50 帰ってきました
お久しぶりの投稿です、お待たせしました。
本業の年度末、年度初めの忙しさを乗り越えました。
お祖父様を書くのが一番好きです。
やっとモリーグ村に帰って参りました、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
あー。やっぱり家が一番ねぇと、居候の分際で堂々とドヤール家で寛ぐ私。侍女さんたちが甲斐甲斐しくお世話してくれます。天国だわぁ。
「サラナや、お前の好きな木の実のクッキーとフルーツだぞ」
お祖父様が、お皿に山盛りのクッキーとフルーツを勧めてくださる。一歩も動く事なく好物が次々と出てくるわ。このままでは、仔豚さん一直線ではないかしら。
王都から帰ってきて以来、お祖父様は私にベッタリ、いえ、常にお側にいらっしゃって、あれやこれやと世話して下さいます。某事情により、ほんのちょっぴり腕にアザが出来た事と(モリーグ村に着いた時は殆ど消えていた)、私の精神的疲労が、思った以上に大きかったのが原因でしょうねぇ、ええ。
モリーグ村に着いたその日。馬車を降り、玄関で出迎えて下さったお祖父様の顔を見た途端、ああ、帰ってきたわぁと安心しちゃって、うっかりポロリと泣いちゃったのですよ。敵地で張り詰めていた気持ちが、絶対安全な守護神を見て、プチリと切れてしまったみたいで。
お祖父様は泣く私に大層驚き、同じく出迎えて下さったお母様に心配され、一緒に馬車を降りたお父様たちは動揺し、屋敷中が何故か大騒ぎになってしまい。ちょっと気が緩んだだけなのよー、と止めたのだけど、ドヤール家全員に過保護モードが発動してしまいました。あらまぁ。
そうして旅の疲れもすっかり癒えた現在も、過保護モードは継続中。家族の誰かが常に私に張り付いている状態で、その大半はお祖父様。時折狩りに、いえ、討伐に出てお肉や蜂蜜や木の実を持ち帰る以外は、常に私の側。家族以外が私に近づくと、ガルガルと警戒する。子どもを産んだばかりの熊って、こんな感じなのかしらと思うぐらい、ピリピリしています。
アルト会長がドヤール家の一員の様に張り付きメンバーに加わっている事に、もはや誰も違和感を感じていない。アルト会長はお忙しいから、偶に、ですけどね。お祖父様も、アルト会長がいらっしゃると、安心して狩りに、いえ、討伐に行くぐらい、彼を信用しているのだ。相変わらず馴染んでるわぁ。
そんな中、とても気になっている事があるのだけど。
私のお皿に、モリモリとクッキーを盛っているお祖父様にちらりと視線を向け、私はその気になっている事を口にした。
「あのぅ。お祖父様」
「なんだ、サラナ?もう少し果物を取り分けようか?」
「いえいえ、お祖父さま。その見事な果物タワーは、それぐらいで!そんなに食べられませんから。それより、あの、孤児院の斜向かいの空き地に」
「うごっほん、おっほん!そうか、クッキーの方が好きか!」
「いえ。お祖父様。クッキーもそんなに食べられませんから。それより、孤児院の斜向かいの」
「いやいや。サラナは細いから、もっともっと食べた方がいい!甘いものばかりでは飽きるだろう!そうだ、また何か美味い肉でも狩ってきてやろう!うん、その方がいいな!待っていなさい!」
「あっ!お祖父様!」
私との会話を強引に打ち切って、お祖父様がさっと部屋を出て行ってしまう。……分かりやすいわ。なんてベタな誤魔化し方なの!やっぱり、孤児院の斜向かいの空き地で作っているモノは、お祖父様が関わっているようね。お祖父様だけじゃなく、モリスさんやダッドさんを筆頭とした職人さんたち、アルト会長やルエンさんまで一緒になって、私に隠れて何かこそこそしているのよ。お祖父さまが「サラナには絶対内緒だぞ」って仰っているのを偶然聞いてしまったけど、あんなでっかいモノ、気づくなというのが無理なんだけど。一体何を作っているのかしら。
お祖父様と入れ違いに部屋にいらっしゃったのは、お母様だった。
「お母様。孤児院の斜向かいの空き地に……」
「ごめんなさいねぇ。それに関しては、私の口からは話せないのよ」
にっこり。お母様は上品な笑みを浮かべる。あ。これは絶対に教えてもらえないやつだわ。これ以上聞いても無駄だと悟り、私は溜息を落とす。あああぁ。気になるわぁ。
「ふふ。久しぶりに、淑女の嗜みでもしましょうか」
