39 やっぱりデートみたいです
遅くなりました。
ストックは次回40話までです。
王都を散策中です、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。ふんっ!
「サラナ様」
お天気が良くて良かったわ。綺麗な青空ねー。
「サラナ様」
あら、今は袖を膨らませたドレスが流行しているのかしら。私には似合いそうに無いわー。
「サラナ様」
先程から、アルト会長に呼び掛けられていますが、お返事はいたしません。だって、エスコートしながらずっと笑っていらっしゃるんですもの。きっと、男子と接するのが久し振りな私を揶揄って、楽しんでいるのでしょう。腹が立つわぁ。
実質的にはアルト会長の方が年上ですけど、精神的には私の方が遥かに年上なのにっ!坊やにチョッカイを掛けられても、余裕であしらうのが、大人の女ってもんよねっ!
でも、上手いあしらいを思いつけず、結局知らんぷりしてるって……。どれだけ女子力が低いのかしら。無駄に年だけ重ねてるわー。反省。くっ、何をどうやったら女子力って育つのかしら。
「……怒っていらっしゃいますか?」
ずっと知らんぷりをしていたら、心なしか、アルト会長の声が落ち込んでいる。チラッと見たら。あらま。ここにもショボン顔の子犬が。ゴリマッチョじゃない子犬は初めてね、こんにちは。
「申し訳ありません。サラナ様と出掛けられるかと思うと、嬉しくて、はしゃいでしまいました。機嫌を直して頂けませんか?」
全身ションボリしているアルト会長が、なぜか可愛らしく見えた。しっかり者のアルト会長に、こんな気弱な一面があるなんて。意外だわ。
「もう揶揄うのはお止めになってくださいませ」
お姉さんぶって、優しく諭す様に申し上げたら、困った様に微笑まれる。
「揶揄ったつもりはなかったのですが」
……揶揄ったつもりじゃなかったって、まさか、素でアレなの?なんて事!息をする様に自然に女性を翻弄するなんてっ!上級者ねっ!ここにも恋愛上級者がいるわ!
またまた、アルト会長を見る目が変わったわ。こんなに誠実の塊です!みたいな紳士なのに、遊び人なのかしら。
私の動揺をよそに、アルト会長は慣れたようにスイスイと歩いて行く。表通りからは一本外れた、静かな路地。治安は悪くないけど、お店は殆どなく、住宅街って感じね。それにしても、アルト会長は少しも迷いも見せずに歩いていくわね。
あ。そういえば。アルト会長は王都に商会を開いているのだから、慣れていて当たり前だわ。今はモリーグ村の支店にいらっしゃる事が多いから、ナチュラルにモリーグ村地元民だと思っていたわ。馴染んでるもの。
そんな事を考えている間に辿り着いたのは、一軒の古びた、いえ、大変趣のあるお店だった。中央からほんの少し外れただけで、随分と静かな場所だった。あら。お店の裏に大きな木があるわー。樹齢何百年といわれても納得の大きさ。素敵ねー。
お店からはなんだかいい匂いが漂っている。んー。そういえば、そろそろお昼時ね。この素晴らしい匂いから察するに、このお店、美味しいわ!
「サラナ様。こちらは私が王都に来た時から、大変世話になっている食事処です。ただ、平民向けではありますので、ご令嬢をご案内するに相応しくないかもしれませんが、味は保証出来ます」
「アルト会長!早く中に入りましょう!」
アルト会長の言葉に、食い気味に賛成する私。ほほほ。はしたないかしら。でも、『サラナちゃん美味しいモノセンサー』が、盛大にビーコンを鳴らしているわ。ここは大いに期待出来ると!
