116 デビュタント③
第一の刺客はエルスト侯爵夫妻。ドヤール家と分断されたアルト会長&サラナ、どうなる?
緊迫感のない(一方的な)戦いの幕あけです。
なんだかやたらと話しかけられます、サラナ・キンジェです、ごきげんよう。
お父様とのファーストダンスが終わりまして。ただいま、歓談の時間です。
お父様とのファーストダンス。素敵でした! 我が父ながら、イケオジなお父様はダンスもお上手で、リードも完璧で抜群の安定感でした。時折、『舞う姿がまるで蝶のようだ』とか、『ずっとこのまま朝まで踊り続けたいね』とダンディな褒め殺しに合いましたが、無事生還しましたよ。恥ずかしさに膝から崩れ落ちなかった自分を褒めてやりたいです。
夜会ではダンスの時間が設けられているのだけれど、連続で踊るのではなくて合間に歓談の時間が設けられている。特に今回は5回もダンスを踊らなくてはいけない王族の皆様のために、歓談の時間が通常の夜会よりも長くなっている。1曲踊ってふうふうしている私にも、休憩時間が長いってありがたいのよねぇ。
若いくせに疲れたとか何言ってんだと言われそうですが、私、生粋のお嬢様だから仕方ないのです。お嬢様というのは基本、自分では動かない。移動は基本馬車だし。お買い物は商会が家まで来てくれるし。運動なんてお庭を散歩するぐらい。以前王都に行った時、アルト会長と王都を散策しましたが、その時も馬車移動がメインでしたからね。
こういう夜会で、歓談中は立ちっぱなし、たまにダンスというのも、令嬢にとっては結構ハードなのだ。だから会場に休憩室が必ず準備されていて、疲れたらそっと移動して休憩するのだけど、休憩室を利用する時は注意が必要だ。
以前、侍女だけ連れて休憩室を利用していたご令嬢が、素行の良くない令息に休憩室に侵入され、あわや襲われるという事件が起こったそうだ。駆け付けた護衛のお陰で難を逃れたけど、ご令嬢にも隙があったのではとか、令嬢の方から誘ったなどとある事ない事噂され、ご令嬢の評判に傷がついたのだとか。
ただでさえ令息に侵入されて怖い思いをしたはずなのに、ご令嬢が可哀想過ぎる。ほんと、胸糞悪い話だわー。そんな悪い令息も噂をした奴らも、もし目の前にいたらコテンパンにしてやるのに。お祖父様が。
そういう事例があるから、休憩室を利用する時はお祖父様か伯父様を必ず伴いなさいと口酸っぱく伯母様とお母様に言われました。護衛が豪華過ぎる気がしますが、安心には代えられませんものねぇ。
そうして、2曲目に備えて軽食をモグモグしつつアルト会長とスタンバイしていたのだけど。なんだかやたらと色々な人に話しかけられるのです。
ええ。2曲目に備えて私のエスコートはアルト会長に変わっているのですが。伯父様と伯母様ペア、お父様とお母様ペア、お兄様たちとお姉様たちペア、そしてフリーのお祖父様という組み合わせのドヤール家に、それはもうやたらと夜会の客たちが話しかけてくる。伯父様たちは社交なので納得ですが、あまり表に出ないお父様たち、お兄様たちにも話しかけてくる人が多い。お父様たちには王宮の文官さんたちが多いわね。普段お手紙を交わしている人たちかしら? 皆様、『ようやく夜会で我らの救世主にお会いできた!』と感激した面持ちなので、悪い相手ではないようです。救世主?
