52 お祖父様の贈り物 2
5/10 「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」書籍発売記念に投稿したかったのに。
一日遅れてしまいました。間にあわなかった。
聳え立つ、大きな建物、春の空。現実逃避の一句ができました、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
孤児院の向かいの空き地に簡素だけど大きな建物があった。なにやら立派な門の横に白い布が掛けられていた。
お祖父様が全力でとぼけていらっしゃったので、この場所は、今日まで極力、見ない様にしていたのだけど……。
見ない様にしていても、やはり気になるし。そして改めて近くで見ると、思っていた以上に、大きいわね?2階建てかしら?
建物の前に、正装したお祖父様を筆頭に、家族全員と、ルエンさんたち、それに、孤児院の子供たち、それに村民の皆様まで。
え、え? 何? 皆、綺麗な格好をしているわ。孤児院の3歳児も、白シャツに黒ズボンの正装。ピシッと敬礼が決まっているわねー。カッコいいわよ。
「よく来てくれた、サラナ」
お祖父さまの良く通る渋い声。そこに、ほんの少し、緊張が滲んでいて。
私は、胸がドキドキするのを止められなかった。ううう。なんなの。心臓に悪いわ、この緊張感。
「皆も、良く集まってくれた。それでは、開館のセレモニーを始めるとしよう」
「カイカンノセレモニー?」
え?カイカンって何?かいかん。開・館・の・セ・レ・モ・ニ・ー・?開館って?何が開くの?
「この日を迎えられたのも、皆の協力があったお陰だ。当初、ワシが思い描いていた以上の立派なものが出来上がり、嬉しく思う」
お祖父様の言葉に、村人たちはうんうんと頷いている。村の皆も、お祖父様に協力していたってことかしら。そういえば、ルエンさんを筆頭に、皆でこそこそ集まっていたわね。一体、私に内緒で、何をしていたかしら。嫌な予感しかしないわー。
戸惑う私を置いてきぼりにして、お祖父様は堂々と言い放った。
「本日この佳き日に、『サラナ記念図書館』の開館を迎えられた事を、嬉しく思う!」
その言葉に、わぁぁっと皆から、歓声が上がった。
同時に、門の横の白い布が引き落とされ。
やけに美しい書体で『サラナ記念図書館』と書かれた看板が、柔らかな陽射しの下、現れたのだ。
◇◇◇
サラナ記念図書館。
言葉の意味が私の頭に浸透するまでに、しばし時間を要しました。
浸透した瞬間、恥ずかしさに一瞬で頭が沸騰し、そしてマゴ馬鹿の規模のデカさに一瞬で血の気が引きました。
「お、お、お、お、お祖父様?と、と、図書館って?サ、サラナ記念図書館?」
よりにもよって、なぜ私の名前を冠した図書館?百歩譲っても、そこはドヤール記念図書館とか、あったでしょ?あの麗々しい看板の撤去を、今すぐ求めたいわ!
「おお。サラナは本が好きだろう?だから図書館を作れば、喜ぶと思ってのぉ」
にっこにこのお祖父様。あああぁぁ。そんな理由で、図書館を作っちゃったの?私が喜ぶって微塵も疑っていないわ、この得意げな顔は。
私はぐるりと家族やアルト会長、ルエンさんたちに視線を向ける。皆様、仕方ないですよ、といった表情。良識派の皆が揃っていて、何故この暴走を止めて下さらなかったの?
