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40 これってデートじゃありませんでしたっけ?

こちらが最後のストックです。

以降から更新はゆっくりになります。

 王都を堪能し忘れました、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。


 あの後。

 私とアルト会長はあのお店で打ち合わせを続けた。

 その姿は、まるでファミレスのドリンクバーで何時間も居座ってネタを書くお笑い芸人のようで。あら。例えがちょっと違ったかしら。でも、それぐらい、長々と居座ってしまったわ。もちろん時折、紅茶のお代わりや、お茶菓子を追加で頼みましたよ。他にお客様はいなかったので、ジョアンさんは笑って許して下さいました。


 ある程度の案を固めてしまえば、後はアルト会長が動いてくれる。

 ジョアンさんを席に呼び寄せ、お店の改装計画について説明すると……。ええ。想定通り、拒絶されましたよ。貴族からの施しは受けないと、頑なに。


「まぁ、ジョアンさん。貴族の気まぐれな施しなんて誰が申し上げました?私たちがしているのは、このお店の経営状況を改善するためのコンサルティングよ」


「こんさるてぃ?なんだって?」


「コンサルティング。より良い経営のために提案をさせていただきたいという事よ」


「ええ?貴族のお嬢様が、どうしてそんな……」


 ジョアンさんは最初は半信半疑だったけど、説明をしていくうちに、どんどんとその顔が真剣になっていった。


「なんだか、突拍子のない話だけど……。そんな事で本当に客足が戻るのかね?」


「正直なところ、王都で受け入れてもらえるか分かりませんけど。そのために下準備はしっかりやりましょう。どうせ店は閉めるんでしょう?ならばその前に、貴族の世迷言に付き合ってみてもイイのでは無いかしら。お付き合いいただける間のお給金は保証しますわ。お店を閉めるにしても、手元にお金があるのとないのとでは違うと思いますわ。それに、もしも上手くいかなかった場合は、お望みの就職先を探すお手伝いもさせていただきます」


 私が真摯にそう申し上げると、ジョアンさんは困った様に頬に手を当てた。


「アルト会長がお連れした方だから、信用しちゃいるけどさ。どうして会ったばかりの私らに、そんな事までしてくれるんだい?お嬢様には、損ばっかりで何の得にもならないじゃないか」


「あら。私にもちゃんと利益がありますわ」


 私のプランが成功するかどうかは分からないけど、これだけは、確信をもって言える。ジョアンさんが、不思議そうな顔をする。


「どこに利益があるんだい?」


「私、次にこの店に来た時に食べるのは、タンシチューだと決めているのです」


 海鮮ドリアでも十分に満足しましたが。看板メニューはまだ一口しか頂いていないのです。少なくとも、食べるまではお店に存続していただかないと!投資するだけの価値は、絶対あるんだから!


 ぶっと吹き出す音が聞こえた。アルト会長が、顔を逸らして我慢しようとしたけど、堪えきれずに笑い出す。


「んまぁ、アルト会長!笑うなんて酷いわ!私、真剣なんですから!」


「すみませんっ、分かっています……、っふふっ、もう少し、お分けして、差し上げれば、良かった、……タンシチュー。あはは」


「あれ以上分けて頂いたら、アルト会長の分が、無くなってしまうではありませんか」


 それにドリアでお腹一杯でしたから、もうあれ以上食べるのは無理だったわー。満腹で無理して食べるなんて、タンシチューに失礼だわ。美味しい料理には、万全の態勢で臨まなくては。


 私たちのやり取りに、呆気に取られていたジョアンさんだったけど。やがてアルト会長よりも大きな声で、笑い出した。


「あっはっはっはっ。これはまた、食いしん坊なお嬢さまだね!」


 食いしん坊ではありません。美食家と言ってくださいませ。




 まぁ、そんなこんな事があって。色々と打ち合わせをしていたら、いつしかとっぷり日が傾いており。


 結局、一軒目のお店で一日が終わってしまい。王都観光の予定が、大半がお仕事の話になってしまったのだ。

 流石に店の外に出て、夕陽に染まる街を見たら、やべぇ、やっちまったと思いましたわ。お忙しいアルト会長が、色々と王都観光プランを考えていてくれたのに、台無しにしてしまったと。