そしてお兄様たちには、学園の生徒さんたちが多いようだ。ダイアナお姉様やパールお姉様は頬を上気させた下級生のご令嬢に囲まれている。皆様、お姉様たちにウットリ見惚れていて、お気持ち分かりますぅ。
お兄様たちには学園の生徒たちだけでなく、騎士団の人たちも群がっている。なぜかお兄様たちを『先生』と嬉しそうに呼んでいる。ご令嬢たちと違って、騎士様たちのきらきらした嬉しそうな顔は、ちょっと暑苦しい気がします。なぜかしら。
そしてフリーのお祖父様には、まるで街中に突如アイドルが現れたかのように人が群がっているわ。内訳は騎士様4割、地方の貴族様たち4割。最近、騎士団に派遣されているお兄様たちの影響で、『英雄』の人気がまた出始めたのと、地方の貴族様たちはよく魔物討伐でドヤールにお世話になっているから、この人気なのでしょう。
ちなみに残りの2割は、8割につられた野次馬みたいね。『おい、アイドルの○○がいるってよー、見に行こうぜー』みたいなノリなのかしら。お祖父様を遠巻きに見てキャッキャしてます。楽しそう。
そして私とアルト会長ペアには、主にお仕事関係の人たちが。皆様、血走った目でアルト会長に『アルト会長ぅぅ! 今日こそは我が家との取引についてお話を進めて頂きますよ!』と言わんばかりに詰め寄ってきます。怖いわ。アルト会長、あまり夜会に出ないから、縁を繋ぎたい人たちが滅多にない機会に色めき立っている。以前、アルト会長が私のお誕生会を遠慮した理由が良く分かりました。うん、百パーセント仕事の話になりますね。
ついでに、『うちの娘(又は孫、姪)を紹介させてください』というのも多い。これは主に下級貴族が多いのだけど、横に私が立っているのに。そして紹介されたご令嬢たちが、揃って私を無視するのも腹立つわー。私、いつの間にか透明人間になったのかと思ったわ。まぁ確かに、私はこれまでユルク王国で殆ど社交を行ってこなかったから新参者扱いは仕方ないけど、いないものとして扱うのはどうかと思うの。ご令嬢の皆様、性格の悪さが滲み出ていますよ。
そんな失礼な人たちを、アルト会長が相手にするはずがなく。凄いわ。微笑み一つでご令嬢たちのアピールを黙殺。目線一つでその親たち(祖父母、伯父伯母たち)を躱している。相手が貴族だろうがまったく動じる事ないわ。皆様、アルト会長に気圧されて、しゅるるるっと小さくなって撃沈しているわ。
それでいて私には飲み物を勧めたり軽食を勧めたりと細々しく世話を焼いてくださるのだ。特上の笑顔付きで。あの、アルト会長、自分で飲めますし食べられますよ。こんな人前で、あーんは無理です。あーんは。助けを求める様に家族に目を向けても、皆見事に知らんぷりしているの。はっ。そういえば会場では存分にイチャイチャしなさいと伯母様が言ってたわ。それで誰も助けてくれないのね。
でもこのままでは私が恥ずかしすぎて死ぬ。誰か、誰かアルト会長を止めて下さい。こんな時こそお祖父様ー!は、うん、若手の騎士に握手を求められて笑顔で応じてました。アイドル活動で忙しいようです。スマホとかあったら一緒に写真もとってくれそうだわ。ファンサが丁寧ですこと。
「おお。こんな所にいらしたのか。サラナ嬢、デビュタントおめでとう」
そんなところに声を掛けてきたのは、なんと宰相のエルスト様だった。突然の権力者の降臨に、私たちの傍から人がササッと引いて行った。アルト会長の表情がピクリと動いたが、一瞬の後にはいつもの柔和な笑みを浮かべている。
エルスト様がエスコートしているのは、奥様だろう。赤い髪に緑の瞳の美女。色味は違えど、どことなく息子のレック様に似ておいでだわ。
「まぁ。貴女がサラナ様。初めまして。メイジー・エルストと申します」
「初めまして。サラナ・キンジェ・ラカロと申します」
エルスト侯爵の奥様は、社交界の女帝と呼ばれていると聞いたわ。確かに、なんというか迫力のある方ね。でも、伯母様で慣れていますので、特に臆せずにっこり微笑んでご挨拶が出来ました。
「おお、珍しいな。今日はアルト会長もいらしていたのか。さすがドヤール家だ。宝を守るための布陣は完ぺきではないか。君も大変だな、アルト会長。夜会嫌いでも、後見であるドヤール家の要請ならば、令嬢の護衛もこなさなければならないのだから」
はっはっはっと笑うエルスト侯爵。周りに十分聞こえるぐらいの大きさで喋っているので、周囲の人が興味本位の目を向けてくるわ。
それにしても。まるでアルト会長がドヤール家の命令で嫌々私のエスコートを務めているような言い方だわ。失礼な。確かにお願いはしましたが、命令なんてしていないわよ。
でも、アルト会長が夜会にあまり出ないのは本当なのよね。そんな暇があったら仕事をこなしたいって前にも仰っていたもの。いや、次々に仕事をぶん投げている私のせいかもしれないけど。社交で人脈を築かなくても十分仕事が舞い込んでくるから、夜会に出る必要性をあまり感じてないみたいだし。そんなアルト会長が夜会に出てくれたのは、私のデビュタントだからだ。なんだか申し訳ない気持ちになるわね。
そうシュンとしていたら、アルト会長がエルスト侯爵ににっこり、圧のある笑みを向けた。
「どうやら誤解があるようですが……」
そして私の腰をぐっと抱き寄せてって、おおぅ?
