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102 シャール受難②

気付いたら結婚していたシャール会長。けっこう天然マイペースです。

ぐいぐいくる奥さんとは両想いですが、シャール本人は条件的に選ばれたと誤解しています。

「もうしわけない、アルト会長」


 ユリアとカティが名残惜し気に退出した後、シャールは気まずそうにアルトに詫びた。


「いえ……」


 アルトは苦笑する。面倒ではあるが、仕事の延長と思えばあるぐらいの()()はそれほど負担ではない。シャールまで一緒になって攻められないだけマシなほうだ。


「私もアルト会長に失礼なことをしてはいけないと諫めてはいるんだがねぇ。……聞く耳をもってくれなくて」


 シャールの末娘のカティにはまだ、婚約者がいない。今年18歳になるカティは、柔らかにカールした金髪と青い瞳の親の贔屓目なしでも美しい娘で、縁談が引きも切らない。しかし商家の末娘として生まれ、厳しい選定眼を持つカティは、生半な相手では納得しなかった。縁談の中には男爵家や子爵家からのものも混じっていたが、爵位だけで判断せずに相手の人となりや家の状況をしっかりと見極め、より良い条件の相手を探していた。そんなカティのお眼鏡に適ったのがアルトである。


 一方、シャールの妻ユリアも、カティの結婚相手には妥協しなかった。後継ぎである息子の妻も、長女の嫁ぎ先も、一切妥協せず最良の縁を整えたのがユリアだ。そのユリアも、カティの嫁ぎ先としてアルトを推し進めているのだ。


 最近、シャールは仕事が忙しく余り家に帰る時間がとれないのだが、かえって良かったと思っている。家に帰れば、ユリアとカティ2人掛かりでアルト攻略への協力を強いられるのだ。アルトの好みの女性を探れだとか、さりげなくカティとの仲を取りもてだとか。気がついたらいつの間にか妻と結婚していたような鈍感なシャールに、2人からの難題は到底こなせるものではないのだ。

 

 全く頼りにならないシャールに業を煮やし、連日のようにユリアとカティはキビリ―商会に訪れ、短い休憩時間でささやかな交流を持つようになったのだが。男女の関係に鈍感なシャールに分かるぐらい、アルトにその気はない。あのユリアを易々とあしらうぐらいだから、こういった縁談を避け慣れているのだろう。


 今のところ、ユリアは直接的にアルトにカティとの縁談を打診していない。アルトが全くカティとの縁談に乗り気でない事は分かっているのだ。直接打診などしたら、断られてそれで終わりである。アルトとカティの接点を多くすることで、アルトの気持ちがカティに傾くのを期待しつつ、もしも2人で出かける様な事があれば、それこそ凄い勢いで外堀を埋めてしまうつもりなのだ。

 シャールにはアルトには全くその気があるようにはみえないし、付け込む隙もないようにみえた。そんな相手に無理に迫って強引に結婚まで持ち込んでも、カティが幸せになるとは思えなかった。


「……万が一の可能性もあるから確認しますが。カティを娶るお気持ちはないかね?」


「お嬢様には私などより、もっと良い相手がいらっしゃるでしょう」


 いつもの調子でさらりとアルトにそう言われ、シャールはやっぱりなと思う。なぜなら。


「そうですよね。アルト会長には意中の人がいらっしゃるのに、割り込むなんて無理ですよねぇ」 


 ごほっと、息を呑みこみ損ねたのか、アルトが噎せた。いつものポーカーフェイスが崩れ、年相応の、青年らしい表情が現れる。


「な、何を……」


「いや。分かりますよ。あれほど優しい顔で手紙を読んでいらっしゃれば」


 何一つ敵わないと思っていたアルトの弱みを見つけた様な気がして、シャールはにんまりと笑う。とんとんと机の上の一つの手紙を指すと、アルトの顔が赤く染まった。

 定期的にドヤール領から届く沢山の手紙。多くは仕事の手紙だが、その中にやけに可愛らしい封筒が混じっているのだ。淡く柔らかな香水の匂いが薫るような、そんな封筒が。

 他の手紙などそれこそ本当に読んでいるのかと思う様なスピードで片付けるアルトが、その手紙だけはじっくりと読み、何度も読み返し、懐に大事にしまっている。手紙を手にしている時のアルトは、こっちが恥ずかしくなるぐらい、分かりやすい顔をしている。


