8 人手が足りなけりゃ育てたらいいじゃない
寒い冬を快適に過ごしたいだけだったのに、どうしてこんなに忙しくなったのか疑問な、サラナ・キンジェです、ご機嫌よう。
羽毛布団事業のモデルケースとなったモリーグ村の孤児院にて。元官僚のルエンさんと、ダッドさん、ボリスさんの父親、で元職人のゲンさん、ガンドさん、元商人のドンさん。孤児院の子ども達代表である13歳のマオ君と対面し、アルト会長の笑顔が引き攣っています。引退したお爺さんズはゲンガンドントリオですね、覚えやすい。
「サラナ様…。温冷ファンヒーターの売れ行きが大変好調で、カイ、ギャレット、ビンスもフル回転で働いているのです…」
イケメンが弱り切った顔で、忙しくて死にそうなのですと、訴えています。知ってます、でも。
「私、アルト商会しか信頼出来る商会がなくて…」
しゅーんとすると、アルト会長がビクッと身体を震わせた。
「それに、今回はドヤール領の事業ですので、羽毛布団の作成はこちらの孤児院で行うのです。アルト商会には、販売を委託したいのです」
「羽毛布団?」
こういう時は現物を見せるのが一番!私は試作品第12号をアルト会長の目の前に広げた。
色鮮やかな花の刺繍が施された布団カバー。フワフワぬくぬくの羽毛布団。これは全て孤児院の子たちで作り上げたものだ。
私の想像では、孤児院の子たちは日々の暮らしに困窮し、小さく寂しげに暮らしているイメージだったのだが、とんでもなかった。子ども達も、彼らを世話する職員達も、大変パワフルだった。貧しくて満足な食事がとれなくても、雨漏りと隙間風に悩まされていても、工夫と努力で苦しい日々を笑いに変えていた。そして、自分達の生活を、未来を変えたがっていた。
私が羽毛布団作成事業の話をした時の、彼らのキラキラした瞳といったら、どんな宝石よりも綺麗だった。未来に光を見出したような、そんな希望に満ち溢れていた。
羽毛布団の作成工程を教えると、自分達で工夫を凝らし始めた。元職人、商人のゲンさんガンドさんドンさんの厳しい指導にも全く臆する事なく、むしろどんどん質問して、ベテラン達と切磋琢磨して仕事に打ち込み、教えをグングン吸収した。
元々、子ども達は色々な内職を日頃からこなしており、縫い物や工作に慣れていたのも幸いした。
「これは、なんと美しい。刺繍も美しいですが、この軽さで、この暖かさ。これは本当にここで作られた商品ですか?」
刺繍の入ったハンカチやお菓子など、孤児院で作られた物を販売する事はこれまでもあった。貴族や裕福な商人が慈善の一種で購入するのだ。しかし、この羽毛布団はそれとは一線を画する。確実に貴族や富裕層に売れる。
「勿論だっ!お嬢に作り方を習って、師匠達と一緒に俺たちが作ったもんだ!!」
赤髪の子は勝気な子が多いと言うけど、マオはアルト会長の言葉にカッとした様に怒鳴った。途端に元商人のドンさんにゲンコツを喰らっている。
「言い直し!!」
「はいっ、すいません、師匠!…勿論でございます。こちらはサラナお嬢様よりご教授頂き、師匠達の助力も頂きながら、当孤児院で作成したものに間違いありません」
マオはビシッと背を伸ばし、人が変わった様な口調と所作で言い直した。おぅ、前に会った時よりマオの動きが洗練されてる。短い時間で良くここまで身についたなぁ。やる気が凄いからね。
「えっ、こ、この孤児院の子ですよね?商会の見習いとかではなく?」
「ウフフ。午前中は子ども達のお勉強の時間なんです。算学、文字の読み書き、言葉遣いやマナー、ここに居るベテランの皆様に午前中は講師、午後は仕事の監督をして頂いています。子ども達の伸びが凄くって!皆、簡単な算学と読み書きをマスターしましたわ」
一番下の子はまだ3歳よ?市場の買い物でお釣りの間違いを指摘出来たって意気揚々と報告してきたのよ?逞しいわ。
「は?え?お、教えているんですか?ここで?」
一般的な孤児院の子ども達は、領主からの援助と内職などで生計を立てているので、教育を受ける暇などない。
「今から教育して優秀な人材を育てます。そうすれば、孤児院単独でこの事業を運営していけますわ。事業が上手くいけば、領主からの援助も必要なくなるのではないかしら?」
そのために今、孤児院の院長は経営学を学んでいる。こちらも子ども達の為になるならと、すごい熱意で吸収してるよ。いずれは商品の販売も出来る様に、規模を拡充したいなぁ。
「まだ子ども達の教育と布団の作成で手一杯なのです。ですから販売をアルト商会さんに…」
「やりますっ!」
おっと。アルト会長の表情が変わった。おや、ちょっと目がウルウルしてないか?どしたの?
