103 小さなお茶会
100話のこんなはずじゃなかったマリーちゃんのお話のすぐあとぐらいのお話です。
今回も大事な所を見逃しました、悔しいです。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
私が職人さんたちとの打ち合わせをしている隙に、ロック君を巡って、初恋の人マリーちゃん対最愛の妻ローラさんのデスマッチが繰り広げられた様です。なんてことでしょう。
見逃し配信を希望したいところですが、今世ではそんな便利サービスはなく。仕方がないので当事者と目撃者をお茶に招き、当時の様子を再現して頂きました。イエーイ。ぱちぱちー。
まぁ、関係者全員、侍女さんたちですので。一応身分差というものがあるので、本来は侍女さんたちと同じテーブルについて一緒にお茶を飲むなんて許されないわけですよ。でもどうしてもローラさんの奮闘を聞きたかった私は、侍女さんたちと無礼講なお茶会をしてもいいよーという許可を、伯母様に特別に頂きました。伯母様とお母様が参加したがっていたけど、さすがにお2人が参加すると侍女さんたちが萎縮するので、そこはご遠慮いただきましたよ。あとで詳細は報告するようにと約束させられました。これは気合を入れて聞かねばなりませんね。
「女狐の父親が『侍女の分際で客の取次もできないのかぁ』なんて怒鳴るから、私、怖がる振りをして侍女長様にご報告と、ローラさんにお知らせしたんです!」
美味しい紅茶とケーキにほっくほくの侍女さんたちが、嬉々として報告してくれます。今お話ししているのは最初にマリーちゃんたちに対応した侍女さん。若手の侍女さんで、騎士たちや研究所内の男子に人気の可愛らしい子だ。でも儚げな外見に騙されてはいけない。ドヤール出身の彼女は、とっても気が強い子なのだ。彼女にかかれば客の怒鳴り声なんて、店内BGMみたいなものでしょう。
ちなみに、彼女たちの言う『女狐』はマリーちゃんのことだ。彼女、初めはしおらしく父親の影に隠れていたらしいけど、ウチの侍女さんたちは一目で本性を看破したみたい。凄いわー。女の勘って。男子もこういうところ、ちゃんと見てて欲しいわぁ。テストに出ますからね。
「ローラさんが対応に出るって言うから、皆で討論になったんです。ここはロック様の奥さんらしく綺麗に着飾るか、敢えてギャップを狙って侍女服のままで行くか!」
別の侍女さんがきゃっきゃっと教えてくれる。丸石事業のお陰で、ロック君の手元にもまとまったお金が入っているからね。奥さんのローラさんが着飾るドレスぐらい、いくらでもあるのだ。
そうそう。ロック君は丸石事業が始まるや否や、ローラさんに速攻でプロポーズしていた。もう、可愛くて優しいローラさんにメロメロぞっこん(表現古っ)で、誰にも取られたくない、結婚してくれと駄々こねたらしいです(目撃した侍女談)。
結婚したら2人でカルドン領に戻るのかなーと思っていたけど、まだまだ研究し足りないないからと、モリーグ村内に家を構えてそこから研究所に通いになりました。
ローラさんの父で研究所の主?であるベル爺様も一緒に住むのかと思ったけど、新婚夫婦の家に居候な
んて野暮な真似はしたくないと、未だに研究所に住んでいます。いえいえ。新婚夫婦には気を遣えるのに、どうして後進には気を遣えないのかしら。こちらの明け渡し勧告もどこ吹く風で、研究所の一室で、未だに気ままに暮らしていらっしゃいますよ。ほほほ。
「結局、ロック様の妻だとばらした時の衝撃に重視して、侍女服のままで出る事に意見が一致しました」
侍女長の指揮下、侍女さんたちも一致団結してローラさんの手助けをするべく動いていたようです。持つべきものは仲間ね。嫌いじゃないです、そういうの。
そこから『私、ロックの幼馴染なの。特別なのよ』感を出して煽って来るマリーちゃんを躱しつつ、ローラさんは渾身の一撃をお見舞いすべくタイミングを計っていたそう。
「うふふふふ。ローラさん格好良かったんですよ。ローラさんが『ロックの妻のローラと申します』って名乗った時のあの女狐の顔! お見せしたかったです! 」
