26 大人しくするつもりです
念願の市場巡りですっ!サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
昨日の晩餐から、料理長以下料理人さん達からの質問が後を絶ちません。仕方がないので、質問事項を料理人さん達でまとめ、後ほど書面でいただく事になりました。執事さんが取りまとめてくださるようで、助かりますわ。ご自分達で質問を精査して、それなりに検証した後にしか、質問は受けませんわよ。昨日のリーモンのソースは他の魚介類にも合いますか?なんて、お試し下さいとしか回答出来ないでしょうに。
さて本日はお祖父様とドレリック様と市場巡りです。私は、このためにシャンジャに来たと言っても過言ではありません。ふふふ。
「私の格好、おかしくはないかしら……?」
市場にいつもの貴族令嬢姿では非常に目立つため、平民が良く着る様な服が用意されておりました。といっても、完全な町娘姿ではなく、裕福な商家の娘が着るような服です。可愛らしいし動きやすいわね。
「とってもお似合いですぅ!完全な町娘の服を用意しなくて良かった!やはり、気品というものが隠しきれませんもの」
「さようでございますわね。この肌のキメの細かさや髪の手入れの良さは、一朝一夕ではとてもとても……」
ボート子爵家の侍女さん達にほうっと溜息を吐かれましたが、自分では気品とかよく分からないわねぇ。
「まぁ、そんな事ございませんわ。私も生国とは気候の違うこちらでの生活で、肌や髪の乾燥で悩まされましたもの。でも、このローションやオイル、リップにハンドクリームで荒れ知らずになりましたのよ!」
私の荷物の一つ、化粧グッズが入った鞄をパカッと開けると、そこには可愛らしい装飾の瓶や缶に入った、モリーグ村特製のローション達が。女子の心を鷲掴みにするその可愛らしい見た目は、私も企画段階からずっと関わってきた、渾身の商品だ。
「まぁ!可愛らしいっ!」
「これが噂のニージェのローションですか?ごく一部の方しか買えないって噂の?」
キャアアッと悲鳴を上げる侍女さん達。キラキラの眼が可愛いわぁ。
「実は、私の懇意にしている商会が、この度シャンジャにも支店を出す計画があるのですけど……。シャンジャの女性達にもこれらの商品が受け入れて貰えるのか心配だと仰っていて。今回の視察で先行して、商品を試しに使っていただけたらと思い、いくつかお持ちしましたのよ」
飛ぶ鳥を落として焼き鳥にする勢いのアルト商会。この度、シャンジャ支店計画を立てております。結局、輸送コスト的な問題もあり、やはりシャンジャにも支店を、という話が出たようです。シャンジャに支店を置けば、港町ゆえ、国外の需要も見込めるというお父様の意を受けたカイさん、ギャレットさん、ビンスさん達から、アルト会長に猛プッシュがあったようですわ。ほほほ。頑張ってくださいませ、アルト会長。
「まあ、サラナ様、まさか…」
ゴクッと侍女さん達が唾を飲む。
「まずはボート子爵家の奥様と若奥様に。それから、奥様方の信頼のおけるご友人。また、侍女の皆様達には、お気軽に買える値段帯の商品のお試しをお願いしたくて……」
ダメかしら?と首を傾げると侍女さん達は目を見開く。
「まぁ!ダメだなんてあり得ませんわっ!喜んで協力させていただきます!」
「良かった。前もって奥様にはお手紙で了承いただいておりますので、奥様が戻られたら、使用方法などご説明いたしますわね」
やったわぁ。シャンジャでのモニター兼広告をゲット。代官邸で働く侍女さんって、実はシャンジャでも憧れの職らしいから、彼女達に認められた商品は、裕福なお嬢様達が挙って欲しがるのよー。アルト会長に後でご連絡しなくっちゃ。
「サラナや。そろそろ出かけるぞ。お、可愛らしいな」
試供品にキャッキャしていると、お祖父様が迎えに来てくださった。慌てて侍女さん達が仕事モードのシュッとした顔に戻る。チラチラと嬉しそうに試供品を見ているけどね。
「ふうむ。そういう軽装も似合うな。ワシと出掛ける用に、いくつか作らせるか」
「もう!お祖父様!今日のメインは市場巡りのお約束ですからね。私のお願いを聞いてくださるお約束の筈です!」
すぐに装飾品店に直行しそうなお祖父様に、私は釘を刺した。朝の市場が一番活発だと聞いているのだ。寄り道をしている暇はない。
「ふっ、ふふ。普通の貴族令嬢は、市場なんて行きたがりませんよ。特にシャンジャの市場は魚が多く取り扱われています。臭いが嫌だと仰って、馬車で通りかかっても遠回りされますのに」
ドレリック様が可笑しそうにそう仰いますが、私は心の底から不思議だった。
「まぁ。宝の山を遠回りするなんて、勿体無いわ」
貴族のご令嬢はお魚が嫌いなのかしら?あんなに美味しいのに。ぷりぷりよ、ぷりぷり。
「そう仰っていただくと嬉しいですね。我がシャンジャの中心とも言えるべき市場ですので」
「勿論ですわっ!ユルク王国の海の玄関と言われるシャンジャの市場なんて、外国文化の坩堝ではないですか。食べ物やお酒だけでなく、工芸品から雑貨までどんなものがあるのか!楽しみなんですっ!」
「さ、さようでございますか。ご満足いただけると宜しいのですが……」
「ドレリック。サラナはありふれたニージェの花やグェーから、新たな事業を生み出した知恵者よ。お主も遠慮などせんで、シャンジャの魅力をサラナに見せるが良い。シャンジャの更なる発展に繋がるやもしれんぞ?」
お祖父様の言葉に、ドレリック様は目を瞬かせる。
「では、最近のドヤール領で始まった新たな事業は……」
「ふっふっふ。ワシのサラナは賢いからなぁ」
「お祖父様ー。勝手にハードルを上げないでくださいませ」
「サラナ。ハードルとは何だ?」
「期待値の事ですわー」
私、単純にこの視察建前の旅行を楽しむつもりですのよ?余計な事なんて、しないわ。多分。
「はっはっは。サラナが大人しく旅行だけで終わるはずがない」
お祖父様の謎の信頼感。
結局、この予想は、当たる事になっちゃうのだけど。
◇◇◇
市場は素晴らしいの一言でしたっ!
