11 男子の食欲は理解できない
★追放聖女の勝ち上がりライフ 本日、書籍発売!★
発売を記念して、本日は2話更新します。
王弟殿下御一行様の側近達の中で、誰が一番御寵愛を受けているかランキング表の作成が終わりました、サラナ・キンジェです、ご機嫌よう。暇ですわね、我ながら。
王弟殿下御一行様の視察は明日以降から開始されます。そこには当然、私は付き添いません。ラッキー。これでヒューお兄様とマーズお兄様からのお土産の本を読む時間を確保できました。そうそう、お兄様達、冬期休暇で学園より帰省されています。学園がお休みだから王弟殿下も視察にいらっしゃっているので、当然お兄様達もお休みですわね。忘れてました、ホホホ。
しかしお兄様達、夏の休暇の際、私が学園の宿題をお手伝いしたのに味を占めたのか、手土産の本を餌にまんまと今回もお手伝いを約束させられてしまいました。私の教え方が上手いから成績が上がったんだーなんて煽てていましたけど、ちゃんと宿題は自分でやってくださいね?私、あくまでお手伝いですわよ?
なんだかんだと冬の間も忙しくなりそうですが、とりあえず視察の間は私、事業の方には関われそうにないです。王弟殿下のご機嫌を損ねそうですし、下手に出しゃばって王弟殿下から叱責をいただこうものなら、今度は孫バカのお祖父様も黙っていないでしょう。
最初の王弟殿下の出しゃばるな発言の後、お祖父様を宥めるのがどれだけ大変だったか。お祖父様におねだりして甘え倒して、ようやくご機嫌を取り戻したのよ?『サラナ、お祖父様が前に狩ってくださった、キラービーが欲しいのです』と、口元に両手をグーで当てながら、ぶりっ子全開で頑張りました。今の人はぶりっこじゃなくてあざといって言うのかしら?どちらにしろ、恥ずかしさが限界突破して、何か大事なものを無くした気分になったわ。
さて、視察はハブられながらも、さすがに晩餐にはご一緒いたします。私はお母様の隣の末席で気配を消して小さくなっていますけどね。いつもはお祖父様の隣に席を準備されますけど。今考えると、序列的にはダメだったわ。お祖父様のお口にアーンを阻止するのに必死すぎて、隣の席に甘んじていた私を殴ってやりたい。そこは伯父様の席だわ。
私がメインのお肉を堪能しながらなんとなく会話に意識を向けると、王弟殿下はお祖父様が未だに魔物の討伐をしている事に驚いているようだった。気持ちは分かります。
「さすがは伝説と呼ばれるだけはある。最近討伐した魔物は?」
「最近…、最近はこの辺りでは珍しい、モーヤーンが少しばかり出ましたなぁ」
お祖父様は気のない様子で王弟殿下にお返事なさっています。英雄の話を聴きたくて、必死に話し掛ける若者達への塩対応っぷりは見事なものです。孫ラブを少し分けてあげたらいいのに。
「あれはドヤール領にはなかなか出ない魔物ですから、驚きましたね。寒いのが苦手だと聞いていたのに、雪を蹴散らしてこちらに襲い掛かってきましたから。真っ直ぐしか進まないので倒しやすくはありますが」
伯父様が仕方なくと言った様子でフォローしている。中間管理職も大変だ。
「寒さで食い詰め凶暴化しておりましたが、まあ、飛びもしない魔物でしたから、手応えはそれほど有りませんなぁ」
それにしても。お祖父様と伯父様が、ウサギでも仕留めた軽さで語っているけど、モーヤーンってあれよね。お祖父様がこの間下さったお土産。大型バスぐらいデカかったけど、そっか。あれがお祖父様達にとって、手応えなしの魔物なのか。
「ドヤール領にモーヤーンが?あれはエルスト領でも手を焼いている魔物なのです!何頭ぐらい出たんですか?」
エルスト様が頬を紅潮させて叫んだ。今日もしっかり王弟殿下の隣の席をキープしている。さすが第一夫人。
「何頭だったかの」
「10頭ぐらいじゃないですか。小さいのもいましたよね」
お祖父様と伯父様が適当な数を言っている。いやいや。もっといたでしょうが。
「モーヤーンか。群で行動して畑の作物を食べ尽くす、厄介な魔物だな。それに素材も大したものは取れない。雄のツノは武具の材料として使われるようだが、肉は柔らかいが臭みがひどいので食べられないしな」
王弟殿下の言葉に、エルスト様が勢いよく頷く。
「そうなのです!我がエルスト領の気候は温暖なのでモーヤーンが住みやすいのか、討伐が追いつかぬほど大量に出るのです。モーヤーンの討伐依頼は冒険者ギルドで割に合わないと不人気な依頼なので、仕方なくエルスト領の領兵で討伐しているのです」
へぇ。エルスト領ってドヤール領より南の領地だったよなぁ。モーヤーンが沢山出るんだ。やっぱり地域によって出る魔物も変わるのねー。
「うん?モーヤーンの肉が臭くて食べられないのですか?美味しかった覚えがありますけど?」
伯父様が不思議そうに王弟殿下に首を傾げる。
「うむ、美味かった!柔らかくて旨味があった。噛み締める毎に肉汁が滲み出て、ワシはお代わりをした」
お祖父様の思い出し食レポに、私もモーヤーンの味を思い出した。確かに柔らかくて旨みが多くて、美味しかった!私はお代わりはしなかったけどね。
「え?モーヤーンですよね?凶暴化すると目が赤く光り、突進してくる?毛が絡まって剣が通り難い」
エルスト様が怪訝な様子でモーヤーンの説明をしてくれる。怖っ。大型バスが目を光らせて突進してくるの?
