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63 トーリの反省と罰 ~華と剣2~

久しぶりの投稿です。

お待たせしています、すみません。

お姉さまたち、書いていて楽しいですね。

 さて、ダイアナとパールは、なにもランドール侯爵家の茶会に参加したかった訳ではない。

 そこそこ繋がりのある貴族家の伝で、どうにも断りにくい誘いであったことと、将来の義理の母であり、2人の師であるミシェルより、適当に敵情視察をしてきなさいと命じられ、渋々参加したのだ。


 ドヤール家にとっても、ダイアナやパールの生家にとっても、ランドール侯爵家と繋がる旨みは殆どない。ランドール侯爵家は王家派の有力な貴族家であるが、高位貴族特有の傲慢さと、頭の固い昔ながらな権威主義で、口には出さないが辺境伯家を野蛮な田舎貴族と侮っているのが透けて見えるので、出来れば付き合いを深めたくない相手だ。

 ランドール侯爵家は、広大な領地からの収入で潤っているが、裕福であるが故に、新しい事業や領地開拓に意欲的な貴族家を『貴族として生まれながら商売をするなど浅ましい』などと、社交の場で堂々と非難している。そのくせ、アルト商会から新製品がでれば、一早く手に入れようと高圧的に要求してくるのだ。

 

 娘のクラリスも傲慢な我儘娘と評判で、この歳まで婚約者が決まっていないのも頷けるような性格だった。気に入らない下位貴族の下級生を執拗にいたぶったり、見目の良い男子学生を無理に取り巻きに加えようとしたりと、表ざたにはなっていないが、囁かれている噂はすこぶる悪い。また、彼女は公言はしていないが、明らかに王弟殿下狙いで、王弟殿下との仲を周知させようと取り巻きを使って色々と画策しているようだが、あまり上手くいっていなかった。


 そんな時に、王弟殿下が側近を引き連れてランドール侯爵家の茶会に参加した。クラリスは傍目でも分かるぐらい、ギラギラした獲物を狙う眼になっている。王弟殿下は最近、色々な場所に顔を出していて、ランドール侯爵家の茶会もその一つなのだろうと容易に想像できたが、これを利用するのも面白そうだ。


 ダイアナとパールは以上のことを考えて、お互いにアイコンタクトを取りながら、さも王弟殿下とクラリスの仲が疑われる様に仕向けてみた。外面だけ見れば、どちらも見目麗しい美男美女。脳筋と性悪。割れ鍋に綴じ蓋。二人がこのまま結ばれてくれれば、王弟がドヤールに要らぬチョッカイを出す事も出来なくなる。素晴らしい組み合わせではないか。


 ダイアナとパールは怒っていた。表面には少しも漏らさないが、それはもう、苛烈に怒っていた。マグマの如く身体の内は怒りふつふつと煮えたぎっていた。

 もちろん、その怒りの矛先は、二人の目の前でクラリスからの猛追を不機嫌に躱している、王弟殿下に向いていた。


 この男、ダイアナとパールの大事な大事な『妹』を、泣かせやがったのだ。


 ドヤール家に連なる者たちは、男でも女でもそれはもう逞しい。常日頃から魔物の危険にさらされている辺境伯家では、強くなくては生きていけない。だからダイアナとパールは常日頃から、男だろうが女だろうが、年寄りだろうが、子どもだろうが、それはもう強くて気丈な者たちに囲まれて過ごしてきた。


 だからダイアナとパールが、婚約者の従妹であるサラナに初めて会った時は、衝撃だった。

 

 初めは、2人の婚約者が口を揃えて「可愛い、ちっちゃい、頭いい、優しい」と、従妹のサラナをデロデロに褒めたたえるのは、いい気分がしなかった。だがそんな嫉妬は、2人が初めてサラナに会った瞬間、吹き飛んだのだ。


 初めてドヤール家で顔を合わせた時。サラナは、まだ成人前で。ダイアナとパールより小さくて、かといって拙い事はなく、ピンと伸びた背筋や指先一つまで洗練されていて美しく、会話をすると博識で楽しくて。

 それでいて、照れた笑顔が、破壊的に可愛かった。

 

 従兄の婚約者に初めて会うのに緊張していたのか強張っていた顔が、ダイアナとパールを見た途端にほわりと崩れて、遠慮がちに「ダイアナお姉さま、パールお姉さま……」と小さく呟いて顔を赤らめているのを見たら。心臓がぎゅうっと鷲掴みにされた様な痛みを感じた。可愛い過ぎて。


 サラナは単に、前世は長女という立場であったため、憧れていた『姉』という存在に緊張してただけなのだが。そして実際にダイアナとパールに会った瞬間、その美しさと神々しさに圧倒され、心の中は『これが私のお姉さまなの? 女神じゃなくて?』と舞い上がってしまい、そんな態度になってしまったのだが。


