だ。そんな侯爵様だから、ロックの事を訴えれば親身になって下さると思ったのに。


「私はドヤール領に赴き、実際にロックにも会っているがな。あやつはドヤールの研究施設で生き生きと働いているぞ。はぁ……、あやつめ。ドヤールでの生活が楽しすぎて、我が領に戻ってくるのかも怪しいぞ」


 カルドン侯爵様がドヤールに赴いた際、ロックは最新の器具に囲まれ、他の研究者や技術者たちと毎日研究三昧で大層幸せそうだったらしい。


「そ、そんな、そんな筈はありません! それじゃあどうして、ロックは俺の手紙に返事をくれないのですか!」


 俺は侯爵様の言葉が信じられず、そう叫んでしまったが、返って来たのは侯爵様の冷たい声だった。


「そんなこと、お前が一番分かっているだろう。私はな、街でお前がロックに乱暴を働くのを見た事があるぞ。連れの女と一緒になってロックを馬鹿にして、見下していただろう。あんな扱いをされれば、縁を切りたくなるのも無理はない」


 いつのことだ? いつ見られた? 分からなかったが、心当たりは嫌というほどあった。最近は、会えばロックを怒鳴りつけてばかりだったから。


「あ、あれはっ、アイツが、ロックが悪いんです。俺とマリーの仲を邪魔してばかりいて! 俺とマリーは恋人同士なのに!」


「ふん。それならばなぜお前はマリーとやらの方には注意をしない。私にはあの女が、お前たちが争い合うのを楽しんでいた様に見えたがな」


「マ、マリーはそんな子じゃ……」


 はぁぁっと、侯爵様は大きく息を吐いた。


「お前たちの事などどうでもいい! そんなことより、ドヤール家がロックを虐げているなどという妄言を二度と口にするな! お前は貶している相手が貴族だということを分かっているのか? ロック同様に見下していい相手だと思ったら大間違いだぞ!」


 ガツンと、頭を殴られた様な気がした。侯爵様に言われて、ようやく気付いた。俺は、何をしていたのか。

 ユルク王国は身分社会だ。一平民ごときが貴族の悪評を流す様な真似をすれば、それこそ不敬だと殺されても文句は言えない。それほど、貴族と平民の間には隔たりがあるのだ。

 それなのに俺は。ロックみたいな能無しを重用する貴族家だからと、何の根拠もなくロック同様に見下していた。俺の方が正しいなどと思い込んで、証拠もなく貴族家を貶したのだ。証拠があったとしても、確固たる身分差があるこの社会で、平民が口にしていい事ではないのに。


「お、俺、俺……」


「もういい。下がれ。今回の事は、私の所で留めておく。だが次は無い。次に同じ様な事をしたら、問答無用で捕縛する」


 冷酷な声でそう告げられ、俺たちはカルドン侯爵家から追い出された。

 面目を潰された商業ギルド長の怒りは、俺と俺の親父に向けられた。ギルド長だって、俺たちの話が本当なら、ロックと直接繋がりが持てるかもと欲をかいて侯爵様に繋いだくせに。

 商業ギルドを敵に回したウチの商会は、街一番の商会だったのが嘘のように、あっという間に落ちぶれて行った。大勢いた従業員も雇い続ける事が出来ず、どんどん解雇して。商会から人が居なくなっていった。


「婚約を解消しましょう、ジーン」


 マリーはいつもの愛らしい顔で、そう言った。使用人もどんどん辞めて、誰も世話をしてくれる人がなく、頭もボサボサ、洗濯もされていないシャツを着てボロボロの俺に、顔を顰めながら。


「マ、マリー。何を言うんだよ。俺たち、結婚するんだろう? 俺の求婚を受け入れてくれたじゃないか」


「領主様から取引を切られるような商会なんて、潰れるしかないじゃない。私そんな未来のない男に付き合う暇はないの。私のお父様も、ジーンとの結婚は白紙にするって怒っていたし。ああ、婚約解消の慰謝料はいらないわ。まだ正式に婚約を交わしたわけではないもの。それより貴方と婚約していたなんてこと、周囲に言いふらさないでよ。次の縁談に影響しちゃうもの」


 マリーの家は裕福な鍛冶屋だ。マリーの親父さんだって、カリム商会の後継ぎである俺との結婚に大賛成していてくれたのに。 


「そ、そんな、嘘だろう? マリー! 俺の事を愛しているって!」


「あーあ。こんな事になるなら、ジーンじゃなくてロックにしておけば良かったわ」


 マリーの言葉に、胸がギュッと痛んだ。やっぱり。やっぱりマリーは、俺よりロックの事が好きだったんだ。ずっと引っ掛かっていたんだ。マリーが何かとロックを構うのは、ロックの事が好きだからじゃないかって。


「どうして……。ロックの事が好きなら、どうして俺の求婚を受け入れたんだ? 」


 マリーがロックを好きなら、俺は身を引いたのに。そうしたら、俺は友人のマリーとロックを失わずに済んだのに。

 だけどマリーは、信じられない事を言いだしたのだ。


「別に、どっちも好きなんかじゃないわよ。将来の事を考えるなら、貧乏なロックよりもジーンの方がお金持ちだったから選んだだけだもん。あんた達以外にも、何人かいい人はいたけど、断トツはジーンだったのよねぇ」


 爪をいじりながら、マリーはつまらなそうに呟く。あの素直で可愛いマリーの言葉とは思えず、俺はポカンと口を開けてマリーを凝視する事しか出来なかった。


「まあ、今からロックに乗り換えればいいだけの話よね! 」


 俺には目もくれず背を向けたマリーに、俺は追いすがる事もできなかった。俺は、こんな女のために、大事な友人を切り捨てたのか?


 俺の脳裏に、ロックと、ロックの親父さんと、丸石の実験で楽しんだ日の事が思い浮かんだ。

 子どもの俺とロックに、親父さんが自慢げに丸石の実験を見せてくれた。色々な形に変わる丸石を、俺とロックは飽きもせず、ジッと見続けていた。混ぜる物や分量で性質が変わる丸石が面白くて、夢の鉱物を作るんだってロックと二人で、夜遅くまで大はしゃぎして色々な配合を試したんだ。親父さんはそれを嬉しそうに、にこにこ見守っていてくれて。

 

 あの時が一番楽しかったはずなのに。どうして俺は大事な親友を切り捨てて、紛い物の恋を選んでしまったんだろう。 


 後悔ばかりが胸に押し寄せて、俺はその場で蹲ったまま、動く事ができなくなっていた。


 



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