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18 ブランド化のすすめ

 引き続き、エルスト侯爵様を接待しております、サラナ・キンジェです、ご機嫌よう。


「素晴らしい、これは何とも、素晴らしい」


 侯爵様、涙目で先程からずっとそう繰り返していらっしゃいますわ、壊れたのかしら。


 モーヤーンの解体が終わり、その大きな身体は、それぞれの素材ごとに仕分けされた。爪や牙、雄のツノなどのいつもの素材とともに、山盛りのお肉の臭み抜き処理、モーヤーンの毛の加工は初めて御覧になったのだけど。


「あのモーヤーンの毛がこんなに真っ白かつフワフワにっ!まるで極上の絹の様ではないかっ!」


「ここから染色に入りますわ。今回は村に伝わる伝統的な染めですけど、エルスト領のメンフェイ染とも相性が良さそうです。一度メンフェイの職人と相談なさってはいかがかしら?」


「我が領のメンフェイ染めをご存知で?!」


「ええ。モリーグ村の染めとはまた味わいの違う、素敵な色合いですわね。定着にも特徴がありますし」


 今回、王弟殿下をお招きするにあたって、いらっしゃる皆様をおもてなしする為、お料理の好みだとか一通りのことは調べていたけど、その中には勿論、それぞれの領の特産なども調べていた。

 エルスト領のメンフェイ地方の染め物は、モノは良いのになかなか表に出ないというか…。ぶっちゃけパッとしない特産品なのよね。アルト会長に頼んで現物を取り寄せてみたけど、若い女性の好む淡い色合いも豊富で、なかなか良い物なんだけどなー。


「モーヤーンの毛は防寒具に適していますから、冬の真っ只中の今から作成に取り掛かっては、量産体制を取るのは間に合わないかと存じますので、今冬は数を制限して、高貴な方を対象に、販売なさってはいかがでしょう。高貴な方々の間で流行れば、広がるのも早いですが、制限販売で特別感を出す事で、より顧客の購買意欲を高めて……」


「サラナ、サラナや。少し落ち着きなさい」


 はっ。

 お父様にやんわりと止められ、私はハッと我に返った。いかん、つい前世を思い出し、顧客相手の気持ちになってたー。私はまだ子ども、未成年っと。


「続けてくれ、サラナ嬢!」


 レック様が必死にメモを取っている。この方、真面目な方なのよね。最近、お話しする度にペンと紙を持参してるもの。


「まぁ、ほほほ。はしたない真似をいたしましたわ。具体的な販売などは、こちらのアルト会長に一任しておりますのよ」


 そっとそばに控えていたアルト会長に目を向ければ。顔を俯かせ、肩を震わせて笑っていらっしゃる。事前の打ち合わせでは、販売についてはアルト会長が、その他の制度についてはルエンさんから説明する事になってたんだわ。数刻前まで、ドヤ顔で、そうアルト会長たちと示し合わせていたくせに。ついつい熱が入って、自分で説明し始めちゃって、アルト会長のお株を奪ってしまったというのに。気付いていたなら、笑っていないで止めてくださいな。


 咳払いをして笑いを引っ込めたアルト会長が、恭しくエルスト侯爵様にご挨拶をする。


「アルト商会のアルト・サースと申します。ドヤール領でのモーヤーン販売について、一任されております。こちらがご提示したい大まかな販売方針は、サラナ様のからご説明のあった通りです。ご希望でしたら、後ほど、細かくご説明をさせていただきます」


 サラッと涼しい顔で、まるで初めから打ち合わせていたかのように、自然に流したわ。さすがね、アルト会長。でも、なんだか悔しいわっ!


