78 カルドン侯爵家へ
プチ旅行に出掛けます。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
最近、勢いのある西のボスことカルドン侯爵にお招きを受けました。美容器具の販売やミンティ芋関連で大変お世話になっているので、お断りするのも難しく。伯母様が深ぁい溜息をついて、腰を上げました。私も行きたくなかったのですが、どれもこれも開発者が私とバレているので、もれなくご招待を受けましたわ。ほほほ。
今回はカルドン侯爵邸にお誘い頂いたのですが、馬車で数日掛かるカルドン領。お泊りは必須。『気のおけない方をお招きしての小規模な会ですので、ぜひカルドン侯爵邸でご滞在を』と言われてしまっては、お断りしにくいですね。初対面なのにお泊り。濃いわー。
招待を受けたメンバーの中には、今を時めくミンティ男爵夫妻と御嫡男のレザック様も含まれています。
ミンティ男爵家は、カルドン侯爵家と縁戚であるレヴィア侯爵家に大変お世話になっているので、断るなんて最初から選択肢はないようですが、ミンティ男爵と男爵夫人に、『ドヤール家の皆様もご参加されるんですよね。ね?』と縋るような目で見られたら、ますます断れなくなりました。心細いですよね、雲の上の存在である高位貴族のお宅に、初めてのお呼ばれでしかもお泊りだなんて。だからうちも一緒に! と全力で誘っていらっしゃるのですよね。分かります、分かりますから、そんな捨てられた子犬みたいな顔で拝み倒すのは止めて下さい。
ドヤール家からは、王宮への報告物の〆切りで待ったなしの伯父様とお父様は不参加で、伯母様とお母様と私、そして、やる気満々のお祖父様が参加です。お兄様たちやお姉様たちは学園が始まってしまったので不参加。もちろん、フローリア様も。寂しいわ。
最初は、お祖父様は乗り気ではなかったのですが、『先方のカルドン侯爵の弟は、確かまだ婚約者がいないのよねぇ。サラナとの縁談を勧められるかも。心配だわぁ』という伯母様のわざとらしい一言で、参加することになりました。しかもその弟さんが騎士団所属と聞いて、更に殺る気に。いえ。やる気に。
『サラナが欲しくば、このワシを倒してからだ』とか仰って、愛用の剣を念入りに手入れされています。まだ申し込みすらされていないのに。なんだか、私が自意識過剰みたいじゃないですか。じじバカが過ぎますわよ、お祖父様。貴方の孫娘はそれほどモテませんって。
西のカルドン侯爵領には良質な鉱石を産出する鉱山があり、領内には沢山の鍛冶工房が存在する。腕の良い鍛冶職人が作る武器や防具を求め、ユルク王国内だけでなく、他国からも買い付けの商人が集まり、王都に次ぐ勢いがあると言われている。私たちが誘われたのは、カルドン領でも年に一度の大市が立つ時期らしく、武具に興味のある伯父様は、『俺も行くんだぁ』と騒いでいらっしゃいましたが、笑顔のお父様に執務室に引きずられて行きました。合掌。
さっさと社交なんて終わらせて、大市で伯父様への素敵なお土産を選びましょう。そうしましょう。
カルドン侯爵領への道中、魔物が出ましたが、護衛さんたちを差し置いてお祖父様が秒で討伐し、近くの村の皆様からお祖父様が拝まれたり、魔物討伐に来ていた冒険者の皆様からの弟子入り希望が殺到したり。語るとお芝居一本分ぐらいの色々な事がございましたが、割愛いたします。ええ、いつもの事ですから。
辿り着いたカルドン侯爵邸は、王家に次ぐ勢力といわれるだけあって、素晴らしいお屋敷でした。これ、お屋敷って言っていいのかしら。ちょっとした城ですね。ユルク王宮も瀟洒で素敵ですけど、こちらは飾り気は少なく、質実剛健。無骨ながらもどこか温かみがあります。さすが西のドン。立派だわぁ。
「遠路はるばる、ようこそお出でくださいました」
カルドン侯爵夫妻がわざわざ出迎えて下さいました。カルドン侯爵は爵位を継ぐときに騎士団は引退なさったけれど、騎士としても名高い方ですから、がっしりとした身体つきと鋭い眼光で迫力があります。え? お祖父様とどちらが怖いかって? それはもうぶっちぎりですわ。ほほほ。
「おお。カルドン侯爵。久しいなぁ」
「バッシュ様! ご無沙汰をしております」
