91 研究施設の愉快な仲間たち
ロック君は惚れっぽいですが、相手が定まったら一途なので大丈夫です。心配されそうなので念のためです。
ロック君の慣れが早すぎて戸惑っています。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
引っ込み思案で社交的ではないと、ロック君本人が申告していたのですけど。それにしては根城いえ、研究施設への馴染が早いわ。あっという間に侍女さんたちから舌打ちされる、徹夜と不摂生の塊である研究者へ成長しました。褒めていませんよ。
それもこれも、ダッドさんとボリスさんがロック君の研究内容に興味を持ち、面白がって阿保みたいに実験を繰り返しているからだ。最初は高価な鉱石をバカスカ使う2人に怯えていたロック君も、あっという間に染まったわ。いえ、必要ならばいくらでも資源は使って構わないのだけど、目の下の隈がクッキリ浮くような連徹は止めて下さい。このままじゃ過労死一直線よ。
「ふぉふぉふぉふぉ。良いではないか、サラナ様。若人は、体力に任せて無理をするもんじゃよ」
そんな事を仰って、ロック君たちを擁護するのは研究施設に所属する魔術士のベル様だ。白いひげを蓄えた仙人みたいな外見で、研究施設の皆からベル爺様と呼ばれ慕われている。
ベル爺様は魔道具への付与をさせたらユルク王国一、二を争う腕前なのだけど、その昔、開発した付与魔法をある貴族家に騙されて奪われた挙句、その貴族家に10年も低賃金で仕える契約を結んでしまい、ようやく契約期間が終わったと思ったら、もう用はないと身一つで放りだされたという酷い過去がある。
縁あってウチの研究施設にいらっしゃったのだけど、優秀な人だからすぐに成果を上げて、あっという間に一財産稼いでしまった。ここに来た当初はドヤール家やアルト会長相手に警戒心バリバリだったけど、今やすっかり打ち解けて、研究者たちの頼れる相談役みたいになっている。人間、変わるものよねぇ。
「でもロックさんはそれほど身体が丈夫ではないみたいだから、無理をしていないか心配で……」
「飯もガツガツ食べておるし、体力の限界がきたらその辺で寝落ちしておる。心配ない、心配ない」
ベル爺様がそう仰るのなら、まあ、心配はないのだろう。苦労人だけあって、とても後輩の面倒見がいいのだ。
「サラナ様のご心配は尤もじゃが、ロックが研究にのめり込んでしまう気持ちも分かるのじゃよ。研究だけに打ち込める環境というのは、研究者にとって天国みたいなもんじゃからなぁ。飯や家賃の心配もしなくていいし、『明日までに付与100個やっとけ』とか、無茶振りもないしのぅ」
あらー。随分と具体的な例え話だわぁ。ベル爺様の眼が一瞬、闇で染まったのには気づいてませんわよ、ほほほ。まぁ、元々この施設は、研究だけでは食べていけない研究者を支援するという目的もありますけどね。ただ、それに伴って少なからず問題も浮上しているのだ。私はにこりとベル爺様に微笑んだ。
「あら。それでしたら、研究で食べていけるようになった方には、後進にその場所を譲ってほしいのですけど」
途端に、ベル爺様は血相を変えて座っていたソファにしがみついた。
「嫌じゃ嫌じゃ! 儂は死ぬまでここを出ないぞ! 衣食住はタダ、資材も器具も使い放題、十分すぎる小遣いをもらえる上に、恐ろしい貴族や商人たちから守ってもらえる! 儂はもう外の世界なんかこりごりじゃ。ここに居たい! 外になんか出ないぞ! 絶対に嫌じゃ、嫌じゃ!」
仙人みたいなお爺ちゃんが、子どもの様に足をバタバタさせて駄々をこねている。おおう。凄い拒絶反応だわ。私は溜息を吐いた。
この研究施設。待遇が他所と比べていいせいか、ベル爺様のように成功して自力で生活出来るようになった人も、なかなか出て行かないのだ。元は貴族の屋敷とはいえ、収容人数には限りがある。そういう人たちに居座られると、当然、新しい人を受け入れるのが難しい。でもみんな、独り立ちするのを嫌がるのよねえ。ちょっと待遇を良くし過ぎたかしら。
「サラナ様はこの無力な年寄りを、再び世間の荒波に放り出す気なのかい?」
ルエンさん相手に食堂のデザートの種類を増やせと直談判していた元気があるくせに、何を言っているのかしら、この爺様は。ルエンさんに「現状で十分です」と即答で返り討ちにあって、ウソ泣きで懐柔しようとしていたのも知っていますけど?