「もう、おやめください……」
ローラさんが顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。いつもはキリっとした美人さんなんだけど、こういう可愛らしい所はギャップでいいですね。うん、ロック君が惚れるのも分かるわー。
「それにしても、ロックさんは王都のお屋敷に行ってから、随分と変わったわねぇ」
話を聞く限り、あの優しいロック君がキッパリとマリーちゃんを拒絶出来たようだし。たまにジーン君からとりなしの手紙が来るようだけど、こちらも情にほだされる事無く、事業に関してはキビリー商会に一任していると返しているようだ。良きかな、良きかな。
「サラナ様が研修を勧めて下さったからですわ。ありがとうございます」
ローラさんも安心したように頷いている。うふふ。目の下に隈を作って研究に取りつかれていたロック君を王都まで行かせるかは悩んだけど、やっぱり行かせて良かったわ。
今、王都にあるドヤール邸は、殆ど研修所と化している。勿論、伯父様たちが滞在する時は普通にお屋敷として機能しているのだけど、伯父様たちも年に1回か2回しか王都の屋敷を使わないので、優秀な使用人たちが暇を持て余しているのだ。
そんな中、『こもれび亭』の従業員たちに貴族にも通用する接客を身に付けさせて欲しいと、王都の屋敷の使用人たちに指導をお願いしたのだけど。皆さん、なんだか随分と研修にハマってしまったみたいで。ますます観光客が増えて急遽増えた従業員の教育に四苦八苦していた港町シャンジャや、久し振りに忙しくなったべムス商会や、仕事が増えて従業員教育が間に合っていなかったアルト商会の新従業員たちなど、次から次へと受け入れていき。あれよあれよ言う間に、貴族接客の指導を引き受ける研修所が爆誕したのだ。
ええ、ルエンさんがいつの間にか予算を立てて嬉々として事業にしてましたよ。孤児院の子たちも、孤児院の卒業前にはこの王都の研修所に派遣されていて、より磨かれた接客を身に着けると評判なんですよ。
そんな研修所にロック君に行ってもらったのは、今後の事を考えたためだ。丸石研究の第一人者として、ロック君はこれから貴族や商人たちとの関りが出てくる。貴族への対応の仕方や、どんな風に生活が変わるのかなどを、研修所でみっちり学んでもらったのだ。
ちなみに、研修内容には講演会などもあって、『俺はこうして全てを失った~栄光と挫折~』という、一商人から大商人に上り詰め、その後、商会が潰れる寸前まで経験した某べムス商会長の有難い経験談なんかも聞けます。座学よりも実は、こういう体験談が一番共感しやすいのよーとルエンさんに口添えしたのは私です。急に大金を手にして、身を持ち崩して欲しくないからねぇ。
王都の研修所から帰って来たロック君は、なんだか随分としょんぼりしていた。研修が上手くいかなかったのかしら心配になったのだけど、研修所からはちゃんと『研修修了』の証書を貰ってきていたので、しっかりとカリキュラムはこなしたのだろう。
「僕、今まで見ないようにしてきたことを、見る事が出来た様な気がします」
余りに元気がないロック君を心配したお祖父様が、またお酒に誘って話を聞きだしたところ。研修を受けた事で、故郷での幼馴染からの扱いを、改めて客観視できたのだそう。幼い頃は確かにジーン君もマリーちゃんも友人だったけど、いつの間にかその関係は歪になっていき。気がついた時には、2人に軽んじられていても、笑って気づかないふりをしていた。ジーン君の憎悪や、マリーちゃんの蔑みから目を逸らしていたことに、改めて気づいたそうだ。
「俺、2人の事、応援したかったんですけど。随分と馬鹿にされていたんだなぁと思ったら、悔しくて」
お酒を飲みながら、静かにぽろぽろと泣くロック君。大事な友だちだと思って、淡い恋心を捨てて2人の事を祝福したのに。自分のお人好しさが、つくづく嫌になったのだとか。
「そうか。だがワシは、お前の人が好くて懐の深い所が気に入っておる。そういうお前の良い所を好む人間が、周りにいるということを忘れるな」