カルドン侯爵とお祖父様ががっしりと固い握手を交わしております。どうやらお2人はお知り合いのようですね。微笑ましい光景なんですが。厳ついお二人が並ぶと、迫力だわ。マフィアの手打ちじゃありませんよ。
「侯爵夫人、お招きありがとうございます」
「まぁ。ミシェル様、カーナ様。相変わらずお綺麗ねぇ」
カルドン侯爵夫人であるアデリー様は、勝気そうな吊り目の、迫力のある美人さんです。うん、勝気な美女と野獣。大変お似合いでいらっしゃいます。カルドン侯爵ぐらい迫力のある方の隣は、やはり迫力のある奥様でないと。
そんなお綺麗な侯爵夫人が、ほうっと思わずため息を吐くほど、今日の伯母様とお母様は、女神もかくやという美しさです。お2人とも、いつにも増して気合の入ったドレス姿なのよねぇ。『気のおけない方をお招きしての会』を真に受けているわけではないけれど、伯母様やお母様が気を張り詰めていらっしゃるように見えるのは、気のせいかしら。笑顔の圧が、怖、いえ、美しいわ。
なんとなく不安になって、チラリとお祖父様を見上げてみれば。
目が合ったお祖父様は、にんまりとワイルドな笑みを浮かべていて。
ぎゃーっ! そんな顔も格好良いです! 素敵、お祖父様! と叫ばなかった私を褒めてやりたいわ。
◇◇◇
旅装を解いた後はカルドン侯爵家でお茶を頂きました。
カルドン侯爵家は、カルドン侯爵夫妻とそのお子様、先代侯爵夫人メイア様、カルドン侯爵の弟であるシヴィル様、妹であるシャーロット様という家族構成だ。先代カルドン侯爵は亡くなっている。カルドン侯爵は先代侯爵に似ていらっしゃるようだけど、シヴィル様とシャーロット様はお美しいメイア様によく似ていらっしゃるわ。侯爵夫妻のお子様はまだ赤ん坊なので、今回は不参加でいらっしゃいます。
それにしても、さすがカルドン侯爵家。使用人さんたちの動きもキビキビとしていて、隅々まで指示が行き届いている。お茶も文句なしの一級品。大変、美味しゅうございます。
もちろん、招待客をもてなす心遣いも優れたもので。旅程の都合上、お昼が早かった私たちにカルドン侯爵家からミンティ芋を使った軽食も出されたのだけど。
「このカルボーは、我が領でも大人気なんだ!」
上機嫌でフライドミンティ芋にかぶりつくカルドン侯爵。お気に入り過ぎて、最近のお茶の軽食は毎回これなのだとか。さすがに、毎食では飽きませんか。そして太りませんか。
フライドミンティ芋、『カルボー』の名でじわじわとユルク王国内に広まっているのよねぇ。
ドヤール領? 脳筋、いえ、屈強な騎士たちの大好物となっていますわよ。『カルボーを喰らって魔物を倒せ! 』と、酒場でも早々に売り切れる大人気商品らしいわ。アルト会長の読みが当たりまくりです。流石だわ。
味付けも、チーズとトマトのソースだけでなく色々なバージョンを出してみたのだけど。酒飲みにはスパイシー味が、お子様には甘めな味が人気らしい。ウチの領だけでミンティ芋を食べ尽くすんじゃないかと心配になります。
「王都の『こもれび亭』のミンティ芋とギューロスのシチューも、私、頂きましたわ。極上の味わいでしたわねぇ」
「ええ。あのお肉の蕩けるような柔らかさと、ミンティ芋のしっかりとしたお味が美味しくて! 」
カルドン侯爵夫人とシャーロット様がうっとりとなさっています。シチューもお好きなようですが、女騎士様のファンクラブの会員でいらっしゃるんですか、羨ましい。私は未だに王都に行けないので、プロ仕様のシチューも味わっていないし、『姫君と騎士』の世界観も楽しんだことがないのです。プロデュースしたのに、紙の報告書でしか現状を知らないの。売上がどんどん上がっていくのは嬉しいけれど、行きたいわぁ、『こもれび亭』。
「しかし、ミンティ芋がこれほどの人気となるのは、我らも予想以上であったなぁ」
カルドン侯爵が、ミンティ芋をしげしげと眺め、嘆息する。
「ミンティ男爵もそう思っているのではないか? 思いがけず取引も増え、戸惑っているだろう」
そう、カルドン侯爵がチラリとミンティ男爵家の皆様に視線を向けると。分かりやすいぐらいに緊張するミンティ男爵家の皆様。先ほどから言葉少なに気配を消していらっしゃったのに、酷な事をなさいますわねぇ、カルドン侯爵。でもミンティ男爵家も、西のドンに聞かれたら答えないわけにはいかず。