お母様はそう言って、私に刺繍の道具を渡した。あら、刺繍なんて、本当に久しぶりだわ。ここのところ、バタバタと忙しなかったものねぇ。
「サラナ。今回の王都行きで、アルト会長にはとてもお世話になったでしょう?ハンカチに刺繍をして、贈ってはどうかしら?」
確かに、アルト会長には大変お世話になったけど。そのお礼が私の刺繍入りハンカチって、ショボくないかしら。
「まぁ。何よりも喜んで下さるに決まっているじゃないの」
素直に疑問をお母様にぶつけたら、コロコロと笑われた。
「そうでしょうか……」
一流の商人の持ち物は、プロの職人に頼んだ方が良いのではないかしら。孤児院のリーシェに頼んでもいいわね。あの娘もどんどん上達して、指名客も増えてきているし。
「サラナ。プロの作ったものは素晴らしいわよ。でも、心を込めて自分で刺繍をする事も、大事ではないかしら。アルト会長は、プロの職人の作品より、貴女が心を込めて刺した物を喜んでくださると思うわ」
お母様に諭すように言われ、私はちょっと恥ずかしくなった。
そうね。アルト会長って、そういう人だわ。たとえ拙くても、感謝の心を込めて作ったものなら、喜んでくださるわね。
私はハンカチを手に、どういう図案がいいか考えた。イニシャルを入れるのがいいかしら。アルト会長の好きな色は。あれこれ考えると、中々、決まらない。
ようやく図案を決め、お母様と言葉少なに刺繍をする。ふふふ。久しぶりだけど、なんだか楽しいわ。
「ねぇ、サラナ。貴女、どんな方と結婚したい?」
心穏やかにチクチクしていたところに、お母様が突然デリケートな質問をぶっこんでいらっしゃったので、私はうっかり針を指に刺すところだった。危ないわ。血染めのハンカチになる所だったわ。
「け、結婚、ですか?」
「ええ。ほら。前の婚約者は、控えめに言ってもクズだったじゃない?王命だったとはいえ、あんな男との婚約を受けなくてはいけないだなんて、本当に業腹だったわ。9年も我慢しないで、さっさと爵位を返上して、ドヤールに戻るべきだったと今更ながら、後悔しているの。貴女の大事な時間を、あのクズに費やした挙句の、婚約破棄でしょう?こんなことなら、王命なんて無視してユルク王国に亡命していればよかったわ」
「おおおおおお母様ぁ」
概ね同意いたしますけど!同意はいたしますけどっ!家の中とはいえ、王族の悪口をそんな大きなお声で言わないでくださいませぇぇ。心臓に悪いです。ああ。普段はおっとりなお母様も、やっぱりドヤール家の一員なんだわと感じるわね、こういう時は。
慌てて辺りを見回すと、控えていた侍女さんたちはうんうんと微笑んで頷いている。こちらもドヤール家に仕えて長いだけあるわぁ。肝が据わっているのよねぇ。
「だからねぇ。貴女の結婚相手は絶対!貴女の望む人がいいと思っているのよ。あんなクズに時間を割かれたんですもの。相応の見返りがないと、やってられないでしょう?家柄とか、身分とか気にせず、どんどん恋をしなさいな。私もお父様も、貴女の選ぶ方なら、全力で応援するわ」
お母様がうふふと悪戯っぽく笑う。そのいくつになっても可愛らしい様子を見ていたら、私はなんだか、申し訳ないような、悲しいような気持になってしまった。
「でも……。私はお母様の様に、可愛くないのですもの。恋なんて……」
「ええ?」
「ミハイル殿下が私を嫌ったのは、私が地味だったせいもありますけど。一番は賢しく、可愛げがないからだと。男を立てることもせず、出しゃばって生意気だと。多少出来が悪くても、弱くて守ってやりたくなるような女がいいと、常々仰っていて」
そして前世の歴代彼氏たちにも、同じ事を言われていましたから。結局、最後に選ばれるのは守ってやりたくなる様な、儚げな可愛らしい子ばかりだもの。そして私みたいな可愛げのない女は『お前は俺がいなくても大丈夫だろ』って言われてフラれるのよ。
「まあぁ。あのクズは、馬鹿に輪をかけて阿呆だったのね。弱くて守ってやりたくなるような女って。そんなのいるわけないでしょう」
お母様はハッと鼻で笑って、私の感傷ごと、ミハイル殿下をぶった切った。
「まぁねぇ。そりゃあ、たまぁにはいるわよ?繊細すぎて世俗に耐えられないって人は。でもそれって、ごくごくほんの一部よ。『私には出来なぁい』とか言う女性って、そもそも男性に依存する気満々なのよ。煽てて、弱い自分を演出して、庇護欲を駆り立てて、自分を養ってくれる人を狙うの。女性って、生来、強かで計算高いものなのよぉ。それも見抜けず、『この子は俺が守るんだ』とか自分に酔っているのよ?ふふふ、滑稽よねぇ」