前世で見た事あるようなお魚に、全く見た事が無いお魚。後者は主に魔魚と呼ばれる魔物の一種。これらも食用として扱われているのね。味は普通のお魚より、旨みが強いらしいのよ。
外国から仕入れている調味料には特に興味が惹かれた。前世で使っていたものと似たものも見つけたし。何よりシャンジャの伝統的な魚醤を手に入れられたのが大きいわ!
昨夜は魚醤がなかったから刺身は諦めたけど、これでモリーグ村から持ってきたアレと一緒に楽しめるわ。
「それにしても。綺麗な海ですわねぇ。夏になったら、海水浴を楽しむ方もいらっしゃるのかしら?」
港から少し外れた砂浜を歩けば、そこはもう。透明度の高い青い海、白い砂浜。さながら、海外リゾート。いい眺めだわぁ。夕陽とか、絶対綺麗よー。ロマンチック。
「そうですね。貴族の皆様も、沢山いらっしゃいますよ。その場合は、専用の海水浴場で楽しまれていらっしゃいます」
ドレリック様が誇らしげになさるのも無理はない。こんなに綺麗な海だもの。高貴な方のバカンスには最適な場所よね。
貴族用の専用ビーチもあるらしい。夏になったら是非、わたしも利用したいわ。
夏の海水浴はシャンジャの収入源の一つだが、やはりこの地は他国との貿易での益が大きい。しかしそこには、シャンジャの、というよりはユルク王国全体に言えるのだが、大きな課題があるのだ。
「最近、他国で開発された、大型船の事なのです」
「あぁ、確か……。トリン国でしたわね」
海の国トリン国で生まれた、大型帆船。従来の船の数倍は大きく、それ故に港町シャンジャは今までになかった問題に悩まされていた。
シャンジャを含むユルク王国の港町の多くは、大型帆船が入港出来る設備が整っていない。港に接岸出来ないため、港から離れた場所に係留し、そこから小さな船で物資や人を運ぶ事になる。積み下ろしに時間も人手も費用も掛かり、港町では大きな問題になっていた。
各国では、今後この大型帆船が主流となると予想されており、元々大きな港を持つ国が有利になってしまう。ユルク王国も港の整備を急いでいるが、すぐに出来るものでもなく、数年はかかると見られている。その数年の間に、取引先や顧客が他国に取られてしまっては、どの港町にとっても、死活問題なのだ。
王弟殿下がドヤールに滞在中、この問題について議論した事もあったけど、いくら私に前世の知識が有ったって、港の建設工事なんて分野を知るはずもなく。問題点を浮き彫りにするだけで、解決には至らなかったのよね。
「問題は、大型帆船と港までの間の運搬費用と時間。小型の船で往復するのに時間が掛かり、少量ずつしか運べない。費用についても大型帆船とシャンジャで折半。余計な費用が掛かるので、帆船を持つ商会に小さな港は倦厭され、多少、遠くて不便でも大きな港のある街が選ばれている現状……」
「そ、そうです。よくご存知ですねぇ」
ドレリック様が驚いた様に目を丸くする。
「ええ。ですが、今のはただ、問題点の羅列をしたに過ぎません。ここからどう、解決していくか……」
「今の所、小型の船を増やし、費用についてはシャンジャで負担する事を検討しています。その様に、予算の申請をしております」
「ええ、その予算案については拝見いたしました。ですが、あれではシャンジャの負担が大き過ぎます」
「ですが、一度離れた顧客を取り戻すのは困難です。なに、新たな港が出来るまでの間です、やり遂げてみせますよ」
ドレリック様はそう仰るが、その意見は明らかに楽観的過ぎるといえる。シャンジャは大きな港の建設も同時に進めなくてはいけないのだ。お父様も今後数年間の予算の試算を見て、険しい顔になっていたもの。そうとう厳しいのではないのかしら。
ユルク王国一の港町、シャンジャがそうなのだもの。他の同じ悩みを持つ港町にとっては、更に死活問題だ。港が完成するのを待たずして、街が破産してしまわないか。それが心配なのだ。
書籍化作品
「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。