「っそして、こちらが文官のルエンです。我が領でのモーヤーン取引における取扱商会の登録制度、モーヤーンの数量規制の整備等を担当しておりますわ。我が領ではモーヤーンが殆ど獲れませんが、乱獲を防ぐ為の措置として法整備を致しましたの」


 ルエンさんが優雅に礼をとる。こちらも平民だとは思えないぐらい、洗練された振る舞いを見せる。


 それにしても、法整備なんて大袈裟と思われるかもしれないけど。どれぐらいモーヤーンの肉や織物が流行るか未知数だし、無闇な乱獲を防ぐ為にも、これは必須制度なのよね。実は羽毛布団のグェーの時や、ニージェの花にもこの制度を登用している。環境破壊、ダメ、絶対。


「なるほど、素晴らしい。これならば確かに、乱獲を防ぐことが可能だ。しかし、許可を得ずに違法に狩る輩は、どうするのかね?」


 エルスト侯爵様はルエンさんのまとめた書類から目を上げると、意地の悪い笑みを浮かべる。それに対して、ニコリとルエンさんが微笑んだ。


「密猟や違法な取引により流通した場合には厳しい罰則を設けておりますが…。正規のルートで取引されたものに関しては、この印をつけております」


「印?」


 エルスト侯爵様が不思議な顔をする。ルエンさんがドヤ顔を押し殺した胡散臭い笑顔で、それを取り出した。


「竜のツノに蔦。これは…、ドヤール家の家紋、かね?」


「だいぶ簡略化してアレンジしておりますが、さすがエルスト侯爵様。よくご存知で」


「うむ。少し違っていて戸惑ったが、やはりか。まぁ、これならドヤール家との関連性も一目瞭然だな」


 竜のツノに蔦が絡みつく特徴的な家紋を簡略化したマークが、紙に記されている。竜のツノって、お祖父様が三つ首竜を倒したからこの家紋に変更したのかと思ったけど、昔からこの形なのだとか。代々の領主は竜ぐらい簡単に狩るからなぁとお祖父様に言われ、伯父様に頷かれ、あろう事かお兄様方にまで「竜ぐらい、子どもの時に狩ったぞ?」と可愛く小首を傾げられた。私、カルチャーショックを受けました。


 竜って、竜ってそんな簡単に狩れるもんじゃないわよね?使用人さん達や、お父様やお母様が、私に同意してくださったから、私は世間一般と同じ常識を保つ事に成功しました。危ないわぁ。騙されるところだった。やっぱり、お祖父様達が異常な強さなのよね。


「我が領では、取扱いの許された商家には全て、この紋の使用許可を出しています。ドヤール家の特有魔力を付与させて」


「なにっ?」


 ルエンさんがまたまた胡散臭い笑顔で、魔力スタンプを取り出した。ドヤール家のブランドマークが刻印されているそれに、ドヤール家特有の魔力を付与したインクを付けて押すと、あら、不思議。ドヤール家の文字通りお墨付きのブランド品が出来上がりである。

 この魔力スタンプ。皆様の家紋及び特有魔力でお作りする事も可能です。受注、販売は、アルト商会で承っております。ご興味のある方は、是非、アルト商会へ。


「ドヤール家の特有魔力を付与したこのスタンプは、複製出来ません。このスタンプは正規に登録された商会にしか与えられず、このスタンプの無いものは即ち、ドヤール家の意に反して販売された贋作という事になります」


 ルエンさんの言葉に、エルスト侯爵は笑みを深めた。


()()()()()()()()()()()()()()()()か。ふむ、想像しただけで恐ろしいな」


 武の象徴、辺境伯であるドヤール家の意に反するなんて、命が幾つあっても足りないわよねぇ。お祖父様や伯父様のメッ、は怖いわよー。


「しかしこのスタンプは面白い。商品に明確な印を付けて、他との差別化を図り、価値を高める事も出来る」


 前世のブランド商品より、贋作を見抜くのは楽だと思うのよ。なんせ、特有魔力が無ければ全部偽物だからね。前世のブランドバッグとかは、鑑定のプロが縫製の違いやブランドロゴマークの微かな違いなどで判断してたっけ。バッタモンも本物も、素人目には判別不可だもんねぇ。


