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36 ドヤール家とルエン

★感想、誤字脱字報告、ありがとうございます。

 サラナ様の陛下との謁見が決まった。

 その知らせを受け、私は、来るべきものが来た、と思った。思っていた以上に、早かったな。


 私の主人、サラナ・キンジェ・ラカロは、天才にして慈悲にあふれた、完璧な主人だ。彼女に出会えた人生を、私は神に感謝し、引き合わせてくれた元同僚に感謝している。

 ちなみに元同僚は、ドヤール家の侍女と運命の出会いをし、彼女と結婚してモリーグ村に居を構えている。ここでの仕事が終われば王都に戻る身だが、その時は妻も王都に一緒に付いていくのが決まっているようで、彼らはとても幸せそうだ。


 サラナ様はまだ14歳とお若くていらっしゃるが、大変聡明で、思慮深い方だ。平民に対しても、なんら忌避感を持つ事もなく、私を重用して下さる。サラナ様の父親であるセルト様も同じような考え方で、恐れ多くもドヤール領の仕事を手伝わせて頂く時は、こちらが戸惑うぐらい丁寧に対応してくださるのだ。

 

 私は元は王宮の文官として働いていた。そこで出会った身分は高いが仕事が出来ない上司、同僚に比べて、雲泥の差だ。いや、私に仕事を押し付けていたくせに、仕事の邪魔をし、私の頭に熱いコーヒーをぶちまけるのが楽しみだった上司たちに比べたら、人間と魔物ぐらいの差がある。あぁ。魔物に失礼だったか。


 そんな私だが、今はサラナ様の部下の様な、秘書の様な立場で仕事をさせていただいている。有難くもドヤール家の皆様にも重用していただき、充実した毎日を送っているのだが。


「ルエン。君の率直な意見を聞かせて欲しい。サラナの婿には、誰が相応しいと思うかね」


 信頼していただくのは有難いのだが、そんな相談をセルト様にされてしまい、正直、困った。


「は?え?サラナ様の、婿、でございますか?」


 ドヤール家の前当主様であるバッシュ様、現当主であるジーク様、奥様のミシェル様、そしてセルト様、カーナ様。ドヤール家の中枢人物が勢揃いの場に呼び出され、私は何を聞かれているのだろうか。


「君にはほら。将来を約束した女性がいるから。忌憚なき意見が聞けると思ってね」


 確かに、私には将来を誓い合った人がいる。同じ村出身で、王都でお針子として働いているが、田舎の出のせいか、同じ職場の仲間から馬鹿にされて辛そうなので、近くセルト様やサラナ様に相談し、こちらに呼び寄せようと思っていたのだが。なぜ相談する前から、彼女の事を知っているのだろうか。


「ああ。彼女はすでにモリーグ村の孤児院でお針子の指導員として働いてもらえるよう、了承は得ているよ。勤めている工房の放蕩息子に言い寄られていて、身の危険を感じていたようなのでね」


 放蕩息子の話は初めて聞いた。だからなぜ、セルト様はご存じなのだ。


「私はサラナから話を聞いただけだよ。君の恋人は、忙しい君に負担をかけてしまうと、なかなか相談出来なかったようだねぇ、可哀想に。君を忙しくさせてしまったのは我々だ。責任を感じるよ」


「そ、そんな事は……」


 だから、サラナ様はなぜ、私の恋人の事情をご存じなのだろうか。私ですら、知らなかった事まで。


「まあ、彼女が来たら、大事にしてやりなさい。もう明後日には、こっちに引っ越してくる予定だったはずだから」


 随分と急な話だ。この面談が終わった後に、彼女とすぐに連絡を取ろうと、私は心に誓った。

 私は自分の思考を一旦、恋人から逸らす事にした。それにしても。


「サラナ様の、婿候補でございますか。候補者は……」


「分家から護衛として付けている奴らだ」


 私の質問に、バッシュ様が、嫌そうに答えてくれた。ふうむ、と私は彼らの顔と名前と普段の素行を思い出す。


「皆様、特に問題はないかと存じます。接していて横柄な方も、女性の扱いが悪い方も、金遣いが荒い方もいらっしゃいません」


 素行調査をしたわけではないので、あくまでも私の印象だが。彼らはドヤール家の分家筋の次男や三男坊であり、継ぐ家も爵位もないが、貴族である事は変わりない。私の様な平民に対する態度というのは、隠していてもそれとなく分かるものだが、彼らの態度に、特に嫌なものを感じる事はなかった。


