53 図書館の探検
久々の投稿です。お待たせいたして申し訳ないです。
トキメキ過ぎて、この若さで心臓発作が心配な、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
ピチピチの14歳なのに、今世の3倍生きた前世よりも動悸が激しいっ。ううう、胸が苦しいわ。心臓発作かも……。でもまだこんな所で死ねないわ、まだ図書館に入ってないのよ、頑張れ、サラナ!
「さあ、サラナ!中も見てくれ!」
キラッキラ笑顔の、上機嫌なお祖父様に案内され、いざ図書館の中へ。
途端に図書館独特の、静謐な雰囲気に包まれて。すうぅぅぅ。ああ、紙とインクの匂い。落ち着くわ。荒れ狂っていた私の心臓も、凪いだように穏やかさを取り戻す。
建物は外観から推測した通り、二階建てだった。一階の半分は書架で、半分は貸出カウンターと、机と椅子が置かれ、本を読めるスペースになっている。学校の図書館みたい。懐かしいわ。
ゴテゴテした装飾はなく、簡素な作りだけど、素朴で良いわね。これなら村民も気兼ね無く利用できるわね。
二階は全て書架。まだ半分程度しか本棚は埋まっていないが、それでも驚くほどの本の量だ。あらー、あの本、前から読みたいと思っていたシリーズだわ! まあ、あの作者の本も!
きちんと分類され整理された本は、まるでキラキラと輝くお宝のよう。そうよ、宝箱!ここは本の宝箱!あああ。私、ここに住もうかしら! おはようからお休みまで、本に囲まれた生活。天国ね。
モリーグ村の長閑な暮らしは好きだけど、1点だけ、不満を感じる事があるとすれば、本が少ない事だった。ド田舎なので、本を手に入れるには港街シャンジャのような、大きな街にまで行かなくてはならず。しかも、シャンジャとて、そんなに頻繁に新しい本が入ってくるわけではない。やっぱりその辺は、王都に負けるのよねー。活字中毒を自負する私には、時々起こる本が読みたい発作を抑えるのは大変だった。手元にある本は、穴が開くほど読み返しているしねぇ。
活字に飢えていた私は、久々に沢山の本に囲まれて、夢見心地で書架の間をウロウロしていた。
そうして気がつけば。あらこんな奥まで進んでしまっていたわ。借りたい本を何冊か見つけて抱えていたのだけど、皆のための図書館だというのに、私がこんなに本を借りていいのかしら。貸出上限数は何冊か確認していなかったわ。
誰かに聞いてみようか、そういえば司書さんがいると、お祖父様が言っていたわね。
「ようこそ、サラナ記念図書館へ。司書のネイト・ジョーグルーと申します」
突然背後から声が掛かり、思わずびくりと身体が震えた。
書架の間から、淡い金髪の美人が、本を手ににっこりと微笑んでいる。あらまぁ、なんて眼鏡が良く似合う、綺麗な男性なのかしら。ドヤールではあまり見ないタイプのイケメンだわ。ウチはほら、筋肉バ……、いえ、肉体美自慢の美丈夫が多いから。女性と見紛うような麗人は、もはや人種が違う様に感じるわねぇ。目の保養だわ。
それにしても。司書ということは……。えぇっ、こんなに細身の美人さんが、本棚に適当に本を放り込んだと、お祖父様を叱ったの? 外見によらず、豪胆な方なのね。
そして、ジョーグルーという姓にも聞き覚えがあった。もしかしてユルク王国でも老舗の商会を営む、ジョーグルー伯爵家の所縁の方かしら ?ジョーグルー商会って、書籍を主に扱っていたような。
「あぁ、サラナ嬢。ようやくお眼にかかれました。女性の身でありながら、様々な事業を取り仕切る辣腕家だと伺っていたのですが。驚きました、噂や想像とは全く違っていた。なんと嫋やかで、百合の様に美しいのでしょう」
儚げ美人さんが、優雅な所作で私に近づいてくる。
挨拶がわりに手を取られ、儀礼的な、唇が触れないキスを落とされた。おお、貴族だわ。
麗人に手を取られる美少女(自己申告)。側から見たら、まるで物語の一幕の様に見えるかしら。
「名前で察して頂いたようですが、私はジョーグルー伯爵家の者です。兄がジョーグルー商会の長も務めております」
現ジョーグルー伯爵は早くに爵位を継いでいた筈。文字通り、まだ妻を迎えていない独身貴族。弟は兄を助け商会の手伝いをしていると聞いている。社交界でも大人気の美形兄弟なのよねー。確かに、これだけお綺麗だったら、人気も出るわね。
「サラナ嬢。私、孤児院に置かれているあの絵本を拝見させていただきました。そこで提案なのですが、ぜひ、我が商会でサラナ様のお手製だという、あの子供向けの絵本を扱わせていただけませんか?」
絵本?私が作った絵本って。あの、フルーツから生まれた男の子が動物をお供に鬼退治に行くお話とか。継母にその美しさを疎まれ、命を狙われて毒を盛られ、王子様のキスで目覚めるお姫様のお話とかを、こちらの世界仕様にリメイクしたアレの事かしら。
孤児院の子たちに、なんとか文字に興味を持ってほしくて、絵本の種類を増やしたかったのだけど。この世界の絵本は、神話ベースの絵本ぐらいしかなくて。神様の教えに背くと、大火に焼かれるとか、雷に打たれるとか、洪水が起こるとか、結末が教訓めいたものばかりで、読書を楽しむには重い内容ばかりだったのよねぇ。
楽しい絵本があってもいいじゃないと思って、前世の絵本を再現してみることにしたのだけど。日本でもお馴染みのあの物語たちをリメイクするの、大変だったのよ。この世界との齟齬が生じない様に、念のため家族にも監修をお願いしたのだけど……。それはもう、様々なツッコミ、いえ、ご指摘をいただきました。
フルーツから子どもは生まれないとか。動物を使役して魔物を倒すという事は、主人公は希少職種のテイマーなのかとか。婚約者でもない、しかも眠っている淑女に勝手に口付けるとは、男の風上にも置けないとか。それはまぁ、沢山の、色々な質問や意見をいただきまして。
皆の意見をまとめつつ、こちらでも受け入れられるように作り替えた結果、もはや原形をとどめていなかった。でもまぁ、子どもたちには大人気で、新作を渡せば皆が争って読むほどなのだ。大変だったけど、作って良かったわ。
「斬新なストーリー展開ながらも、飽きさせないワクワク感があり、あの様な面白い本を、私は初めて読みました。それにあの、子どもたち向けの教材。孤児院の子どもたちが短期間で文字や計算が出来るようになったと伺いました。確かにどれも分かりやすくて、初めて学ぶ子たちに向いている」
ほぅっと、悩まし気な息を吐き、うっとりとした視線を向けてくる儚げ美人。あらまぁ。美人は吐息まで色っぽいのね。
「ドヤール領の至宝とは、かくも才能に溢れた方なのかと。私は、胸の高鳴りが抑えられないのです。なんとしても、お近づきになりたくて……」
きゅっと。無礼ではない絶妙な力加減で手を握られ。焦がれた様な目を向けてくるネイト・ジョーグルー氏。その麗しさときたら、物語に出てくる、王子様の様で。
こんな熱烈な視線を向けられたら、社交デビュー前の男性慣れしていない令嬢相手なら、一発で恋に落ちてしまうのではないかしら。
でも私が儚げ美人のジョーグルー氏を見て感じたのは。親しみでもなく、勿論、恋心でもなく。
あらこの人、『モリグチくん』系のダメ男だわー、残念。という事だけだった。
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