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123 国王陛下とのダンス

年末投稿間に合ったことに気が緩み、気が付けば間が空いています、すみません。


兄弟仲良く、王妃からガチ怒られされてます。


「うう。胃が痛い」


「陛下、お薬をご用意いたしますか?」


「いや、大丈夫だ。今はとりあえず、出来るだけゆっくり、だが遅過ぎずに着替えなくてはならん」


 豪奢な服を脱ぎ捨てた男が、胃を押さえて呻く。

 ユルク王国第26代国王、ディードリッヒ・ユルク。言わずもがな、ユルク王国の頂点であり、王国の絶対権力者である。


 そんな彼の胃を痛めるほど悩ませているのは、年の離れた弟、トーリ・ユルクの初恋だ。


 ディードリッヒには息子が一人いる。まだ幼年であるため、世間に披露目はしていないが、その息子が王位継承権1位である。弟のユーリは、息子に次いで王位継承権2位という立場であるが、本人には王位に関して興味が薄い。元々、剣の腕に秀でていたため、すんなりと騎士になる道を選び、いずれは王国の軍事部門を任せる予定でその教育を受けていた。


 王位を争う事がなかったせいか、ディードリッヒたちの兄弟仲は非常に良い。というか、両親が相次いで亡くなり、若くしてディードリッヒが国を継いだ時、年の離れた弟はまだ幼く、ディードリッヒが親代わりになって育てた故に、成人したのちも未だに保護対象であるという認識が抜けない。弟がションボリと落ち込んでいると、ついつい手助けをしたくなってしまうのだ。


 そんなディードリッヒを王妃は甘いと言う。トーリが女嫌いを拗らせて妙な噂が立ったのも、元は兄であるディードリッヒがトーリの偏った交流関係を放置していたからだと怒っていた。女嫌いであろうとも、いずれは公爵として臣籍降下するのだから、女性にも慣れさせなければならないと口を酸っぱくして言われていたが、ディードリッヒは弟の好きにさせていた。地位や金を目当てに擦り寄って来る女性に辟易していたのは、若い頃のディードリッヒも同じだったからだ。いずれもう少し成長すれば、人付き合いにも慣れ、上手くやれるようになるだろうと単純に考えていたのだ。


 だからドヤール家への視察をトーリに任せたのも、才気溢れる令嬢と接すれば少しは女嫌いも緩和されるのではと思ったのだ。それがまさか、トーリがサラナに惚れ込んでしまうとは。


 それからのトーリは、なんというか。兄の目から見てもとても微笑ましいものだった。手紙のやりとりを始めた頃は、何を書こうかと何日も悩み、サラナから返事が来た時は大事に懐に入れて、暇さえあれば取り出して眺めていた。しかも、他の令嬢たちに接する態度が、ほんの少し柔らかくなっていた。積極的にアプローチをする令嬢たちには相変わらず素っ気なかったが、そうでない令嬢たちには穏やかに接するようになっていたのだ。

 

 弟にこんな変化を齎してくれたサラナに、ディードリッヒは感謝していた。もしもサラナと上手くいくのなら、身分の差はあれどトーリと娶わせてもいいかと思ったほどだ。しかし、当のサラナには全くと言ってもいいほど、その気がなかった。トーリがやらかし続けたせいもあるのだが、清々しい程、断固拒否という姿勢だった。そしてそれをドヤール家が全面的に後押ししていた。まあ、あの家が権力の為にサラナを王族に売り込もうなんてこと、微塵も考えないことは分かっていたが。


 2人は上手くいかないだろうと、ディードリッヒも分かっていたのだ。だからトーリには、王家がサラナとの仲を取り持つことはしないと宣言したのだ。トーリも納得し、サラナとの縁を諦めていたと思っていた。


 だがトーリは、サラナを諦めていなかった。表には出さずにグズグズと悩み続け、とうとうサラナのデビュタントの場で、ようやく飾る事のない己の本当の気持ちを自覚し、我慢が出来なくなってしまったようだ。

 我が弟ながら、鈍過ぎる。育て方を間違った、甘やかしすぎたと痛感した。だが、あんなに思い詰めた顔をした弟を放っておくことも出来ず。ディードリッヒはこれが最後と言い聞かせて、余計な手助けをしたのだ。王妃に叱られるのは覚悟の上だ。


 着替え終わって、あれから巻き返すのはいくらなんでも無理だろうなぁ、いやしかし、万が一にも奇跡がおこるかもしれん、などと考えながら会場に戻ったのだが。トーリの腑抜けた顔を見て、やはりだめだったかと察したのだ。それにしても凄い顔だった。目と口を虚ろにポカンと開けていて。いつも取り澄ました綺麗な顔を見慣れていた分、弟の間抜け顔は衝撃が強かった。あんな顔も出来るのだな。


