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84 カルドン侯爵領の大市 ②

 引き続き、カルドン侯爵領の大市を楽しんでいます。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。

 お祖父様の不穏なお言葉が気になったけど。でも聞かないわ。だって、大市を楽しみたいから! 

 騎士団の皆様の御無事をお祈りしておきましょう、そうしましょう。


 鉱石の購入が終わった後、お祖父様のリクエストと、伯父様へ約束した武具のお土産を買いに、鍛冶屋さんに向かう事になった。


 浮き立つような大市の中、カルドン侯爵の案内で連れて来てもらったのは、大通りから離れた路地裏にあった。看板もなく、普通の古い民家のように見えるけど、本当に武器屋なのかしら。

 中に入ると、いかにも頑固そうな小父様が、丸太のような太い腕を組んだまま、ぎろりと私たちを睨んで、出迎えてくれたのだけど。この接客する気ゼロな態度は、まさに職人ね。


「おい、私の客だぞ。もう少し愛想をよくしたらどうだ」


 カルドン侯爵が店主の小父様を窘めるが、店主は頑固な表情を変えない。半端な奴に俺の武具は売れないってことですね。例え領主様の紹介でも、そのポリシーは変わらないようだ。分かります。ドヤールにもたくさんそういう職人さんがいらっしゃいますから。お陰で毎日が戦いですわ。ほほほ。


「店主。ワシの剣を見てくれるか」


 そんな気難しそうな店主さんに怯むお祖父様ではもちろんなく。お祖父様は腰の剣をスラリと抜いた。


「……随分と使いこんでいるな」


「毎日の様に湧いて出る魔物を相手にしておるからな。1年と保たん」


 お祖父様の剣を手に取って、しみじみと店主さんは呟く。


「よく手入れがされている。だが、たとえ毎日浄化魔法をかけても、それだけ血と脂が浸み込めば無理もない」


 店主さんはお祖父様に剣を返すと、店の奥に引っ込み、戻ってきた時には手に一振りの剣を持っていた。


「この剣は俺が打った中でも、傑作といえる一品だ」


 お祖父様は店主から受け取った剣を鞘から抜き、繁々と見つめる。大振りのロングソードで、きらりと虹色に輝く刀身は美しく歪みもない。お祖父様の眼が、ロングソードに負けず劣らずキラキラに輝いていた。

 

「これは、良い剣だ! 手に馴染みもいい。刀身に魔力を帯びているようだが、これは魔鉄か?」


「ああ。ウチの領特産の魔鉄と、その他色々と掛け合わせている」


 カルドン侯爵領の特産の魔鉄。カルドン侯爵領が武具の生産地として有名なのは、この魔鉄によるものが大きい。魔鉄を含んだ剣は、強度や切れ味が格段に違うという。ただ、とても扱いが難しく、扱えるのはカルドン侯爵領の熟練の鍛冶屋だけだと言われている。魔鉄を扱いたいがために、カルドン侯爵領に移住する職人も少なくないのだとか。


「カルドン領で作られた剣を幾つか見た事があるが、これほど凄い剣は初めてだ」


「あんたがあの『英雄』か。どうりで剣に()()()()()()と思った。これまで何人もソイツを欲しがったが、扱える奴は1人もいなかった」


 剣が人を選ぶってやつかしら。まるで前世でよくあった聖剣ね。選ばれた勇者しか抜けないってやつ。うん? ということはお祖父様が勇者なのかしら? まあ、お祖父様なら魔王ぐらいいくらでも倒せそうですけど。素手で。聖剣の存在意義よ。 


 お祖父様と店主さん。見た目厳つい2人が、剣を肴に楽しそうだわぁ。まるで長年の親友の様に会話が弾んでいる。


「……さすが、バッシュ様。あの店主が一目で認めるとはな」


 ちょっと疲れた様なカルドン侯爵。

 なんでもこの店主さん、とっても腕がいいけど偏屈過ぎて自分が認めた客にしか剣を売らないのだとか。店主さんの打つ剣は名剣ばかりで欲しがる人は多いけれど、売るのは年に1本か2本。まぁ、1本が目の玉飛び出るほどの高価だから、生活には困らないらしいけどね。


