94 派遣ですって
ざまぁはまだかとよく言われるのですが、主人公のざまぁはまだ先です。
なのでこの人のざまぁから先になりました。
ルエンさんの王宮派遣が決まりました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
ほほほほほ。ほほほ。ほほほ。
もう笑うしかないわ。この忙しい時に何を言っていやがるのかしら、王家&カルドン侯爵家。丸石について法整備したいって言うから、山ほどウチの参考資料送ってやったのに(ルエンさんが)。質問にも丁寧に答えてやったのに(ルエンさんが)。
挙げ句の果てによく分からんから、分かる奴を派遣しろ(お願い1割、ほぼ命令)ってどういう事よ。
しかも派遣先が王宮よ? その時点で私は外され、そうなると派遣できるのはお父様かルエンさんぐらいしかいないのよ。他の文官さんたちは、『王宮で仕事なんて無理ですぅぅ。私たちぃぃ、セルト様やルエンさんのお手伝いぐらいしかした事ないのにぃぃ』って泣いて怯えていたわ。まあ、伯父様と同年代の古株の文官さんたちは通常業務なら熟せるけど新しいお仕事は苦手だし、若手はまだ経験が足りないのは分かっていたんだけどね。
お父様は『短期間でいいなら私が行こうかな』と仰っていましたが、伯父様が断固拒否。お父様への、王宮からのヘッドハンティングが激しいから、メチャクチャ警戒しているわ。『セルト殿が欲しければ俺を倒してからだ!』って剣を磨いてます。姫を守る騎士か。本当に仲良いわぁ、この2人。
そうすると消去法でルエンさんしかいないんだけど。ルエンさんはそもそも王宮をクビになったのよ。一時的とはいえ、戻るなんてイヤじゃないかしらと聞いてみたら、『いいえ。特になんとも思っておりませんので』とニッコリ黒い笑み。むしろ行く気満々。という訳で、派遣するのはルエンさんに満場一致で決定したのだけど。
「ルエンさん。戻ってきますよね?」
ニッコニコで準備しているルエンさんに、思わず不安になって聞いてしまいましたよ、はい。
だって、ルエンさんがいないと、私の仕事が滞りまくるのよ。文官とか商人とか兼任しまくって、鬼の様に仕事を抱えていても、超有能だからサクサクサクサク片付けちゃう、私のスーパー秘書なのに。
「もちろん! 仕事を片付けたら、すぐに戻って参りますよ、サラナ様。例え黄金の山を積まれても、貴女様のお側で働く以上の価値はありませんから」
目元を潤ませて感激した様にそんな事を言われました。いつもなら大袈裟だわと、呆れるところだが、今は暫しの別れの感傷で、しんみりしちゃう。
「貴方ほど優秀な人にそう思ってもらえるなら、光栄だわ」
「サラナ様っ……!」
目元を潤ませていただけで済んでいたのに、ルエンさんの土下座号泣讃美が始まった。ひたすら私から仕事を投げられるブラック歴史も、ルエンに掛かると女神と共に働く感動のドキュメンタリーになるのよ。不思議だわぁ。
「ルエンさん。いつまでも泣いていては、引継ぎが終わりませんよ」
アルト会長に苦笑交じりにそう言われて、途端にシャキッと涙を止めるルエンさん。感激屋だが切替が早いのも彼の長所だわ。
「全く。確かに丸石事業は大きな事業になりそうですが、これしきの事で私のみならずお忙しいアルト会長まで招聘するとは、王宮は随分と人手不足なんでしょうね」
丸石販売は、カルドン領から委託を受けた老舗の商会であるキビリー商会が行う。私もキビリー商会の商会長さんにお会いしたけれど、真面目そうな方だったわ。商人特有のギラギラした感じはあまりなくて、どちらかというと、カルドン侯爵家に忠実に使える使用人みたいだった。それこそ何代にも渡ってカルドン侯爵家と関わって来た実績があるから、カルドン侯爵家も信頼してキビリー商会を選んだのでしょうね。
老舗のキビリー商会は大口の取引先をいくつも持ち、長年、安定した経営を続けている。例を挙げれば、カルドン侯爵家の騎士団への武防具の販売と修繕だ。西の重鎮、カルドン侯爵家の騎士団といえば、王家の騎士団にも匹敵する規模がある。そこの武防具を一手に引き受けるとなれば、それなりの規模の商会でなければ無理だ。キビリー商会はこういった決まった仕事を熟す事は出来るが、大きな事業を一から担うような仕事には経験がない。だから色々な事業を手掛けるアルト商会に助力を願ったのだ。
まぁ、アルト商会は私のやりたい放題に慣れているからね。丸石事業についても、王家とカルドン侯爵家にぶん投げると決める前に、すでに粗々で事業計画書を作っていたので、お手伝いするのは問題なし。流石ですね。
