68 これが本命なのです
お待たせしました。お久しぶりの投稿でございます。すみません。
アース・スターエンタテイメントさんより、書籍のCMを作って頂いたのですが、
沢山見ていただいたようでありがとうございます。
お祖父様の声、すてきですよね~。
長い前置きがようやく終わりました。サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
色々と新しい料理を作りましたが、これもひとえに本命の商談を成功させるためなのです。ミンティ芋料理が楽しくなっちゃって、色々と凝り過ぎたなんてことは、ほんのちょっとしかありませんわよ。ほほほ。
いよいよ、本日のメインイベント。侍女さんたちが静々と運んできたのは、コップに入った緑色の液体。
はい、本日2回目の、皆様のギョッとした顔を頂きました。ありがとうございます。予想通りです。
「こちらは、ミンティ芋の葉を使った、ジュースです。果物もいくつか混ぜてありますから、見た目よりも飲みやすいと思いますわ」
何度も味見をしましたから。見た目はともかく、美味しさは保証しますよ。見た目はともかく。
皆様は戸惑いつつ、誰かが先に口をつけてくれないかと、お互いに牽制しあっている。
お祖父様。なんだか魔物を相手にしている時よりも、決死の覚悟をしている様に見えますけど。そんなに勇気がいるものですか?
そう。こんなに皆様が警戒しているのは、これにそっくりなモノを知っているからだ。
この世界には、病気になった場合、ポピュラーな治療薬に、薬湯というものがありまして。鍋の中で薬草とか薬草とか薬草とかをどろどろに煮溶かした、この世の物とは思えない、凄いお薬があるのです。効果はばつぐんなのですが、お察しの通り、味もばつぐんなんですよ。
過去には、豪傑で知られる武人が、『薬湯を飲むぐらいなら、百の竜を相手にする方がマシだ』という名言を残したという逸話もあるぐらい、ばつぐんなんです。
だから、皆様のこの反応も無理はないのだけど。
ここは思い切って、レッツトラーイ。
恐る恐る。ジュースに口をつけた皆様は、その予想外の味に、目を瞠っています。
うんうん。果物も混ぜているから、美味しいよね。爽やかな甘みが癖になるよね。
お姉様たちが、ジュースをコクコク飲んで、パァァッと顔を輝かせている。まぁ、なんて可愛いのかしら。そしてやっぱり、スムージーは女子受けするのね。
「美味しいわ、サラナ。少しとろみがあるけど、飲みやすくて、私、このジュースが好きよ。毎日飲みたいぐらい」
「見た目は薬湯にそっくりなのに。こんなにサッパリしているなんて。どうやって作っているの?」
お姉様たちが、まるでテレビっショッピングに出演しているタレントの様に、自然に質問してくださいます。ええ。お姉様たちは、断じてサクラじゃありませんよ。素直に疑問に思った事を聞いて下さっているだけよ。
「こちらのジュースは、この魔力ミキサーで作られたものです」
自称私の右腕と左腕のダッドさんとボリスさんにお願いして、作って頂きました、魔力ミキサー。例のごとく、クズ魔石を使用した、エコな一品。
それにしても、ダッドさんとボリスさん、元は鍛冶職人と細工職人だったのに、いまやすっかり魔道具職人だわ。この2人、若い頃は協力してカラクリ道具を作るのが好きだったらしいから、元々素質はあったのかもしれないわね。
でもボタンを押せばお茶を入れられる道具(茶葉がギューンと滑り台を滑って、ポットに落ちるギミック。商業ギルドへ利益登録済)は需要がないと思うの。手で入れた方が早いじゃんって、私じゃなくてもツッコむと思うわ。
「これは……。面白いですね。中に入れたミンティ芋の葉や果物が、どんどん細かくなっていく」
実演販売よろしくミキサーにミンティ芋の葉と、凍らせた果物を入れてジュースを作る。あっという間に出来上がるジュースに、皆様から感嘆の声が上がった。
若干一名。これだけは何があっても口にしないと公言している大嫌いな野菜が中に入っているのを知って、悲鳴を上げたマーズお兄様がいましたが、気にしない事にします。好き嫌いはいけませんよ。
「この魔力ミキサーは利益登録をしております。これがなければ、こんなに細かく滑らかにジュースにするのは難しいですわ」
使用料も高めの設定です。こちらでは遠慮なく、儲けさせて頂きますから。
「ですが、なぜわざわざ、ミンティ芋の葉をジュースに……?」
レザック様が困惑している。今までミンティ芋の葉は、使い途がないので、余った芋と共に廃棄していたんですって。
んまぁ。なんて勿体ない。芋本体も捨てるのは勿体無いけど、葉はそれ以上に勿体無い!
