64 トーリの反省と罰 〜華と剣3〜
お久しぶりでございます。
2巻の書籍化作業で投稿が途絶えてしまいました。申し訳けありません。
あまりトーリ殿下は活躍しませんが、話の都合上、その3としています。
のらりくらりとドヤール家の女傑たちに躱され続けて、トーリとその側近たちが焦燥に駆られ始めた矢先。主催者であるクラリスが挨拶を終え、いそいそとトーリの元に戻ってきた。
時間切れかと、トーリは落胆する。クラリスの前でサラナの名を出さないぐらいの配慮は、いくら考えが足りないトーリにだってあった。この場にいない女性の名を出せば、クラリスだけでなく、トーリを狙う他の女性たちが、サラナに悪感情を持つかもしれない。
早すぎるクラリスの戻りに、トーリは顔には出さなかったが、盛大に舌打ちしたい気分だった。
トーリの焦れた様子に、内心はニヤニヤしていたが全く表には出さず、ダイアナたちはそっと頭を下げて控える。
その様子は、クラリスが戻った事にホッとした様にも見えた。王弟殿下と卓に残されて、光栄だが緊張した下級貴族らしい反応なので、クラリスは何の疑いも持たなかった。上機嫌にニコニコと、ダイアナとパールをねぎらう様に頷いて見せる。
「今日はお集まりの皆様から、色々なお心遣いを頂きましたのよ」
茶会は進み。上機嫌なクラリスがそう声を掛けると、控えていた使用人たちが客たちからの手土産を運び込む。
茶会に招かれた際、客は手土産を持参するのがセオリーだ。多くは、自分の領地にちなんだもの、特産品などだ。領地を持たなかったり、持参するのが難しければ、気の利いた茶菓子などを選ぶのだが。
「まぁこちら、『こもれび亭』の限定ティーセットではなくて?」
「えっ? あの限定品の? 『騎士と姫君』で使われている物よね? 夢みたい! 騎士アーロンと嫁ぐことが決まったメリア王女の、最初で最後のお茶会……。あの時の騎士アーロンの誓いの言葉、泣けるのよねぇ」
令嬢たちがうっとりと見つめているのはアルト商会から限定販売された、今王都で流行りの、『こもれび亭』限定ティーセットだ。ユルク王国で昔から愛される物語、『騎士と姫君』の第3幕の『騎士と姫君のお茶会』で使われているものだ。
通常、騎士とその護衛対象である姫君が、共にお茶を飲むなど、許されない。
他国に嫁ぐと決まった姫が、最後の願いとして騎士とのお茶会を望む。それに応え、騎士は仕えて十数年、初めて姫と同じ卓に座り、ひと時のお茶会を楽しむのだ。
このシーンは、『騎士と姫君』の中でも屈指の名シーンといわれ、多くのファンたちからも愛されていた。恋心を隠し、無邪気に騎士を労う姫君。焦がれる気持ちを抑えて姫を見つめる騎士。そんなシーンで使われる、美しい茶器。
元々、劇中ではなんの変哲もない、使いまわしのティーセットを使っていた。しかし、『こもれび亭』が『騎士と姫君』をモチーフとした際、特別に誂えた食器を、実際の劇でも使用するよう、アルト商会が劇場の責任者や『騎士と姫君』の作者に持ちかけたのだ。
これにより、『こもれび亭』では『劇中でも同じティーセットが使われています』などと、客たちに宣伝し。それを聞いた客たちが劇場に詰めかけ、劇でティーセットを確認して、同じティーセットを欲しがる客が続出。『騎士と姫君』関連グッズとして、アルト商会が限定販売をしたところ、瞬く間に完売した。ティーセットだけでなく、例えば騎士の家紋入りの手袋や、姫君が騎士から贈られた髪飾り、または『騎士と姫君』の作者のパンフレットなど、限定グッズは様々展開しており、そちらも売り出す度に即完売が続いている。
余談だが、そんなファン心理を巧みに突いたグッズ販売に、アルト商会の従業員たちは『サラナ様の商売センス、えげつない』と感動でうち震えた。
そんな今や幻の『騎士と姫君』限定ティーセットが、目の前にあらわれ、令嬢たちは目を輝かせる。グッズとはいっても高位貴族が使っても遜色ない高品質のティーセットなので、侯爵家への手土産としては申し分ないものだった。もちろん、これを持ち込んだのはドヤール家の未来の嫁たちである。
クラリスはぐっと歯を噛み締め、苛立ちを抑えた。実はクラリスも、この話題の限定ティーセットを入手しようとしたのだが、手に入れる事は出来なかったのだ。
クラリスは『騎士と姫君』の熱心なファンというわけではなく、夜会などでの話題作りのためにティーセットを欲したが、そんな邪な動機ではコアなファンの熱意に勝てるはずも無く。下級貴族から奪おうにも、ファン同士の結束が固く、ファンクラブの幹部には名家の奥様が名を連ね、侯爵家の名で無理を通すのは分が悪かった。
そんなティーセットを手に入れたというのに、クラリスは少しも嬉しくはなかった。クラリスの力で手に入れてこそ、さすが侯爵家だと注目を浴びる事が出来るのだ。茶会の手土産に贈られては、何の意味もない。実際、皆の羨望の眼差しは、ティーセットを贈られたクラリスより、それを贈ったダイアナとパールに向いている。
「本当に……。ドヤール家は素晴らしい商会とお取引なさっているのね」