 こういうところがダメなのかも。仕事に夢中になると、ついつい他が疎かになって。前世でお付き合いした人に、『仕事ばかりで、可愛げがない。俺の事はどうでもいいのか。仕事と俺のどっちが大事だ』とか言われてたわー。どっちが大事かなんて、決められるかと別れちゃったけど。あぁ。私って、やっぱりちっとも変わっていない。


「ごめんなさい、アルト会長。私、つい夢中になり過ぎて。折角、アルト会長が観光に連れ出して下さったのに……」


 私は海の底より深く反省し、謝罪したのだけど。アルト会長は不思議そうな顔をした。


「どうして謝られるのです?サラナ様は、いつもご自分の為ではなく、誰かの為に働いていらっしゃるではありませんか。誇りこそすれ、謝る事など、何もありませんよ?」


「でも。折角、アルト会長が色々連れて行ってくださる約束だったのに、仕事を優先して台無しにしてしまったわ。淑女らしくないでしょう?殿方を支えるどころか、気遣いも出来ず、生意気にも、男性みたいに仕事ばかりで」


 前世でも、出世する度に、女のくせにとか言う人はいたわ。前世以上に女性に慎ましさが求められる今世では、尚更、私の様な女性は受け入れ難いだろう。


 だが、アルト会長はゆっくりと首を横に振った。


「懸命に働く事に、男も女もありません。それに貴女は、共に働く者たちに、誰よりも心を砕いているではないですか。私はそんな貴女を、心から尊敬しているのです」


 ニコリと微笑むアルト会長の言葉は、私の心の冷たく縮こまった部分を、温かく溶かしてくれる様だった。


「しかし。お身体に障る程の仕事はいけません。きちんと休息をとって、身体と心を休めなくては。サラナ様は、夢中になると寝食を忘れてしまうから、心配です」


「あら。それはアルト会長の事でしょう?時折、目の下にくっきり隈が出ていますよ?」


 徹夜でお仕事してるの、知っていますからね。カイさんたちから、『今日のアルト会長』という報告を、逐一、頂いていますからね。


「おや。それではお互いに働き過ぎない様、見張らなくてはいけませんね」


「お互いに、気を付ける、ではなくてですか?」


「お互い気を付けているつもりでも、出来ていない様ですから。監視の目は必要かと思いますよ」


 なるほど。一理あるわね。前世でも、自分ではまだイケる!と思っても、傍から見たらドクターストップ状態な同僚を、何人も見た事があるわ。


「そうねぇ、じゃあ、アルト会長が働き過ぎていたら、ビシビシ注意しますからね!」


「お願いします。私も、サラナ様をずっと見ていましょう」


 ふふっとアルト会長が笑う。目尻が下がって、くしゃっと笑う顔が、何だか可愛らしい。

 それにしても、穏やかなアルト会長に注意されたり、ましてや怒られるって、想像がつかないわね。

 きっと。働き過ぎていたら、気付かない内に、やんわり仕事から離されそう。そういう誘導が、上手いのよねぇ。


 そんな事を言い合いながら、屋敷に着く頃には、楽しい王都散策を仕事で潰してしまった罪悪感は、綺麗さっぱりなくなっていたのだった。



◇◇◇



 アルト会長と共に家に戻ってすぐ、私は、伯父様とお父様と伯母様に、今回の改装計画についてお話しした。

 王都観光の報告と思っていたお父様は、初めはにこやかに聞いていたけど、だんだんとそのお顔が曇り始めた。


「サラナや。君はアルト会長と遊びに出かけたと思っていたのだけど……」


「ええ!でもとても素敵なお店なのです。このまま潰してしまうのは惜しいわ。この改装計画がダメでも、ジョアンさんたちのお料理の才能をこのままにしておくのは勿体無いです。もしダメだったら、ドヤールに来て頂いて、港町シャンジャでお店を開いたらどうかしらとお誘いしているんです。あの海鮮ドリア、至高の味でしたわ!そこに新鮮なシャンジャの魚貝類が加われば、きっと、大繁盛間違いなしだわ!」


「なるほどねぇ。よっぽど美味しかったんだねぇ。料理上手なサラナが言うから、間違い無いだろう。まぁ、私にはその改装計画が成功するかどうかは予想もつかないのだけど。サラナがやりたいと言うなら、止めはしないよ」