というわけで、ルエンさんの王宮派遣に合わせて、アルト会長もキビリー商会と事業提携のお話し合いをする事になっている。しばしカルドン領の方に滞在することになっています。
この2人がいないなんて。
ちょっとどころかかなり寂しいというのは、全く表情に出していない筈なんですけど。
「サラナ様。すぐに戻って参ります」
アルト会長が私と手を繋いでそう慰めてくれました。ええ、アルト会長とご一緒すると、手を繋ぐのが定番になっています。いつもはこれで安心できるのだけど、今日はなんだか切ない気持ちだわ。
「ううぅ。ようやくここまで来たのに! このままゆっくり進むお2人の関係をお側で見るのが何よりの楽しみだというのに! もどかしい。ああ、もう! さっさとこんな面倒な仕事、終わらせてしまいましょう! アルト会長!」
「ええ。勿論です」
2人ががっしりと握手して頷き合っています。
案外、お戻りは早いような気がするわ。
◇◇◇
「それで、準備はすんだかな、2人とも」
ジークとセルトの執務室に呼ばれたルエンは、セルトにそう聞かれ、しっかりと頷いた。ちなみに、ジークは息抜き《討伐》に出掛けているようで、執務机は空だった。
「ええ。明日にでも発つ予定です」
「すまないね。サラナの為とは言え、君には苦労を掛けるよ」
セルトからそう謝罪され、ルエンは苦笑した。
元々、王家とカルドン侯爵家からの招聘は、ハッキリと明言はしていないが、サラナを想定したものなのは明らかだった。ドヤール家はどちらとも一定の距離をもって接しているが、王家もカルドン侯爵家もなんとかこちらを取り込もうと必死のなのだろう。
「アルト会長にとっては商会の利益になる事だけど、ルエンには申し訳なくてねぇ。辞めた職場だから、気まずいだろう?」
「いいえ。サラナ様にも申し上げましたが、特に何とも思っておりませんよ。仕事ですので」
眉を下げるセルトに、ルエンは首を振る。
「むしろ、楽しみですらありますよ。どの面を下げて、私を出迎えるのかと」
邪悪なオーラを漂わせて、ルエンは満面の笑みを浮かべる。
ルエンは昔王宮勤めをしていたが、心無い同僚と、見る目のない上司のせいで馘首された。
その元同僚と無能上司に再会することを、ルエンは心待ちにしているのだ。
「……まぁ、あまりやり過ぎないようにね、ルエン」
「ええ勿論。ドヤール家の名を汚すことはいたしません」
「その辺は全く心配していないんだけどねぇ。ははは」
すっかりと逞しくなったルエンに、セルトは笑う。
ルエンがドヤール家に来たばかりの頃。とても優秀なのに、いつもどこか自信なさげだった。心身ともに疲れ切り、心無い言葉で繰り返し傷つけられ、貴族に対する不信感も大きかった。
だがサラナの元で働くにつれ、ルエンは元々の能力の高さもあっていくつもの仕事をやり遂げ、徐々に自信を取り戻していった。サラナに対しても不信感どころか、もはや崇拝するまでになってしまった。サラナとの相性は良いようで、水を得た魚の様に生き生きと仕事をする様になった。たまに崇拝が過ぎて目が逝ってることもあるが、概ね関係は良好だ。
サラナにはあの年にして既に人を育て、使う事に長けている。どこで覚えたのかと不思議になるが、昔から規格外な娘だったために、サラナならそういうものなのだろうと妙に納得してしまう。まさか娘の中身がアラ何とかの元管理職経験者だなんて、想像だにしていなかった。当り前だが。
「私が王宮で懇意にしている方には、君のことをくれぐれもよろしくとお願いしているから、歓迎されると思うよ」
セルトがそうサラリと告げるが、セルトが懇意にしている相手は高位の文官たちだ。博識なセルトへよく質問の手紙を送ってきており、それはもう頻繁にやり取りをしている。セルトに対する感謝も恩も盛りだくさんなので、セルトが直々にルエンの世話を頼んだのなら、大事にしてくれることは間違いない。そしてその高位文官たちはもちろん、ルエンの元上司や同僚よりも遥かに上の役職である。万が一にも元上司や同僚がルエンを軽んじる様な事があれば、必ずルエンの味方になってくれるはずだよと、セルトはニコニコ笑った。
ルエンに対して『やり過ぎないように』などと言っていたセルトだが、実はルエン本人よりも好戦的である。セルトが親しくしている高位文官たちは、ルエンが元王宮勤めの文官だという事は知らない。ルエンの有能さを目の当たりにして、元文官だと知り、ルエンが馘首された経緯を知ったらどんな反応をするかなと楽しみにしているのだ。
セルトのその辺も思惑もきっちりと呑み込んで、ルエンは意気揚々と王宮へ派遣されたのだった。
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