92 家族会議です(という名のお説教?)
ちょっと長くなってしまいました。
緊急家族会議が招集されました。何事でしょう。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
いつもの和気あいあいとした家族の集いはどこに行ったのか。険しい顔の伯父様とお祖父様、ちょっぴり眉間に皺がよっているお父様、完璧な淑女の笑みを浮かべる伯母様とお母様。ルエンさんにアルト会長も加えた、いわゆるドヤール家トップ会議ですわね。わーい。逃げ出したい。なんてホホホ。わかっています。そんなわけにはいきませんね。
「面倒な前置きは抜きにして。丸石、やばいな。どうする? 」
家長たる伯父様が、会議の主導権を握るのは勿論、当然のことですが。前置きどころか大事な説明も端折ってしまわれると、主旨が分かりません。誰か補足説明をお願いします。
「サラナ。丸石の研究報告を読ませてもらったんだけどね。ははは。随分と凄い事になっているねぇ」
お父様が乾いた笑いをあげていらっしゃるわ。ああー。アレを読んだから家族会議なのね。
ロック君を中心とする丸石研究は、今や研究施設をあげての一大事業となっておりますよ。研究者、職人の皆様、丸石の秘められた可能性に夢中になっていまして、毎日のように丸石を使った実験をしていらっしゃいます。研究報告を読んでいるだけで楽しくなってしまいますもの。
羽目をはずされた研究者ほど、遠慮を知らないというのを思い知りました。ええ、経費がうなぎ上りです。まぁ、一応、想定していた範囲内にはおさまっていますが、ルエンさんが額に青筋を立てるぐらいは、湯水の如く使っていますね。
でも、それ以上の成果物が出来ています。この間は馬車の軽量化に成功していましたもの。モリーグ村民の皆様からは、『荷馬車が軽くなった分、馬っ子が運べる野菜の量が増えた! 』と喜びの声が上がっていましたよ。馬じゃなくて自分で荷馬車を曳いて楽しそうに駆け回っていたぐらいだから、相当軽くなったんだわ。ん? 馬の出番はあるのかしら?
でもこれなら、掛かった経費ぐらいいつものようにすぐに取り返せるはず。
そう説明しましたら。お祖父様と伯父様は溜息。お父様の眉間の皺が深くなり、伯母様とお母様が扇子で口元を隠して笑う。アルト会長とルエンさんは困り顔だ。
「そうだねぇ。あっという間に経費分など取り返すだろう。それ以上に、恐ろしい程の利益をあげるだろうねぇ。それこそ、ルイカー船やミンティジュース以上に」
お父様の言葉に、首を傾げる。そうね。丸石から作り出される、割れにくく軽い食器。貴族向けに売れるかしらと思ったけど、正式なディナーでは使わなくても、例えば子どもの練習用や使用人が日常的に使うには問題ないから需要はあるし、平民向けは言わずもがな。軽量金属も、付与とも馴染が良いから、懸念事項だった耐久性も解消されつつあって。馬車だけじゃなく例えば武具や防具への使用も研究が進んでいるので、それはもう生活とありとあらゆるものに、丸石が使われていくことに……。
そこまで考えて、ざっと血の気が引いた。
あぁ。なんてこと。やってしまったわ。
「……気づいたようだね。今回の丸石は、影響力が大きすぎる。さすがに、これはドヤールだけで扱うのは難しいよ」
ですよねぇ。今更ながら、やっちまったわーと思いました。
前世でも似たようなことがあったわ。同僚たちと作った企画が、あれよあれよという間に社運を賭けた一大プロジェクトになっちゃって。気づいた時はもう引き返せないところまで来ていて、自社のお偉方たちのえげつない圧を背中に感じつつ、取引先に必死でプレゼンしたっけ。このプロジェクトの成否いかんによっては、会社が傾くかもしれないと思うと、吐血しそうなほど緊張したわ。もちろん成功させて過去最大の大口契約をもぎ取り、同僚共々出世してやったけどね。
