7 可愛くない魔物も偶には役に立つ
そういえば、冬に備えて準備していた事をご報告し忘れていました、サラナ・キンジェです。ご機嫌よう。
冬といえばお布団の恋しい季節。寒い冬の朝、もう二度と離れないわと燃え上がるカップルの様に、お布団と抱き合う至福は皆様もご存じでしょう。あの軽やかながら素晴らしい保温力のお布団で二度寝に突入する時の気持ちよさと言ったら、寝過ごした後の地獄をも甘んじて受け入れてしまうわよね。
ただしそれは前世のお布団の話。今世のお布団、暖かいのは暖かいけど、重いのよ。一般的な貴族の使うお布団は、何枚も布を重ねたものや、ぎゅうぎゅうに綿を詰めて板みたいになったものや、動物の毛皮など。フォークより重い物を持った事のない非力な令嬢である私にとっては重い。何度重石を乗せられる拷問の夢を見た事か!寝ながら身動きが取れないって、致命的だわ。
羽毛布団はないのかしら。か弱くて繊細な私のための羽毛布団は。
そんな時、またしても私の救世主、お祖父様が素敵な魔物をお土産に下さいました。グェーという鳥形の魔物で大きさはそうね、大人が手を広げたぐらい?の大きさで鋭い嘴と堅い爪を持つ目がギロギロした獰猛な雑食の魔物なんですけど。
一戸建サイズのキラービーの巣を持ち帰るお祖父様なら、楽に狩れるのでは?と思っていましたが、このグェー、大きな群れだと100匹を超えるらしいのです。小さな群れでも50匹は確実なのだとか。集団でワーッとやって来て農作物を荒らしたり、群れで力を合わせて大きな家畜を攫ったり。一度来襲すると村や街に壊滅的な打撃を与えるのだとか。なので1匹グェーを見かけたら、直ちに討伐隊が組まれるんですって。あの顔にピンと来たら110番ね。
ドヤール領はこのグェーの餌場と認識されているのか、他の領に比べ、グェーの飛来頻度が高いらしい。最強の守護神であるお祖父様に、仲間が何度も殲滅されているのに、どういう情報網でやってくるのかしら?フラッと立ち寄りやすい地形なのかしら?
「サラナ。今日の土産は余り良いものではないのだ…」
しゅーんとしたお祖父様が、帰ってくるなりそんな事を仰って見せてくださったのが、汚ったないマダラ模様の目つきの悪い鳥だった。
「あらー」
肉は硬くて不味く、鋭い嘴は防具に使われるけれど、それ以外は焼却処分らしい。嘴。何も思いつかないわ。
その時、グェーから羽がひらひら落ちた。あら、白い羽?でもグェーの色は何だか汚いマダラ色だけど…。
私はグェーを鑑定に掛ける。肉は硬くて渋みがあり、不味い。食べられるが腹をくだす。いや、これ、食べたらダメじゃない?毒じゃなきゃ食べられる判定なのかしら。嘴と爪は武具に向いている。純白の羽は、保温性に優れ柔らかく軽い?純白?
よく見るとグェーがマダラなのは泥やら樹液やら血やらで汚れているせいだった。所々に白い羽が見える。
「お祖父様、まだ焼却しないで!腐らないように冷やして下さいな!」
「うん?全部か?」
「ええ、お願いします!確認してみたい事があるのです!この羽を、あ、胴体部分と翼の部分は分けて羽を集めて頂けませんか?」
「お、おう」
何人かでワラワラと羽を集め始める。胴体部分の羽を一掬いして目立つゴミを取り除き、水魔法でザブザブと洗う。ある程度汚れが落ちたのを確認し、風魔法で乾かすとふわふわになった。
「白い!軽い!これは良いお布団になるわ」
煮沸消毒は必要よね。鍋と、飛ばないように乾かすための目の細かい網、あとは肌触りの良い布が必要だわっ!