「建物は村の男衆と大工で作り上げた。心配するな!簡単な作りだが、嵐にも魔物の襲撃にも耐えられるぐらい、頑丈だぞ」
いえいえ。そんな事、全く気にしていないわっ。
「本もな。知り合いの領主から、たくさん、譲り受けたんだ。その領主は、年齢のせいか、小さい文字が見え辛くなってな。読めもしない本が場所をとって仕方ないと愚痴っていたから、全部引き取ってやったら、喜んでおったぞ。まあ、それを入れてもまだまだ本棚が余っておるから、これからも増やしていけばいい。お前の部屋の本棚から溢れている分も、読み終わったものは、ここに移すといい」
それは助かりますけどっ。そうじゃなくて。
「本の管理をするのもな、ルエンが司書とかいう者を雇ってくれた。ワシは知らんかったが、本を分類するのも色々とルールがあるのだなぁ。適当に本棚に放り込んだら、怒られたわ」
それは司書さんだったら、怒るでしょうねぇ。だから、そうじゃなくて。
「お祖父様。いくらなんでも、これは……」
資本力にモノを言わせたマゴ馬鹿に、私は眩暈がした。大変だわ。お祖父様がユルク王国史上、最強の孫馬鹿だと、歴史に名を刻んでしまうわ。
だけど、続けられたお祖父様の言葉に、私は大いに驚いたのだ。
「最初はなぁ、サラナのために図書館を作ると言ったら、カーナやルエンに止められたのだ。サラナも、そんな金の掛かるものを贈られても、困るだろうと」
孫が可愛いのは分かるが、いくらなんでもやりすぎだと、特にお母様から、ガッツリと叱られたらしい。きまり悪そうに、お祖父様は頭を掻いた。
しかし、お祖父様の考えを話すと、呆れながらも、結局、お母様は納得してくれたらしい。王都から戻ってきた伯父様夫婦も、お父様も、お祖父様に賛同してくれたのだという。
「孤児院の童どもが、必死に文字を学び、楽しそうに本を読んでいるのを見たら、どうしても図書館を作りたくなった。ワシが領主の頃は、領民の生活や安全は守ってきたつもりだが、教育までは手が回らなんだ。だが、サラナが、領主だったワシに出来なかったことを、やってくれた。童どもの選択肢を増やし、未来を拓いてくれた。ここはなぁ、サラナ。どんな身分であろうとも、お前の様に本が好きな者なら、誰でも利用出来る場所だ。あの童どもは、こうして環境を整えてやれば、己の未来を切り開くために、貪欲に学ぶだろうよ。学びが、領民たちの暮らしを豊かに変えるのだと、サラナが教えてくれた。だから……、サラナがドヤールの領民のため撒いてくれた種が、やがて大木になるのを、手助け出来ればと思って、作った、のだが……」
目をキラキラさせて思いを語っていたお祖父さまが、そこで初めて、気弱そうな顔を見せた。
「……駄目だったか?これも、サラナが望むものではなかったか?」
しゅんとした子犬顔のゴリマッチョお祖父様。その後ろで、私の反応を固唾をのんで窺う、村民の皆様。
お父様とお母様、アルト会長が、優しい顔で頷いている。伯父様と伯母様も、誇らしそうな顔をしていて。ダッドさんとボリスさんは、やってやったみたいな、どや顔をしていて。ルエンさんが、何故か平伏してドヤール家への忠誠を誓い、号泣している。うん、こっちは通常運転ね。
どうしましょう。鼻の奥がツンとして痛いわ。瞳に涙の膜が張っていて、決壊寸前よ。
駄目よ、サラナ。みっともない泣き顔をこんな大勢の人の前で晒すなんて、淑女としてあるまじき行為だわ。
だから私は、その場でとれる最善の策を取った。
お祖父様に突進し、その胸に抱きついて、情けない顔を隠したのだ。
「サラナ?」
「お祖父様、嬉しいです……!」
「……っ!そうか!喜んでくれるか!」
再び、皆さまから歓声が上がった。
それを聞きながら、お祖父様の手が優しく頭を撫でるのを、心地よく堪能する。はぁぁ。お祖父様が理想の殿方過ぎて辛い。
こんな凄いものを作って下さったというのに、私が喜ぶかどうか、不安だなんて。
いつもはあんなに凛としてお強くて格好いいのに。シュンとしたお顔が可愛いなんて。ギャップ萌え過ぎて、反則過ぎますぅ。
なによりも。お祖父様が孤児院の子どもたちの為に、図書館を作ろうと思ってくださったのが嬉しかった。子どもたちが学ぶことが、あの子たちの未来のためになると、信じて下さることが、とてつもなく嬉しかった。
「お祖父様。ありがとう。本当に、ありがとうございます」
溢れた涙をぬぐって、お祖父様を見上げると。慈愛に満ちた優しい目が、私を包むように見つめていてくれて。
実の祖父に、私史上、最大にときめいてしまった。コンナンジャドコニモヨメニイケナクナルワー。
あまりにドキドキし過ぎていた私は、周囲を見る余裕なんて全くなく。少し離れたところで、お祖父様と私を見守っていたアルト会長が、額を押さえて溜息を吐き、お父様が肩を叩いて慰めていたなんて、まったく気づきもしなかった。
★書籍化作品「追放聖女の勝ち上がりライフ」
ヤングキングラムダでコミカライズ連載中です。
お手に取っていただけると幸いです