 お互いに一目ぼれ状態の婚約者たちとサラナを見て、大丈夫だと判断したヒューとマーズは、3人を置いていつもの様に討伐に出掛けてしまった。婚約者も妹も大好きだが、女性同士の終わりのない会話は苦手な男児二人は、早々に逃げ出したのだ。寝ると怒られるし。


 ダイアナ、パール、サラナは初対面とは思えぬほど、楽しいひと時を過ごした。『姉』という憧れの存在に嬉しさが抑えきれないサラナと、男兄弟はいるが、『妹』という存在は初めてのダイアナとパール。3人の初めてのお茶会が終わるころには、生まれた時からの姉妹のように、仲睦まじくなっていた。

 

 その可愛い可愛いダイアナとパールの妹が、あろうことか、脳筋の王弟殿下に怪我を負わされた挙句、泣かされたのだ。淑女が人前で泣くなど、貴族社会において、はしたない事とされている。

 隣国で『最高の淑女』と謳われたサラナが、それを知らぬはずも無く。そんなサラナが、謁見後、王都からドヤール領に帰って来るなり、家族だけでなく使用人たちもいる中で、ほろりと涙を流したのだ。いったい、どれほど酷い目にあったのか。


 この話をミシェルから聞いたダイアナとパールは、揃って、握り締めていた扇子を、怒りでへし折った。同じように怒りが爆発寸前で、今にも王弟の元へ殴り込みに行きそうだったヒューとマーズは、婚約者たちの怒り様に逆に冷静になり、まるで自分が叱られた子犬の様に、尻尾を丸めて小さくなっていた。


 今回、その憎き王弟殿下に茶会で巡りあえたのは、僥倖だった。

 沸き起こる殺意を抑え、ダイアナとパールは、お互いに視線を交わしながら策略を練る。

 

 まずは軽い攻撃を仕掛けてみた。茶会の客たちが王弟とクラリスを見比べてひそひそと話している様子から、十分に手応えがあったようだ。これならば明日には、二人の噂が社交界に広まるだろう。あとは簡単だ。ダイアナとパールが夜会や茶会で、今日の出来事を皆に語ってやればいい。頬を染めて、お似合いの二人だったと褒めそやせば、後は喜んで周りが噂を拡散させてくれる。あまり一気にやり過ぎると、王妃や宰相夫人に止められる恐れがあるから、言質を取られぬよう気を付けて。あくまで、二人がお似合い(に見えた)と、吹聴するだけでいい。時間をかけて、徐々に徐々に追い詰めてやろう。

 

 扇子の奥で笑う淑女たちは、そんな恐ろしい計画を立てて、満足そうに微笑むのだった。


◇◇◇


 一方、トーリの方は、なんとかダイアナとパールとの会話の糸口を探っていたが、隣に陣取るクラリスがあれこれと話しかけてきて邪魔をするので、なかなか上手くいかなかった。

 

 国王()からは、これ以上ドヤール家を刺激をするなと、サラナを訪ねる事はもちろんの事、手紙を送る事すら禁じられているため、彼女との接触はあのガゼボでのお茶会が最後だ。


 会いたい。それが無理なら、せめて手紙ぐらいは交わしたいと願っているが。意図せず傷つけてしまった事で、拒絶されたらと思うと怖くて、国王()に禁じられているのを言い訳に、手紙も書かずにいた。

 

 そんなときにたまたま参加した茶会で、ドヤール家に連なる者に会う事が出来た。

 サラナは元気にしているのか、また王都に来る機会はあるのか。

 その時は今度こそ、サラナと笑って過ごしたい。今度こそ、彼女の笑顔が最後まで曇ることがないように、誠心誠意努めるから。

 ほんの僅かな時間でいいから。サラナに会いたい。サラナの事が知りたい。


「ランドール嬢」


 キャッキャと浮かれて話し掛けてくるクラリスに、トーリは有無を言わさぬ圧を込めて呼びかける。

 その声音の固さに、クラリスは青ざめ、夢から醒めたように、口を閉ざした。


「今日はこれだけたくさんの客人を招いているのだ。主催の君と話したい者も多い。私を気を遣ってくれるのはありがたいが、他の者との交流も深めてくれたまえ」


 そう言われ、クラリスは俯く。茶会の主催者は、客たちをもてなすのが仕事だ。客の一人にかまけて役目を放棄するのは、重大なマナー違反だ。


「ま、まぁ。私としたことが、トーリ殿下とのお話が楽しくて、つい……」


 もちろん、分かっていてクラリスはトーリの側を離れなかったのだが、馬鹿正直にそう言えば、余計に不興を買う。クラリスは残念な顔を隠そうともせず、席を立って他の卓へ挨拶のために移動した。


