65 素敵な襲撃
本日書籍2巻の発売です。
記念投稿に間に合うなんて。奇跡でしょうか。
『月と花の妖精』の襲撃を受けました。こんな襲撃なら毎日でも大歓迎です! サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
王都で侯爵家の断れない茶会とやらに出席した後。ドヤール領に戻ってきたダイアナお姉さまとパールお姉さまは、お土産にミンティ芋をどっさりと持ってきてくださった。たくさん頂いたからと、わざわざおすそ分けにきてくれたのだ。
ダイアナお姉さまもパールお姉さまも、お兄様たち同様、時間があるとすぐに二人で馬を駆って、ドヤール領に帰って来る。こういう活動的で行動が早いところも、格好良くて憧れるのよねぇ。ドレス姿もお美しいけど、この乗馬姿も男装の麗人みたいで、うっとりするほど素敵だ。
以前、お兄様方に聞いたのだけど、お姉様方は学園でも時折、乗馬を楽しんでおり。その凛々しいお姿に学園の女生徒たちはひそかに見惚れているのだとか。『こもれび亭』の女騎士がイケると思った根拠は、実はお姉様方にあったりします。
「……ということがあったのよ、それでこれが、お土産に頂いたミンティ芋よ」
「フローリア様とはすっかり仲良くなっちゃってね。たくさん頂いてしまったわ」
「あらー」
お姉さまたちが下さったミンティ芋。艶々した葉っぱと、ゴロゴロ立派な、黒い芋。葉っぱから伸びた根に、大きな芋が5つも6つも付いている。凄く芋芋しいわぁ。土の匂いがする。いい匂い。
ミンティ芋って、こうしてまじまじと見るのは初めて。ユルク王国のミンティ領特産のお芋なのね。生国のゴルダ王国にはなかったわぁ。
お姉さまたち曰く、ミンティ芋は価格が安く、平民が食するイメージが強いらしい。貴族からは平民の食するものとして、それほど好まれないのだとか。
試しに鑑定してみると、まぁ、なんて栄養豊富なのかしら。味わいは甘みがあるが淡白。そして。
「まぁぁぁ」
思わず大きな声をあげてしまった私に、ダイアナお姉さまとパールお姉さまが驚く。お二人とも私を心配そうに覗き込んできたので、慌てて大きな声を出したことを謝った。
わくわくするわ。淡白な味わいなら、逆にどんな料理にも使えるじゃない。
でもお芋本体よりも、もっと素晴らしいものがっ! なんてことでしょう。探していた食材がこんなところに。
鑑定結果に密かに興奮していたのだけど、ダイアナお姉様とパールお姉様の説明が続いていたので、必死に喜びを抑えておすまし顔を作る。
「ミンティ男爵家は、北の領地で気候が厳しい領地なのよ。ミンティ男爵とお話ししたことがあるけど、領民想いで、とても良い方よ。ミンティ芋は領民たちが誇りをもって育てているものだから、もっと売上を伸ばしたいと仰っていたわ」
「でも、ミンティ芋はこの真っ黒な色のせいで、好き嫌いが多いのよ。それに、冬に食べると風邪知らずなんて言われているせいか、冬以外はあまり需要が伸びないのよね……」
ミンティ芋は年中採れるそうですが、その言い伝えのせいで、風邪をひく人が多い冬にしか思い出されないようです。
「フローリア様は元々、大人しい方なのだけど。家の為に無理をしてクラリス様の取り巻きに加わっているのよ。あの方は、とかく目立つことがお好きで、派手な方だから、フローリア様のような方とは合わないと思うわ。取り巻きの中でも、軽んじられていて。度々、この間の茶会の時のように扱われているみたいなの」
パールお姉さまの言葉に、ダイアナお姉様が憂いた表情で頷く。
「私も、学園内の事には目を配っているのだけど。本人が望んであの方達と共にいらっしゃるのならと、放置していたのよ。そこまで介入するのは、失礼でしょう?」
学園内の事に目を配る必要があるのは、普通ならもっと高位の方、それこそお話に出ていた侯爵家のクラリス様のお役目じゃないのかしら。王家の姫は今はいらっしゃらないし、学園に通うお年頃のご令嬢で一番高位なのは、ランドール侯爵家のクラリス様なはず。王弟殿下が男子を束ねる立場なら、クラリス様が女子を束ねる立場よね。間違っても子爵家のお姉様方のお役目ではないと思うのだけど……。
でも、嫣然と微笑むダイアナお姉様と、清楚な笑みを浮かべるパールお姉様を見ていたら、私、色々と察しました。だって、お姉様方ですもの。きっと既に下級貴族は掌握済みね。知らぬは高位貴族ばかり。あぁ、それも時間の問題かしら。
歴史は繰り返す。伯母様やお母様、お父様が学園に通われていた頃の様に、ドヤール家の女傑たちが、再び学園を支配するのだわ。
キャー! なぜ私は学園に通っていないの? お姉様たちが支配する学園! 見たーい!