刺繍の手を止めずに毒を吐くお母様。ぽかんとする私。
「だからねぇ、サラナ。幼い頃からあのクズが婚約者だったから、男性が全てああいった女性を好むと思い込むのも仕方がないのだけど。まともな男性は、そういう女性をそもそも選ばないものよ。だって、考えてもみなさいよ。貴族なんて、優雅なのは表面だけで、そりゃぁもう、忙しいのよ。領主なんて書類仕事だけでも大変なのに、社交だ、討伐だ、紛争だって。身体がいくつあっても足りないのに、妻になる女性が『私、なんにも出来ないの』って、全力で寄りかかってくるのよ?どこまで耐えられるかしらねぇ?」
た。確かに。伯父様や伯母様を見ていても分かるけど。領主って、すごく大変そう。
今はお父様やお母様がサポートをしているから伯父様も伯母様も少しは余裕が出てきたみたいだけど。ドヤールに来たばかりのころは、伯父様の執務室に書類タワーが出来ていたわね。伯母様も家内の事だけでなく、領内の分家の皆様や他領の方とのお付き合いに大忙しだったし。
妻が戦力外だと、伯父様がなさっている仕事に加え、伯母様の仕事を背負うことになるわけで。
……うふふ、無理。ちょっと考えただけでも、ブラック企業真っ青な仕事量だわ。
「見る目のある男性なら、そういう女性は絶対に伴侶には選ばないわね。それにねぇ、そういう女性を選ぶ男性は、他の貴族からも信用されないわよー。だって、騙されやすい無能だって事を、自分で宣言しているようなもんじゃない」
お母様。その見る目がない男性、話の流れで行くと、隣国の王族ですわぁ。誰かぁ、お母様の毒を中和する、解毒薬をくださいな。
「だからね。そんなお馬鹿さんの言った事なんて、気にするだけ無駄よ。だって、見る目のないお馬鹿さんの言葉に、なんの説得力もないでしょう?」
輝くようなお母様の笑顔が、怖いわぁ。分かります、凄く嫌いなんですね、あの人の事が。
お母様の言う事は、いちいち納得できたのだけど。
あれ?でも、ちょっと待って。男性が全て、そういうか弱い女性が好きではないのよね?でも、私は前世から、ずっと同じような理由で振られ続けたわけで。
つまり私、可愛くてか弱いふりをする女に騙されるような馬鹿な男に、何度も引っかかっていたってわけ?今世は王命による婚約だったから、私が選んだわけじゃないけど。前世は自由恋愛だもの。同じ様なタイプの馬鹿ばかり、好きになっていたというわけ?
「だから、サラナ。心配せずに、結婚相手は、貴女の好きな人を……」
「いいえ!お母様!」
私は笑顔のお母様を遮って、口を開いた。
「私、自分で結婚相手なんて選んではいけないという事が、つくづく分かりました!私には、見る目がないんです!節穴なんです!信用度ゼロです!」
「え?ちょ、ちょっと、サラナ?」
「私、結婚はそもそも諦めていたのですけど。もしも万が一、私が結婚したいなんて言い出したら。どうかお母様が諫めて下さいませ!でないと、絶対に次もお馬鹿さんを選んでしまうでしょうから!」
このまま生涯お一人様のつもりだったけど。将来、うっかり恋に落ちて、結婚するわーとか血迷った事を言い出す可能性はゼロではないもの。前世でも友人から『ダメ男収集家』の二つ名で呼ばれていた私が、マトモな男性を選ぶ筈がないわ!私一人が被害を受けるだけならまだしも、ドヤール家やラカロ家に迷惑を掛けるようなことになっては、一大事ですもの。
他力本願になってしまうけど、万が一にも結婚相手を選ぶ時には、お母様たちの厳しい目で、きっちりと見極めていただいた方がいいわよね。
「あぁ、サラナ……。平気な顔をしていても、やっぱりあのクズのせいで、傷ついていたのね……」
お母様が瞳を潤ませて、私を抱き寄せる。あら?
「誰がなんと言おうと、貴女は私の自慢の娘で最高のレディよ。そんなに卑屈にならなくても、貴女には世界一のお相手が見つかるに決まっているじゃない!……あのクズ。私のサラナをこんなにも追い詰めるなんて……。絶対にこのままにはしておかないわ……」
後半の低ぅい声はよく聞き取れなかったけれど。
私を抱きしめて涙を流すお母様が、お祖父様譲りの何やら物騒な気配を漂わせているのは、私の気のせいではないと思うの。
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