「買うか?」


「こんな良い剣を出されて買わぬ馬鹿はおるまい」


 あっという間に商談成立。お祖父様も提示された値段に全く動揺することなく頷いています。ちなみにこれはお祖父様のポケットマネーで支払われるので、ドヤール家の予算は微塵も使われていない。お祖父様、若い頃から魔物討伐でバンバン稼いでいるので、お金持ちなのだ。サラナ記念図書館も初めは自分のお金で作る予定だったみたいだし。


 嬉しそうな店主さんが、鞘やら手入れの道具やらも準備している。あれ。なんだか短剣とかもオマケで付けてくれるらしいですよ。結構お買い得だったかも。


「私だって売ってもらうのに何年も掛かったのに……」


 常連の侯爵様よりあっという間に馴染んでしまったお祖父様に、カルドン侯爵が複雑な顔をしているけど、お祖父様にこの店以外の店を紹介する気にはならなかったらしい。まぁ、半端なものでは納得しませんからね、お祖父様は。そんなに好みじゃなくても、旅の記念だからとついついお土産を買ってしまう根が庶民の私とは違うのだ。


「ワシの息子にも何か買って帰ろうと思っていたが。息子には直接この店を訪ねさせよう。店主の眼鏡に適うなら売ってやってくれ」


「ああ、待っているぞ」


 そして伯父様への剣のお土産は保留になりました。まあ、ここ以外の店なら買えるかもしれないけど、お祖父様の素敵な剣を見たら、『コレジャナイ』と言われるでしょうから、仕方ないと思うの。

 ドヤール家の当主として、大変お忙しい伯父様がいつカルドン領へ来られるかは不明だけど。

 伯父様へのお土産は、日持ちする美味しいお菓子か何かにしましょう、そうしましょう。


◇◇◇

  

 鍛冶屋でのお買い物を終え、そろそろカルドン侯爵邸に戻ろうかというとき。


「きゃあ! ジーン、乱暴は止めて」


 女性の悲鳴と、争うような声が聞こえ、すかさずカルドン侯爵とお祖父様が戦闘態勢になる。

 いえいえ、お2人とも、護衛さんが困っていますよ。要人なんだから、そこは自ら前に出るのではなく、護衛さんたちにお任せしてください。お祖父様! せめて『新しい剣の試し切りが出来る!』というワクワク顔は隠してください。


 どうやら声の主は鍛冶屋から少し離れた場所で騒いでいる3人組のようだ。男子2名に女子1名。10代後半ぐらいかしら?私より少しだけお兄さん、お姉さんね。もちろん精神年齢はだいぶサバ読んでいますけど。ほほほ。サラナちゃんはまだまだピチピチの10代。『ぴちぴちなんて死語よね〜』っていったら、20代の後輩に『死後って死んじゃったんですか?』と驚かれて、余計にダメージを受けた前世を思い出してしまったわ。くうぅ。


「マリー。もうそんな奴、放っておけよ。幼馴染だからって、君はロックに甘すぎる」


「ジーン、で、でも……」


 3人組の内、ちょっと身形のいい男子(推定ジーン君)が、女子(推定マリーちゃん)の腕を引き、もう1人の男子(推定ロック君)から引き離す。推定ロック君は、ジーン君に突き飛ばされでもしたのか、尻餅をついていた。


 ジーン君もマリーちゃんも綺麗な格好をしていて、裕福な平民といった印象。対するロック君はヨレヨレのシャツと洗いすぎて擦り切れたズボン姿で、明らかに2人とは違う装い。あ。ズボンの膝の所に穴が空いているわ。

 

