97 騎士団への客①
83話のお祖父様のにんまりの回答です。お祖父様が騎士団投入されると期待していた皆様ごめんなさい。
お祖父様は基本、可愛い孫娘の側を離れません。じじバカなので。でも孫息子には厳しいので扱き使います。『お前ら、やっとけ』という感じです。
ユルク王宮内にある騎士団の鍛錬所にて。
休暇を終えたシヴィルは、黙々と剣を振っていた。
「おい、聞いたか、シヴィル。今日は珍しい客がくるみたいだぞ」
熱心に鍛錬を続けるシヴィルに、同僚のロニーはいつもの様に軽薄な調子で話しかけてくる。
「客? 別に客なんて珍しくないだろう?」
シヴィルはロニーのもったいぶった様子を意に介さず、剣を振り続ける。
「なんだよ。最近冷たいな。休暇から戻ってきたと思ったら、随分と真面目に鍛錬に励んでいるし。ははーん。さては見合いの相手と上手くいきそうなんだな? 」
ロニーの言葉に、シヴィルは身体を強張らせた。
ドヤール家との会食は、見合いなんて可愛らしいものじゃなかったのだ。あの時の悪夢を思い出すと、まだ無理矢理見合いをさせられた方がマシだった。
ドヤール家も交えた王家との会食のあと、カルドン家は丸石事業と合同茶会の準備に向けて、これまでにない忙しさに見舞われていた。カルドン家にとっても大きな利がある事業だが、これまで王家との一定の距離を保っていたところへの急な方針転換に、カルドン家の派閥の調整だけでも一苦労だ。シヴィルも兄夫婦を助けるべく、騎士団の業務の合間ではあるが、これまで以上に真面目に社交をこなしている。
「シヴィルのお眼鏡に適ったなんて、そんなに辺境伯の姪っ子ちゃんは可愛い子だったのかよ? 羨ましいなぁ」
事情をしらないロニーは、能天気に話を続けていたが。正直、辺境伯家の姪であるサラナのことを、シヴィルはそれほど覚えていなかった。庭園を妹のシャーロットと共に案内した時ぐらいしか接していないし、その時だって会話もほとんどしていない。いや、ちょっとはしたか。だがその後に恐ろしい目にあって、印象なんて何も残っていないのだ。
ブルッと、シヴィルは身体を震わせた。決闘の時の事をシヴィルは殆ど覚えていないが、『英雄』からぶつけられた殺気は覚えていた。思い返しただけで肝が冷える。
あの決闘の後、カルドン侯爵と護衛たちが『英雄』に稽古をつけてもらうというので、そこにシヴィルも強制参加させられたのだが。『英雄』が決闘の時とは違い、手を抜いてくれたお陰で無様に意識を失う事は無かったが、意識を失った方がマシだというぐらい酷い目にあった。『英雄』なんて呼び名は大げさだと思っていた自分を殴ってやりたい。アレは『英雄』なんて生易しいものではない。化物だ。理性がある『化物』。
「そうそう、話は戻るけどさ。今日の客はまだ学園に通っている子どもらしいぞ? それがなぜか、騎士団で鍛錬をするんだとよ。また勘違いした高位貴族のボンボンかな?」
ぼんやりと先日の恐怖体験を思い出していたシヴィルは、ロニーの愉悦を含んだ言葉に顔を顰めた。ロニーは腕は立つし同輩や後輩の指導も上手いのだが、身分を笠に着て高慢に振舞う輩には嬉々として制裁を加えてきた。実力主義の騎士団で身分などは殆ど意味をなさないが、それを理解していない騎士は少なくない。ロニー自身も高位貴族である伯爵家の出だが、実力で今の立場まで上り詰めたからか、そういった連中には容赦がないのだ。
「学生相手なんだから、手加減をしろよ?」
「分かっているって。どこかの親バカな貴族が自慢の我が子を騎士団で鍛錬させて箔でも付けようと思ったんだろなぁ。まぁ、若い内から自分の実力ってやつを知っていたほうが、子どもの為でもあるさ」
悪い顔で笑うロニーに、シヴィルは溜息を吐いた。
だが数時間後、実家での悪夢に再び遭遇するなんて、誰が思っただろうか。
◇◇◇
「初めまして、ヒュー・ドヤールです」
「マーズ・ドヤールです」
騎士団員が揃った鍛錬場でラズレー騎士団長に紹介されたドヤール家の兄弟は、淡々と頭を下げる。あれが英雄の孫かと、騎士たちから騒めきが上がる。
だがシヴィルは別の意味で驚き、身体を強張らせた。ドヤール家。今のシヴィルの鬼門であり、トラウマだ。なぜこのタイミングで『英雄』の孫が、騎士団を訪れたのか。嫌な予感しかない。
「騎士団長! よろしいでしょうか?」
騎士たちの中から1人、若い男が挙手をする。オットー・マイルセン。マイルセン男爵家の3男で、若手の中で実力が抜きん出た男だった。そのオットーが、不満を隠しもせずドヤール家の兄弟を睨みつけている。
「発言を許可しよう」
ラズレー騎士団長の許可を得て、オットーは憤懣やるかたないといった様子でまくし立てた。
