4 お祖父様の誕生日です
折角の暇つぶしが国の研究事業になり、また暇になったサラナ・キンジェです、ご機嫌よう。
暇つぶしに始めた日誌のまとめ作業が、ヤンマさんと国の文官さん主導になり、彼らの熱意についていけない私は、新たな暇潰しを探す羽目になりました。ヤンマさんも初めは過去の日誌を読んで、「ほほう、親父の淡い初恋物語かぁ〜」とか楽しんでいたのに、今やすっかり研究者。私のアウェイ感は半端ない。裏切り者〜。
仕方がないので、お祖父様の誕生日プレゼントについて考える事に。孫娘である私を溺愛するお祖父様なら『お祖父様、おめでとう』のメッセージ付き似顔絵とかでも大喜びしそうだが、流石に13歳でやるには恥ずかしい。中身オバチャンの私も恥ずかしい。ハンカチに刺繍とかが無難なんだろうが。
何かいいネタはないかと、村をぷらぷら散歩してたら、鍛冶屋と細工屋さんがあった。鍛冶屋には剣や斧などの武器、細工屋さんには色々な生活雑貨が。お祖父様は裕福な辺境伯家の元領主。なんでも持っているからなぁと色々眺めていたら、一般的な水袋を見つけて、ピコンと思いつきました。そうだ、水筒を作ろうと。
この世界の水筒は皮を二重にしたものが一般的だ。中に水を入れるのだが、独特の革の匂いがもれなく付いてくるので美味しくない。贅沢は言えないけどさぁ。
前世の二重構造の水筒なら、冷たいまま、温かいままと優れものじゃない?作れないかなぁ。思いついたまま、細工職人さんに相談した所、鍛治職人さんを巻き込んでの水筒作りに。前世の記憶をフル動員して、なんとか思い出した構造を試行錯誤して作り上げました。私、頑張った。前世のものより品質は劣るが及第点の水筒が出来ましたよ。表面に家紋を彫り、やったー、格好良い。
「お誕生日おめでとうございます」
お祖父様の誕生日当日。水筒をプレゼントしたら、なんだコレって顔されました。
「おお、美しい作りだ。こうして飾るのだな?」
家紋が彫られた箇所を正面にして、にっこりご満悦なお祖父様。水筒は飾りではありませんよ。
「違います、お祖父様。これは水筒です」
クルクルキュポンと蓋を開け、お湯を入れて説明。熱々のお湯を入れたのに、触っても熱くないと大興奮。断熱二重構造ですから。
「ふむー、これは面白い。どこに売ってるんだ?私も欲しいな」
伯父様がおもちゃで遊びたい子どもみたいな目をして水筒を見ています。
「それは特注品なので。伯父様もご所望でしたら作ってもらいましょうか?」
「特注品?まさかサラナが作ったのか?」
「設計は私ですが、作ったのはモリーグ村の鍛冶職人と細工職人です…え?なんですか?」
説明の途中から全員に凝視される私。どうしましょう、怖いです。
「サラナ、これは商業ギルドで利益登録しようね?」
お父様の静かな言葉に首を捻る。利益登録って、前世の特許みたいなものよね?必要あるかしら?あるみたいです、お父様からの無言の圧がありました。
「分かりました。明日にでも登録に参ります」
「私も同道しよう」
折角の誕生パーティーが微妙な空気に。ううん、ごめんなさい。
「スゲェな、サラナ!頭いい!俺も欲しい!」
「俺も!サラナ!学園に帰る前に作ってよ!」
夏休暇で帰郷していたヒューお兄様とマーズお兄様に強請られた。私より年上の2人は、ゴリゴリのマッチョなのに性格は子犬だ。今もブンブン振られている尻尾が見える。年子の17歳と16歳。ユルク王国の王都にある、学園に在籍中。お勉強は苦手だが、剣技、体術、馬術、魔術は上位クラスだそうです。
お兄様達の婚約者様達とも順調に交流を深めている。お兄様達の婚約者様達はおっとり優しく、私を妹の様に可愛がってくださるので、万が一私が嫁き遅れになっても、喜んでドヤール家に置いてくれそうだ。
「じゃあ、利益登録が済んだら、皆の分も作りますね?あ、こういうものもあります」
取り出したるは試作品3号。卓上ポット、魔石装置付き。普段は捨てられるクズ魔石をポットの下面に設置し、お湯を沸かしたり冷やしたり出来る様になってます。卓上サイズなので、お湯をわざわざ別で沸かしたり、冷水を作る必要がない、素晴らしい逸品です。この魔石部分を取り替え出来る様にしたのが企業秘密。
「おおー!!すげー!!サラナ、コレも!コレも作って!寮でわざわざ食堂に行かなくても茶が飲める!」
「あ!兄貴、頭良い!確かに!武道場に置いてたら、いつでも冷水が飲める!俺も欲しい!」
「あともうちょっと動作確認のテストを繰り返してから実用化の予定です。お兄様達が学園にお戻りになる迄には間に合わないです…」
「なんだとっ!あると分かった後に手に入れられないとなると、物凄く欲しくなる」
「サラナぁ…」
キューン、キューンと泣く可愛らしい子犬の幻影が2匹もっ!ゴリマッチョなのに、子犬が見えるミステリー。
「じゃあ、実用化出来たら、学園にお送りします?」
「頼む!」
「なんて良い子なんだ、サラナ」
ヒューお兄様とマーズお兄様に代わる代わるピョーンと高い高いをされた。ナニコレ!楽しい!お兄様達の筋肉凄いっ!