私のノリノリな様子に、アルト会長はホッと頬を緩める。あら、もしかして私が、ご令嬢モードで「こんな店嫌ですわ、よよよ」とでも言うと思ったのかしら。
こちとら前世は居酒屋も立ち飲み屋もスナックも一人で通っていたのよ。平民向けの食事処なんて、へのかっぱよ。スナックのママに「あんた、うちの店でチーママとして働きなさいよ」と酒焼けしたダミ声で勧誘されたのは良い思い出だわ。ママ、元気かなー。
そして、『サラナちゃん、美味しいモノセンサー』の性能は証明されたわ。
「美味しい~」
大きなエビが入った海鮮ドリアを堪能しながら、私は心の底からの幸せを感じていた。海鮮の旨みが、チーズと絡んで……。至福よ。ここに楽園があったわ。
「こちらも、美味しいですよ。私にとっては、王都の忘れられない味です」
そうニコニコ顔のアルト会長が食べていらっしゃるのは、こっくり煮込まれた柔らかタンシチュー。先ほど、ちょっとだけお味見させていただきました。食べ物のシェアなんて、貴族的にはマナー違反だとは重々承知していますが。美味しいモノを前にすると、人はどこまでも強欲になれると思い知ったわ。叩き込まれた淑女教育なんてどうでもよくなるぐらい、素晴らしいお味でした。幸せ。次はタンシチューにするわ、絶対。
こちらの世界の料理は、飽食日本に比べて、ザ・素材の味という料理が多いのだけど。この店の料理は、素朴ながらも香辛料の使い方が絶妙で!あぁ、これは、手間と時間をかけているわ!美味しいのよ。
「そんなに喜んでくれて、嬉しいわ!」
店主であるジョアンさんが、ニッコリと笑ってテーブルに可愛らしいカップケーキを置いてくれた。
「これは、美味しい顔で食べてくれたお嬢さんに、サービス」
かっこよくウインクして、そんな事を仰ってくれるジョアンさん。ああもう、好き。
「それにしても、アルト会長。凄い大出世だねぇ。ウチに通っているときは、まだ独立したばかりで、金もなくて食うや食わずだったのに。本当に、成功してくれて良かったよ」
「あの頃は、本当に全く稼ぎがなくて。何度も親父さんには食事をご馳走してもらって。助かりました」
「食えなさ過ぎて、行き倒れか物乞いみたいにがりがりに痩せてたのにねぇ。でも父さんが、『あいつはいつか大物になるぞ』って言ってたし、アルト商会の人は皆誠実で、信用出来るって評判だったから、絶対に成功するって思ってたよ。凄いよね、あの魔石を使った卓上ポット。ウチでもちょっと高かったけど、買っちゃったよ」
「使っていただけて、嬉しいです」
まぁ。こんな所にも卓上ポットの愛用者が。嬉しいわぁ。
それにしても、いつもよりアルト会長の言葉が砕けている。昔からの馴染みの様だから、アルト会長も力が抜けているのね。
でも……。アルト会長とジョアンさん、とっても、仲が良いのね。アルト会長の昔の話が聞けて嬉しいけど、ちょっと……。疎外感を感じちゃうわ。
なんだか急に美味しい海鮮ドリアの味が分からなくなってしまった。あら。どうしたのかしら。とても良い匂いなのに。
そんな私を見て、ジョアンさんがにやぁっと笑う。
「アルト会長。ウチの亭主も、会長が来るのを待っていたんだよ。二人で最近はなかなか店に来てくれないねぇって話していたんだよ」
「ああ。申し訳ない。最近は王都を離れる事が多かったものですから、なかなか時間が取れなくて」
亭主。という事は、ジョアンさんは、ご結婚していらっしゃるのね。そっかー。そうなのね。
「ウチの亭主はこの店の調理人をしておりますよ、お嬢さま。ご安心なさってくださいな」
楽しそうなジョアンさんに、私は目を瞬かせる。安心?って。何故かしら。
「まぁ。家族経営でいらっしゃるのね」
よく意味は分からなかったので、当たり障りのない言葉を返すと、ジョアンさんは面白そうに瞳を細めた。
「あらまぁ。自覚はなしのようだね。大変だねぇ、アルト会長」
「長期戦は覚悟していますよ……」
「まぁ、まだお若そうなお嬢さんだしねぇ。横から掻っ攫われないように、気をつけて」
「その忠告、笑えませんね」
なんとなく覇気のなくなったアルト会長を、ジョアンさんが揶揄う。どうしたのかしら?タンシチューに飽きた?まさか!あの絶品な味付けに、飽きが来るはずないわ。私なんて一口食べただけで、もう虜になっているのに!
