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115 デビュタント②

 ようやく会場へ入場しました。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。


 入場までがまた長かったわ。高位貴族のご令嬢たちから呼ばれて会場入りするのだけど。前世の運動会の入場行進と違ってさっさと通り過ぎるだけじゃなく、名前を呼ばれて紹介されて、扉の前で丁寧に淑女の礼を執って、温かな拍手で迎えられて優雅にゆっくりと会場入りするんですもの。1人1人の入場がまず長い。そして順番的に私は9番目。ほぼ最後だったから待ち時間も長いのよ。やっぱり今回はデビュタントの令嬢が多いせいか、私がやっと入った時も、出迎える皆様はちょっと拍手し過ぎて疲れた顔をなさっていた。なんだかすみません。あとお1人いらっしゃいますから、温かく迎えて上げて下さいね。


 でもそんな優雅な入場のお陰で、良いことがありました。意地悪な令嬢たちが入場した後、入場を待っていた子爵家や男爵家の令嬢たちが私に声をかけてくださったのです。あまりお話はできなかったけど、嫌味を言われた私に『大丈夫?』、『気にしちゃダメよ』と励ましてくださいました。優しい。

 

 声をかけてくれたのはカーメル子爵家とコックス男爵家の令嬢。すぐに入場の順番が回って来たのであまりお話は出来なかったけど、あの一瞬でいい子だと分かりました。あとで会場で声をかけてみましょう、そうしましょう。


 会場に入って一番に目につくのは、勿論王族の皆様だ。前に謁見した時より、煌びやかな衣装の国王陛下と王妃様。一粒種の王子殿下はまだ幼くていらっしゃるので、参加なさっていません。

 そしてご令嬢たちの一番人気である王弟殿下。本日は赤に黒のキラキラした礼服をお召しになっていて、ゴージャス感が半端ないわ。夜会の熱気にでも当てられたのか、なんだかほんのり頬が赤くて潤んだ目をしていらっしゃるけど、大丈夫かしら? ちゃんと水分補給したほうがいいですよ。


 そっと会場を見回してみると。ドヤール家を見つけました。うんうん、お祖父様や伯父様、お兄様たちの強面感と、伯母様とお母様、お姉様たちの美しいけど只物じゃない感が合わさって、あの一角だけアウトロー感が凄いわ。隣のお父様が『うっふ』と思わず噴き出していました。こうして離れて見ると、全然堅気に見えないわ。


 そんな中。アルト会長を見つけて、私はなんとなくホッとした。アルト会長と目が合うと。あ、嬉しそうに顔が綻んだ。

 

「ふふふ。こんな遠くで見つめ合っていないで。あちらに合流しよう」


 じっとアルト会長を見つめていたら、お父様に気づかれて揶揄われてしまったわ。恥ずかしい。お父様のエスコートを受けて、いそいそとドヤール家の元へ向かったのだけど。


「おお、サラナ。どの令嬢よりも美しい礼だったぞ。さすがはサラナだ」


 お祖父様が両手を広げて絶賛してくださいました。普通に礼を執っただけなのに、今日も安定の孫バカ全開です。あら、ダメですよ。抱き上げてグルグルと回すご褒美は家の中だけにしてください。シュンとする受けるお祖父様を宥めるの、大変でした。さり気なく後ろに並んで順番待ちをしていた伯父様も、『え? グルグル抱っこが出来ないの?』と驚愕の表情。このお2人、今日は私の大人へのデビューの日だって忘れているのでしょうか。伯母様とお母様に目線で叱られて身を竦めていらっしゃいました。


 なあんていつも通りドヤール家でわちゃわちゃしていたら、どこからか感じる視線。うーん。周囲から見られていますね。最低限の社交にしか顔を出さないドヤール家が勢ぞろいしているので、悪目立ちしているのかしら。人々の間から『ドヤール家が……』とか『あれはアルト商会の……』とか聞こえるわ。


 でもすぐにファーストダンスが始まるので、誰も近づいてこないわ。良かった。ファーストダンスが終わったら、暫し歓談の時間が取られるので、その時までに迎撃態勢を整えたらいいわね。


 ファーストダンスの見どころは、予定通り国王陛下と王妃様、そして王弟殿下とデビュタント序列一位のスタンド侯爵家イザベル嬢のダンスですね。ダンスに備えて、王弟殿下がイザベル様のエスコートをなさっています。うーん。年齢といい、家柄といい、王弟殿下にはぴったりのご令嬢だわ。イザベル嬢側に王弟殿下の()()を受け止める度量があれば、悪くない組み合わせなんじゃないかしら。


 そんな事を考えていたら、王弟殿下と目が合いました。あら。なんだか随分と切ない顔をされているわ。女性と踊るのがそんなに苦痛なのかしら。公務(お仕事)なんだから頑張って。力を入れ過ぎて、相手の腕を粉砕しちゃダメですよ。


「サラナ様」


 心の中で王弟殿下とお相手のご令嬢の無事を祈っていると、アルト会長にそっと手を引かれ、果実水の入ったグラスを渡されました。あら、美味しそう。こういうところが、大人の男性の気遣いだわ。


「先ほどの入場の際の礼、とても美しかった。……他の男に見せたくなかった」


 なんて感心していたのに。囁くように色気たっぷりにそう言われて、果実水を吹き出しそうになった。油断しているところにブっこむのはヤメテ。顔が赤くなっちゃうでしょ。


「私のことなんて、誰も見ていませんよ」


 私的には前世に比べたら十分美女だと思いますが、生国では地味だとか魅力がないとか言われ続けたからね。私の事を見てくれるのはアルト会長だけですよ。嬉しいけどね!