と、お祖父様に慰められ、故郷の鉱夫仲間や優しくしてくれた人たち、何より、ローラさんの事を想う事で、ロック君は立ち直れたようです。さすがお祖父様。渋格好良い。
それにしても、あのお人好しのロック君が開眼するなんて、そんなに凄い研修カリキュラムだったかしら。ごく普通の貴族用接客研修だったはずよね? 人の良し悪しまで見抜けるようになるの? ルエンさん監修だからかしら。私も一度、受けてみたいわぁ。
色々と思う事はあっただろうけど、ロック君はマリーちゃんのことを吹っ切ることが出来た様だ。今は新妻ローラさんに夢中。ローラさんは良い子だから、いくらでもバカップルになればいいと思うの。
「サラナ様も、アルト会長が早くお帰りにならないと、お寂しいですねぇ」
ぼんやりロック君、ローラさん夫妻の幸せを願っていたら、急に侍女さんたちからのキラーパスがきました。気を抜いていたから、ちょっと紅茶が変な場所に入りましたよ。ごほごほ。
「ルエン様には絶対、指摘するなって言われてたんですけどぉ。でもぉ、でもぉ。手を繋ぐの、イイですよねぇ!」
若い侍女さんが両手を頬に当てて、身をくねらせてそんな事を言うと。
「きゃー! 言っちゃったぁ! 私たち、我慢してたのにぃ。でも、よく言った!」
「いやー! 目撃するたびに、悲鳴を我慢してたのにぃ。でも。確かによく言った!」
なんて、凄い勢いで他の侍女さんたちも盛り上がる。あれ? 飲んでいるの紅茶ですよね? 皆さん隠れてお酒飲んでるのってくらい、盛り上がってますけど。ヤメテ。恥ずかしい。顔が熱いわ!
「最初はべムス商会からお帰りになった時ですよね! 馬車から降りる時にアルト会長と手を繋いでいらっしゃってぇ!」
「馬車から降りたら、パッと手を離して、エスコートに切り替えていらっしゃったけど。もうっ!初々しくって、脳裏に焼き付いちゃいましたぁ!」
「それからサラナ様がカルドン領からお帰りになった時! あの時のアルト会長、怖かったんですよー。ピリピリしてて、近づけない雰囲気で。でもサラナ様と手を繋いでいる時は、もう、可愛らしいぐらい照れていらっしゃって! あの怖いアルト会長と別人! 」
いやいやいやいや。物凄い勢いで目撃されているわ。皆さん、あんなにシュッとした顔でお仕事なさっていたのに、内心はこんなにキャーキャーしていたのかしら。
「いえ、あれはその。落ち込んでいる時に慰めるというか、そういう意味ではなくて」
恥ずかしくてしどろもどろに言い訳をしたら、ギュンッと侍女さんたちの視線がこちらに向いた。ひっ?
「サラナ様。恥ずかしいのは分かりますが、ご自分の気持ちを誤魔化してはいけませんわ。落ち込んでいる時に好きでもない人に手を握られても、慰めにはなりません」
「ハイ。スミマセン」
さっきのキャーキャーはどこへいったのか。出来る侍女さんたちの顔になって、諭されました。厳しい。
でも、侍女さんたちの言う通りだわ。確かに、好きでもない人に手を握られても、嬉しくもなんともないわね。
アルト会長の、あの大きくて温かくて、ペンだこのある少し固い手に触れてもらえるのが、私、好きなんだわ。
なんてことに気づいて、熱くなった顔を扇子で仰いでいたら、侍女さんたちがにやにやしていました。ヤメテ、ミナイデ。
「知っていますか、サラナ様。今、恋人たちの間で手を繋ぐのが流行っているんですよー」
「キャー! 私も彼と真似しちゃいました。付き合って長いんですけど。あれ、なんだか恥ずかしくなるんですよね。くすぐったいって言うか、甘酸っぱいって言うか」
屋敷内だけでなく、モリーグ村の若い恋人たちの間で爆速で広まっているようです。なんで?
「うふふふふ。こういう事は広まるのが早いんですよ」
なぁんて言っていたけど、広めている元凶は侍女さんたちじゃないのかしら? あ、皆、目を逸らした。やっぱり確信犯じゃない。
は、恥ずかしい。明日から、どんな顔してモリーグ村を歩けばいいのよ!
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