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108 告白

ようやく。ここまで来ました。長かった。

お待たせいたしました。

  お庭の花が綺麗です。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。


 余りにも気分が鬱々としているので、お庭のガゼボでぼーっとお花を眺めています。もちろん、日焼けなんぞしようものなら、侍女長さんを始めとする美容部隊にギャンギャンに怒られるので、日が落ちかけている夕刻にしかお庭には出られませんが。しかも夜はまだ冷えるので、日が完全に落ちる前に風邪をひいたら大変と、早々に屋敷に連れ戻されます。私の外出時間(自由)、短いわー。


 それでも、オレンジ色に染まる花々は美しくてどこか物悲しい。今の私の心情にピッタリだわ。風に乗って薫る花の香りは、考えすぎて疲れ切った心に染み入るように優しいのだけれどね。


 こんな弱気なのは全然私らしくないわと思うのだけど、ちっとも気持ちが立て直せない。前の世ではどんな失敗をしても倍にして益を取り返す『不屈の女史』とか言われていたのに。コツは失敗思考からすぐに切り替える事。『反省は後でもできる! 挽回策をまず考えろ』がモットーでした。

 元カレからは、『そういうところが可愛くないんだよ』とか言われましたが、別れ話に浮気相手(しかも私の友人)を連れて来て、『俺は彼女を愛してしまったんだ!』『お願い彼を解放して』劇場を繰り広げる様な輩相手に、挽回策を練る以外、何をしろと? 共通の友人たちに『彼に真実の恋の相手(私の友人)が出来たので別れる事になりました』と土下座する彼氏と泣く彼女の記念写真で光の速さで根回しし、見事に元カレと元友人は共通の友人たちから、『彼女の友人に手を出した男』と『友だちの彼氏に手を出した女』とヤバい奴ら認定され、避けられることになりましたが、当然じゃなくて? 放っておいたら自分たちを正当化するために私の悪い噂を広められそうだったもの。兵は拙速を尊ぶのよ。

 

 こんな風に仕事もプライベートもすぐに切り替えてこれたのに。今回はどうしてこんなに引きずっているのかしら。というか、まだ告白もしていないのに、失恋した妄想で傷ついているなんてどこまでネガティブ思考なの? 前世の上司に、『方向はともかく前は向いている』と好評だったポジティブシンキングな私はどこへ行ったのかしら。


 そんなとりとめのない事を考えていたら、屋敷の中が騒がしくなった。あら? お祖父様が討伐からお帰りになったのかしら? 今日はずいぶん遅かったのね。まさかお祖父様が手こずる様な魔物でもでたのかしら? お祖父様が手こずるなんて、災害級の魔物でもなければなさそうだけど。

 そういえばいつも討伐後はお祖父様とお茶をしているけど、今日は誘われなかったわ。お祖父様の前ではいつもと変わらないように振舞っているから、私が気落ちしている事はバレていないと思うのだけど、最近のお祖父様はなんだか殊更に優しいのよね。討伐のお土産がいつもより倍あるのよ。一緒に討伐している騎士たちがぐったりするぐらい魔物を狩りまくっているみたいだけど、何かあったのかしら。


 暗くなってきたし、屋敷に戻ってお祖父様を出迎えようと立ち上がった私の耳に、バタバタと荒い足音が聞こえてくる。え? 屋敷の中を走るだなんて無作法、使用人たちがするはずもない。音もなくすすすーっと動けて一流といわれるのが使用人ですもの。もしかして本当に何かおこったのかしら? 魔物の襲撃にしては、鐘の音は聞こえなかったわ。どういうこと?


 制止するような声と、足音がどんどん近づいてくる。あら? なんだか庭に近づいてきているような?まさか賊? 猛者揃いの辺境伯家を襲撃できる様な賊がいるの? さり気なく庭に控えていた侍女さんたちと護衛さんたちが臨戦態勢になっているわ。屋敷の中にいる使用人たちでは押さえられない賊なんて、大丈夫なのかしら?


