113 トーリの願い
デビュタントのお話の前にトーリたちの思惑を入れてみました。
次からデビュタントっていったのに、すみません。
「お願いします、兄上!」
「無理だといっているだろう、トーリ。諦めろ」
必死に頭を下げる弟に、国王はため息を隠せない。王妃に至っては、全然笑ってない眼で微笑んでいる。
デビュタントの夜会が、近々開催される。ユルク王国で今年大人の仲間入りをする令嬢たちにとって、一生に一度の大事な夜会である。
この夜会で令嬢たちは王族と踊るのが習わしだなのだが。トーリはサラナが希望するダンスの相手が国王だと知ってからずっと、ダンスの相手を自分に変更して欲しいと国王に願い続けていた。
「トーリ、何度も言うがドヤール家が希望するダンスの相手は、国王たる私だ。他の令嬢から、お前とのダンスの希望が殺到する中、勝手な変更など許されるはずが無い」
今年のデビュタントの令嬢は10名と多い。その内、婚約者のいる3家とドヤール家以外の6家は、トーリをダンスの相手にと希望してきた。家格や政治的なバランスを考えて選考したというのに、それを覆せるはずがない。
「ですが! この機会を逃せば、私は2度とサラナ嬢と関われなくなる……っ!」
思い詰めた様な顔のトーリに、国王は同情めいた気持ちが過る。
先日の謁見以来、トーリはサラナ嬢に会うどころか手紙の遣り取りすら断られていた。見かねた国王がとりなそうとしたが、ドヤール家の現当主であるジークには「事業に関しては、私がご対応させていただきますので、姪への連絡はご容赦を」と冷たくあしらわれた。
カルドン侯爵家と王家のいざこざには寛容に対処してくれたドヤール家ではあったが。トーリに関しては一切、容赦がなかった。どうやらドヤール家は、あの謁見の日のことは、トーリがわざとサラナ嬢を傷つけ、それを理由に強引に娶る気だったのではないかと疑っているようだ。弟は朴念仁なだけであって、そこまで悪辣ではないのだが、それを証明する手立ては国王にはなかった。
「私は、真剣にサラナ嬢を妃に迎えたいと思っているのです。私の妃に相応しいのは、彼女しかいない!」
トーリがそう必死に言い募るが、もうその時点でトーリの求婚がドヤール家に受け入れられる筈がないと国王は思っていた。
妃に相応しいなんて。一般的な令嬢にとっては誉め言葉だが、サラナには逆効果だ。彼女の能力の高さや価値に目を付けたのだと思われるだろう。サラナ本人が望むはずも無いし、娘の為に国と爵位を捨てたセルト・キンジェ・ラカロも許す筈がない。
国王には分かっている。『妃に相応しいという』という口実は、トーリの照れ隠し、若さ故の意地だということを。素直にサラナに惹かれていると言えばいいものを、王族という自分の立場を重んじ、潔癖な性格が災いして口に出せないだけなのだ。
だがそれをサラナやドヤール家に理解して欲しいというのは無理な相談だ。ミシェルあたりはトーリのような若造の矜持などお見通しかもしれないが、そんな面倒な男に可愛い姪を嫁がせたいとも思わないだろう。
「トーリ様。サラナ嬢と踊るということは、貴方様と踊る令嬢を一人、選考から外すということになります。既に各家に通知はしているのに、どういう理由で変更なさるおつもりです?」
「そ、それは……。手違いだったと、連絡すれば」
冷ややかな王妃の言葉にトーリはしどろもどろに答える。その愚かな答えに王妃は溜息を吐き、パサリと扇子を開く。
「ではその手違いで通知をした文官を馘首せねばなりませんね」
「馘首? そ、そんな、厳し過ぎませんか?」
「厳しすぎるなんてことありません。令嬢にとってデビュタントは一生に一度の記念。こちらがダンス相手の希望を聞くはるか前から、各家での調整はなされているのです。それを一介の文官の手違いで通知を誤ったなどとなったら、どれほどの家に影響を与えとお思いですか。馘首ぐらいで済まされるならば安い方ですよ」
慌てるトーリに、王妃は厳しく告げる。婚約者のいない年頃の令嬢を持つ家ならば、最良の結婚相手であるトーリをダンスの相手に選ぶのは至極当然の流れだ。それを家格、派閥の力関係など鑑み、各家も調整に調整を重ねてダンスの相手を決定している。一度決定していたものを手違いでしたなどと言って覆せば、変更になった令嬢に何か瑕疵があったのではなどと思われるかもしれないのだ。そんな噂が一度でも出てしまえば、その令嬢の将来に多大な影響を与えてしまう。
そう滔々と王妃に諭されて、トーリは項垂れた。トーリだって分かっていた。サラナが自分をダンスの相手に選ばなかった以上、こちらで無理に変えるなんて出来ないことは。
それでもどうしても、トーリはサラナと踊りたかった。サラナはドヤール領から滅多に離れる事は無い。こうして踊れるのは、最初で最後の機会かもしれないのだ。これを逃しては、ドヤール家の誤解を解いてサラナを娶る可能性が無くなってしまう。