ダッドさんとボリスさんにお願いして、大釜と網を作ってもらう。羽を洗浄、消毒するとまだ色にムラがあるので、少量の洗剤を入れ、再度煮てみた。うん、真っ白!風魔法で乾かす。私程度の平均的な風魔法でも十分綺麗に乾いた。侍女さん達にお願いして縫ってもらった布の中に羽毛を詰めていく。羽毛が偏らないようにキルティング加工にして出来上がり。試作品だからとりあえず作ってみたけど、羽毛が偏らないようにする縫い方や、布から飛び出さない縫い方も研究しなくちゃ。
「軽ーい!!」
お行儀が悪いけど、ソファの上で横になって羽毛布団にくるまってみる。暖かくて軽くて快適!わぁーい。
お祖父様や伯父様やお父様にも試してもらう。秋の始まりとはいえ、風も冷たくなって来た今日この頃。この快適さは理解していただけると思うの。
「ふぅむ、軽い。あのグェーの羽が、こんなものに使えるとはなぁ」
「焼却処分するしかなかった魔物の羽が、こんないい布団に生まれ変わるとは」
「軽いのに暖かい、不思議ですね」
お祖父様達があれやこれやと話し合っているうちに、私は侍女さん達とお布団カバーを作っていた。私は綿素材の吸水性の良いカバーが好きなので、明るい色のコットンを準備してもらった。お祖父様達から試作品の羽布団を取り返し、カバーをつける。ジッパーはないから横に紐を付けて、閉じられる様にした。皆、手際が良いからあっという間に出来上がった。
「はっ、なるほど。更に綿を重ねるのか」
「羽布団はそんなに頻繁に洗えませんから、汚れたらカバーを付け変えればいいのです」
ふっわふわ。今日の寝床はフッワフワ。
浮かれて寝所に移動しようとした私の肩を、お父様ががっしりと掴む。
「サラナ。利益登録の準備もあるし、羽毛布団の作成についても纏めなくてはいけないよね?」
お父様の優しい声に、私は震え上がった。どこ行くんだ、お前?あぁん?という副音声が聞こえた気がした。
「も、も、も、も、勿論ですわ、お父様。すぐに取り掛かりますわ」
お布団で昼から惰眠を貪ろうと思っていた私は、冷や汗が背中流れるのを感じた。お父様、とっても真面目な方なのよね。仕事をほったらかしなんてしたら、二時間お説教コースだわ。
「まぁ、軽くて暖かいわ!ちょっと試してみましょうか?」
「あらいいわねー!」
かくして、私はお父様にズルズルと執務室に連行され、お布団はお母様と伯母様コンビに持って行かれてしまったのだ。
色々とあって、お布団作成事業が立ち上がりまして。
でも圧倒的に手が足りない。村の皆さんは畑仕事があるし。グェーの解体から羽毛洗浄、お布団づくりなんて、専門業者さんもいないしねぇ。
そこで、白羽の矢が立ったのは、なんと、孤児院だった。モリーグ村の孤児院には上は13歳から下は3歳までの25人の孤児達がいる。皆この村の出身というわけではなくて、よその村や街の孤児院が一杯でここにやって来た子たちだ。孤児院の子どもたちの生活費は、領から出てはいるが、食べさせるのに精一杯なので、小遣い稼ぎのために子どもたちは普段から村の雑事を手伝っている。しかし、農村はどこも子だくさんで、子どもの労働力は足りているし、大した賃金を稼げなかった。グェーは年に何度もドヤール領に群れで襲来するし、布団づくりを孤児院で行えば、資金が足りず慢性的に困窮している孤児院の定期的な収入になるので、丁度いいのではないかと。そう、村の事をよく知るヤンマさんに言われたのだ。でも、私は初め、その提案には反対だった。
子どもをただ働かせるだけでは、根本的な貧困の解決にはならないのだ。低賃金で人手が確保出来るから、良い労働力としてゴルダ王国でも孤児院の子どもを働かせていたけど、孤児院を卒業した子どもたちは、単純作業しかしていなかったから外の世界では過酷で低賃金な仕事にしか就けなかった。孤児院出身だと中々雇ってもらえないし、賃金を不当に搾取する雇い主もいるのだ。
「お父様、子どもには教育が必要です。孤児院を出てからも稼ぐ事が出来なければ、子どもたちはいつまでも貧困からは抜け出せません」
前世は児童就業は禁止の国で育った私にとって、子どもを働かせるなんて抵抗がある。この世界では平民の子なら10歳前後から小遣い稼ぎに外で働くらしいけど、やっぱり教育って大事よ。親のいないハンデを軽くしてやるのが国の仕事ではないのかしら?