 ドキドキしながら侍女さんたちや護衛さんたちの後ろに控えていたら、バターンと大きな音がして庭に続くドアが開かれた。皆に緊張が走る中、庭に駆け込んできたのは、あ、あれ?


「ア、アルト会長?」


 シャンジャに居る筈の、アルト会長がそこにいた。


◇◇◇


 どうしてアルト会長が? シャンジャのお仕事でしばらく帰れない筈だったのに。

 それに先ほどの足音は、アルト会長だったの? 荒い息で汗だくで、髪が乱れて額に張り付いているわ。いつものスマートなアルト会長とは思えない、余裕のない様子だった。


 使用人たちの間に漂っていた緊張感が緩み、アルト会長を追いかけていた使用人たちが、家令のベイさんのハンドサインで音もなく消えていく。え? 本当に誰もいなくなったわ。侍女さんたちが庭を出ていく前にサムズアップしていたけど、何の合図ですか?


「サラナ様!」


 飛ぶような速さで近づいてきたアルト会長に、手を掴まれ。こんなに取り乱しているのに、まるでガラス細工を扱う様な繊細な力加減。さすがアルト会長。慌てていても紳士だわ。どこぞの王弟に見習ってほしいわ。いや、あの人には2度と腕を掴まれるのは嫌ですけど。

 ええ思考が空回っている事から分かる通り、私、今とてもテンパってます。だって、告白するぞー、いや、失恋したらどうしよう、怖い。とかグルグル考えていた相手が、まさに今、目の前にいるんですよ。しかもなんだか鬼気迫る勢いで。どうしろというの。誰か助けてー。


「サラナ様……、ああ、こんなに痩せて」


 私の手を握っていないもう一方の手が、そっと頬に触れる。って、近いぃぃ。額がくっつきそうなぐらいの近距離で顔を覗き込まないでぇ。そしてどうして泣きそうな顔をなさっているの、アルト会長。こっちが泣きそうなんですけど!


「大丈夫です、サラナ様。この国一の、いえ、必要ならば世界中のあらゆる名医を準備します。絶対に私が治します、安心なさってください」


「え? 名医?」


 なんの話でしょうか。誰か病気になったのかしら。


「このような薄着で庭に居ては身体に障ります。ああ、皆、何をしているんだ? どうしてサラナ様をお一人にしている!」


 といってアルト会長はひょいっと私を。って、ひぃぃぃぃ。アルト会長に、お姫様抱っこされました!なんてこと! お祖父様にしかされた事がないのにぃぃ。近い、近いぃ、失恋モードから乙女が夢見るお姫様抱っこは、ギャップが激しすぎるうぅ。


「サラナ様、お部屋までお連れします。すぐにお身体を休めなくては」


「ちょ、ちょっと待って、アルト会長! 私元気、病気違う!」


「え? 」


 焦り過ぎてカタコトになりましたが伝わったようです。お姫様抱っこのまま颯爽と歩き出そうとしていたアルト会長が止まりました。


「ですがバッシュ様が、サラナ様が医者も役に立たない御病気だと。食事も睡眠もとれず、泣いてばかりいらっしゃると……」


 バレてた! 私の渾身の演技(平気なフリ)、バレバレでした。さすがお祖父様。しかも医者が役に立たないって。何が原因かまでバレているぅ。プシューッと全身が赤くなるのを感じた。


「サラナ様、お顔が赤く! 熱が! 」


「熱はありませんから! 元気ですから!」


 オロオロして心配するアルト会長。即座に否定する私。カオスだわ。


「と、とりあえず、自分で歩けますから、下ろしてくださいな、アルト会長」


 でないと私の心拍数的にまともな会話が出来ません。


 渋々、アルト会長は私を下ろしてくれました。くぅ。お祖父様ほどの筋肉は無いと思っていたのに、平気でお姫様抱っこが出来るっていうことは、アルト会長は隠れマッチョかもしれないわ。全く体幹がぶれなかったもの。いつも寝不足なお顔をなさっているのに、いつ鍛える暇があったのかしら。触れた時の筋肉の固さを脳内から消去しようと、アレコレ違う事を考えるけど、煩悩は全く消えてくれないわ。