 ブランドマークスタンプと魔力インクにまでご興味を持たれたエルスト侯爵様より、エルスト家の家紋を元にしたスタンプの御注文がありました。まぁ、アルト会長、契約書の準備が出来ているなんて、なんて優秀なのかしら。


「それにしても、モーヤーンの肉の下処理の仕方や調理法のレシピ使用料を無料にするなんて。サラナ嬢は欲がありませんなぁ」


 エルスト侯爵様の勿体無いと言わんばかりの様子に、私は苦笑した。


「モーヤーンは暖かい地方では良く狩れる魔物なのでしょう?肉が少しでも安く食べられる様に、レシピについては使用料を取りたくありません」


「肉を食すのはこれからですが、味にうるさい我が息子が絶賛していたぐらいだ。使用料で、一財産稼げるやも知れんぞ?」


 エルスト侯爵が冗談交じりに仰る。

 それに、軽口で対応すれば、この場は盛り上がるのかも知れないけれど。

 私はふと、昔の事を思い出した。


「……昔、こちらに参る前の、ゴルダ王国での事ですけど…」


「うん?」


「お父様に連れられて、王都の、所謂、貧民街に参った事が御座いますわ」


「…貧民街に?」


 エルスト侯爵が、意外な事を聞いたと、驚きの表情を浮かべる。確かに、貴族の令嬢が治安の悪い貧民街に行くなど、あまりない事だ。それも、わざわざ父親が、娘を連れて行ったのだ。


「そこで見た光景は、酷いものでした。酷く不衛生で、嫌な臭いが充満していて。道端で酒瓶をもって暴れる男や、どこか悪いのか、地面にうずくまって動けない子どもだとか、初めて目の当たりにして、私、たまりかねて持っていた髪飾りを、その者たちに与えようとしたのです。そうしたら、人が次々に群がってきて、大変な騒ぎになりました」


 屈強な護衛達に阻まれ、怪我もする事なく無事だったけど、髪飾り一つに人々が群がる様は、それは恐ろしかった。


「その時お父様に、言われた事が忘れられません。民の中には満足に食べられない者もいる。私たち貴族の目に映らない場所で、貧しさ故に命を落とす者が大勢いると。貴族であるならば、今日のこの光景を忘れてはいけない。我ら貴族は、民が豊かで安全な暮らしを守る事が責務であると、常に考えなさいと」


 飽食の日本という国で育った前世の私も、情報という形でしか貧困を知らなかった。それだけに、あの光景は衝撃的だった。小さな髪飾りに、血走った目で腕を伸ばしてくる人々。争い、それに怯える気力もなく、虚ろな目で佇む子ども。


 目の前の人々を救う為に施しを与える事は、小金を持っていれば出来るだろう。だが、私の目に映らないだけで、そんな人々は沢山いるのだ。


 民の命を預かる。それがどういう事なのか、いずれは王子妃になる私に、父は叩き込んでくれたのだ。


「民を飢えさせぬのが私の務めです。貧しいものたちを満たす為にも、モーヤーンの肉のレシピに関して、使用料は取りたくありません」


 断言する私に、お父様が優しく微笑んでくださった。


書籍化作品

「追放聖女の勝ち上がりライフ」も連載しております。ご一緒にいかがでしょうか。

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9/2アース・スター ルナより発売決定
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― 新着の感想 ―
まぁ所謂ノブレス・オブリージュってやつだね! 妃教育受けたなら寧ろ当たり前の事。
[一言] ラカロ男爵家は、サラナお嬢が跡を継いで 伴侶は、アルトさん(貧乏男爵家)や ルエンさん(平民)のような、 貴族っぽくないほうが良いのでは? と、いらぬ心配をしながら 楽しく読んでいます。 …
[良い点] >あろう事かお兄様方にまで「竜ぐらい、子どもの時に狩ったぞ?」と可愛く小首を傾げられた。 すっごいしっかりした幻を見た。三角お耳とブンブン尻尾のマボロシが。おかしい…筋肉男子がマジ可愛い…
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