でもあのプロジェクト、実は残業続きでクサクサしていた時に、同僚たちと悪ふざけで作り上げだ企画だったのよね。あの時は全員残業し過ぎでハイになっていたから、活発な意見交換の末になんだか凄いものができちゃって。忙しすぎて、全員が毎日終電帰宅していたから、ヤサグレてもしょうがないと思うの。でもそのせいで更に仕事を増やしてどうするのって、その時の自分と、止めるどころか悪ノリした同僚に突っ込んでやりたいわ。
なんてちょっと昔の自分を振り返り、『三つ子の魂百までどころか来世まで』を実感していたのだけど。お父様のお話はまだまだ続いてました。ダメよサラナ。現実逃避をしている場合じゃないわ。集中、集中。
「丸石に関しては、これまで以上に関心を持たれるだろうね。早くも色々な所から問い合わせが来ているようだね、ルエン?」
「ええ。特に丸石を産出するカルドン領に所縁のある貴族家から毎日のように問い合わせが。カルドン領の鉱夫たちや職人たちとやり取りをしていたので、早々に情報が漏れたのでしょう」
そうなのよねぇ。カルドン領から鉱石を取り寄せているのだけど、ロック君を心配した鉱夫の皆さんやあの頑固な鍛治職人の親父さんが頻繁にドヤールにいらっしゃっていて。鉱夫の皆さんは交代で鉱石を届けてくださるから仕事の一環だとは思うのだけど、親父さんは店もあるのにいいのかしら?
まあ、剣を一本売れば一年ぐらい仕事をしなくてもやっていけるプロだから大丈夫だろうけど、随分と長い滞在になっているのが気になるわぁ。伯父様がすっかり親父さんと仲良くなって、ちゃっかり剣を買っていたのには驚いたけど。あら、お祖父様の剣と伯父様の剣の売上で何もしなくても二年は暮らせるわね。
鉱夫の皆さんや親父さんの動きに、目ざとい貴族や商人たちが色々と探り出した結果、丸石についての情報が漏れてしまい。カルドン侯爵としてはこれ以上王家との溝を深める様な真似はしたくないと、派閥の貴族や領内の商人たちを抑えているのだけど、それにも限界があるようだ。さすがのルエンさんやアルト会長も、今回はあしらうのに苦労しているみたいです。
「今後の展開を考えると、丸石の産地であるカルドン領を外すことはできないだろう。そうなると王家とカルドン家のパワーバランスが狂い、両者の関係が余計に冷え込みかねない。いくらドヤールに寛容な陛下でも、国を割る恐れのある事態は歓迎しない筈だ」
お父様がグニグニと眉間の皺を揉みほぐし、ため息をついた。カルドン領が丸石製品に関われば、間違いなく今以上の力をつける事になる。そうすると王家としては面白くないわけで。王家とカルドン侯爵家の関係改善を望むドヤールとしては有り難くない展開だ。
「それを解消する方法は、手っ取り早いのは婚姻で誼を結ぶ事ですけど。王家とカルドン家には、未婚なのは男子しかいないのよねぇ」
伯母様が扇子を畳み、大変色っぽい溜息を吐く。王家で未婚なのは王弟殿下と次代の王たる王子殿下(乳児)。そしてカルドン家で未婚なのはシヴィル様とカルドン侯爵のご嫡男(乳児)。シャーロット様は未婚だけど婚約者がいるので対象外。つまり全員、男子。婚約等でバランスを取る事もできない。
「王家を支持する最大派閥エルスト家とカルドン家の分家で政略を結ぶことも考えたけど、それではちょっと弱いわねぇ」
伯母様が色々な組み合わせを考えて下さったようですが、どうにもしっくりくるカップリングがなかったそうです。先の先の先の先を読む伯母様でもお手上げって。どうしましょうか。
「考えられる手立てが……。どちらかとの、サラナの婚姻なのよねぇ」
「へ?」
伯母様が小首を傾げて口にしたお言葉に、思わず淑女らしからぬ声がでました。
ど、どちらかとの、私の婚姻とは?