「あらまぁ。ウチの名物のタンシチューを気に入って頂けて嬉しいけどねぇ。この店、もうすぐ閉める予定なんだよ」
「えっ?」
ジョアンさんの言葉に、私は驚いた。アルト会長も、思わず手を止めている。
「味に自信はあるんだけどね。見ての通り、お昼時だってのに、お客はお二人だけ。ここ一年、すっかり客足が途絶えちゃってねぇ」
ジョアンさんはお店を見回して、寂しそうにため息をついた。確かに、お店には私達以外のお客はいない。カウンターでは手持ち無沙汰に、従業員がキュッキュッとグラスを磨いていた。ジョアンさんのご兄弟かしら?赤毛にキリリとした緑の瞳がそっくりだわ。
「私もそれは気になっていました。少し時間が早かったせいかと思っていたのですが。前はあれほど盛況だったのに。何かあったのですか?」
「まぁ、元々古い店だったからね。常連はこの辺の住民ばっかりだったんだけど。ほら、大通りに大きな劇場が出来ただろう?そこの関係で、この辺も大分整備されて、古い家も取り壊されたんだよ。この店は整備計画からは外れていたおかげで、移転は免れたんだけど。あれ以来、すっかり客の流れが変わっちゃってね……」
王都では芸術や文化の水準を上げるため、数年前から美術館や図書館の設立が相次いでいるのだとか。その一環で、この近くに大きな劇場が建ち、その周辺に飲食店などが増え、客はその華やかな大通りに流れてしまっているのだとか。常連客たちも、職場や住まいが整備計画に引っ掛かり、移転や転居ですっかり足が遠のいているのだそうだ。
「まぁー」
前世でも聞いたことがある。区画整理や都市計画、または大型店舗の進出で、客足が変わり、廃業に追い込まれる小さな商店の話。周辺に住む人は車で行ける大型店舗を利用するようになり、小さな店舗が立ち行かなくなり、閉店。その余波でその小さな店舗を利用していた、車を持たない高齢の住民が買い物難民に。あぁぁ。世界は違えど、同じような問題がこの世界にもあるのだわ。
「色々、客を集めようと頑張ってみたんだけど。ビラを配ったり、値引きをしたりさ。でも、整備計画で出来た新しくて綺麗な店には勝てなくて。もう、どうしようもないんだ。私の祖父が始めた店で、私で3代目だけど、悔しい事に、これ以上は保たなくて。残念だけどね……」
元は貴族の別邸として使われていたというお店は、古い様式だが、趣のある佇まいをしている。ジョアンさんのお祖父様が必死に働いて買った店らしいが、これ以上ここにしがみ付けば、ジョアンさん一家が路頭に迷う事は、明白だった。
「ここを売って。家族みんなで働くわ。いつかお金を貯めて、また店を出すよ」
そう言って、ジョアンさんはカラリと笑った。せっかく食事なのに、湿っぽい話をしてごめんねと、食後の紅茶を淹れてくれる。
ジョアンさんが下がった後、香りの良い紅茶を前に、私たちは押し黙っていた。
アルト会長は見るからに落ち込んでいる。そうよね、食えない時代にお世話になった店が、経営難で閉店するのだもの。ショックよねぇ。
「すみません、サラナ様。折角のお食事が、暗い雰囲気に」
アルト会長がショボンとしたまま、謝ってくるが、別にアルト会長は悪くないし。というか、誰も悪くなんてないわ。どうしようもない現実に、ちょっと寂しい気持ちになっただけだもの。
「ただ、援助しますと言っても、ジョアンさんは受け取ってくれないでしょう。先代も、潔癖な方でしたから」
アルト商会が軌道に乗り始め、少し余裕ができた頃。ジョアンさんのお母様、当時の店主夫人が、病気になった。
アルト会長は恩返しも兼ねて、治療費の援助を申し出たのだが、店主にキッパリ断られたそうだ。恩を売りたくて、食わせてやったんじゃない!頑張り屋が腹を減らしていたから、食わせてやったんだと、怒鳴られたそうだ。
結局、治療費は家族で何とかかき集め、無事に奥様は回復したらしいが。それにしたって、何て頑固者なのかしら。ウチのアトリエを根城にしている職人たちみたいだわ。
ジョアンさんはその先代店主に気性がそっくりなのだそうだ。なんとなく、キッパリ断られる姿が予想できた。『返せるアテのないお金は借りないわっ!』とか言いそう。
でも。援助して一時は凌げたとしても、結局、客足が戻らなきゃ意味がないのだ。店が以前の様に繁盛しなければ、僅かな援助金など、焼石に水だろう。
大通りから離れているだけで、味は良いのだし。前世みたいに隠れ家的なお店のコンセプトで売り出せば……。いやいや、ジョアンさんたちも、色々客引きを頑張っていたらしいけど、新しくできたお店たちに埋もれてしまったと言っていたし。隠れ家が隠れっぱなしになっちゃうわよねぇ。
なにか、大通りの華やかさにも引けを取らない良さがあれば。
私はぐるりとお店を見回した。古いけど、趣のある、いい造りよねぇ。昔の建物って、造りがしっかりしているわぁ。そうねぇ、所々、インテリアでイメージを変えて。
いや、いっそ。大きく変えてみようかしら。
だって、こんなに素敵な造りだし。まるで……。
私は、カウンターで働くジョアンさん姉弟?を観察して、アレコレとシュミレーションした。うん、なんか、いけるかも。
私の様子を、ジッと黙って見ていたアルト会長に、私は笑いかけた。
「ねぇ、アルト会長。私、思いついた事があるのだけど、聞いてくださいます?」
「勿論」
即答するアルト会長。真剣な顔で、メモを取り出した。あら、すっかりお仕事態勢ね。
ふふふ。なんだか、楽しくなってきたわ。
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