「トーリ、気は済んだか」


「……兄上」


 声を掛けると、トーリはハッと我に返り、ようやく表情を改めた。だがその眼は少し潤んでいて。初恋が実ることなく散ったことを表していた。


「私では、全く勝ち目がありませんでした。彼女のあんなに幸せそうな表情を、私は見たことがありませんから……」


 遠目に寄り添うサラナとアルトが見えた。以前、サラナの相手は本人に選ばせると父親のセルトが言っていたが、彼女の選んだのはどちらかというと地味な顔立ちの、パッとしない男だ。外見は完全にトーリの方が勝っていると思うのだが、サラナと件の商会長が一緒に居る姿はとても自然で、サラナの表情も心なしか緩んでいるように見えた。トーリの割り込む隙は無いなと諦めがついた。

 

 ツラツラと考え事をしながら公務をこなすディードリッヒは、どこからか刺すような視線を感じていた。1人ではなく複数の。例えていうなら、森の中で魔物に囲まれて虎視眈々と隙を狙われているようなそんな視線を。

 これは見回さなくても視線の主が誰だか分かった。明らかな怒りを感じたからだ。ドヤール家の面々だ。特にバッシュとジークからの視線は殺気が凄まじい。背筋に寒気が走った。


 一部の厳しい視線にさらされながら、待たせていたデビュタントの令嬢と踊る。ホイット侯爵家のソフィアだ。ホイット侯爵家は中立派の筆頭であり、王家とは程よい距離で付き合っている。


「ソフィア嬢。デビュタント、おめでとう」


「光栄です。陛下」


 高位貴族の令嬢らしく、所作も美しく、控えめながら笑みが美しい令嬢だ。トーリにはこのような大人びた令嬢が合うのではと思うのだが、彼女もすでに婚約者がいる。なかなか、ままならないものだ。


「ふふふ。陛下。ご苦労なさっておいでですわね。しかし彼のご令嬢をトーリ殿下に宛がうのは、いささか難しいかと」


「……っ」


 穏やかな笑みのまま、声を潜めたソフィアに囁かれ、ディードリッヒは息を飲んだ。こんな年若い令嬢にまで表情を読まれたのかと、苦い思いが過る。


「彼の令嬢とアルト商会の会長との仲はかねてから評判でした。あの商会、ここ最近、恐ろしい勢いで成長していますでしょう? それは何も、令嬢のお力だけではないのですよ?」


「何? 」


 アルト商会の躍進はサラナの力があってこそと思っていたが。だからこその2人の縁談ではないのか。ディードリッヒは表面を取り繕うのも忘れて、ソフィアの話に聞き入った。


「もちろん、扱う商品は素晴らしい物ばかりですわ。ですが只の商会では、あっという間に他の有力な商会にその権利者ごと奪われていたでしょう」


「まあ、そうであろうな」


 サラナの生み出した美容品や魔道具はどれも画期的で、貴族たちの間で熱狂的に取引されている。彼女を欲しがるものは、それこそ星の数ほどいるだろう。ドヤール家が盾となり睨みを聞かせていたので直接的な行動に出る者はいなかっただろうが(いたとしても葬り去られていただろうが)、それでも彼女を狙う者は多かった筈だ。


「アルト商会の会長は、あの若さでそんな有象無象の輩を退けてきたのですよ。会長だけでなく、あの商会で働く者はみな曲者揃いなんです。ふふふ。ウチも商会を持っておりますが、どんなベテランの従業員でも、アルト商会と商売をする時は気が抜けないと申しておりますわ。気付いたらいつの間にか足もとを掬われていることもあると」


 踊りながらクスクス笑うソフィアに、ディードリッヒは納得した。身分や若さではトーリに分があったかもしれないが、持って生まれた才能や経験の差は埋めがたかったようだ。


 それにしてもと、ディードリッヒはヒッソリと肝を冷やした。今まで沈黙を保っていたが、中立派もドヤール家やアルト商会の動向には注目していたようだ。ソフィアの様子から、中立派はドヤール家を好意的に見ているようだ。もしも王家がドヤール家との縁を強引に推し進めていたら、中立派までも敵に回していたかもしれない。ソフィアがディードリッヒとのダンスの間にわざわざこんな話をしたのは、中立派の意向を知らしめるためだろう。高位貴族の令嬢とは言え、デビュタントを迎えたばかりのソフィアが、国王に臆せずこんな役割もこなせるのだ。彼らの目に、成人もとうに過ぎた弟を構い続けるディードリッヒはどう映っているだろうか。身内に対して甘すぎると評価を下したか。