「要は両家のバランスが取れればいいの。例えば、陛下の後ろ盾を得ているサラナと、カルドン家の次男シヴィル様の婚姻。ラカロ家は陞爵したばかりですもの。陛下の覚えがめでたいのは周知の事実。そのラカロ家にシヴィル様が婿入りすれば、王家とカルドン家の仲が良好だと示すことが出来るわね」
なんてことでしょう。陛下からのご褒美が仇となったわ。だから陞爵なんて嫌だって言ったのに。いえ、恐れ多くて陛下相手に『陞爵? ムリムリ!』なんて言い出せませんでしたけど。
「もしくは。カルドン家と丸石事業でつながりのあるサラナと、王弟殿下の婚姻。今後も丸石の事業を通じてカルドン家とはお付き合いがありますから、王家とラカロ家が繋がる事で均衡が図れるわ」
ラカロ家内に王族関係者が居れば否応なく丸石事業に王家が関わっていると分かりますものね。
「サラナには酷な話しだけど、いずれはどちらかとの政略結婚を受け入れて貰う事になると思うわ」
伯母様から気遣うようにそう言われたけど。どう考えても、伯母様の案が最適すぎて反論が出来ないわ。
私は半ば呆然としながら、俯いた。丸石の研究を支援したことは後悔していない。でもまさか丸石事業が、ユルク王国を割るような影響力をもつようになるだなんて。ああ、思慮が足らな過ぎた。
目の前に仕事があると、それしか見えなくなって夢中になるのは私の悪い癖だ。もっと慎重に進めるべきだった。周囲への影響に配慮すべきだった。分かっていた筈なのに。
胸が苦しくて、顔が上げられなかった。アルト会長の顔が見られない。見たらきっと、平常心ではいられないわ。
私も、自分の気持ちをぼんやりと自覚したばかりで、どうしたらいいかなんて分からなかったけど。
それでもアルト会長と顔を合わせれば浮き立つ気持ちがあって。こんな風に感じるのは前世から通算して初めてのことで、嬉しくて楽しくて、戸惑いながらも少しずつ気持ちが形作られていたのに。
みるみると、心がしぼんでいく。私って、本当に恋愛に縁がないんだわ。
ああ、駄目よサラナ。こんな時に自分の事ばかり。一番の被害者は私と婚姻を結ばざるを得なくなるお2人の方だわ。王弟殿下にしてもシヴィル様にしても、いい迷惑だろう。私がやらかしたお陰で、望んでもいない婚姻を結ぶことになるのだから。申し訳なさすぎて、お2人にも合わせる顔がないわ。
自分が情けなさ過ぎて、ギュッとスカートを握り締める。気持ちの持って行き場がなくてどうしようもなかった。
「ミシェル。そんなにサラナを追い詰める事は無いだろう! サラナは何も悪い事をしたわけではないじゃないか!」
お祖父様が私を弁護して下さるが、伯母様は冷静にお祖父様に言葉を返す。
「分かっていますわ。私はこれからのユルク王国の為に、最良の策を提案しているだけです」
「何が最良の策だ! 国の為にサラナを贄にするなど、ワシは絶対に認めん! お前たち、そんな薄情な事を本気で考えているのか? そんなことなら、儂はサラナを連れて逃げるぞ!」
お祖父様の言葉に、私は慌てて顔を上げる。私のせいでお祖父様と家族が争うなんて嫌だ。
「お、お祖父様。わ、私は構いません。王弟殿下やシヴィル様には申し訳ありませんが、それが国の為というなら、受け入れる覚悟は……」
「何を言うか! そもそも元はあの阿呆どもの仲違いが原因ではないか! そんなもの己で始末をつければいいのだ! なぜ奴らの尻拭いを、サラナがせねばならんのだ! ああ、心配するな、サラナ。儂が付いているのだ。兵だろうが魔物だろうが、全部蹴散らしてくれる! 野宿も山籠りも得意だ! 心配はいらんぞ!」
おおう。お祖父様との逃避行は山籠もり一択の様です。令嬢に山籠もりは体力的に無理ではないかしら。いや、前世より若いんだもの。いけるか?