脳内でお姉様たちの勇姿を妄想して、再び1人で興奮していたら、お姉さま方が優美に眉を顰められている。
「駄目よ、サラナ。今の貴女が学園に通おうものなら、良からぬ虫がまとわりつくわ」
「叩き落とせば済むけれど、良からぬ虫になど集られたら、不快でしょう?」
気のせいかしら。お姉様方の仰る『良からぬ虫』というお言葉が、違う意味に聞こえるわ。
アー、キノセイヨ。サラナチャン、ミセイネンダカラワカラナイー。
「それにしても。一生懸命なフローリア様に、なんとか手助けが出来たらいいのだけど」
「そうねぇ。ミンティ芋の販促に役立てないと、随分とお気に病んでいらしたから、心配だわ」
おや? 下級生のフローリア様が、お姉様たちは随分と気になっている様子。
なんとか助けてあげたいわとか、元気な笑顔がみたいわとか、お二人が口々に仰っているのを聞いていると。何かしら、変な気分。ちょっとだけ、胸が痛い。
胸の違和感にしょぼんとしていたら。お姉様たちに気づかれてしまった。
「どうかしたの?サラナ」
「顔色が悪いわ。気分が悪いの?」
「い、いえ! その。なんでもありません」
慌ててフルフルと首を振ったけど。お姉様たちは納得していない様子。
お姉様たちの前だと、つい気を抜いてしまうのだ。恥ずかしい。
「なんでもないって顔じゃないわ。仰いなさいな」
ダイアナお姉様の優しいが否とは言わせない口調に、私は背筋がぴんと伸びた。
こういうところは、さすが伯母様の愛弟子だわぁ。いや、あの女王様は、私が口に出さなくても全てお見通しだから、それ以上に凄いのだけど……。
「その、ちょっとだけ。寂しく思ってしまって」
「「寂しい?」」
ダイアナお姉さまとパールお姉さまが、こてんと首を傾げる。ぐふっ。男装の麗人の可愛い仕草。胸を直撃するわ。
「その……。お姉さま方が、ミンティ様をお気にかけていらっしゃるのが。……お、お姉さまたちを、取られてしまったみたいで」
「「……っ!」」
告白してみたら、なんてこっ恥ずかしいのかしら。前世と今世をあわせてアラなんとかが言っていいセリフじゃなかったわ。
でも。初めて出来た、私の。私のお姉様たちなのに。
あっさり横から妹の座をうばわれるなんて、うう、やっぱり私は永遠の長女気質なんだわ。妹なんて、柄じゃなかったのよ。
恥ずかしくて俯いていたら、私の座っているソファの両側から、ふわりとした感触が。それからすっごくいい匂い……?
「ああもう。なんて可愛い嫉妬なの。凄い衝撃だったわ」
「ダイアナお姉さま。同感ですわ。危険だわ、この子。これで無自覚でしてよ?」
てっきり、「困っている方がいるのに、そんな我儘を言うなんて」と怒られると思っていたのに。
前世では甘えたいときも『お姉ちゃんでしょ』と怒られていたから。
でもお姉様たちは、怒るどころか私の両隣に座って。お二人にぎゅうぎゅう抱き着かれて、頭を撫でられました。あら、ここは天国だったかしら。
「サラナ。私たちは貴女の姉なのよ。フローリア様は確かに可愛らしくていらっしゃるけど。ふふふ。私たちの妹は貴女だけよ」
「そうよ。こんなに可愛い可愛い妹なのに。私たちがサラナを大事に思わない筈、ないじゃないの」
小さい子を宥める様にお姉様たちに笑顔でナデナデぎゅうぎゅうされて。私、羞恥心で死ぬかと思いました。
見守る侍女さんたちの目が生温かい。ヤメテ、ミナイデ。
お姉様たちに満足するまで愛でられた後。コホンと仕切り直しました。お二人ともうふふと笑いながら、いまだに私の両隣に陣取っていますが。いい匂いで柔らかくて幸せなので、そこは指摘しないことにします。
「お姉さま方。私、このミンティ芋が欲しいのですが」
「あら。気に入ったの? でも今回頂いた分で、結構な量があるわよ。しばらくミンティ芋のスープが続くかもしれないわ」
パールお姉さまが、お土産のミンティ芋を見てそう仰ったが。
いいえ、お姉さま。全然足りませんわ。
「出来れば継続的に、大量に、長期のお取引が出来たらと考えていますが。可能でしょうか」
私の言葉に、お姉さま方の目が、キラリンと光りました。よろしくお願いします。
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