56 保護者面談
急遽、ジョーグルー氏の保護者面談となりました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
既に良い大人のジョーグルー氏の保護者面談とはなんぞ? とお思いの皆様。私も同感でございます。
先日、初対面でマナー違反をぶちかましていらっしゃったジョーグルー氏ですが、魔物襲撃後には人が変わった様に大人しくなりました。気配を消しつつ、真面目にコツコツ司書の仕事に徹していらっしゃいました。そんなに怖かったのかしら、魔物の襲撃。確かに外から魔物の断末魔とか、魔物より迫力のある伯父様の雄叫びとかが聞こえていましたが、図書館の中は平和そのものでしたのに。慣れていないと、怖く感じるかもしれないわね。
そんな中、突然、ドヤール家宛にジョーグルー氏兄から面談を求めるお手紙が届きました。弟の愚行を、直接お会いしてお詫びをしたいと。どうやらジョーグルー氏弟から、『やらかしちゃった、どうしよう報告』が届き、家長である兄が謝罪をしたい、という流れの様です。
お手紙ですら、土下座が透けて見えるほどの全力謝罪でしたので、『謝罪を受け入れます、ご訪問は不要ですよ』とお返事しようとしたら……。図書館責任者のお祖父様が、面談をサッサと了承してしまいました。
魔物討伐後、アルト会長から報告を受けたお祖父様は、ジョーグルー氏弟を連れ出し、何やらじっくりお話ししていた様ですが。お話が終わった後のジョーグルー氏弟が、まるで別人の様に大人しくなったのには、気づかなかったことにします。
さて。そんなこんなで迎えた、保護者面談。
ジョーグルー氏弟の兄、カイト・ジョーグルー伯爵。二人もジョーグルー氏がいると、ややこしいですわね。兄はジョーグルー伯爵、弟はジョーグルー氏弟でいいかしら。ネイト氏とお呼びした方がいい? ですわよねぇ。
「お時間を取っていただき、誠にありがとうございます」
弟によく似た面差しと、淡い金髪。儚げな弟であるネイト氏に比べて、こちらはしっかりとした身体つきの、真面目そうな方でした。中性的な弟に比べて、兄は野性味のある大人の男性ですね。タイプは違えど、美形であるのは同じです。流石、社交界でも評判の美形兄弟。
面談には、中央にどしんと構えた無表情のお祖父様。その横に参謀よろしく笑顔のアルト会長とルエンさん。反対側にちんまりと私。面談相手がお祖父様お一人だと、絵面的に圧迫感があり過ぎて、ジョーグルー伯爵が萎縮して謝罪にならないかもしれないと、配慮してこの配置になりました。お陰で、ジョーグルー伯爵も、怯えてはいらっしゃいますが、会話は出来そうです。
「この度は、我が弟がサラナ様に大変、礼を欠いた言動をとり、申し訳ございませんでした」
ジョーグルー伯爵は謝罪と共に、深く頭を下げる。隣のネイト氏も、深く深く頭を下げた。
「そのことは良い。貴殿の弟には、とくと話をさせてもらった」
ジロリとお祖父様の視線がネイト氏に向けられ、ネイト氏が青ざめて小動物のようにプルプルと震えだす。お祖父様ったら。ネイト氏にどんなお話をしたのか、私には全く教えてくれないのよね。
「我が孫娘は成人前。ワシはこの子を世に出すのは、まだ早いと思っている。そのために、孫娘の周りには、信頼のおける優秀な者を置いている。ソヤツらとならば、仕事の話でも、商売の話でも、存分にするがよい」
ルエンさんとアルト会長がにこにこと頷いている。あら?
「……商売の話と仰いますと、もしや、お嬢様のお作りになった本を、我が商会に扱わせていただけるのでしょうか?」
呆然と、ジョーグルー伯爵が呟くのに、お祖父様は重々しく頷く。
「性根はともかく、お前の弟は本に関しての知識は確かなものだと、ルエンが断言している。サラナの本は、素人のワシから見ても素晴らしいものだ。お前たちの商会ならば、任せても問題ないだろう」
「っはい! 私の弟は、性格は悪く女性に対しても褒められた態度ではありませんが、本に関する知識やセンスだけは秀でております! 弟が認めた本は、たとえどんなに無名な作家の作であろうとも、良いものばかりで売れるのです!」
ジョーグルー伯爵が、目をキラキラさせて断言する。……ブラコン、なのかしら? でも前半は誉め言葉ではないわよね。難はあるけど、本に関しての才能は認めているってことかしら。
「お恥ずかしい事ですが、私は商会の経営は出来ても、良い本を見極める事が出来ず……。その点、弟には、私に足らぬものを補ってもらっていて……。弟の性格がここまでねじ曲がり、増長させてしまったのも、弟を強く叱れない私のせいなのです」
その性格の悪い弟さん、貴方の横で瀕死になっていますわよ。
お祖父様にプライドとかその他諸々をボッキボキに折られた挙句、身内に傷に塩をすり込まれるなんて。ちょっとだけ、同情しました。
「サラナ様の本に関しては、私の商会でも取り扱いたいと以前より考えていたのですが。生憎と出版に関しては伝手がなく、どこかの商会と提携していきたいと考えていたのです」
アルト会長が穏やかにそうおっしゃったが。伝手がないのは本当だが、そこまで手が回らないというのが本音だと思うの。以前、孤児院で絵本や教材をアルト会長にお見せしたところ、絵本を抱きしめて動かなくなっていたもの。孤児院の3歳児に頭をぽんぽん撫でられて、慰められていたわねぇ。
今は他に沢山お仕事を抱えていらっしゃいますものね。誰のせいとは、あえて言わないわ。ほほほ。
