35 謁見ですって
★感想、誤字脱字報告、ありがとうございます。
楽しいバカンス(後半仕事)を終え、モリーグ村に帰ってきました、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
モリーグ村に帰った私を、お父様と伯父様が微妙な笑顔で迎えてくださいました。何も言わないでくださいませ。視察旅行とは名ばかりのバカンスに言った筈なのに、結局、仕事したんだー、と言いたげな顔をなさっていますけど、何も言わないでくださいませ。私も、自分で何やってるのかしら、と思っていますから。
シャンジャの滞在が延びると報告した時、伯父様に散々泣きつかれました。王宮へ提出する報告物が終わったら、私たちに合流してシャンジャ旅行を楽しむつもりだったのに、ルイカー船のお陰で報告物の修正と追加の報告が必要になって、それどころじゃなくなったと。俺も豪華舟盛りと海鮮焼きと遊覧船で遊びたかったと。
まぁ。伯母様とお母様は領主夫人とその補佐として、視察にいらしていましたよ。護衛として一緒に行こうとしたら、お父様に止められた?でしょうねぇ。伯母様たちの護衛は、お父様が完璧に手配していましたもの。
それでも、伯父様とお父様には、シャンジャの難題を解決に導いたと、大層褒めていただきました。試算した費用の大部分を抑えられたと、ホクホク顔のお父様。眉間の深いしわが改善されて、私も嬉しいわ。
伯母様とお母様は、夏になったらもう一度シャンジャに行きましょうとキャッキャしていました。遊覧船が気に入ったご様子。楽しいですよね。お祖父様が同乗していなければ。同乗するともれなくボートレースになります。お気をつけくださいませ。
ヒューお兄様やマーズお兄様からは、学園からお手紙をいただきました。俺達もルイカー船でボートレースをしたいという趣旨の。なにか盛大な行き違いがあるようですわ。あくまで遊覧船なのに、お兄様方には何か違う情報が届いているようだわ。
でも、ルイカー船レースも、今後シャンジャの名物にならないかしら。ドレリック様にお手紙を書いてみましょう、そうしましょう。
シャンジャには思った以上に長い滞在になり、モリーグ村に戻った途端、報告書の山に埋もれた私。皆様、私がいなくても恙なくお仕事をしてくださったのね、ということが良く分かる書類の量でした。うふふ、皆、優秀だわ。
そうやって私が書類の山相手に格闘していると、私のお部屋を訪ねて来たお父様。
あら?眉間の深いしわが、復活しているわ。どうなさったのかしら。
「サラナ。ちょっとやりすぎてしまったようだね」
そう、ため息交じりに仰ったお父様の手には。どこかで見たような王家の紋様が印された封筒が。
まあ。嫌な予感。お父様の眉間に、あんなに深いしわを刻ませるお手紙なんて、嫌な予感しかしませんわ。
「ユルク王国から、陛下への謁見の栄を賜ったようだね」
まぁ。予感が的中。嬉しくないっ。
「遅かれ早かれ、来るとは思っていたけどね。今回のルイカー船がとどめだった。サラナと直接話してみたいと、陛下がお望みのようだ。行くかい?」
「お父様ー。それ、行かないという選択肢はありませんわよね?」
「まぁ。旅疲れで体調が思わしくないとか言えば、何とか回避は出来るかもしれないけどね。そうなったら、トーリ殿下が押しかけてくるかもしれないよ」
お父様の口から、王弟殿下の名前が出て、私の気持ちはズンと暗くなった。嫌だわー。会いたくないわぁ。
いまだに引きずっているなんて、私も大概、しつこいとは思うのだけど。なんだか、王弟殿下と聞くと、条件反射で構えてしまうのよねー。もう無駄に傷つきたくないという、防御反応が働くのよー。
「どうしても行きたくないと言うのなら、私も考えよう」
お父様が、優しい眼でそう仰って下さるけど。自分で招いた事ですもの、自分で解決したいわ。
「行きますわ。陛下に謁見なんて、光栄な事ですもの」
「ふふふ。サラナ。もう少し、嬉しそうに言いなさい」
「お父様こそ。娘が陛下に謁見出来るのですよ。光栄な事だと、胸を躍らせてくださいませ」
お父様は笑い声をあげると、私の額にそっと口づけた。
「誰に褒められてもそうでなくても、私の娘は最高に素晴らしい娘だからね。私はいつだって、君という存在に胸を躍らせているのさ」
まぁ。お父様ったら。嬉しいやら、面映ゆいやら。顔が緩んでしまうから、甘やかすのはやめてくださいませ。
「……ああ。サラナ。そんな可愛い顔、絶対に外で見せてはいけないからね。はぁぁ。私が付いていくのは決定事項としても、義父上か、義兄上か、物理的な抑止力として、どちらかにも付いて来ていただかなくては。あぁ。どちらも絶対自分が行くと、譲らないだろうなぁ」
また庭で決闘して、義姉上を怒らせてしまうと、お父様はぶつぶつぼやいていらっしゃったが、私は緩んだ顔を元に戻そうと、一生懸命ムニムニと顔をもんでいたので、その呟きは耳に入っていなかった。
◇◇◇
謁見と言えばドレスね!という伯母様の一声で、私の部屋はドレスの見本市みたいになりました。今回は時間もないので、オートクチュールというわけにもいかず、既製品で済ませる事に。
アルト商会から、これでもかという量の様々なドレスが届いております。届けてくださったのはアルト商会長自ら。サラナ様に似合いそうなドレスを選んでいたら、この量になりましたと、なんだか甘さを含んだ声で仰っていましたけど。いくらなんでも多すぎです。
「まぁまぁ。でも、どれも素敵ね。目移りしちゃうわ。流石、アルト会長ね。流行を抑えつつ、サラナに似合いそうな品ばかり」
