表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/106

52 お祖父様の贈り物 2

5/10 「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」書籍発売記念に投稿したかったのに。

一日遅れてしまいました。間にあわなかった。

 聳え立つ、大きな建物、春の空。現実逃避の一句ができました、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。

 

 孤児院の向かいの空き地に簡素だけど大きな建物があった。なにやら立派な門の横に白い布が掛けられていた。

 お祖父様が全力でとぼけていらっしゃったので、この場所は、今日まで極力、見ない様にしていたのだけど……。

 見ない様にしていても、やはり気になるし。そして改めて近くで見ると、思っていた以上に、大きいわね?2階建てかしら?

 

 建物の前に、正装したお祖父様を筆頭に、家族全員と、ルエンさんたち、それに、孤児院の子供たち、それに村民の皆様まで。

 え、え? 何? 皆、綺麗な格好をしているわ。孤児院の3歳児も、白シャツに黒ズボンの正装。ピシッと敬礼が決まっているわねー。カッコいいわよ。


「よく来てくれた、サラナ」


 お祖父さまの良く通る渋い声。そこに、ほんの少し、緊張が滲んでいて。

 私は、胸がドキドキするのを止められなかった。ううう。なんなの。心臓に悪いわ、この緊張感。


「皆も、良く集まってくれた。それでは、開館のセレモニーを始めるとしよう」


「カイカンノセレモニー?」


 え?カイカンって何?かいかん。開・館・の・セ・レ・モ・ニ・ー・?開館って?何が開くの? 


「この日を迎えられたのも、皆の協力があったお陰だ。当初、ワシが思い描いていた以上の立派なものが出来上がり、嬉しく思う」


 お祖父様の言葉に、村人たちはうんうんと頷いている。村の皆も、お祖父様に協力していたってことかしら。そういえば、ルエンさんを筆頭に、皆でこそこそ集まっていたわね。一体、私に内緒で、何をしていたかしら。嫌な予感しかしないわー。


 戸惑う私を置いてきぼりにして、お祖父様は堂々と言い放った。


「本日この佳き日に、『サラナ記念図書館』の開館を迎えられた事を、嬉しく思う!」


 その言葉に、わぁぁっと皆から、歓声が上がった。

 同時に、門の横の白い布が引き落とされ。

 やけに美しい書体で『サラナ記念図書館』と書かれた看板が、柔らかな陽射しの下、現れたのだ。


◇◇◇

 

 サラナ記念図書館。

 言葉の意味が私の頭に浸透するまでに、しばし時間を要しました。

 浸透した瞬間、恥ずかしさに一瞬で頭が沸騰し、そしてマゴ馬鹿の規模のデカさに一瞬で血の気が引きました。


「お、お、お、お、お祖父様?と、と、図書館って?サ、サラナ記念図書館?」


 よりにもよって、なぜ私の名前を冠した図書館?百歩譲っても、そこはドヤール記念図書館とか、あったでしょ?あの麗々しい看板の撤去を、今すぐ求めたいわ!


「おお。サラナは本が好きだろう?だから図書館を作れば、喜ぶと思ってのぉ」


 にっこにこのお祖父様。あああぁぁ。そんな理由で、図書館を作っちゃったの?私が喜ぶって微塵も疑っていないわ、この得意げな顔は。

 私はぐるりと家族やアルト会長、ルエンさんたちに視線を向ける。皆様、仕方ないですよ、といった表情。良識派の皆が揃っていて、何故この暴走を止めて下さらなかったの?


「建物は村の男衆と大工で作り上げた。心配するな!簡単な作りだが、嵐にも魔物の襲撃にも耐えられるぐらい、頑丈だぞ」


 いえいえ。そんな事、全く気にしていないわっ。


「本もな。知り合いの領主から、たくさん、譲り受けたんだ。その領主は、年齢のせいか、小さい文字が見え辛くなってな。読めもしない本が場所をとって仕方ないと愚痴っていたから、全部引き取ってやったら、喜んでおったぞ。まあ、それを入れてもまだまだ本棚が余っておるから、これからも増やしていけばいい。お前の部屋の本棚から溢れている分も、読み終わったものは、ここに移すといい」


 それは助かりますけどっ。そうじゃなくて。


「本の管理をするのもな、ルエンが司書とかいう者を雇ってくれた。ワシは知らんかったが、本を分類するのも色々とルールがあるのだなぁ。適当に本棚に放り込んだら、怒られたわ」


 それは司書さんだったら、怒るでしょうねぇ。だから、そうじゃなくて。


「お祖父様。いくらなんでも、これは……」


 資本力にモノを言わせたマゴ馬鹿に、私は眩暈がした。大変だわ。お祖父様がユルク王国史上、最強の孫馬鹿だと、歴史に名を刻んでしまうわ。

 

