120 デビュタント⑦
お待たせしました。
ようやくダンスだと思ったのに、なぜかバルコニーに居ます、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
ダンスホールでアルト会長と向き合って。嬉し恥ずかし初ダンス! と浮かれていたのも束の間。国王陛下が衣装にワインを溢されて退出。主催がいない間に踊るわけにもいかず、一旦中断になってしまった。がっかり。それにしても国王陛下ったら、うっかりワインを溢されるなんて、もう酔っ払っていらっしゃるのかしら。これからまだ数人の令嬢とのダンスが待っているのに、大丈夫かしら。酒は飲んでも呑まれるなよねぇ。
余計な心配かもしれないけれど、国王陛下のあの豪華な衣装の代わりがすぐに用意できるのかしら。まあ、国王陛下ともなれば、衣装なんて山ほど持っていらっしゃると思うけど、今日の王妃様と合わせたコーディネートにする必要がある。あぁ、裏方さんが頑張るんだろうなぁ。突発的なトラブルって対応大変だよね。でも必死でやり遂げた時の爽快感は癖になるのよ。
あら、ついつい前の世の記憶を思い出していたわ。ほほほ、私も時間がない中の顧客からの無茶振りに対応するのは慣れていましたので。
まぁ、すぐに国王陛下も戻られるでしょうとダンスホールでそのまま待機していたのだけど。先ほどダイアナお姉様たちに撃退された王弟殿下の側近の皆様が、再びスルスルと近づいてきた。あら、復活が早いわ。また新手な妨害かしら。
「サラナ嬢。すこし時間を頂きたい」
次はどんな手だと身構えていたら、どストレートに頼まれました。うん? なぜそんなに必死なの? 先ほどまでの貴族特有の物言いじゃないわ。
「そちらのバルコニーへ来ていただけないか?」
「……それは」
ええー。未婚の令嬢をバルコニーに連れ込むなんて、先ほどの派閥違いの令嬢紹介事件より常識外れですよ。それぐらい、貴族じゃなくても分かるでしょ。
「サラナ嬢。決して君の不名誉にはならないとお約束する。どうか、どうか」
頭を、下げないで! ちょっとやめて下さい。他の人に見られたらどうするんですか!
困惑していると、アルト会長がスッと前に出た。
「お止めください」
「聞き届けてくれるまでは止める事は出来ない。サラナ嬢、どうか……」
「貴方のその行動が、サラナ様の評価を貶める。即刻、お止めください」
厳しめにアルト会長に言われ、エルスト様がハッとした様に顔を上げる。周囲から訝し気な目を向けられていることに、ようやく気付いたようだ。
「どうかお気になさらずに、エルスト様。踏まれた足は、何ともありませんから」
アルト会長の少し大きめな声に、なんだというように周囲からの注目が逸れた。アルト会長がエルスト様に足を踏まれ、謝っていた様に見えただろう。エルスト様がホッと息を吐く。
「す、すまない……」
エルスト様がアルト会長に小声で呟く。バル様もメッツ様も、揃ってションボリされているわ。下位の者にはナチュラルに上から目線のこの方たちにしては珍しいわね。
「あの。私に何の御用でしょうか?」
仕方なく小声で聞いてみると、エルスト様はウルウルした目を向けてきた。
「トーリ様と話をしてほしいのだ」
『ええー。嫌ですぅ』と速攻で断りたくなったけど、さすがに即決は不敬かなと思って、曖昧な笑みを浮かべました。どうやって断ろうかしら。
私の拒絶を察知したのか、エルスト様が必死に言い募る。
「頼む、サラナ嬢。貴女とトーリ様の間には、大分誤解があると私は思っている。その誤解を解くためにも、どうか、一時の時間を……」
誤解? どんな誤解だろう。
王弟殿下が私とダンスを踊ろうとしているのは、都合のよい妻として私を求めているからだ。自分の嗜好を隠すため、また、色々と成果を上げている私を国に縛り付けるために。そんな『王家に都合のいいお飾り妻』はゴルダ王国だけで十分なので、ドヤール家総出で徹底して避けているのだけど。