話さえできれば。あの謁見の時の不始末を真摯に詫び、改めてサラナに妃へ打診するのだ。聡明な彼女の事だ。きっと頷いてくれる。ユルク王国においてトーリ以上に良い嫁ぎ先はない。ドヤール家だって、サラナが了承すれば認めてくれるはずだ。
「それでもどうか、どうかお願いします……!」
トーリは頭を下げ続けた。どうしても、彼女を娶りたいのだ。
彼女を妃にできるなら、大事にする。今度こそ彼女を尊重し、2人で国を支えていきたい。トーリにとって、自分のこの先の人生を考えるのに、サラナは決して欠かせない存在になっているのだ。
しばらく、沈黙が続いた。王妃が扇子を仰ぐパサリパサリという音だけが聞こえていた。
やがて、根負けしたような王妃の声が響く。
「……陛下はもうそれほどお若くはありませんから、5人のご令嬢と踊るなど、難しいかもしれませんわね」
突然の王妃の言葉に、国王が『ん?』と眉を上げる。
「私とのファーストダンスと、5人の令嬢。6回も踊られると、持病の腰痛が再発するかもしれません」
「あ、ああ! そうだな!」
王妃の意図を理解して、国王はやたらと明るい声を上げる。
「確かに。最近はデスクワークが多くて、腰の痛みを感じるな! うん、6人と踊るなんて、無理かもしれん。いや、頑張ってはみるが、無理かもしれんなぁ」
「陛下の持病を考慮して、トーリ様には予定以上の人数と踊って頂くかもしれません。そうなってもいいように、令嬢たちの踊る順番は調整しております」
トーリと踊るのに都合がよくない令嬢は、敢えて順番を調整していると王妃は言う。そう言った令嬢は、万が一にも未婚のトーリとは躍らせるわけにはいかないのだ。
「ですが。あくまで夜会当日の、陛下の容体次第です。陛下の状況は私が見極めさせていただきますので、無理な時はすっぱり諦めてくださいませ」
状況によってはサラナと踊る事は出来ないと暗に釘を刺され、それでもいいとトーリは頷く。機会を与えて貰えるだけでも、本来ではありえないことなのだから。
「ありがとうございます、義姉上……!」
嬉し気に笑って、トーリは退出した。それを見送り、国王は王妃に心配そうに聞いた。
「いいのか? あのような事を約束して」
咄嗟に王妃に合わせてはいたものの、そこまでする必要はあるのかと、国王は思っていたのだが。
「トーリ様が簡単に諦めるとは思いませんでしたので。夜会でサラナ嬢とのダンスを強行されたら、それこそ大惨事になってしまいます」
「いや、さすがにトーリも王族の一員なのだ。そこまでの愚行はないだろう」
そう否定する国王に、王妃は冷たい目を向ける。
「陛下。覚えていらっしゃいますか? 昔学園で、陛下がウェーナ伯爵家令息が私に懸想しているなどと誤解をして、決闘を申し込まれたのを」
「はっ? な、何をいきなり、そんな、昔のことを!」
学生時代の黒歴史を突然ぶっこまれ、何の備えもなかった国王は慌てた。だが王妃は容赦ない。
「私がいくら誤解だと申し上げても、陛下は聞く耳を持たず、側近たちが止めるのを振り切って、白手袋をウェーナ伯爵家令息に投げつけられて……。ウェーナ伯爵家令息が内々に治めてくださいましたので、お義父様とお義母様からの叱責で済みましたが、下手をすれば陛下の施政者としての資質も問われるところでした」
「そ、それは本当に、反省している」
まだ学生だったという事もあり、両親からこっぴどく叱られるだけですんだが、もしも本当に決闘まで発展していたら、今の国王の地位にはいられなかっただろう。
「トーリ様は貴方にそっくりな気質です。ご自分が納得しなければ、容易に諦めないでしょう」
それぐらい、トーリは思い詰めているように見えた。トーリの暴走を止める為にも、なんとか穏便に、サラナと踊れるように仕向けるしかない。
「だが、ドヤール家がどう言ってくるか……」
「辺境伯夫人はそれぐらいお見通しでしょう。色々と対策をなさっていると耳に挟んでおりますわ」
「対策?」
まさかトーリとサラナのダンスを阻止するつもりかと国王は思ったが、王妃は静かに首を振った。
「あの方はそんな直接的な手はとりませんよ。たとえトーリ様とサラナ様が踊られても、特別な関係だとは思われないように、手を打っておられるようです」
ぱちりと扇子を閉じて、王妃は静かに微笑んだ。
「サラナ様のデビュタントには、身内以外の方もご参加なさるようですよ? どうやらデビュタントの夜会の後に、ドヤール家から慶事の知らせがありそうですわね」
王妃の言葉に、国王は一瞬ぽかんとしていたが、やがて情けない表情で天を仰いだのだった。
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