「わ、私も地方の貧乏男爵家の5男で、幼い頃は内職と畑仕事ばかりで、満足に勉強も出来なかった。学園に通う余裕もなくて、商会に見習いで入っても読み書きも算学も苦手で苦労しました。こんな、こんな素晴らしい教育を、孤児院で受ける事が出来るなんて!!是非、協力させてくださいっ!」
「アルト会長ならそう言ってくださると思いました」
わぁーい!困った時のアルト会長。ありがとう。
ニッコニコでお礼を言ったら、アルト会長がフニャッとした笑みを浮かべた。あら、可愛い。
「アルト会長。こちらが現在の羽毛布団作成スケジュールです。まだ数は作れませんが、販売価格はこれぐらいで、コストはこれぐらい…」
ルエンさんがすかさず書類をばっと広げる。アルト会長は真剣に書類を読み込んでいる。販売価格や経費などについてはこの二人に任せておいて大丈夫だろう。
「お嬢。試作品をもらっても良いって本当か?」
マオ君がコソコソと話しかけてきた。子ども達は初め、サラナお嬢様と呼んでたんだけど、小さな子達がサ行の発音が難しいらしく、シャラニャオジョウシャマと何かの呪文の様になってしまった。結局色々と検討した結果、お嬢という短い呼び名に落ち着いたらしい。何だか前世のアンダーグラウンドな世界の娘の様な呼び方に聞こえて、私は落ち着かないんだけどね。
「構わないわよ、マオ君。孤児院で使ってる薄い紙みたいな布団よりはマシでしょ?」
洗濯しすぎて擦り切れ、向こう側が透けて見えそうな布団は、もはや布団とは言わない。これまで作った試作品は山程あるので、皆で使えば良いと思うの。
「但し、モニターもちゃんとやってね。使用してみて、改良の余地があるなら、そこもまとめておく事」
「分かってる!羽毛が縫い目から飛び出すのを防ぐ為に縫い方の工夫出来ないかって、みんなで検討してるんだ。単に布を分厚いものにしたら布団の軽さが活かされないしさぁ」
一端の開発者の様な口振りだが、孤児院の子ども達全員がこんな風に改良点を常に考えている。小さい子達の突拍子もない思い付きが採用されたりと、なかなか面白いのだ。
教え子の考え込む姿に、講師のお爺さんズはニマニマしている。教え子たちの成長が嬉しくて堪らないみたいなのよね。
「サラナお嬢様。アルト会長との調整が済みました。殆ど修正はなしです」
ルエンさんとアルト会長がニコニコ笑顔で契約書を持ってきた。後は領主たる伯父様のサインがあれば終わりのところまで仕上げている。
「今回も素晴らしい商品をご紹介頂き、良い商売をさせて頂けそうです。孤児院での作成は、貴族の皆様の興味を惹きそうですね」
「慈善ではなく本当に欲しいと思ってもらえる商品を作り出せれば、子ども達の自信と自立に繋がるでしょう。これが成功出来れば、領内の他の孤児院でも試してみる価値はあります。どれぐらいの需要が望めるかは、アルト商会に掛かっていますから、宣伝と販売をお願いしますね?」
「心得ていますっ!」
アルト会長の張り切った声に、私は笑みを浮かべた。彼には色々と無理を言ってる自覚はあるのだ。でもこうして、いつだって笑顔で応えてくれて、こちらが思った以上の成果を齎してくれるから、ついつい甘えちゃうのよね。
「…………素晴らしい」
震えた声が聞こえたと思ったら、突然、ルエンさんがその場に平伏した。