 お父様は私の改装プランにピンと来なかったのか、首を傾げていたが、反対はされなかった。そろそろ私の個人資産が恐ろしい事になっているので、ここらでパーッと使いたかったから、丁度いいわよね。


 本当はボリスさんとダッドさんに来ていただきたいぐらいだけど……。私は謁見の後、すぐにモリーグ村に戻るから、改装計画の主体はアルト商会王都店の皆さんが取り仕切る事になった。

 そして、従業員の皆様の接客研修は、なんと、王都のドヤール邸の皆様にお願いする事に。皆様、主人がいない屋敷で力を持て余していたので、俄然、やる気に。モリーグ村のアトリエに続き、第二の研修施設誕生の予感。ほほほ。まさかね。


「それはともかく。アルト会長、ちょっといいかな」


 お父様に呼ばれ、途端に、アルト会長は苦笑いを浮かべた。大人しくお父様に近寄る。

 ふんふんと楽し気に横で報告を聞いていた伯父様は、何かを察知したのか、素知らぬ顔でお父様の側から退避した。


「……どういう事かな?聞いていたデートプランとはだいぶ違うみたいだけど」


「申し訳ありません。食事を終えるまでは、良い雰囲気でしたが。いつの間にか、サラナ様の発想力に火がついていまして」


「君、このために前倒しで仕事を終わらせたんじゃなかったっけ?」


「全くです。ですがああなったサラナ様をお止めするのは難しく」


 私には聞こえない音量でぼそぼそと話すお父様とアルト会長。もしかして、遊びに行った筈がお仕事をしてしまったから、アルト会長が叱られているの?そういえば私、前回のシャンジャでも、仕事をし過ぎだと叱られたんだったわ。これは、お小言(二時間コース)の予感。お父様!悪いのは私ですよー!


「まぁ。仕方ないわよ。サラナはセルト様に性質が似ているわ。頭はキレるのに、どうしても()()()方面は鈍いって、昔はカーナがよく嘆いていたわよー。真面目過ぎる堅物で、大変だったって。だから会長、諦めずに頑張って」


 私がお父様を止める前に、ミシェル伯母様が流れるようにそんな事を仰った。珍しくお父様が狼狽える。

 あら何?スーパーパーフェクト人間なお父様に、苦手な事があるの?伯母様、その話、詳しくっ!


「あらまぁ、ホッホッホッ。貴女がもう少し大人になったら教えてあげるわ」


 なぜか真っ赤になって顔を覆っているお父様を横目に、ミシェル伯母様がふっと、吐息がもれるような笑いを浮かべる。


「お嬢ちゃんには刺激が強すぎるわ」


 そう、伯母様にはあっさりとあしらわれて。

 まぁ!これが、私の目指す大人の女のあしらいってやつじゃないかしら?なんてカッコいいの。

 『お嬢ちゃんには刺激が強すぎる』って、いったいどんな秘密が!伯母様の色っぽい台詞に、ドギマギしちゃったわ。きゃー。

 伯父様が少し離れた場所で、胸を押えて悶えている。伯父様。この色っぽい方は、貴方の奥様ですよ。何故、貴方までドギマギしていらっしゃるのですか。


 それにしても。伯母様の『あしらい』は、勉強になるわぁ。これが、大人の女ってやつよね。

 いつでも嫋やかで、品があって、余裕で。そして、ミステリアスな色気に満ちていて。


 どうやったらあんな風に出来るようになるのかしら。弟子入り?弟子入りしてみる?免許皆伝まで、石に齧りついてでも師事するわよ。お願いしたら、『大人の女のあしらい方(全10回)』の講義とか、してくださるかしら。絶対受けるわ。


 結局、お父様のお小言は、ミシェル伯母様の大人なあしらいの前に、呆気なく終わった。

 いつもより劇的に短かったのは、仕方がない事だと思うの。


 

 

★書籍化作品「追放聖女の勝ち上がりライフ」


★「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常 」


こちらの作品も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。

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― 新着の感想 ―
これで何故まだ付き合ってないの?
[気になる点] 研修に貴族邸使うって…ひょっとして、メイド喫茶か執事喫茶作ろうとしてる?w
[一言] 私はサラナ嬢推し(*´艸`*)
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