混乱のあまりサバイバル生活の可能性を検討し始めた私に、たまりかねた様にアルト会長が口を挟んだ。
「皆様。お説教はもう、それぐらいで……。バッシュ様とサラナ様が、本気で逃げてしまいますよ」
困った顔のアルト会長に、私は眉を顰める。お説教って……?
慌てて見回すと、伯父様や伯母様、お父様とお母様、そしてルエンさんが苦笑なさっていた。アルト会長は、私を気遣うようなお顔で。どういう事?
「なんだ、説教とは」
お祖父様も困惑顔。良かった、分かっていなかったのは私だけじゃなかったわ! 仲間がいました!
お父様のこほんという咳払いに、ビクッと肩が跳ねた。これは……。お説教モードのお父様だわ。気のせいかしら、伯父様とお祖父様まで身体を強張らせているわ。
「サラナ。君の仕事に掛ける情熱は素晴らしいけどね。前から言っているだろう? 夢中になって周囲が見えなくなるのは良くないと。足場が揺らいでいないか、自分がどの立ち位置にいるのか、時には立ち止まって、確認する必要があると。君は昔から自分を過小評価するところがあるから、周囲に与える影響を軽視しがちだ。今は私たちが君をフォローする事ができるけど、私たちがいつまでも一緒にいてやることは出来ないのだから、君自身が気付けるようにならなくてはいけないよ」
お父様の窘める様な口調に、背筋が伸びた。うう、仰る通りです。
「そ、それじゃぁ、婚姻は……」
伯母様に視線を向けると、悪戯っぽい笑みが返って来た。ああぁー。ブラフだったー。良かったぁぁ。
つまり、皆様で私にお説教をするためのお芝居だったわけですね。そしてお祖父様には知らせていなかったのだわ。孫ラブなお祖父様ですもの。そんなお芝居は反対されると思ったのでしょう。隠し事が下手、いえ、苦手でいらっしゃるから、お祖父様には敢えて知らされていなかっただなんて思ってもいませんよ。
あ、お祖父様が『騙された』といじけているわ。後でフォローしなくちゃ。
うう、それにしても良かった。あのお2人のどちらかと、結婚しなくていいんだわ。政略とはいえ、お互いに微塵も気持ちがない結婚なんて不幸になる未来しかないもの。安堵の余り涙が出そうになる。駄目よサラナ。ここで泣いたら、お説教の時間が延びるわ。
「ホホホ。王家とカルドン侯爵家の為にサラナと婚姻なんてありえないわよ。どちらもそこまでしてやる価値なんてないわ。もしもの時は両方とも挿げ替えてしまえばいいのだから。サラナ、もうすぐ大人の仲間入りですからね? こういう事にも、少しずつ慣れなくてはいけないわよ?」
物騒なワードが途中にあった様な気がしますが、伯母様の優しい忠告には素直に頷いておく。これが淑女の嗜みなのかしら。一生身につかない気がします。
「で、でも。丸石事業はどういたしましょう。影響力が大きすぎる問題は解決していないわけですけど……」
伯母様の物騒な案は最終手段としてとっておくとして。何か対策は考えなくてはいけないわ。
「それについては、私から一つ案が」
そう言って手を挙げたのはルエンさんだ。アルト会長とアイコンタクトを交わしているところを見ると、お2人で考えた事なのかしら。
「いっそ、丸石事業を手放してしまうのはいかがでしょうか」
ニコニコと笑顔で、とんでもない事を仰いましたよ。なんて?
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