 

 これは更に王妃を怒らせることになりそうだと、ディードリッヒは内心、溜息を吐いた。


 ソフィアとのダンスを終え、2人目、3人目の令嬢と踊っていく。そしてとうとう、サラナと踊る順番になった。もちろん、ディードリッヒが()()()()()()()()()()()()


 向かい合って立つサラナを見つめる。ディードリッヒより頭一つ分小さく、普通の可愛らしい令嬢だ。この小さな令嬢が、国を変え、巨万の富を生み出したとはとても思えない。


「……サラナ嬢、デビュタントおめでとう」


「光栄です。陛下」


 少し緊張が見られたが、いかにもデビュタントを迎えた令嬢らしい初々しさに、ディードリッヒは頬を緩める。だが気は抜けない。彼女はドヤールなのだから。

 今も方々から、剣を喉に突き付けられたような恐ろしい視線を感じる。見守ると言うには余りに物騒な視線だ。そこにはたぶん、先ほどまでサラナに寄添っていたアルト商会の会長のものも加わっているのだろう。何だか増えている気がするし。


「サラナ嬢、トーリがその、すまなかったな」


「……は、あ、いえ。こちらこそ、申し訳ありません」


 サラナは視線を僅かに彷徨わせて、小声で謝った。謝るのはこちらだと思いながら、ディードリッヒは普通にいい子なんだよなぁと、しみじみ思う。


「もうアレは、君に接触させないようにする。本人にも、もうその気は無いだろう。本当に、本当に申し訳なかった」


「あの、陛下。大丈夫ですから。そんなに謝らないでくださいませ」


「うんうん。ありがとう。君は、あの彼と結婚するのか?」


 穏やかに見える笑みを浮かべているアルト商会の会長に視線を向ければ、サラナの視線もつられたように向いて、頬が可愛らしく染まる。


「え、えっと。はい。その予定でございます」


 先ほどまでのはきはきとした態度が一変し、恥ずかしそうに、だが嬉しそうに恋しい男へ視線を向ける。視線を向けられた男の方は、殺気を綺麗に消して柔らかな笑みを浮かべている。


「そうかそうか。幸せにな」


「はいっ!」


 ぱあっと、花開くようなその美しい笑みに、ああ、とディードリッヒは苦笑する。


 これを見たからあの弟は、諦めざるをえなかったのだろう。謁見の時にみせていた、サラナの完璧な淑女の笑み。それに比べて今の笑みは、何と素直で愛らしいものなのか。

 恋しい女性が、他の男にこんな笑みを見せていたら、諦めるしかないではないか。


 サラナとダンスを踊りながら。ディードリッヒは思った。

 今日はとっておきのワインを開けて、トーリを慰めてやろうと。弟の嘆きを聞いてやり、愚かさを叱り、サラナの幸せを素直に思えるまで、寄り添ってやろうと。

 

 だがディードリッヒの計画は、そう簡単には実行できなかった。

 

 夜会が終わった後。怒り心頭の王妃から、冷たく見据えられ。

 私の努力を何だと思っているのか、判断を何だと思っているのか、弟を甘やかすのもいい加減にしろと長い長い説教をされた挙句。怒りを通り越して何もかもが空しくなったらしい王妃から、涙ながらに離縁を仄めかされたのに仰天して、宥めすかして弟と共に謝り倒し。謝罪に次ぐ謝罪と猛省でなんとか王妃に許してもらい。


 挙句に今度は自分の身勝手さから兄夫婦の離婚の危機どころか、国王夫妻の離婚だなんて、国を揺るがしかねない事態を招いた弟がどん底まで落ち込んだのを、宥めたり叱ったりしてワインどころじゃなくなるなんて。


 その時のディードリッヒは知る由もなかったのだ。 




 



 

 



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― 新着の感想 ―
この王家とか宰相とか無能揃いでこの国大丈夫か?と思っていたけど、まともな人は(まともだからこそ?)中立派なんだとすごく納得。
感想2回目です。 もう一回書きたくなっちゃいましたw 王妃様可哀想ーが最初だったんだけど。 なんか一周まわって王妃様も普通に悪いじゃんって気がしてきた。たぶんこういうやらかしを毎度割と簡単に許してきた…
いやー国王陛下 「取り持つことはしない」と宣言しながら何度も協力しているのはいかがなものかと
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