 主催者が席を外した隙を狙い、他の席の客たちが声を掛けたそうにウズウズとトーリたちを見ていたが、トーリの側近たちが客をけん制する。彼らはトーリの意図を理解し、時間を稼いでくれたのだ。


「ナイト嬢。アルヴィン嬢。ドヤール領でまた新しい試みが始まったようだな」


 トーリに問われ、ダイアナとパールは扇子で口元を隠しながら目を細める。


「あら。殿下はお耳が早くていらっしゃいますね。ええ。ドヤール領のモリーグ村に、図書館ができましたのよ」


「誰でも無料で利用できる図書館ですのよ。領民たちの評判も良くて」


「ドヤール領では子どもたちの教育に力を入れているからな。私も視察に行った際は驚いた。孤児院の小さな子たちが本を読んでいた……」


 ユルク王国において、平民は簡単な読み書きや計算が出来るぐらいなのが普通だ。生活に必要な範囲でしか学ばないし、ましてや、本を読む習慣というものはない。

 だがドヤール領の孤児院の本棚には、様々な本が溢れ、子どもたちは授業や仕事の合間に本を読んでいた。絵本が多かったが、小さな子や大きな子まで本を楽しんでいたのだ。


「これも、サラナ嬢が始められたことなのだろうか」


 ピクリ、とダイアナとパールの笑顔がきしむ。『サラナ嬢』。親しい間柄でしかも、本人から許された場合にしか、名前呼びはされない筈だが。何故勝手に、名を呼んでいるのか。

 ダイアナとパールは殺気を笑顔の下に押し込んだ。不穏な空気を感じ取り、トーリたちの顔が引きつっていたが、知ったことではない。


「まぁ。図書館は前当主であるバッシュ・ドヤール様の発案ですわ。領民たちの将来を思い、いつでも本を読める環境を作りたいと仰って」


「沢山の本の寄贈もありましたので、素晴らしい図書館が出来上がりましたのよ」


 にこりとすでに王宮に報告済みの、当たり障りのない事を告げれば、トーリの顔があからさまに落胆した。


「そうか……。その、サラナ嬢は、お元気だろうか。謁見の際にお会いして以来、無沙汰をしていてな」


「ほほほ。まぁ。私たちも長期休暇は何かと忙しくて。本家の方にはなかなか訪問できなくて」


「ふふふ。私たちの婚約者も、長期休暇中は討伐や執務の手伝いでお忙しいらしくて。次期当主とその補佐として頑張っていらっしゃるのですもの、邪魔はできませんわ」


 暇さえあればドヤール家に押しかけてサラナを愛でていた事はおくびにも出さず、ダイアナとパールはしれっと答えた。嘘はついていない。『サラナに会っていない』と言ってはいないし、『忙しい時は』ドヤール家を訪ねていないのは本当だからだ。


「そ、そうか……」


 トーリは、少しでもダイアナとパールから、サラナの事が聞ければと、期待していたのかもしれないが。ドヤール家が危険人物とみなしている相手に、可愛い妹の情報を簡単に漏らす筈がなかった。


「ドヤール家の皆様は、また王都へいらっしゃる機会はございませんか? 前回は期間がとても短くいらっしゃったから、今回は観光もかねていかがでしょうか」


「まぁ。ご当主様はお仕事で度々王都へ訪れると仰っていましたわ」


 側近のメッツがトーリを助けるべく、会話に加わるが。ダイアナにすっとぼけられ、あえなく撃沈した。


「あ、いや。ご当主殿は勿論、仕事があろう。他のドヤール家の方は……、そうだな、若い者なら、王都の華やかな雰囲気も楽しめるのではないか」

 

「ヒュー様とマーズ様でしたら、長期休暇が終わる前に王都へ戻られますわね。でもお二人は王都よりもドヤール領の方が性に合っているらしいですわ。のびのびと討伐をしていらっしゃいますもの。私どもも、のどかなドヤール領を気に入ってますのよ」


 側近のバルも果敢に攻めてみたのだが。直線攻撃しか出来ないため、パールにふわりと絡めとられ、メッツと同じく撃沈する。


 こんな風にのらりくらりと躱され、時間は流れていき。

 結局、トーリは側近たちの頑張りも空しく、主催のクラリスが席に戻って来るまでの間、欲しい情報(サラナの事)は何も聞き出せずに終わったのだった。

☆『平凡な令嬢 エリス・ラースの憂鬱』投稿開始しています。ごいっしょにいかがでしょうか。


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11/12 コミック発売! 転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います①

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9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


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― 新着の感想 ―
そろそろトーリさま、許してあげて。
王弟+側近ズ、このままだと物理的に『消される』日がきそう……
 あっれー、おかしいな。婚約者でもない令嬢に対しては例えそれなりに親しい仲でも『家名+爵位+令嬢』がデフォルトのはず。王弟殿下や宰相子息、騎士団長子息が知らないなんて…。
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