「孤児院の子ども達に教育をかい?だが、その費用はどうやって捻出する?ドヤール領だけでも孤児は数え切れない数がいるんだよ?領主としてはこの子たちに食べさせるのが精一杯だ。目の前の子どもを助けるだけでは、可哀想にと施しを与えるのと変わらないのではないのかね?」
お父様の言葉に、私はプスンと押し黙った。冷静に、冷静に。考えるのよ、サラナ。お祖父様と伯父様がオロオロとお父様と私の討論を見守っている。
スウと息を吸って、頭を冷やす。一つ一つ、論点を整理して行かなくちゃ。
「お布団の作成にはグェーの討伐が必須ですわ。しかしグェーを討伐しなければ、領内の畑や家畜は荒らされ、甚大な被害を与えます。討伐はこれまで通り、領主たる伯父様の責務であり、実施は領軍で行うべきです」
ふむ、と、お父様は頷く。
「さて、ここで討伐後のグェーの処分について。これまでは嘴と爪のみ、武具の材料として利用し、それ以外は焼却処分をしていました。しかし、グェーの羽を布団に加工する事によって、利益を生む可能性が出ました。グェーの羽毛の所有権は領主たる伯父様にあり、布団の作成に関する利益登録は私が行う為、もし伯父様主導での作成、販売を行うなら、私に使用料の支払いが発生し、伯父様は布団作成により出た利益を得る事が出来ます」
「だが、現在のドヤール領では無理だろうね。人手が足りなすぎる。新たな事業を行なっても、人手不足で頓挫するだろう」
お父様の言葉に伯父様がブンブンと首を縦に振る。魔物が多いドヤール領は、文官より兵士が圧倒的に多いですものね。伯父様も書類仕事が苦手でいらっしゃるし。
「そうですか。では、しばらくはこの事業、私にお預け下さいますか?」
ニッコリ笑うと、伯父様は首を傾げた。
「ドヤール領からの事業の委託を、私が請けます。私が子ども達に羽毛布団の作成を指導出来る環境を作ります。いずれは孤児院単独で事業が成り立つように、子ども達には午前中は書類作成、売買、販売などの技術を身に付ける前段階として、文字の練習、計算、簡単な接客を教えます。午後は実際に布団の作成をいたします。いずれは孤児院だけでも商売が成り立つように育て上げれば、十分利益は出るはずです」
「なんだって?」
お父様が驚きに声を上げる。
「人材がなければ育てれば良いのです。実際の仕事をしながら、それに必要な技術を習う。学問と仕事が成り立てば宜しいのですわ。孤児院を、そういう場所にしてしまえばよいのです」
前世では調理師学校が実際に食堂経営をしている所もあったわね。ああいうイメージなんだけど。
「どれぐらい羽毛布団が売れるか分かりませんが、子ども達を将来の文官として、または商人として、育てる費用ぐらいは賄えるのではないかしら?」
出来れば孤児院出身を、ハンデじゃなく強みにしたい。あの孤児院を出た子達ならば、即戦力間違いなしぐらいのブランド力を付けたいわね。
そして、補佐&講師には、あてがあるのです。
まず補佐について。元村長のヤンマさんと一緒に日誌の調査をしている文官マイクさんの元同僚のルエンさん。平民から文官になったルエンさんと、男爵家の五男のマイクさんは身分の垣根を超えた友人なのだとか。貧乏男爵家の五男なんて下手したら平民より貧しいので、低い垣根ですけどねー、とゲラゲラ笑っていたマイクさん。うちの美人侍女とすぐに良い仲になっている所からも、その性格がチャラいという事が分かる。ルエンさんは真面目なタイプなんだけど、何故か馬が合うんだとか。
しかし、ルエンさんは平民というだけで、せっかく王宮勤めの文官になったのに、先輩達の仕事を山程押し付けられ、相当ブラックな働き方をしていたらしく、ある日過労で倒れてしまったらしい。3日ほど休んで出勤したらクビになったと。仕事を押し付けていた先輩達がサボリだと上司に嘘をついたらしい。上司もアッサリ信じてクビにするあたり、見る目が無いなぁと思う。で、現在求職中だが、前職をクビになった理由が理由なだけに、なかなか次の仕事が探せないのだとか。
会ってみたら、ルエンさんは本当にマイクさんの友達なのかと疑うぐらい、ちゃんとした人だった。いや、マイクさん、悪い人じゃないのだけど。意外な組み合わせで驚いたのよ。ルエンさんは少し話しただけで優秀さが溢れ出ていたので、暫く私の補佐として働いてみないかと誘ってみた。
成人前の子どもにそんな事を言われ、驚いていたけど、仕事の説明したら、目を輝かせていたのよね。私も色々な事をやり過ぎて、書類の山に負けそうだったから、手伝いが欲しかったのよ。暇つぶしで始めた事なのに解せぬ。
あとは講師。モリーグ村にはヤンマさんの様に元気なお年寄りが多くって。その中には元商人とか、元職人とかワンサカしている。ダッドさんとボリスさんのお父さん達もそうだ。引退して久しいのに、元気一杯。まだまだ働けるぞーっと、息巻いている。
現役時代には劣るがまだまだ働きたいシルバー層に、講師の仕事はうってつけじゃ無いかしら。同年代のヤンマさんが再就職を果たし、刺激を受けたのかワシもー、ワシもーと、毎日の様にダッドさんとボリスさんの所に押しかけて来る元気なお爺ちゃんズに困っていたのだ。よし、働いてもらおう。羽の洗浄や乾燥の為の器具を作ってもらいたいし、技術を子ども達に伝えて貰いたいわ。
「…成程。荒削りだが、なかなか面白い案だな」
お父様がふむふむと頷いている。荒削りと言うか、思いつきですけど。
「よし。事業として詰めてみよう。バッシュ様、ジーク様、サラナ。付き合ってもらいますよ?」
有能なお父様に火が付いた。お祖父様、伯父様、私はそろって震えた。お父様、コツコツ型の真面目で大人しい方なんだけど、やると決めたら少しの隙もなく完璧な仕事をなさるのだ。そこに、妥協という文字はない。そんなお父様の気質を、お祖父様も伯父様もご存知なのだろう。
お父様の人の良い、だけど圧のある笑顔に引き摺られ、その日は夜が更けるまで事業計画を詰める事になった。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。