「ほほほ。本当に良い出会いでしたわ。ラカロ子爵は、先見の明がございますから」
控えめに微笑むダイアナとパール。実際、『こもれび亭』の事業にはセルトは関わっていないのだが、ダイアナもパールも、出来るだけサラナを表舞台に出さない様に気を付けている。余計な虫にサラナが目を付けられるのを避けるためだ。
下級貴族ごときに、茶会の注目を掻っ攫われ、分かりやすく機嫌を損ねたクラリスは、悔し紛れに手土産を見渡し、隅の方に置かれたものに目を止めた。その表情が歪み、意地悪そうに口元をゆがめると、離れたテーブルにいた令嬢をねめつける。令嬢が、ビクリと震えた。
「あら。ミンティ男爵家からは、またミンティ芋ですのね」
クラリスの取り巻きの令嬢たちが、クラリスの意を受けて、すかさず追随する。
「あら。またあの芋ですのね」
「ミンティ男爵家の特産品ですもの。仕方ありませんわよ」
「ミンティ領には、あの芋しかありませんから……」
嘲りを含んだ声に、ミンティ男爵家の令嬢は顔を俯かせて恥ずかし気に震えていた。亜麻色の髪と、薄茶の瞳の気弱そうな令嬢だった。
「良い芋ではないか」
トーリがフォローするようにミンティ芋と呼ばれるこぶし大の黒い芋を取り上げて褒めるが、それ以上の言葉は出てこない。ミンティ芋は味は普通なのだが、真っ黒な石炭の様な見た目のせいで、好き嫌いが分れる。特に見た目に左右される子どもにはとかく不人気で、こどもが嫌いな芋、ダントツ一位だ。トーリは嫌いではないが、取り立てて食べたいと思うものではない。
側近のエルスト、メッツ、バルたちも口々に良い芋だと褒めるばかりで、それ以上の言葉は出てこない。主従揃ってポンコツである。
ミンティ男爵家の令嬢は、一年ほど前からクラリスの取り巻きの末端に加わっていた。大人しく目立たない令嬢なので、他の取り巻きたちから軽んじられたり、馬鹿にされたりすることも多かったが、本人は我慢してクラリスに従っていた。ミンティ男爵家は北の方の領地だが、ミンティ芋以外これといって特産品はない。ミンティ芋をもっと売りたいのだが、その見た目のせいで、今一つ人気はなかった。国内の農産物に大きな影響力を持つランドール侯爵家の力を借りて、なんとか王都での流通を増やしたいと、令嬢はクラリスに付き従っているのだ。
皆の話題はすぐに他の土産たちに移っていった。鮮やかな色彩の布や陶器、珍しい果物、王都で流行りのお菓子に華やいだ声が上がるたび、ミンティ男爵家の令嬢は恥ずかしそうに身体を震わせていた。
それからしばらくすると、皆は席を移動してそれぞれ会話を楽しみだした。クラリスはトーリや側近たちの側を離れなかったが、いつの間にかダイアナとパールが席を離れていることに気づかなかった。
ぽつんと一人、小さくなっていたミンティ男爵家の令嬢の元に、美しい声が聞こえた。
「まぁ、なんて新鮮なミンティ芋。私、初めて見ました。葉もついていて、美味しそう」
「本当だわ。艶々としていて綺麗ね」
また馬鹿にされるのかと、ミンティ男爵家の令嬢が恐る恐る目をあげると。女神もかくやという美しい令嬢が二人、笑っていた。
「こうしてお話しするのは初めてね。フローリア・ミンティ様。私、ダイアナ・ナイトよ」
「パール・アルヴィンよ」
ミンティ男爵家の令嬢、フローリアは目を見開いた。地味で馬鹿にされてばかりの自分が、学園でも密かに人気を集める『月と花の妖精』に話しかけられるなんて。夢でも見ているのかと、思わず頬をつねってしまった。痛かった。顔が赤らみ、変な汗が出てきた。
「貴女の領地の特産品よね、ミンティ芋。私、スープに入れるのが好きなの」
「私もよ。ミンティ芋は滋養に良くて、冬に食べると風邪知らずなんて言われているわね」
美しい妖精たちの温かい言葉に、フローリアは涙ぐんだ。ミンティ芋を褒めてくれるなんて。
小さなミンティ男爵領では、領民は家族の様に仲が良く、皆でこのミンティ芋を育てている。領民たちが丹精込めて育てたミンティ芋を、領主である父も後継ぎである兄も、出来るだけ多く売ろうと一生懸命だ。それなのに自分は、ミンティ芋を馬鹿にされても、言い返す事一つ出来ず、こうして俯くだけしか出来なくて。
そんな中、ミンティ芋を認めてくれる人がいてくれて、フローリアは領民たちや父や兄の頑張りを褒めて貰えたようで、嬉しくてたまらなかった。
「……ありがとうございます。ありがとうございます、ナイト様、アルヴィン様」
涙目で震える、可愛らしい下級生。
ダイアナとパールは、フローリアのそんな様子に、胸を押さえた。身体の内から、ぐわっと、何かが湧いてくる感覚があったのだ。
あら、なにかしら。この可愛い子は。
つい最近、ドヤール家の女傑たちは『妹』という存在の素晴らしさを知った。
『妹』が出来て、年下の令嬢の可愛らしさを愛でるという境地を知ってしまったのだ。
それが、可愛らしい後輩に対してうっかり発動してしまったとしても、仕方がない事だったのだ。
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