「ほんとねぇ。ちなみに、アルト会長はどのドレスが一番お勧めなのかしら?」
伯母様とお母様がキャッキャしながらそう訊ねると、アルト会長はじっと私を見た後、ふっとほほ笑む。まぁまぁ。優し気なイケメンがほほ笑むと、なんて破壊力があるのでしょう。
「こちらのドレスが……。サラナ様にはお似合いになるかと」
アルト会長が示したのは、淡い、ピンクのふわふわしたドレスだった。まぁ。
「あら。このドレス?サラナはあまり着た事がない色ね」
「そうねぇ。サラナはどちらかと言うと、寒色系のドレスを好むから。どうかしらね?」
伯母様とお母様に凝視され、私はちょっとひるんでしまった。そうねぇ。私にはちょっと可愛すぎないかしら。どちらかというと、私、可愛い系より綺麗系のドレスを選びがちなのよね。
「そうですね。サラナ様がいつもお召しになっているものとは、いささか傾向が違いますが。……お似合いになると思います」
ニッコリ。だから、イケメンのニッコリには破壊力があるのですよ。もはや凶器だわ。そんな綺麗な顔で微笑まないで、アルト会長。
勧められるまま、ドレスを着てみたのだけど。
あら?自画自賛じゃないけど、なんだか、凄く……。似合っているように見えるわ。
前の世では14歳なんてまだまだ子どもだったけど、こちらでは15歳で成人し、学園在学中の15歳~18歳で結婚する人もいる。日本人に比べて、身体の発育が良いのよねー。私も王子妃としての体面の為、美容や健康には気を遣っていたから、なかなかのメリハリボディなのだが、その魅惑のボディラインを、可愛らしくなり過ぎず、蠱惑的に包んでいる。色味的にも可愛い系なのに、不思議。
「まぁぁーー?サラナ!可愛い!可愛いわ!なんだか、小悪魔な魅力があるわ!」
「本当だわ!すごく似合っているわ!可愛い!可愛いわよ!」
試着したドレスを見せると、伯母様とお母様の興奮が最高潮に達した。え、そんなに?そんなに興奮する事ですか?
アルト会長に見せてみると。じっと、穴が空くほど見つめられた後、ふっと目を逸らされて、手で口元を押さえながら、「……お似合いです」と呟かれた。目元が朱に染まって、なんとも色っぽい。どうしちゃったの?そんな反応されると、なんだか背中がムズムズするじゃない。こっちの方が恥ずかしくなるわよ!
「やはり、その色も大変お似合いになります。……ですが、失敗だったかもしれません。誰の目にも、映したくなくなりました」
吐息交じりに一段低い声でそんな事を言われ、私の頭の中は一瞬で茹で上がった。
こわっ。商人のリップサービス、こわっ。そういう事じゃないと分かっていても、勘違いしそう。
「あ、あら、まぁ。アルト会長は、誉め言葉もお上手なのね。でも少し、その、行き過ぎではなくて?」
ドレスを買ってくれるご令嬢すべてに、そんな殺し文句を言ってるとしたら。なんだか、アルト会長を見る目が変わっちゃうというか。そちらの方面もプロフェッショナルなのね。
「こんな事、サラナ様にしか申し上げませんよ」
とろけるような笑みを浮かべてそんな事を仰っているけど。商売人って、罪作りねぇ。
それにしても本当に、素敵なドレスだわ。新たに自分に似合うドレスに出会えるなんて、ワクワクして凄くうれしいけど。これが謁見の為でなければ、もっと楽しかったのに。
思わずため息がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえて呑み込んだ。一応ね。名誉な事ではあるんだけど。生国では、王家にたいして全く良い思い出がないし。それに、陛下と言えば、あの方のお兄様でしょ。それも気を重くしている原因よね。はぁ。行きたくなーい。
せっかく素敵なドレスを身に着けているというのに、鏡の中の私は、なんだか不安そうな顔をしていた。
「サラナ様。王都には私もお供いたします」
「え?」
アルト会長の突然の宣言に、私は目を丸くする。
「私でも、多少はお役に立てるやもしれません」
「でも、アルト会長。お忙しいのに……」
ええ。アルト会長がお忙しいのは、主に私のせいですが。ルイカー船について、シャンジャだけでなく、他の港街からの問い合わせも増えているという。いつもの事だが、アルト商会はてんてこ舞いの忙しさの筈だ。
「ええですが。サラナ様が頼りにしている商会は、我がアルト商会しかないのでしょう?」
茶目っ気たっぷりに、アルト会長が片目をつぶる。
「そのご期待に添うためにも、貴女の側を、離れるわけにはいきませんから」
冗談交じりの言葉の裏に、アルト会長の気遣いと心配が透けて見えるようだった。
気づけば、私はほっと、身体の力が抜けている事を感じた。
謁見の知らせを受けてから、知らず知らずのうちに、緊張で身体が強張っていたようだ。
「……そうね。アルト会長が一緒なら、いつでもどうにかなったもの」
走馬灯のように、自分にもアルト会長にも無茶振りをしまくっていた過去が思い出されたわ。本当にごめんなさい、アルト会長。よく乗り越えてきたわね、私たち。この国に来たばかりの、呑気なスローライフだわーとかほざいてた頃に戻りたいわ。
まぁ……。皆に助かった、便利になったって喜ばれるから、戻りはしないのだけど。
「私が頼れるのは、アルト商会だけですものね。本当はちょっと、心細かったのよ。付いてきて下さったら、嬉しいわ」
私の弱音に、アルト会長は目を細め、大きく頷いた。
そんな私たちの背後で、意味ありげに目配せをしている伯母様とお母様には、全く気づいていなかった。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。