「本当に、大丈夫なんですか? やはり一度は医者に診せた方が」


 私の頬に触れて、顔を覗き込んでくるアルト会長。その手が震えているのに気付いて、胸がキュウッと苦しくなった。

 ああ、優しい。触れられた頬が温かい。アルト会長の全身から心配が伝わってくる。こんなに大事に思われて、私、泣きそうだわ。

 

 好きだわ、アルト会長。貴方を想い過ぎて涙が出てくるぐらい、大好き。フラれたら、生きていけないかも。


 柔らかい笑顔も。さり気ない気遣いも。お祖父様と張り合える胆力も。弱みを隠そうとする意地っ張りなところも。どんなところも大好き。ええ、そのポカンとした顔も。


 ん? ポカンとした顔。

 あら。絵にかいたようなポカンとした顔だわ。何に驚いているのかしら。


「好き……? サラナ様が、私を?」


 呆然と呟くアルト会長に、私は耳を疑いました。


「な、なぜ知っていらっしゃるの? 」


 ひぃぃぃ。アルト会長、超能力かってぐらい勘が良いとは思っていたけど、とうとう読心術が使えるように? 


「今、サラナ様が『好きだわ、アルト会長。貴方を想い過ぎて涙が出てくるぐらい、大好き。フラれたら、生きていけないかも』と、仰っていましたが……」


 アルト会長の顔がじわじわと赤く染まっていく。恥ずかしそうに、でも決して私から目を逸らさずに。いつもこんな時は恥ずかしがって顔を隠していたから、その隠されたお顔が見たいわぁと思っていたけど。目に毒、目に毒です。その可愛らしくも色気たっぷりなお顔は、放送してはいけません!


 っていうか。私、無意識に口に出していた? 何度も告白シーンのシミュレーションしたのに、無意識にツルッと告白ってどうなの! もっとグッとくるような台詞とか、いろいろ考えていたのにぃ。


「その台詞も、後で聞かせて下さい」


 照れたように笑うアルト会長。イヤー! また口にしてた? これ以上余計な事を喋らないように、慌てて両手で口を塞ぐ。


 真っ赤になっていたアルト会長がショボンと肩を落とし、消え入りそうな小さな声で呟いた。


「サラナ様、申し訳ありません……」


 その断り文句に、羞恥心で一杯だった私の全身が冷や水を掛けられたみたいに冷たくなった。『申し訳ありません』って、ああ、そっかぁ。

 高揚していた気持ちが見る間に萎んでいく。やっぱり、私なんて、誰にも受け入れてもらえないのね。


「違います!」


 青ざめる私に、アルト会長が慌てて否定する。大きな声にビクリと震える私に、アルト会長が躊躇うように続ける。


「違います……。私は自分が情けなくて。貴女をこんなに不安にさせて、告白までさせて。気持ちを告げる事で、貴女との関係を壊すのが怖くて、負担になることが怖くて、何も言い出せなかった自分が情けない。貴女に他の男が触れるのも、側に居るのも許せない狭量な男なのに、想いを告げる勇気がもてなくて……」


 項垂れるアルト会長の言葉がじわじわと頭に浸透して。嬉しさがこみあげてきた。

 お母様の『アルト会長からの告白なんて、待っていても無駄よ。あの人はサラナを愛しすぎているから』という言葉を思い出す。思わず、フフフと笑いが出た。


「お父様も、そうだったようです。お母様を愛し過ぎていて、ゴルダ王国に付いてきて欲しいと言えなくて、告白できなかったって」


「セルト様が……?」


 アルト会長が目を見開く。それに私は頷いた。


「私はちっとも、情けないなんて思いません。想いが強い程、言い出せない気持ちは分かりますもの」


 私だって、想いが通じなかったらと想像するだけで、絶望したもの。これまでの関係が変わるかもしれないのだ。怖いのは、誰だって同じだわ。

 幸いにも私は、ツルッと告白しちゃったけどね! あれだけ悶々と悩んだのに、うっかりツルッと告白しちゃったけどね!