「我が誇りある騎士団の鍛錬に、いかに『英雄』殿の身内とはいえ、なぜまだ学生の身であるお2人が参加なさるのでしょう? 我らは日々、命を懸けて職務に当たっています。学生のお遊びに付き合っている暇はございません! 彼らが騎士団に入りたいというのなら、学園を卒業後、正規の試験を受けて入団すべきですっ!」
オットーの言葉に、他の騎士団員たちも大きく頷く。厳しい試験を潜り抜けて騎士となった彼らには、譲れない矜持というものがあるのだ。
シヴィルもほんの少し前までならば、オットーの言葉に賛同していただろう。だが今はそう思えなかった。相手はあのドヤールの人間だ。学生とはいえ、見くびるのは危険だ。
ラズレー騎士団長は騒ぐ騎士たちに大きく溜息をついた。彼らは大きな勘違いをしている。
「バカものっ! 勘違いをするなっ! ヒュー殿もマーズ殿も、騎士団への入団は望んでいない。お2人は魔物に対して経験の乏しい我らのために、指南にいらしたのだ」
「なっ?」
ラズレー騎士団長の怒声に、オットーは呆気に取られた。しかしすぐに、その顔が怒りに染まる。
「そ、それこそ納得いきませんっ! なぜ我らが、学生などから指南されねばならないのでしょうか? 我らは誇り高きっ……」
「先の大討伐での結果を踏まえて、貴様らはそんなことが言えるのか?」
ねじ伏せる様な鋭い声音で、ラズレーはオットーを問い詰めた。途端、騎士たちは勢いを無くし目を伏せる。
毎年恒例の大討伐。今年は最も不人気な西の領地の討伐だった。沼地で足を取られ、高温多湿で慣れぬ環境に体調を崩す者が多く、いつも以上に大発生し終わりの見えない魔物の討伐に疲弊し、結果は過去例を見ないほど惨憺たるものだった。かろうじて魔物の討伐は終えたものの、実施期間は予定より大幅に長引き、もしもクズ魔石の取引がなければ今年の騎士団の予算を大きく食い潰すところだった。
ラズレー騎士団長の言葉に、特に若い騎士たちは顔を伏せる。討伐で足を引っ張ったのは主に若手の騎士たちだった。初めて大量の魔物を相手にする者も多く、浮き足だってしまい、体勢を立て直すのにだいぶ時間が掛かってしまった。
中堅どころの騎士たちは、そんな若い騎士たちを苦々しく見ていた。中堅の騎士たちは、経験が豊富な分、魔物が相手でも落ち着いて討伐に当たっていた。それは普段から地道な鍛錬を重ね、冷静な判断力と実力を身につけていたから為せたことだ。若い騎士たちは、華やかな仕事をしたがる癖に地道な鍛錬を厭い、陰で地道な訓練を説く中堅の騎士たちを『古臭い』だの『地味』だのと馬鹿にしていたのだ。
「我らの主たる業務は王都とその周辺の防衛。どうしても対人の訓練に偏りがちだ。王都が魔物の被害が少ないのは、ひとえに辺境や地方の領主たちが、王国内への魔物の侵入を抑えていてくれるおかげだ。万が一彼らの護りが突破され、魔物が王都に侵入したらなんとする? 」
王都に魔物が現れるなど、絶対にそんなことは起こらないとは言い切れなかった。過去には、国の攪乱を狙い、魔物を王都に持ち込み解き放つという物騒なことを仕出かそうとした輩もいるのだ。その時は幸いにも、王都に入る前に企みが発覚し未遂に終わったが。
「ヒュー殿もマーズ殿もお若いが、我らより遥かに魔物討伐の経験がある。よく教えを乞う様に」
ラズレー騎士団長の言葉に、騎士たちは表面上は大人しく従ったのだが、その顔は不満に溢れていた。
「こちらから教えを乞うておきながら、申し訳ない」
騎士たちのあからさまな態度に、ラズレー騎士団長はヒューとマーズに頭を下げる。
「いえ……」
「……」
ヒューとマーズは騎士たちの言動に気分を害した様子もなく、基礎訓練を始めた彼らをじっと見ていた。さすが騎士団だ。基礎訓練といえど学生たちに比べると動きが鋭いなと、ヒューとマーズは暢気な感想を持っていた。
「辺境伯殿より、ドヤールの騎士たちは我らとは逆で、あまり対人戦の経験を積んでいないと聞いた。せめて君たちが経験を積めるよう、騎士たちと手合わせをしていってくれ」
この状況では、表面的には従っていたとしても、騎士たちがヒューとマーズに素直に教えを乞う事はないだろう。せめてヒューとマーズの苦手な分野に対して、今後の糧になればと、ラズレー騎士団長はそう2人に声を掛けたのだが。
「たしかに……。対人戦は苦手です。それではお言葉に甘えて、騎士様たちの胸を借りましょう」
ヒューが頷きながらいうのに、マーズが嬉しそうに頷いた。
「本当に助かります! 俺たち、人間相手だと、どうしても加減が分からないので」
鍛錬用の木刀を持ったドヤール家の兄弟は、楽し気に騎士たちに向かっていった。
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