「ふむ。であろうな。サラナに付けている者たちは、その身上を根こそぎ洗い出している」


 バッシュ様が不機嫌そうに仰った。私は笑いそうになるのをなんとかこらえた。サラナ様の婿候補として、ご自身で選んで付けた護衛なのに、身辺が綺麗な事を、なぜそんなに悔しそうに仰るのか。結局、どんな清廉潔白で立派な男であろうと、サラナ様を娶る男は気に食わないのだろう。


「ですが……。サラナ様の婿として考えるなら、相応しいかどうかは……」


 私は恐れ多くもそう申し上げると、セルト様は分かっているという様に頷いた。


「私も、婿としては、()()()()()()といった判断だよ」


「ふっ。頭で考えるより、身体を動かす方が得意な奴らばかりだからな」


 的確なバッシュ様とセルト様の評価に、私は再び噴き出すのをこらえるのに苦労した。


「サラナは色々と規格外ですから。もう少し、何というか、ねぇ」


 カーナ様が小首を傾げて、ミシェル様の方を見る。


「脳筋なだけじゃ、困るのよ」


 バッサリとミシェル様が言い切って、私は今度こそ噴き出すのを止められなかった。


「ぶっ、ふっ、く、ゴホンッ。失礼しました。確かに、もう少し、サラナ様のサポートが出来る方が、望ましいかと思います」


 私には、サラナ様の婿候補と言われて、実はずっと一人しか、思いつく男はいなかったのだが。この名を出してもいいのだろうか。


「構わないから、言ってみてくれ」


 セルト様に促され、私はもごもごと口ごもった。


「あくまで、私の勝手な意見です。彼自身に、その様な野心を感じるというわけではありません。ただ、一緒にいらっしゃるところを見ていると、お似合いというか、ピッタリだなと思いまして……」


「ごちゃごちゃ言ってないで、早く言いなさい。別に、君の意見だけで、その人物を咎めたりしないよ」


 ジーク様に苦笑交じりに促され、私は、恐る恐る、その名を口にした。


「アルト・サース様。アルト商会の会長です」


「まぁ!やっぱり!」


「ルエン様も、そう思っていらっしゃったのね!」


 私の言葉に、途端に女性陣がきゃっきゃと色づいた。


「もうね。この前のドレス選びの時の、アルト会長の目がねぇ。サラナの事を、想っているのがダダ漏れでっ!」


「あのドレス選びも凄かったわ。サラナが着た事ないタイプのドレスだったのに、自信ありげに『似合うと思います』って断言してたもの。愛がなきゃ言えないわ、あの言葉!それにあのドレスを着たサラナが、もう、可愛くて!サラナの新たな可愛らしさを引き出していたわっ!」


 どうやらドヤール家の女性陣の意見と、私の意見は同じようだった。男性陣の反応は……。


「あの男は、見かけはひょろいし、腕っぷしは強くはないが、気骨のある奴だ」


 意外にも、バッシュ様の反応も悪くなかった。


「シャンジャの港で、ルイカー船のスピードを上げて走らせたとき、あの男に怒られた。サラナが一緒に乗っている船を、あのような速度で走らせるのは何事かと」


 バッシュ様はポリポリときまり悪そうに頬を掻いている。


「ワシがサラナを支えているから心配ないと言ったが、怪我一つさせない自信があったとしても、か弱い女性に負担を強いるのは、騎士として恥ずべき事だと、真っ向から反論しおった。サラナがフラフラになっていたから、本気で怒っておったわ。ワシ相手に、あんな事を言える奴は滅多におらん。大抵は一睨みすれば震えあがるが、全く怯まなかったわ」


「義父上。それは、私も初耳ですねぇ。後でその点について、詳しくお聞かせください」


 可笑しそうに笑うバッシュ様に、セルト様がヒヤリとした声を掛ける。途端、バッシュ様に焦りの色が見えた。怒ったセルト様の恐ろしさを重々承知している私は、バッシュ様に深く同情した。


「うーん。アルト会長はセルト殿に似て切れ者だから、サラナに合うかもしれんな」


 ジーク様も、セルト様を見ながら、そんな事を言う。確かに、セルト様とアルト会長は似たタイプだろう。武力はないが、それを上回る知力と、何より、人望がある。


 アルト商会は急成長を遂げている商会であるが、アルト会長をはじめとする商会の従業員たちは、謙虚で実直な者たちばかりだ。傲ることなく、どんな客にも丁寧に接し、職人たちを大事にしている。私のような平民でも、対等に扱い、尊重してくださる。アルト会長の人柄が反映されたような商会なのだ。


「アルト会長か。やはり君も、同じ意見なのだね」


 セルト様は思案気に呟かれた。彼自身が考えていた有力な候補も、アルト会長だった様だ。


「あの……。もしや、今回の謁見は……」


 嫌な予感がした。サラナ様の功績を思えば、ただの謁見で終わるとも思えない。それぐらい、今回のルイカー船の功績は大きなものになりそうなのだ。婚約者のいないサラナ様への縁談が、下手すれば国王のお声掛かりで、持ち込まれる可能性があるのか。