「ミンティ芋も栄養価が高いのですが。鑑定した結果、葉はミンティ芋以上に栄養価が高く、芋には含まれない様々な栄養素がある事が分かりました」
青々としたミンティ芋の葉を持ち上げ、私は静かに告げる。
「それらの栄養素は、美白、美肌、腸内環境の改善に効果的で。……若返りには欠かせない栄養素なんです」
ええ。いわゆる、前世でいうところのスーパーフードですわね。
ビタミンやら食物繊維やら抗酸化物質やらの色々な栄養素が詰め込まれまくった、夢の様な食材なんですよ、ミンティ芋の葉は。
しかも熱を加えると変異してしまうので、生で、しかもフルーツと一緒に頂くのが更に効果的となれば。ミキサーが必須となるのよねぇ。
シャンジャの街に滞在している時。市場で取り扱われていた、色々な果物を見て、フレッシュな生ジュースが作りたいなーと思っていたのよ。こちらの世界にミキサーは無かったから、頑張って手動で絞れば、なんとかジュースは出来るけど、人力より道具があった方が便利じゃないと、以前からミキサーの試作をお願いしていたのだけど。こんなところで役に立つなんて。私の食い意地、いい仕事するわね。
なんて、自画自賛していたら。怖いぐらいの熱視線を感じました。
ひぃっ、伯母様とお母様、そしてお姉様方の眼の色が変わっているっ……!
「若返り……」
ポツリと呟く伯母様の声が、やけに部屋の中に響きました。
あ、お祖父様を始めとするドヤール家の男子たちが、気配を消したわ。自分達が関わる分野じゃないから引いたというより、女帝の圧を感じて、危機回避したようだわ。
前世のことわざ、触らぬ神に祟りなしって言葉が浮かんだのは、どうしてかしら。うふふ。
「……サラナ。このジュースは、そんなに素晴らしい効果があるの?」
伯母様の妙に静かで優し気な声音が怖いぃ。でもちゃんと説明しなくちゃ。頑張れサラナ、あなたはやればできる子よ!