「はっ。大変多くの方にご興味を持って頂きまして、ありがたい事でございます。幸いにも、ドヤール家の皆様に繋いでいただいたご縁で、良い商会に巡り合い、万事恙なく、お取引させて頂いております」
はい。満点。お父様の想定問答集通りの回答をなさっておいでです、ミンティ男爵。
それにしても、どうしてお父様はこれほど的確にカルドン侯爵からのご質問を予想できるのかしら。やっぱり前世の学生時代に側に居て欲しかったわぁ。ヤマ張りが完璧ではないですか。
「ふぅむ。たしかベムス商会だったなぁ。あそこは一度落ち込みかけたが、前の会長が戻って、ようやく盛り返したな。前の会長も高齢だが、後継ぎが幼く、心配だな」
「ほほほ。旦那様。それは杞憂というものですわ。べムス商会は今を時めくアルト商会の傘下にありますもの。幼い後継ぎが大きくなるまで、何の心配もないでしょうよ」
カルドン侯爵夫人が、夫の心配を軽やかに笑い飛ばす。
さすが王妃殿下に対抗する社交界の華であるカルドン侯爵夫人。事情通でいらっしゃるわ。クルム会長のお孫さんのフェム君(将来有望)の事もご存知なのだから。この様子だと、べムス商会の内情もアルト商会の事も、全てお調べになっているのではないかしら。
「ドヤール家も立派な後継がいらっしゃいますものねぇ。それに、ラカロ子爵のお噂も聞いておりましてよ。大変優秀な方だとか。ドヤール家も安泰ねぇ」
ラカロ子爵と仰るときに意味ありげに私の方に視線を向ける侯爵夫人。うん。私の事も勿論、ご存知だけど、お父様の功績というスタンスを取って下さるということね。お礼に、必殺、曖昧な笑みをお返ししておきます。
「そうだな。ドヤール家はユルク王国の守りの要。ひいては国の安泰にも繋がる。嬉しい限りだ」
カルドン侯爵からもお褒めの言葉を頂いています。
あら? でも、貴族特有の褒め言葉に、なにか含みがあるような……。
意図が分らず、じっと会話に耳を傾けていると。我が家の女帝が静かに動きました。
「カルドン侯爵邸のお庭の素晴らしさは、夜会でもよく耳にしていたのですけれど。本当にお美しい事。サラナ、お庭を案内していただいたらどうかしら」
上品に伯母様が微笑んでいらっしゃいます。あら。未成年者は席を外した方がいいみたいですね。
「それでしたら、私がご案内いたしますわ」
シャーロット様に穏やかにそう仰っていただきました。あらー。お気遣い頂いて嬉しいわ。
ふわふわ癒し系のシャーロット様と、綺麗なお庭探索なんて楽しみでしかないわ。
なぁんて暢気に喜んでいた私ですが、侯爵夫人から、過分なお心遣いを頂きました。
「ドヤールの大事なお嬢様をご案内するのですもの。シヴィル様も護衛代わりに同行なさってはいかがかしら」
指名されたシヴィル様が一瞬、嫌そうな顔をなさいましたが、すぐに笑みを浮かべた。
「喜んで」
取り繕ってもあの一瞬でその心情はありありと分かりました。『面倒くせぇな』ですわね。
「よろしくお願いしますわ」
私も嫌そうな顔には全く気付かなかったと言わんばかりに、慎ましやかな笑みを浮かべる。内心は、『いや、いらないし』というのはおくびにもだしませんよ。こちらは淑女なので。
シヴィル様の表情に気づいていたシャーロット様はちょっと狼狽えていたけど、淑女の笑みで取り繕って、私をお庭へと連れ出してくださった。
お祖父様が心配そうな視線を向けてきたけれど、私はそっと首を振る。お祖父様は是非とも伯母様とお母様と一緒にいらしていただきたいわ。込み入った話になるみたいですから。
あれぐらいなら、私でもあしらえると思いますし。
お部屋を辞しながら。私の背中にはひっそりと冷や汗が流れていた。
カルドン侯爵家を訪れる事を決めてから、なにやら思案されていた我が家の女帝様。ドヤールを出発する頃には、どうやら方針は固まったようで、お母様と2人、怖い笑みを浮かべていらっしゃったのよ。
今この場に残るよりは、シャーロット様とお庭散策の方が断然、安全な気がするので、サラナちゃんは撤退します。『触らぬ神に祟りなし』っていうものね。
シヴィル様が付いてくるのが、若干、面倒だと思ったけれど。あの笑みを浮かべている伯母様とお母様に比べたら、多分、子猫パンチぐらいの脅威しかないと思うの。