「うむ。頭が黒いヤツだ。別に毛のない頭を刺せば絡まりはせんがな」
お祖父様は剣で頭を狙うんですね。身体の割には頭がすごく小さかったけど、そんなのよく刺せるな。止まっていても難しいと思うのに、突進してくるんだよね。ダーツより難しいんじゃない?
「……モーヤーンに間違いないようです。しかし、あの肉は食べられたものじゃないはず……」
困惑するエルスト様に、お祖父様は仕方ない、といった顔をする。あ、いやな予感。
「サラナや。こないだワシがお前に土産としてやったモーヤーンを覚えているかの?」
はい予感的中。お祖父様の言葉に、王弟殿下御一行様の視線がこちらに向けられる。ドレスも地味めにして、気配消してたのに。
「はい、覚えております」
「そのモーヤーンの肉がな、ワシは美味かったと記憶しているんだが、エルスト領で取れるモーヤーンは臭みがあって食えたものではないと言うんだ。ドヤールのモーヤーンとは何か違いがあるのかのぅ」
ああ、お祖父様はモーヤーンの種類が違うと思っていらっしゃるのか。
「私はエルスト領のモーヤーンを拝見した事はございませんので、確実な事は言えませんが…」
王弟殿下御一行様の視線が鋭くなる。別に喋るぐらい、いいでしょ。そもそもお前らが来たから私は大人しくせざるを得なかったんであって、いつもは家族皆で和気藹々と喋っているのよ。
「頂いたモーヤーンも、大分臭みの強いお肉でした。なので、臭み取りを徹底的に行い、色々な薬味に漬け込んでみました。そうしたら、あのように美味しくなったのです」
「臭み取り?」
エルスト様が聞き慣れない言葉に眉を顰める。貴族のボンボンは料理の事なんか知らないか。いや、こっちの世界の料理は、あんまり発達してないからなぁ。臭みもそのまま食べちゃうのよ。
「ええ、臭み取りです。お肉を塊で茹でたり、乳製品に漬けたり、お酢に漬けたり。モーヤーンの肉は乳製品に漬けた時が一番、臭みが取れました。あと、香辛料と薬草と一緒に焼いて、あの味になったのです」
「ああ、香辛料が利いて美味かったな。ステーキ1つにそれだけ手間がかかるのか。大変だな」
「料理には手間はつきものですし、それで廃棄していたお肉が食べられるのなら、手間も惜しくないかと」
食べられるものを捨てたら勿体無いじゃない。美味しいのなら尚更よ。
「サラナ、俺、食べてみたい!」
「俺も!」
ヒューお兄様とマーズお兄様が子犬のようにおねだりする。うっ、ブンブンと勢いよく尻尾が振られている幻影が見えるわ。
「メインのお肉を頂いた後ですけど、そんなに食べられますの?」
「余裕だよ、あと10枚はいける!」
「俺も、俺も!」
どういう食欲なのかしら。私は絶対無理。デザートまで美味しくいただく計画なら、ここは無理すべきではない。そっとお祖父様を窺うと、ニヤリと悪い顔で笑ってらっしゃる。
「ふむ。モーヤーンの肉はまだ残っているのか?」
「お祖父様から頂いたモーヤーンは大きいのが18頭、小さいのが9頭。全て処理しておりますわ。大部分は孤児院に渡しましたけど、お祖父様がお好きだと仰ったので、まだいくらか残っていたはずですわ」
さすがに領主館で全て消費するのは無理だったわ。使用人たちにも配って、孤児院にも渡して、漸く処分できたのよ。冷蔵保存しているとはいえ、そんなに長くは置けないものね。美味しく無くなっちゃうし。
料理長に確認したら、まだまだお肉はあるとの事。お兄様達が沢山食べたがるだろうから、その分を残しておいたんですって。私たち女性陣と普通の量しか召し上がれないお父様以外は全員、モーヤーンの試食をする事になった。若いって凄い。いや、お祖父様と伯父様はそんなに若くなかった。どこに入るのかしら。