「私は別に夜会が嫌いではありませんよ? これまでは多忙で中々参加もままなりませんでしたが。こうして愛しい方と連れだって参加できる夜会でしたら、大歓迎です」
私の手を取って。ちゅって音が聞こえました。手袋越しですけど。それに、アルト会長の顔が、近い、近い、近いです! 今の音って、うわぁぁ。
顔から火が出るかってぐらい熱いんですけど。エルスト侯爵が驚いて呆けた顔をしているけど、絶対、私の方がダメージが大きいぃ!
「ア、アルト会長、ひ、人前……!」
扇子で顔を隠して、必死にアルト会長に抗議すると。物凄く嬉しそうな顔をされました。なんで?
「申し訳ありません。人前では恥ずかしかったですね? 次は2人きりの時にします」
「違います!」
つい声に出してしまいました。淑女らしからぬ態度に反省。ぐぬぬぬ。お祖父様といい、伯父様といい、アルト会長といい、私の淑女の仮面を剥がしにかかっているとしか思えない。敵は身内にばかりいる気がするわ。
「まぁ、ホホホ。アルト会長とサラナ様は仲がよろしくていらっしゃるのね。まるで本当のご兄妹のようだわ」
夫のエルスト侯爵が呆けているのを取り繕う様に、メイジー様が再度追撃を掛けていらっしゃいます。まあ、王弟殿下たちがドヤールに視察にいらした時、王弟殿下のキツイ言葉をフォローすると見せかけてでっかい釘を刺しに来たレック様そっくり。さすが親子だわ。
うう。でもメイジー様の仰ることにも一理あるわ。アルト会長と私、けっこう年齢差があるから、兄妹に見えるのも仕方ないのかしら。中身はアラなんとかでアルト会長より遥かに年上だから、私的には全く気にならないのだけど。はっ! 逆に中身が年上の私にアルト会長がついていけない可能性もあるのかしら?
なんてついつい不安になってしまう。根本的にアルト会長みたいに素敵な人と両想いなんて、未だに信じ切れない自分がいるのよねぇ。『ダメ男コレクター』歴が長かったせいかしら。
ネガティブ方向に舵を切りそうだった私の思考は、温かな感触で引き戻された。エスコートでアルト会長の腕に掛けていた私の手を、アルト会長の手が優しく覆っている。
まるで『大丈夫』と、言ってもらってるみたいで。知らずに身体から力が抜けた。
「……この夜会の後、すぐに王家とカルドン侯爵家の合同茶会が開かれますね」
そんな温かな手とは裏腹に、エルスト侯爵家に向けられたアルト会長の声は、ゾクリとするほど冷たい。エルスト侯爵夫妻の顔が、ハッとして強張る。
「ドヤール家と我がアルト商会も、お手伝いをさせて頂く予定です」
そうなのよ。表向きは王家とカルドン侯爵家の合同事業を記念した茶会。実質は王家とカルドン侯爵家の派閥内の対立を緩めるためのもので、ミシェル伯母様の発案で執り行われるのだけど。及ばずながら私たちもご協力させて頂く予定なのよね。丸石を使った新製品のお披露目とかー、茶会を盛り上げるイベント提供とかー、新しいレシピの提供とかー。うーん、及ばずながらと言っていいのか疑問な程、私の負担が多い気がするのは気のせいかしら。やりますけど。アルト商会が全面的に協力してくれるって言質がとれているので、全力でやりますけど。
「最後までお手伝いをさせていただけるよう、願うばかりです」
穏やかで丁寧なアルト会長の言葉に、副音声が聞こえる。『最後まで手伝って欲しければ、余計な事をするな』と。
王家とカルドン侯爵家合同と銘打っているとはいえ、ウチの助力ありきで計画されている茶会ですから。新製品とか、イベントとか、新レシピとかのせいで、参加する貴族家の期待値上がりまくりで、何とか参加したい貴族家の間で招待を勝ち取るためのガチバトルが発生しているらしいので、ここでドヤール家やアルト商会が手を引くとなると、大惨事は必須。それを予想したエルスト侯爵夫妻の切り替えは早かった。
「まあ、アルト会長とサラナ様のなんとお似合いなこと」
「おお。仲が宜しくて羨ましい。我らもオシドリ夫婦などと呼ばれているが、初々しいお2人には負けますなぁ」
ヤケクソの様に声を張り上げるエルスト侯爵夫妻に、アルト会長は鷹揚に頷いた。
誰がどう見たって、アルト会長の勝利でした。まる。
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