 だけど、続けられたお祖父様の言葉に、私は大いに驚いたのだ。


「最初はなぁ、サラナのために図書館を作ると言ったら、カーナやルエンに止められたのだ。サラナも、そんな金の掛かるものを贈られても、困るだろうと」


 孫が可愛いのは分かるが、いくらなんでもやりすぎだと、特にお母様から、ガッツリと叱られたらしい。きまり悪そうに、お祖父様は頭を掻いた。

 しかし、お祖父様の考えを話すと、呆れながらも、結局、お母様は納得してくれたらしい。王都から戻ってきた伯父様夫婦も、お父様も、お祖父様に賛同してくれたのだという。


「孤児院の童どもが、必死に文字を学び、楽しそうに本を読んでいるのを見たら、どうしても図書館を作りたくなった。ワシが領主の頃は、領民の生活や安全は守ってきたつもりだが、教育までは手が回らなんだ。だが、サラナが、領主だったワシに出来なかったことを、やってくれた。童どもの選択肢を増やし、未来を拓いてくれた。ここはなぁ、サラナ。どんな身分であろうとも、お前の様に本が好きな者なら、誰でも利用出来る場所だ。あの童どもは、こうして環境を整えてやれば、己の未来を切り開くために、貪欲に学ぶだろうよ。学びが、領民たちの暮らしを豊かに変えるのだと、サラナが教えてくれた。だから……、サラナがドヤールの領民のため撒いてくれた種が、やがて大木になるのを、手助け出来ればと思って、作った、のだが……」


 目をキラキラさせて思いを語っていたお祖父さまが、そこで初めて、気弱そうな顔を見せた。


「……駄目だったか?これも、サラナが望むものではなかったか?」


 しゅんとした子犬顔のゴリマッチョお祖父様。その後ろで、私の反応を固唾をのんで窺う、村民の皆様。 

 

 お父様とお母様、アルト会長が、優しい顔で頷いている。伯父様と伯母様も、誇らしそうな顔をしていて。ダッドさんとボリスさんは、やってやったみたいな、どや顔をしていて。ルエンさんが、何故か平伏してドヤール家への忠誠を誓い、号泣している。うん、こっちは通常運転(いつも通り)ね。


 どうしましょう。鼻の奥がツンとして痛いわ。瞳に涙の膜が張っていて、決壊寸前よ。

 駄目よ、サラナ。みっともない泣き顔をこんな大勢の人の前で晒すなんて、淑女としてあるまじき行為だわ。


 だから私は、その場でとれる最善の策を取った。

 

 お祖父様に突進し、その胸に抱きついて、情けない顔を隠したのだ。


「サラナ?」


「お祖父様、嬉しいです……!」


「……っ!そうか!喜んでくれるか!」


 再び、皆さまから歓声が上がった。

 それを聞きながら、お祖父様の手が優しく頭を撫でるのを、心地よく堪能する。はぁぁ。お祖父様が理想の殿方過ぎて辛い。

 

 こんな凄いものを作って下さったというのに、私が喜ぶかどうか、不安だなんて。

 いつもはあんなに凛としてお強くて格好いいのに。シュンとしたお顔が可愛いなんて。ギャップ萌え過ぎて、反則過ぎますぅ。


 なによりも。お祖父様が孤児院の子どもたちの為に、図書館を作ろうと思ってくださったのが嬉しかった。子どもたちが学ぶことが、あの子たちの未来のためになると、信じて下さることが、とてつもなく嬉しかった。


「お祖父様。ありがとう。本当に、ありがとうございます」


 溢れた涙をぬぐって、お祖父様を見上げると。慈愛に満ちた優しい目が、私を包むように見つめていてくれて。

 実の祖父に、私史上、最大にときめいてしまった。コンナンジャドコニモヨメニイケナクナルワー。


 あまりにドキドキし過ぎていた私は、周囲を見る余裕なんて全くなく。少し離れたところで、お祖父様と私を見守っていたアルト会長が、額を押さえて溜息を吐き、お父様が肩を叩いて慰めていたなんて、まったく気づきもしなかった。

 

★書籍化作品「追放聖女の勝ち上がりライフ」

 ヤングキングラムダでコミカライズ連載中です。

 お手に取っていただけると幸いです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12 コミック発売! 転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います①

html>
9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


html>
― 新着の感想 ―
栞チェックこの話し迄だったんだよね~ 約2年ぶりか... 内容殆ど忘れたから読み直してたけどいい話だね。 お祖父様素敵すぎる!
素晴らしい贈り物ですね! それはそうと、個人的に孤児院の三歳児ちゃんは女の子だとなぜか思い込んでいたので、男の子だと知ってちょっとびっくりw
日本人感覚だとお祖父さんって60以上のイメージしちゃうけども... この世界って成人年齢早いし、貴族は特に早く子供作るからね 前世42歳サラナより父も伯父もおそらく年下でお祖父様もせいぜい50代前半下…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