「は、はい。侍女さんたちが率先してモニターになってくださったのですが。半月ほどで目に見えて効果がありました」
肌荒れに悩んでいた若い侍女さんから、肌のたるみ、シミなどに悩んでいたお年頃の侍女さんたちまで、幅広い年齢層から嬉しい悲鳴が上がっていまして。あんなに沢山頂いていたミンティ芋の葉が、みるみる消化されましたよ。我も我もとモニター志願者が増えちゃって、大変でした。
ドヤール家の侍女さんたちには、ニージュのフローラルウォーターを作った時以来、色々と美容関係のモニターをしてくれているのだけど。
今回のジュースは、本当に凄かったわ。まさか私も、ドヤール家内でモニターの抽選券を配ることになるなんて思わなかったわよ。それぐらい、熾烈な争いだった。
でも侍女さんたちが積極的にモニターをしてくれたおかげで、ミンティ芋の葉ジュースの効能について、色々と実証できたのよ。その報告書もそっと皆様に提出したのだけど。
「……サラナ。ちょっと、報告が遅いのではないかしら」
「……そうね。私たち、このジュースの開発について、何も聞いていないわね」
報告書を呼んだ伯母様たちが、淑女らしく穏やかに窘めてきますが。
どうしてでしょう。抜身の剣を喉元に突き付けられているような恐怖を感じます。あ、伯父様、目を逸らさないで。可愛い姪がピンチですわよ。
「も、申し訳ありませんわぁ。なかなかご報告できるまでに仕上がらなくて……」
だって。数多の果物とミンティの葉の黄金比を見つけるのに夢中になっちゃって。この組み合わせは美白に、この組み合わせはシワに。あら、これは肌荒れに。いやいや、全てに効くオールマイティーなジュースを目指すのよ、と。あとちょっと、あと少し形になってからって思っている間に、今日のお披露目になったんです。決して隠していたとか、もったいぶっていたとかではないんです。美の化身であり、妥協を許さない伯母様たちにお見せするのに、中途半端はいけないと思って、力が入っただけで。
「申し訳ありません。魔石ミキサーの改良も、職人たちのこだわりで少々時間が掛かりまして……」
伯母様とお母様の笑顔が怖くて、涙目になる私に、アルト会長が勇敢にも間に入ってくださいました。くっ、神だわ。優しさと気遣いの神が、ここにいる……!
「アルト会長……。サラナを甘やかしてはいけませんよ。凝り性なこの子のことだから、夢中になり過ぎて報告が遅れたのでしょう?」
お母様の的確過ぎる指摘に、ぐうの音も出ません。バレてますわ。さすが母親。
「……いいえ。安全でよりよい品を作ろうとされるサラナ様を、お守りする事が私の使命です。ご報告が遅れたのは、ひとえに私の不徳の致すところ。どうぞお叱りは私だけに」
にっこり。伯母様やお母様にも負けない圧で、アルト会長が微笑む。
お2人はアルト会長の言葉に虚を突かれたような顔をなさって。それからにんまりと笑った。
「あらまぁ。なんて頼りになる騎士なのかしら」
「ほんと。サラナは大事にされているわね」
うふふ、おほほと笑い合う伯母様とお母様。なんとなく、ご機嫌が直った? ようだわ。
アルト会長を感謝の念をもって見つめると、私の視線に気づいて、はにかむように微笑んだ。ぐはっ。なんだこれ、胸にクるわ。可愛い。
「こちらの『魔石ミキサー』とジュースのレシピについては、ドヤール家で利益登録を。そして、ミンティ男爵家とは、ミンティ芋の葉を優先的に供給して頂く契約を結びたいと思っています」
さささっと契約書をルエンさんがミンティ男爵に差し出す。ジュースの販売価格、売上予想も付けて具体的な金額も出しております。これ以下の利益なんてありえないわという最低限の積算額ですが、それでも結構な高額になりました。
ミンティ男爵は恐々と契約書を読み進め、がばっと顔を上げる。
「こ、これは……! 本当にこれほど、ミンティ芋の葉が売れるのでしょうか?」
伯母様やお母様も契約書を確認していたが、事も無げに頷く。
「この報告書の通りの効能なら、貴族の奥方やご令嬢たち相手に、間違いなく売れますわ。サラナ、単価をもう少し上げた方がいいわ。それと、売上予想も甘いのではなくて? 供給が追い付かなくなるから、この1.5倍で生産体制を整えなさいな」
おぅふ。予想はシビアに立てたのですが、伯母様からダメ出しされました。魔石ミキサーの生産、追いつくかしら。ちらりとアルト会長とルエンさんを見ると、微笑んで頷いているので大丈夫なようです、良かった。
「サラナ! このジュース、肌荒れにもいいのでしょう? 学園のお友だちに教えたら、絶対に欲しがると思うの」
「私もそう思うわ。学園での宣伝は、私たちに任せてね!」
お姉様たちが、力強く請け負って下さるのに、フローリア様が感動で打ち震えている。
フローリア様。たぶん取り巻きをしているなんとか侯爵令嬢様より、お姉様たちにお任せした方が、100億倍効果的だと保証しますわ。だって、お姉様たちですもの。
「うん! このジュースも飲みやすくてイイな。サッパリしている」
「こっちのリーモンが沢山入ったジュースの方が、ワシは好きだ」
女帝の圧も消えたところで、ようやくドヤール家の男性陣が気配を現しました。お帰りなさいませ、皆様。
魔石ミキサーを見て目をキラキラさせていた子犬のお兄様たちは、ジュースのレシピを見ながら、楽しそうにお好みのジュースを作り始める。
ヒューお兄様。素材を全部入れるのはお止めくださいませ。『この凄い色のジュースを飲めたら英雄だ』って、小学生じゃないんですから。
マーズお兄様。お嫌いな野菜をコッソリ入れられたからって、ヒューお兄様に決闘を申し込むのはやめてください。それは私がいただきますから、新しく作り直してくださいませ。室内で剣を振り回さないのっ!