「ローラさんも早く研究施設を出て、家族水入らずで穏やかに暮らしたいのではないかしら?」
ローラさんというのはベル爺様の娘さんだ。とてもしっかりしたお嬢さんで、早くに亡くなったベル爺様の奥様の代わりに、この研究施設で侍女として働きながら、ベル爺様の世話を甲斐甲斐しく焼いている。今のベル爺様ぐらいの収入があれば、ローラさんが働かなくても十分に暮らしていけると思うのだけど。
「ローラは儂以上にここを気に入っておるぞ! 出たいなんて微塵も思っておらん。それに儂に似て働いていないと落ち着かない性質だから、侍女の仕事は天職だと言っておる」
確かに、いつも楽しそうに研究者たちの世話を焼いているわね。他の侍女さんたちとも仲良くしているようだし。
「それにのう、サラナ様。研究施設を増やす計画があるそうじゃぞ? ルエン様がセルト様に相談して、予算もついたと言っておったが……」
知っていますよー。研究施設の成果が目覚ましいので、大規模実験場を併設した研究施設の建設予定があります。ああ、ど田舎モリーグ村がどんどん変わっていくわ。私の当初の夢だったスローライフが行方不明すぎるんですけど。
私は悲しい現実から目を逸らすために、報告書に目を通した。
「それにしても。丸石研究はめざましいですねぇ」
ロック君たちの実験結果は、凄いの一言に尽きる。丸石、本当に有能素材だわ。
丸石と鉱石の配合を変える事で、様々な用途に使えるのだけど、まず、軽くて熱にも強い素材。割れにくく形も様々に変化を付けられるので、思い切って陶器の代わりに壺や食器を作ってみました。ええ、前世で言うところのプラスチックみたいなものね。貴族の食器には素っ気なくて使えないけど、庶民の間では流行りそう。軽くて割れないって、食堂とかでも重宝されそうじゃない?
そしてやや丸石の分量を減らし、スーグ鉱石やその他の鉱石を増やし多分量にすると。なんと、かなり軽い金属になるのです。これが魔道具との相性ばっちり。女性の腕にはいささか重かった卓上ポットや温冷ファン、ヘアアイロンなどの大幅な軽量化が実現しました。侍女さんたちの喜びの声が今から想像できるわー。鉄アレイみたいなヘアアイロンで、毎朝クルクルしていましたからね。髪を整えて貰う身としては、侍女さんたちの腕がムッキムキになっていくのに、罪悪感があったのよ。やっぱり、軽いほうがいいわよねぇ。
「丸石は付与とも相性がいいぞ。耐熱や耐圧の付与をかけても、あの軽さは損なわれない。色々用途が広がりそうじゃ」
ベル爺様もわくわくした顔で報告書を読んでいる。こんな風にロック君の研究に色々と乗っかる研究者や職人が多いので、ロック君の休む時間がガシガシ削られているんじゃないかしら。若いからって無理させちゃだめなのに。じとっとベル爺様を睨むと、ベル爺様が慌てたように反論してきた。
「じゃから、大丈夫だって。儂らが無理をさせようにも、ローラが許さんって。……ありゃ? なんじゃ聞いておらんのか、サラナ様。あの2人、結婚前提で付き合っているぞ?」
爆弾発言が来ました! はい? 初耳なんですけど。なんでそんな面白そうな事、私に報告がないの?毎日やたらと大量の研究報告はあげてくるくせに、一番重要な報告が漏れているってどういうこと。恋愛話は女子の大好物なのに。
控えていた侍女さんたちがムフフと笑い合っている。ええー。皆知っていたの? 私だけ知らなかったなんて、悔しい。
「し、知らなかったわ。で、でも、ロック君、まだこちらにきて日も浅いのに」
「時間なんて男と女の仲に関係なかろう。いやー。儂の世話ばかりで男っ気のなかったローラにも、ようやく春が巡ってきて、儂は嬉しい。ロックは気は弱いが、誠実で優しく、それでいて度量も深い男だ。気が強くて世話焼きのローラとの相性もよさそうで、ホッとしておるよ」
確かに。ロック君とローラさんって最初から打ち解けるのも早くて、なんだか妙に仲が良かったし、付き合っちゃえばいいのにとか思っていましたけど。でもほんのちょっと前までロック君は、マリーちゃんに恋してなかったっけ? いや、あの子の事を引きずる必要は一ミリもないのだけど。うう。若者の恋の勢いに付いていけない。年かしら。
後ほど、ローラさんと一緒に居るロック君にお会いした時に、それとなく2人の事をお聞きしたのだけど。
「ローラに初めて会った時に思ったんです。こんなに可愛くて素敵な人を放っておいたら、あっという間に他の男に掻っ攫われるって。死ぬ気で研究を頑張って成功するから結婚して欲しいって、玉砕覚悟でお願いしたら、受け入れてもらえましたっ! 俺、ここにきて本当に良かった! 幸せです! 」
真っ赤な顔で全力で惚気て頂きました。その横で恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうなローラさんの顔が、死ぬほど可愛らしかった。
なるほど。前回の失敗を反省して、次に生かしたわけですね。
さすが、一流の研究者は違うわと、妙に納得したのだった。
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