「……サラナ様は自覚がなさ過ぎて困ります。まぁ、こちらには好都合ですが」


 チラリとアルト会長が視線を向けた先で、王弟殿下が愕然とした顔をしていたことに、私は全く気付いていなかった。


◇◇◇


 滞りなくファーストダンスを終えた後、あれこれと話しかけてくるイザベルを振り切ったトーリの元に、側近たちが近寄って来た。


「どうしてサラナ嬢の傍にアルト商会の会長がいるんだ!」


 苛立つトーリに、側近の一人であるエルストが暗い面持ちで告げる。


「どうやら、ドヤール家がサラナ嬢のエスコートの1人として認めているようで」


「なんだと?」


 家族でもない男が、この様な正式な夜会の場でエスコートを任されるなど、理由は一つしかない。アルト商会の会長が、サラナの婚約者候補になったということだ。

 以前にトーリは、サラナの誕生会でエスコートを担った事があるが、それはあくまで私的な集まりだったからギリギリ許されたのだ。その頃はまだ、ドヤール家のトーリの評価が今ほど低くなかったのもあったが。

 

 トーリは信じられなかった。サラナほどの才女の相手に、商人如きを据えるなんて。

 サラナは王家に嫁ぐに相応しい資質がある。それが分からないドヤール家ではない筈なのに。


 ふと、トーリは思い出した。国王()との謁見の際、サラナの父親であるセルトが、サラナの結婚相手は彼女自身に選ばせると言っていたことを。ゴルダ王国で望まぬ王子妃として辛い日々を送っていたサラナを憐れみ、二度と彼女の望まぬ相手を宛がう事はないと断言していたことを。

 ドヤール家の面々は、サラナを殊の外可愛がっている。彼女が望む事ならば、なんでも叶えてしまうほど。 


 きっと、あの商人は、サラナの生み出す利益を狙い、彼女を言葉巧みに騙して篭絡してしまったに違いない。いくらサラナが才女とはいえ、世間知らずの貴族の令嬢を騙すなど、経験豊富な商人にとって赤子の手を捻るぐらい簡単なものだ。普通は令嬢の親や親族がそういった輩には近づかせないように注意するものだが、サラナに甘い保護者達は彼女の愚かな恋を許してしまったのだろう。もしかしたら、ドヤール家までもがあの商人に丸め込まれてしまっているのかもしれない。


 幸いにも先ほどのファーストダンスは、サラナは父親のセルトとダンスを踊っていた。だが次のダンスであの商人と踊ってしまったら、周囲からサラナの相手が商人だとみなされてしまう。


「なんてことだ。サラナ嬢をあの商人の手から救わなくては……」


 トーリの言葉に慌てたのは側近たちだ。


「トーリ様。アルト商会は最近大きく力を付けています。カルドン侯爵家とも親しく、迂闊に手を出すのは得策ではないかと」


 宰相の息子であるエルストがそう告げると、側近であり魔術師団長の息子のメッツ・ウィルネが激しく同意する。


「魔道具の機構も珍しく、あの商会は見どころがあると魔術師たちの間でも噂されています」


 もう一人の側近、騎士団長の息子であるバル・ラズレーも難色を示した。


「騎士団もクズ魔石の買取で世話になっています。あの商会、他の商会と違ってクズ魔石を買い叩くことがないから評判がいいです」


 側近たちの言葉は理解できたが、トーリはただ黙ってサラナが奪われるのを見ていられなかった。 

 兄や義姉や宰相たちに言われるまま、サラナに会わなかったことが悔やまれる。トーリが離れた隙を狙って、あの商人はサラナに付け込んだのだろうから。

 

「分かっている。だが、このまま指を咥えて見ているなんて、私には出来ない」


 苦悩する主人を諫めるなど、側近たちには出来なかった。いつも冷静で有能なトーリが、唯一感情を乱すのはサラナに関する事だけだと分かっているからだ。


「……エスコートだけなら、まだ婚約者候補として認知されないかもしれません」


 ポツリと、エルストが呟く。


「デビュタントの場で、栄えある王族とのダンスの前に踊れるのは家族か婚約者だけというのが慣例です。サラナ嬢があの商会長と踊らずに、予定していた陛下ではなくトーリ様と踊れば……」


 本来ならば国王と踊るはずだった令嬢の手をトーリが取れば。周囲は自然とサラナがトーリにとって特別な相手だと見做すようになる。エスコートしていた一介の商人の存在など、皆の意識から消し飛んでしまうだろう。


 それならば。あの商人からサラナを守ってやれる。

 サラナも、初めは商人との恋を邪魔されてトーリを恨むかもしれないが、きっとこれが最良の道だと、聡明な彼女なら分かってくれるだろう。どう考えたって、商人よりも王弟の妻になった方が、彼女にとってもドヤール家にとっても有益なのだから。


 胸の奥でくすぶり続けていたトーリの恋心が、強く燃え上がった。

 ようやく。ようやく彼女を手に入れる事が出来るのだ。


「お前たち、頼む。サラナ嬢とあの商人のダンスを阻止してくれ」


 トーリの必死の声音に、側近たちは姿勢を正して、力強く頷いた。

 

 


 

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9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


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― 新着の感想 ―
身分と顔しか取り柄のない王弟の真のライバルが身分のない(ただしサラナからの信頼度は天元突破)商人だとかそりゃ衝撃だしライバルとすら認めたくないし認められないですよねぇ。 まあそういうとこやぞと思います…
残念 トーリのアルト決闘申込みから→間違ってサラナに→代理の祖父無双はなさそう しかしトーリ サラナが王族に相応しいのは認めるけど お前が王族に相応しくないことにいい加減気付け
何で他人の事にはこんなにケチ付けられるのに、お前に甘い王様が愚かな恋心を赦してる事に気付かないかねぇ・・・お前こそもっと政略を考えて結婚しないとダメだろ・・・
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