「私は、二度とサラナに辛い思いはさせたくないのだよ。もしも望まぬ縁談をごり押しされたら、あの子がようやく手に入れた自由を、また奪われることになってしまう」


 セルト様の憂いた様子に、私は胸が詰まる思いがした。前回のサラナ様の婚約とその解消の顛末。ほんの少ししか事情を知らない私でも、胸糞の悪い思いをしたのだ。当事者だったセルト様たちの気持ちは、どれほど悔しく、やりきれないものだったのだろうか。


「そんなことはワシがさせん!王家と敵対する事になっても、サラナの意に沿わぬ結婚など、断じて許さんぞ。サラナがずっとワシの側がいいというなら、ずぅっとドヤール家にいたらいいんだ」


 後半はバッシュ様の要望が駄々洩れていたが、おおむね、私も賛成だ。無理やり嫁がされ、彼女の素晴らしい功績が相手の男や嫁ぎ先に搾取されるような事になったら。サラナ様の輝くばかりの才能が、枯渇してしまうだろう。


「サラナは、厄介な人に好かれているからねぇ」


 剣呑な、セルト様の言葉。途端にドヤール家の空気が冷える。示唆されたのが誰かぐらい、言われなくても分かった。


 モリーグ村に視察にやってきた、王弟殿下とその側近たち。突然の視察で、ただでさえ忙しいというのに、その対応にてんてこ舞いだった。刃物を使う工程もあるので、勝手に動かないで欲しいと忠告しても、自由気ままに動き回っていた。横柄ではなかったし、無理難題を言われたわけではないが、高位貴族にありがちな、配慮が出来ない人たちだった。生まれた時から周りに傅かれて生きてきた人種というのは、自分の意に周りが従うのが当然なのだろう。本当に、あの視察は気疲れしたのだ。


「サラナに既に婚約者がいると言えたら、牽制は出来ると思うんだが。アルト会長の気持ちもあるだろうからね。縁談については、サラナも成人前であるし、早急に進めるつもりはなかったんだが、今回の謁見で予定が狂ってね」


 セルト様としては、アルト会長に意向を確認し、サラナ様との相性を見ながらゆっくり話を進めたかったようだが。


「サラナ様のお気持ちは分かりませんが…。アルト会長は、今の状態で婿にと打診されたら、お受けにならないと思います」


 私の言葉に、皆の視線が集中する。私は言葉を選びながら、率直な意見を述べた。


「サラナ様は、セルト様にアルト会長との結婚を勧められれば、お断りになる事は無いと思います。弁えた方ですから」


 大好きな父親から、アルト会長と婚約しなさいと言われたら、心の中でどう思っていようと、きっとあの方は従うだろう。その辺は、貴族の令嬢として、父親に従順なのだ。達観しているというか、何というか。


「それを見越して、アルト会長はセルト様の打診を、お断りになると思います。会長は、サラナ様が気持ちを曲げてまで婚約を受け入れる事を良しとしないでしょう。あの方は、それはもう注意深くサラナ様を見ていらっしゃいますからね。そのお心を曇らせるような事は、死んでもしないと思います」


 私の言葉に、セルト様は深くため息を吐いた。


「……確かに。サラナは前の婚約の時も、私の立場を思いやって、一言も文句を言わなかった。理不尽に解消された時も、何一つ。そうか。確かにあの子は、私がアルト会長との婚約を勧めたら、受け入れるだろうね。そして、アルト会長は、サラナの事を思って、私の打診を断る……」


 セルト様はしばらく考え込んでいたが、フッと笑みを浮かべた。


「なんとも。最高の婿候補ではないか」


 そう、セルト様がドヤール家の面々を見回すと、約一名を除いて、皆が深く頷いていた。約一名は、誰だとは言わなくても分かるだろう。


「では、当面の間は、アルト会長を見守るとするか。ふぅむ。万が一に備えて、王家からの打診に対抗する手段を整えておくか……」


 そう、穏やかに微笑むセルト様。

 一体どんな手段なのだろうか。不謹慎ながら、少々、興味が湧いてしまった。

 

 



 

書籍化作品

「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。

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11/12 コミック発売! 転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います①

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9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


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― 新着の感想 ―
ルエンさんの結婚式には、チャラ文官も招くべきかと思う
王家がおかしな一手繰り出そうものなら、王城が血の海に沈みそう……
アルト会長が一族から認められてる! さて、どうなるかな?
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