「サラナ様っ!私、感動しました!なんと素晴らしいお考えでしょう!子ども達に教育を施し自立を促すっ!しかも午後の布団作成については子ども達に給金まで与えるとはっ!!この様な恵まれた孤児院など、国中探してもありませんっ!!このルエン、地の果てまでもサラナ様に付き従い、誠心誠意仕えさせて頂きます」
「おー、今日も始まったなぁ。ルエンの土下座賞賛」
「毎日よくそんなに褒め称える言葉を思いつくもんだな」
「まぁ、サラナ嬢のやる事はたしかに凄いですからねぇ」
ゲンドンガントリオがニヤニヤと土下座するルエンさんを笑っているが、彼らが言う通り、ルエンさんのこれは毎日の事なのだ。雇って貰えた事が嬉しかったのか、やたら大袈裟に毎日私を褒め称えてくる。止めてと言っても止まらない。仕事は早くて完璧で、前世で言うところの有能パーフェクト秘書みたいなのだが、何となく残念臭が漂っている。有能なのに。
既に見慣れた光景なので、私たちは特に驚きもしなかったが、アルト会長は驚いていた。まぁ、そうだよね。さっきまでテキパキ仕事してたのにいきなり訳分からない事を叫んで平伏するんだから。
「……分かりますっ」
アルト会長はルエンさんに駆け寄ると、その両肩に手を掛け力強く頷いた。
何が?何が分かるの?
「サラナお嬢様の発想力は何より素晴らしいのですが、それを事業化する手並みときたら、熟練の商人も顔負けです。しかも利益のみを追求する訳ではなく、そこには必ずドヤール領に益を落とせる様、地元の生産者を大事になさるのです。確かに大手商会のようにお抱えの工房や職人に仕事を卸せば経費は抑えられますが、その分の損をサラナ様が被っても、領内に仕事を卸せば、回り回って領全体が潤うからと…!私は幾つか貴族家の方とお取引をさせて頂いておりますが、これ程お優しく、慈悲深く、領民を大事になさる方は初めてです」
「えぇ、えぇ!アルト商会さんとのお仕事についても、書類などで見せて頂きました!貴族向けの商品は豪奢でも、平民向けには出来るだけ価格が抑えられていて!素晴らしい商品を貴族だけで独占せず、民にも広げようと言うそのお心が素晴らしく…」
「分かっていただけますか、ルエンさん!サラナお嬢様の素晴らしさが…」
盛り上がる二人を前に、私は恥ずかしさがピークになっていた。いや、地元還元って領主一家に連なる者として当たり前よ?領が潤えばその分税収も良くなり、更に領内の整備にお金遣えるじゃない?そしたらまた税収が上がったり要らぬ経費を削減出来たり、良い事ばっかりだよね?普通だよね?
「いやー。ルエンの仲間が増えたなぁ。まぁ、アルト商会の若造は、最初っからお嬢贔屓だからなぁ」
ゲンさんがカラカラ笑いながら呑気な事を言っているが、笑ってないで止めてくれ。
「無理ですよ。良い事っていうのは、語り合いたくなるもんだからな」
ガンドさんもニヤニヤするだけで止める気配がない。
「領内の孤児院の午前中学習については、既にサラナ様が私財を投げ打って始めているなんて知ったら、余計に感激するでしょうね」
ドンさんが更に火にガソリンを投入しようとしている。ヤメれ、恥ずかしくて居た堪れないわ。
「その内、お嬢の宗教でも作るんじゃねぇの?あの二人」
マオ君。割と本気モードで冗談言うの止めて。笑えないわ。
私はいつまでも盛り上がる二人を前に、気持ちを無にしていた。早く仕事しろ。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。