「働いている俺たちと違って、こいつは家に籠って怠けてばかりだ。もうこんな奴、関わる価値がないってこと、そろそろ理解しなよ」


 会話の流れから3人は幼馴染のようだけど。男子2人の関係はあまり良好ではないようだ。ジーン君の冷ややかな声と視線が、それを物語っている。


「でも……、ロックだけ仲間外れにするなんて」


 マリーちゃんが躊躇うのに、ジーン君は少々乱暴にマリーちゃんの手を引いた。


「灯篭祭は毎年、2人で見ているじゃないか。今年も2席しか予約はしていないんだ。ソイツは連れていけないよ」


 マリーちゃんの手を握り、ジーン君はジッとマリーちゃんを見つめる。


「それに、今日はマリーに大事な話があるんだ」


「ジ、ジーン……」


 頬を染めるマリーちゃんと、それを愛しそうに見つめるジーン君。おお、これは告白フラグですね。いや、プロポーズフラグかしら。


「もう行こう。ロック、付いてくるなよ」


 ジーン君はロック君をギリッと鋭く一瞥し、マリーちゃんの腰を抱いて歩き出す。


「あ、ま、またね、ロック。灯篭祭のお土産、買ってくるから!」


 マリーちゃんは申し訳なさそうな顔をしながらも、ジーン君に促され、そのまま歩いて行ってしまった。


 残されたロック君は、尻餅をついたまま。遠巻きに周囲の人たちが気の毒そうに見ているが、誰も手を貸す事は無い。


「サラナ。ここに居なさい」


 たまらず駆け寄ろうとした私の頭をポンポンと撫でて、お祖父様がツカツカとロック君に近づく。

 まあ、さすがお祖父様。紳士。紳士の塊だわ。男子には幼児と老人と病人を除いて全方向厳しめなお祖父様でも、(推定)失恋した男子には優しいのね。


 お祖父様はロック君の前に立つと、優しく手を差し出し……てないわね。仁王立ちしています。あれ?

 

「立てぃ、小僧! お主がいつまでも座り込んでいては、サラナが心配するではないか!」


「ひゃぃいっ!」


 お祖父様の魔物も従える重低音な怒鳴り声に、ロック君はばね仕掛けの玩具の様に勢いよく立ちあがった。

 優しくなかった。いつもの男子に全方向に厳しめなお祖父様だわ。しかも厳しい理由が私が心配するからって。じじバカを炸裂させる合わせ技だわ!   


「往来で騒ぐとは何事だ! 痴話喧嘩なら家でやらんか!」


 しかも失恋男子に塩を塗り込んでいるぅ。やめてあげてお祖父様。失恋男子には優しくしてあげて。


「痴話喧嘩なんて……。ぼ、僕なんか、マリーに相手にされてすらいません。マリーは昔から、ジーンが好きで。でも、優しいから、ただの幼馴染の僕なんかをいつも気に掛けてくれて」


 プルプルと哀し気に震えて項垂れるロック君に、お祖父様が呆れた声を上げる。


「阿呆か、貴様は。真に優しい女子なら、幼馴染の貴様を置いて他の男と祭りなどに行くはずがなかろう。もう一方の男の無礼な言動を止めるだろうよ」


 それは全面的に同意します。マリーちゃん、惚れた弱みかもしれないけど、ジーン君の言動を全く止めなかったもんね。オロオロと狼狽えているだけで。

 周囲の野次馬の皆さんもうんうん頷いている。ジーン君の態度も悪かったけど、止めないマリーちゃんの印象も悪いようだ。


「なんだ、騒がしいと思ったらロック。お前か」


 鍛冶屋の店主さんが、店から出て来てロック君に話しかける。あら。お知合いですか?


「こいつの亡くなった親父を良く知っているんだ。優秀な鉱山夫で、趣味で鉱石の研究をしていたんだ。こいつの親父には、剣を作る時の鉱石の配合に協力してもらっていたから、こいつの事も小さい時から知っているんだ」


「ああ、じゃあ、『鉱石博士』のダンクの息子か?」


 カルドン侯爵が思いついたように問うと、ロック君はしおしおと頷いた。


「はい。鉱石の研究をしています、ダンクの息子、ロックと申します」



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9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


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― 新着の感想 ―
よし、お持ち帰りしよう! いや、さすがに他領の領民は無理かな?
ドヤールの村人達が働きにいっていた、鉱山があるはずだが…?領内に?
え…………?そんな有能そうな人を引き篭もり呼ばわりしてんの?(汗)
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