「サラナ嬢。トーリ様は心の底からユルク王国を愛し、生涯をかけて陛下をお支えしようと決めていらっしゃる。だがそのために貴女を犠牲にしようとは、決して思っていらしゃらない。そこは、信じてほしいのだ」
エルスト様が、王弟殿下を一生懸命に弁明していらっしゃる。
まあ、確かに。王弟殿下は、私の元婚約者ほどひどくはないと思いますけど。一応、前に王宮でお会いした時、私をもてなそうとしては下さったし。王都の観光にも誘われたし。全く、これっぽっちも行きたくはなかったけど。
前の婚約者なんか、仕事を押し付けるだけで、婚約者の最低限の義務すら果たしていなかったものね。交流を深めるともなく、プレゼントどころか手紙一つ貰った事ないし。名前すらまともに呼ばれたことなかったわぁ。いつも『おい』とか『お前』とか言われてたわぁ。もしかしたら記憶力が悪すぎて、婚約者の名前が覚えられなかったのかもしれないけど。
ちなみにアルト会長からは、気持ちを打ち明け合ってからは大小さまざまなプレゼントを頂いています。ドレスだけでも部屋のクローゼットが埋まりそうなぐらい頂いたし。宝石類とかも、なんだか高そうなものをモリモリと。
逆に私がアルト会長にプレゼントしたのは刺繍入りのハンカチだ。いえね、私も『プレゼントの値段差がえげつない』と反省して、高価なものをお返ししたかったのだけど、女性から恋人に高価なお返しするのはマナー違反なのだ。こういうところは前世と違って、男性が女性に貢ぐのが当然という文化が当たり前のように根付いているのよねぇ。
ちなみに。気のない人にはきっちりお返しした方が良いみたいです。相応の物をお返しする事で『お前からのプレゼントなんか欲しくないわ』という意味になるそうです。容赦ないわね。
それにしても。王弟殿下が避けても避けてもこんなにしつこく接触を試みてくるのは、私がはっきりと王弟殿下に『王族の妻なんてお断り』と意思表示をしていないからかもしれない。まあ、向こうから『(お飾りの)妻になってくれ』と直接申し込まれたわけではないため、お断りしようにも出来ないのだけど。ドヤール家総出で貴族的に避けているつもりだが、これまでの王弟殿下と側近たちの様子をみていると、貴族的な言い回しには特に鈍感そうだから、気づいていない可能性が高い。
この際だから、『私にはアルト会長がいるので、お飾りの妻にはなれません』と、ハッキリ申し上げた方がいいだろう。
いくら王弟殿下がご自分の『真実の愛』を貫きたいと思っていても、婚約者が内定している令嬢に対して無理強いをすることはないだろう。ドヤール家は王家に対して十分誠意は見せているわけだし、ユルク王国の利を考えたら、ドヤール家と事を荒立てる必要はないはずだ。
王弟殿下の嗜好を理解し、それでもいいと妻になってくれる人を頑張って探して欲しい。それが無理なら、一生独身を通すぐらいの気概をもってほしいものだ。ちょっと寂しいけれど、それなりに楽しいですよ、独身生活。前の世で生涯独身だった私が保証します。
「分かりました。お会いします」
「サラナ様?」
私がそう答えると、アルト会長から驚きの声が上がる。だけど私の表情から引かないと感じ取ったのか、何とも言えない顔になった。うう、あの顔は私が職人さんたちとぶつかる度に調整に奔走して下さっている時の顔と同じです。いつもご迷惑ばかりかけて御免なさい。
「……分かりました。ですが私も一緒について行きます」
「アルト会長には遠慮してほしい。サラナ嬢とトーリ殿下の2人で話を……」
「私はドヤール家からサラナ様をお預かりしています。それに、いくら王弟殿下とはいえ、愛しい人を他の男性と2人きりにするつもりはありません」
エルスト様の言葉を遮って、断固としてアルト会長が仰います。『愛しい人』なんて言われて、ド、ドキドキなんてしていませんよ。別に!