「これも利益登録だな」
お祖父様の呆れた声が聞こえました。誕生日なのに、別の意味で騒がせてごめんなさい。
◇◇◇
商業ギルドで利益登録をした後、暫くして、ギルドを通して幾つかの商会から問い合わせが来た。水筒と卓上ポットの販売についてのご相談だ。
あの後、卓上ポットの動作確認のテストを経て、何とか実用化させました。ドヤール領主邸と我が家、寮に住むお兄様達に、試作品をモニターしてもらっている。賞賛の声だけじゃなく、改善点も聞かせて欲しいが、スゴイスゴイとかしか言われない。
お兄様達、寮の部屋でこっそり使っていたらしいが、まず同室の同級生にバレ、寮内で噂が広がっていき、どこで買えるのか、俺も欲しいの声に揉みくちゃにされているそうな。早めの商品化を頼むと懇願のお手紙が届きました。頑張りますっ!
何件かの商会の方達とお話をした結果、誠実さが決め手でアルト商会と取引する事に決めました。大きな商会もあったんだけどねぇ。酷いところは権利の買い叩き、又はこちらを下手に見た取引を持ちかけてきたので、笑顔でお帰り頂いた。製造、輸送、販売を任せるとしても、あの利益分配の率はおかしいわぁ。しかも地元に利益を落とすため、領内の鍛治職人&細工職人に仕事を卸したいと言ってるのに、商会お抱えの職人で作成させますとはどういう事だ。こっちの要望丸無視かい。
アルト商会の若き商会長、アルト・サースさんと、早速試作品3号改良版について打ち合わせ。商業ギルドに付いてきて下さったお父様は、仕事があるからとここでお別れ。13歳の小娘と取り残された推定年齢23歳のアルトさん(優し気なイケメン)は動揺していたけど、私が開発&契約の担当だと分かると、大人に対する様に対応してくださいました。うむ、こういう所も好印象だ。
実際に卓上ポットを手に取り、目をキラキラさせるアルトさん。
「これは素晴らしいっ!なんて画期的な商品なんでしょう、売れますよっ、絶対!私も欲しいですっ!残業中に役立ちます」
アルトさんの、残業ばっかりしていそうな発言は気になったけど、取り敢えず卓上ポットの説明を続ける。
「使用するクズ魔石は我が領に沢山ありますので。今までは地中に埋めて処理していたんですよー」
小さな魔物から出る魔石は、通称、クズ魔石と言われる。魔力含有量も少なく、何の役にも立たないため、今までは捨てられていた。この世界の人間は、多かれ少なかれ魔力を持ち、普通の人でも小さな火を起こしたり、水を出したりする事が出来る。魔力が大きく、専門的な魔術師の訓練を受ければ魔術で魔物を倒したり出来るが、魔術師たちが魔法の補助として使用する魔石は、大きな魔物から採れる手の平以上の大きさのもので、輝きも違う。王宮魔術師が使用する魔石は、一個で王都に豪邸が建つほどの値段がするという。
「このポットなら週に一度の魔力充填、クズ魔石は3ヶ月毎の交換になります」
クズ魔石は火の魔力、水の魔力を込めれば卓上ポットで湯沸かし、または冷やす事に使える。魔力が空になっても、魔力を充填すれば繰り返し使えるが、クズ魔石が劣化していくので3ヶ月毎に交換が必要である。前世の充電池みたいなものだ。
「あの…、このポットならと仰いましたが、もしかして他にもクズ魔石を使った商品があるのですか?」
アルトさんの好奇心に溢れた顔に、私は淑女の笑みを返す。
「もう少し、形になってからご相談しますね」
おおー。勘がいいなこの人。まだ開発中なのでお披露目はもう少し先。お祖父様に見せて、褒めてもらうんだー。
「そのお話はまた後で。それより、販売はどのように行いますか?」
「はい。王都の店を中心に、初めは注文を受けてお作りする形でと考えております。まずはこちらの商品を皆様に知っていただくために、幾つかお取引のある貴族家にご紹介を……」
「あぁ、それでしたら既にご注文を頂いている分がありますので、そちらから先に手掛けていただくと助かりますわ」
「そうなんですか?幾つぐらいご注文が?」
「はぁ、100個程です」
「はっ?!」
アルトさんが笑顔のまま固まる。
「従兄弟が王都の学園の寮住まいでして、試作品を送って使用テストをしてもらったんですけど、同級生や先輩方から欲しいと言われていて、村の鍛治職人さんと細工職人で作れる分は作っているんですけど、間に合わなくて。その親御さん達にも話は広がっている様で、もっと増えそうなんです。あと、伯父様のお屋敷にいらしたお客様にも好評で、そちらのご注文分もありまして」
アルトさんは暫し呆然としていたが、直ぐに立ち直った。
「か、鍛治職人と細工職人を直ぐに押さえますっ!」
「こちらは領内の職人のリストですわ。内々にお話をしておりますから、まずはこちらからお選びになってください」
お父様が準備したリストを受け取るアルトさんは、チョッピリ涙目だ。大丈夫かしら?
「全力を尽くしますっ!」
「頑張りましょうね」
この新規プロジェクトを立ち上げる感じ。懐かしいわ。
★書籍化作品★
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。