 アルト会長は驚いたようにジッと私を見つめていたけど、やがてクシャッと顔を綻ばせた。あー、この顔も好きだわ。もうアルト会長なら何でも好きなのかもしれない。


 アルト会長が私の手を取って、そっと跪く。えっ?


「サラナ・キンジェ・ラカロ嬢」


 じっと私を見上げるアルト会長の目は、熱で溢れていて。余りに真剣な目に、思わず息を呑んだ。 


「貴女をお慕いしています。どうか私、アルト・サースの妻になって下さい」


 手袋越しに、アルト会長の唇が手に触れる。

 触れた箇所から、ブワッと全身に熱が広がりました。

 告白通り越して、プロポーズされたんですけど! 前世では誰からも、戯れでも言われたことがないプロポーズを、大好きなアルト会長から? 私、都合のいい夢でも見てるのかしら。


「サラナ様?」


 固まる私に、アルト会長が不安気に声を掛ける。

 喉の奥から無理矢理声を出すように、私は口を開いた。


「……あの、私。ちっとも可愛げが無くて」


「……は?」


「賢しらで、男の方を立てる事もできなくて。仕事となると周りが見えなくなってしまうし。男の方を癒せる様な気遣いもできないし、守ってあげたくなるような可憐な性格でもないし。いつか、アルト会長に、呆れられて嫌われてしまうかもしれなくて……」


 言ってるうちにどんどん声が小さくなっていく。アルト会長を真っすぐ見ていられなくて、目線が下がる。心の中に染み付いた根深いコンプレックスは、そう簡単に消えてくれない。

 ううー。弱気な言葉は嫌いなのに、不安な気持ちがぽろぽろと零れていくわ。

  

「ありえませんよ。貴女を嫌いになるなんて」


 だけど私の言葉をキッパリと、アルト会長は否定した。ハッとして視線を上げると、驚くほど強い視線とぶつかった。


「凛と立つ貴女は、美しい」


 アルト会長の手が、私の手をきゅっと握る。


「そんな貴女が心細い時は隣に立ちたいと思い、貴女が何かを成し遂げたいときは全力で支えたいと思う。賢さも真摯に仕事に取り組むところも、私には貴女を彩る魅力でしかありません」


 願う様に乞う様に、アルト会長の声が響く。


「どうかサラナ嬢。貴女に焦がれてやまない私を、伴侶に選んでください」


 視界がぼやけているわ。みっともない鼻声で返事なんて、淑女にあるまじき姿なのに。


「う、嬉しいです。貴方の妻にしてください……」


 アルト会長のお顔が、ぱあっと嬉しそうに綻んで。

 立ち上がったアルト会長に、柔らかに抱き寄せられた。ドキドキし過ぎて、声にならない悲鳴が出る。

 ちょっと待って、展開が早い。この世界における男女の適切な距離が、バグっているわ。前の世では仕事柄外国の方と関わることが多かったから、ハグなんてよくありましたけど。こちらの世界では家族以外は婚約者ぐらいしかハグしませんよね? あ、そっか。プロポーズを受け入れたから仮?婚約状態だからいいのか。でも心情的にはまだまだ無理ぃぃ。


「貴女以上に可愛い人なんて、いません」


 トドメの様に耳元で囁かれ。人生初の失神をするかと思いました。









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11/12 コミック発売! 転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います①

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9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます そこは失神しても良いかと思いますニヤ(°∀° )ニヤ
サラナ14歳よね?結婚は、何歳?15歳?学園卒業試験後?
続きを…続きをお願いします!
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