はしゃぐお兄様たちをよそに、お姉様たちは我関せずといった様子で、フローリア様と学園内での予約販売に向けて戦略を立てはじめている。
その姿は、お兄様たちと一緒になってはしゃぐ伯父様を放置して、お母様と貴族家向けの販売戦略を練っている伯母様にそっくりで。
あぁ、お姉様方がお兄様たちの婚約者に選ばれた理由がわかるわぁ。お兄様たちの代になっても、お姉様方がいらっしゃるから、ドヤール家は大丈夫ねと、妙に納得してしまった。
「サラナ。このジュースの名はどうするのかな? 契約書には『芋の葉ジュース』となっているが……」
「……っ、仮の名称ですわよ、もちろん」
お父様の『そのネーミングセンスはどうなの? 』と言わんばかりの視線に、私は慌てて答える。
仮の名称のままレシピの作成を進めていたので、レシピの作成メンバー(主にドヤール家の料理人や侍女たち)の間で、『芋の葉ジュース』の名がすっかり定着しているなんて、そんなことありませんわよ。ほほほ。
「そうですわね。名称は『ミンティジュース』でどうでしょうか」
なんとなく爽やかなイメージだし。美味しそうじゃない?
そう軽い気持ちで提案したら。
ぎゅんっと、ミンティ男爵家の皆様の視線が、私に注がれました。ひぃっ。
「こ、こ、このジュースに、『ミンティ』の名を使って下さるのですか?」
ミンティ男爵がプルプル震えながら仰るのに、私は恐る恐る頷く。
ダメかしら? スーパーフードのミンティの葉をアピールするためにも、いいと思いますけど。
「我が家の名を使って下さるとは……。なんと、なんと、名誉な事なのでしょう……」
そういわれて、ハッと気づく。そうだわ。貴族にとって家は大事なもの。伯母様の予想がが正しければ、このジュースは貴族の女性の間では評判になりそうだし、ミンティ芋はこれまでの地味な印象からいっきに美容の最先端食材として認識される。家名を冠した商品が、社交界で評判になれば、その名は一気に影響力を持つことになるのだ。
安易に他人様の家名を使ってはいけなかったわと反省したのですが。当のミンティ家の皆様は、全員私に向かって感謝の祈りを捧げている。家名の無断使用は問題視されなかったけど、ミンティ家の皆様が妙な宗教にのめり込むのは阻止できなかった。
なにはともあれ。ジュースの名前も決まって、良かったわ。
「ほほほ。『ミンティジュース』。いい名前だわ。ああ、早く新学期が始まらないかしら……!」
「うふふふ。フローリア様。学園での宣伝、頑張りましょうね」
お姉様たちが、淑やかな笑い声を上げていらっしゃいますが。
何かに狙いを定めているような、そんな獰猛な雰囲気を感じるのは、気のせいだと信じたいわ。
☆☆アーススター ルナ様の特集ページに、『特別CM』あります。お祖父様の声が……!☆☆
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