「弟君の女性に関する評判はともかく、ジョーグルー商会は健全な経営をしていらっしゃいますので、当家としてもぜひ今後のお取引を検討して頂きたいと考えております」
ルエンさんが優し気な顔でネイト氏を仕留めていらっしゃいます。ネイト氏はルエンさんが採用した司書ですから。ネイト氏のやらかしを聞いて、顔色を変えていました。普段穏やかな人を怒らせてはいけないパターンの人が、ここにもいらっしゃいましたよ。
「そんな! こちらこそ、是非ともお願いしたいです! お嬢様のお作りになった本は、本にうるさい弟が、なんとしても我が商会で扱いたいと熱弁していたのです! 是非、やらせてください!」
あっというまに、業務提携が決まりましたわ。私としては、少し複雑な気分。前世の教材と、絵本が元ネタですもの。それで儲けるなんて、世界を超えて著作権侵害だと訴えられないかしら。まあ、絵本に関しては、元ネタが行方不明になるぐらい、内容が変わっているから大丈夫かしら。
「あの、それと……。弟についても、今後もこちらで躾け直して、いえ、雇い続けていただけるというのは、本当でしょうか」
そうなんです。司書のチェンジは、いったん保留となったのです。司書の数自体、それほど多いものではなく。大体は王都や大きな街の図書館で勤めているもので。こんな片田舎の図書館に勤めてくれる人なんて、なかなかいないらしい。
そういった事情もあって、新しく司書を探すよりは、ネイト氏の人格を矯正した方が早いだろうと、お祖父様は判断したのだ。人間、そんなに簡単に矯正はできないと思うのだけど。お祖父様ですものね。
「うむ。ネイトも心を入れ替えて、朝晩はワシの鍛錬に付き合っておる。そのうち邪念もなくなるであろうよ」
女性と見紛うほど線の細いネイト氏が、毎朝、毎晩、お祖父様に見張られて木刀を振っていらっしゃいます。最初は10回も振ればふらふらになっていたのに、段々としっかりと振れるようになって、そうしたら顔つきも変わってきました。
今はまだお祖父様に対する恐怖が残っているみたいだけど、どんどんウチの脳筋、いえ、たくましい兵たちに似てくるから不思議よねぇ。
「……………………先代様と、木刀を振っていると、心が清々しくなります」
ここまで無言だったネイト氏が、ぽつりと呟く。
そこには、先日のエセ結婚詐欺師みたいな軽薄な様子は、微塵もなく。子どもみたいな瞳で、じっとお祖父様を見つめていて。ええ。お祖父様に心酔しきっている、ウチの兵士たちと同じ眼だわ。お祖父様、女性や子どもには怖がられる事が多いけど、男子にとっては圧倒的なカリスマなのだ。魔物に対峙しているときの、あの凄まじい強さは、男が惚れちゃうのよねぇ。分かります。
「お祖父様はとても格好良いですものねぇ……。はぁ。素敵」
先日からキュンがとまらない私は、ついつい本音が口をついて出てしまった。
「サラナ。しゅ、淑女がそのような事を言うのは、はしたないぞ」
赤い顔のお祖父様に叱られました。怖いどころか、キュンが倍増しただけでした。ごちそうさまです。
こうして、ネイト氏の保護者面談は、無事進路が決まった高校生よろしく、和やかな感じで終わったのですが。
業務提携が出来たジョーグルー伯爵が、ふと、思いついたようにアルト会長に訊ねた。
「そういえば。アルト会長の家名である、サース家は、もしや、サース商会を営む、サース男爵家との所縁があるのでしょうか?」
そのジョーグルー伯爵の言葉に、穏やかな笑みを浮かべたアルト会長の様子が一変した。春の陽だまりが、ダイヤモンドダストに。笑顔のまま、すぅっと冷えたのだ。
「我がジョーグルー商会とは、お取引はございませんが、サース商会では、数年前に領内で作ったブドウを品種改良して、質の良いワインを作りだしたことで有名で。若くして当主となったサース男爵が、領民たちと一から作り上げたと、大変評判が良く、陛下の覚えもめでたいようで……」
アルト会長の様子に気づかず、ジョーグルー伯爵は上機嫌で喋っている。その横で、見た事ないぐらい冷ややかな笑みを浮かべているアルト会長。常にない彼の様子に、お祖父様もルエンさんも、目を丸くしていた。
「……サース男爵家は、私の生家です」
「おお! そうでしたか。やはり、アルト会長が有能でいらっしゃるのも納得です。素晴らしいご実家でいらっしゃるから」
「サース商会が出来たのは、私が実家と決別した後ですので。私とは関係ないのでしょう」
いつもは全方位に気を遣って、言葉を荒らげる事など、決してないアルト会長が。
商売相手であるジョーグルー伯爵の言葉を、冷たく切り捨てた。
目を瞬いて、ジョーグルー伯爵が押し黙る。ようやく、アルト会長の様子に気づいたようだった。
「こ、これは。失礼しました」
困惑するジョーグルー伯爵に首を振り、アルト会長は柔らかな笑みを浮かべる。
「いえ。こちらこそ。ですがサース商会とウチの商会は全く関係がありません。そちらはご承知おきください」
「え、ええ。それはもちろん。我らがお世話になるのは、アルト商会なのですから」
あれこれと挽回しようと必死になっているジョーグルー伯爵の声は全く耳に入らなかった。
いつもと変わらない優しい笑み。
だけど、まるで知らない人のように見える、アルト会長の表情に、落ち着かない気持ちになった。
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イラスト:匈歌ハトリ先生