アルト会長の気持ちは大変嬉しいけれど、さすがに私もアルト会長同席の元、王弟殿下の嗜好について話す勇気はないわ。大変、デリケートな問題ですからね。
「アルト会長、私一人でも大丈夫ですわ」
アルト会長にそう言うと。うん、『絶対に承諾しかねる』というお顔です。ですよねー。
だけど、私はこの状況がいつまでも続くのは嫌だわ。このせいでずっと王都に行けなくて、アルト会長と約束している『こもれび亭』でのお食事とか王都観光リベンジとか、全然出来ていないのよ。
それに、たとえ一人で王弟殿下と対峙することになっても、私は何も心配していないのだ。だって。
「話は聞こえなくても、姿が見えるところにいて下さると心強いわ」
そう言えば、いえ、言わなくたって、アルト会長は側にいて下さるもの。これまでだってそうだった。心細い時に振り向けば、いつだってアルト会長が微笑んで側にいてくれたもの。
私だって誰の目もない所で男性と2人っきりになるのは、ちょっと怖いのだ。でも、アルト会長が側にいてくれたら、なんだって大丈夫だと信じられるのだ。
だからしっかり見ていて欲しいわという気持ちを込めてアルト会長の腕に触れれば。うん? なんでそんなに顔が赤くなるの?
「……いえ。無意識に頼って下さるのも嬉しいのですが、ハッキリと頼られるのもまた嬉しいなと……」
いつだって私はアルト会長を頼りにしているのだけど。どうして今更照れていらっしゃるのかしら。不思議。
「……分かりました。エルスト様、私はお2人の姿が見える場所で控えさせて頂く、というのは絶対条件です」
「わ、分かった!」
アルト会長の譲歩に、エルスト様がパァッと顔を輝かせる。
とまぁ、そんなこんなで、バルコニーにいるのだけど。
夜会の騒めきから離れ。外の空気は少し冷たいけれど、気分がスッキリするわ。あらぁ、星が綺麗。バルコニーから見える庭園も素敵。所々に『魔法灯』が設置されて、美しい薔薇の花が幻想的にライトアップされている。馨しい薔薇の香りが、ここまで届いているわ。
夜の庭園のライトアップは最近、王宮や貴族家での流行なのだ。うふふ。アルト商会では、様々なタイプの『魔法灯』をご用意しています。色も明るさも調節可能。『御庭をあなた好みにライトアップ』という宣伝文句とともにバカ売れですわ。ほほほ。
はっ。いけないわ、サラナ。こんなロマンティックな光景を目の前に、商売の事しか考えていないねんて淑女失格よ。ああでも私は前世から、花より団子を売りまくる性格だったのよねぇ。今更、変えようがないわ。諦めよう。
「サラナ嬢」
つらつらと更なる『魔法灯』の販売戦略を考えていた私は、背後から掛けられた声に振り向いたのだった。
◇◇◇
足早にバルコニーに近づくトーリ。側近たちが、さり気なくトーリの姿を隠したお陰で、客たちの衆目を集める事はなかった。
「王弟殿下」
逸る気持ちでバルコニーに一歩、足を踏み入れた時。低く抑えた声がトーリの耳に届く。
トーリの視線の先には、アルトが静かに佇んでいた。
「お前は……」
トーリの胸に忌々しい気持ちが沸き起こる。サラナを掌中にしようと画策している男だ。トーリがぎろりと睨みつけるが、その視線に怯む事無く、アルトは冷ややかに告げた。
「サラナ様に髪の毛一筋の傷でも負わせるな。……次は、決して許さない」
大して大きな声でもないのに、王族であるトーリすら圧倒するような怒りが、その声から明確に伝わってきて。たかが商人だというのに、どこまでもサラナを守ろうとするその気概は、かの『英雄』すらも凌駕しているように感じた。思わず、トーリの足が止まる。
トーリはアルトに対して認識を改めた。小狡い商人なんかじゃない。この男は、本気だ。サラナを、本気で想っている。
それと同時に、かつてサラナに傷を負わせた後悔が、トーリの胸を過ぎる。謁見の日に腕を掴んだ一件だけでなく、彼女の誕生日会でその心を傷つけてしまった、深い後悔が。
「……心得ている」
アルトの視線を避けて、トーリは足を進めた。
もう二度と、サラナを傷つけたりしない。彼女を悲しませるは、二度と。
月明かりと『魔法灯』で照らされたバルコニー。
そこに、ようやく愛しい人の姿を見て。トーリは泣きたいような気持になって、頬を緩めた。
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