 気づいたら妻と結婚していたようなシャールだが、婚約期間中、ユリアと共にいる時はこんな緩んだ顔をしていたなと思い出す。強引な妻に押し切られたような形だったが、シャールは間違いなくユリアに惚れていたのだ。


 可愛らしい手紙の主を、シャールは知っている。商人の間では密かに有名になっている人だからだ。彼女の産み出すモノは、莫大な利益をもたらす。多くの商人が彼女になんとか近づこうと躍起になっているが、アルト商会とドヤール家の守りを突破できずにいた。シャールはてっきり、アルトは商会の利益の為に彼女を守っているのだと思っていたのだが、それだけではないようだ。


「カティも、商人の妻としての条件は悪くないとは思いますが。アルト会長の想い人があの人では、とても太刀打ちはできない」


 シャールも、彼女から何度か手紙を受け取っている。それは主に丸石事業に関してだが、文面一つから彼女の有能さや心遣いが伝わるのだ。年齢はカティよりも下のまだ成人前だと聞いているが、まるで王宮の文官と文を交わしているような錯覚すら覚えたものだ。


「シャール会長。そのような事を、堂々と口にしないで頂きたい。些細な軽口でも、人の耳に入ってしまえば、大事になりかねない」


 自分の内心を暴かれたことより、彼女に万が一にも迷惑が掛かる方が問題だと言わんばかりに、アルトは厳しい口調でシャールを窘めた。

 

 おや、とシャールは不思議に思う。遣り手なアルトのことだから、とっくに彼女と想いを交わして、婚約も間近ぐらいだと思ったのに。

 身分差が問題なのだろうかとシャールは考えた。相手は陛下の覚えもめでたい子爵家の令嬢。しかも辺境伯家の、とくにあの伝説の『英雄』からは、唯一の孫娘として溺愛されていると噂。だがそれほど大事にされていなら、いくら仕事ができても令嬢を慕う男をドヤール家が近づけるとも思えない。アルトが男爵家の出身である事からも、少なくとも令嬢の相手として相応しいとドヤール家に認められているのではないか。


「アルト会長程の人なら、ご令嬢のお相手として問題ないのでは?」


 シャールは首を突っ込み過ぎていると自覚してはいたが、ついつい聞いてしまった。だが立て直したアルトは、素早くいつもの笑みで武装してしまった。


「シャール会長。そろそろ休憩は終わりにしましょうか」


 これ以上の干渉は無用だと、言外に示されてシャールは口を噤んだ。


 仕事を再開しても、シャールの思考はアルトとご令嬢の関係に飛んでしまっていた。

 アルトほど有能な男が、ご令嬢の家族からも認められていてるのにも関わらず、ご令嬢との仲を勧められずにいる。シャールの妻のように、外堀を全力で埋めてご令嬢を逃がさぬように囲い込んでしまう事も、彼なら容易いだろうに。

 だがアルトの性格を思えば、そんな手を取るとは思えなかった。彼ならご令嬢の気持ちを勝ち取るために正々堂々と真正面から申し込む様な気がする。


 それならば年齢が引っ掛かっているのだろうか。アルトはとっくに成人しているが、令嬢はまだ成人前。だが成人前だろうと婚約を結ぶのは貴族ではさほど珍しくはない。平民である商人でも、良い縁を求めて成人前から婚約をする事は多々ある。年齢はともかくこれほど内面が成熟したご令嬢なのだ。早々に縁を結んだところで何の問題はないだろう。 


「シャール会長……」


 アルトの言葉に、シャールはハッと我に返った。視線を向けると、アルトが呆れた顔をしていた。


「どうやら集中なさっていないようです。今日はこれぐらいで終わりますか?」


 チラリと向けられたアルトの視線を辿ると、机の上には書類が山積みになっている。いや、ここで終わったら、後で地獄を見るのはシャールである。


「いや、本当にもうしわけない……」


 仕事を手助けしてもらっている身で、何をしているのだとシャールは恥ずかしくなった。

 単に好奇心で聞いたわけではない。世話になったアルトに、なんとか幸せになって欲しいとアレコレ勝手に考えてしまったのだ。アルトにしてみたら、余計なお世話だろう。


 黙々と仕事を再開したシャールに、アルトは苦笑を浮かべる。


「さっさと片付けてしまいましょう。私も、早くドヤールに戻りたいですからね」


 その声に、アルトの隠し切れない本音が滲み出ている気がして。

 シャールはアルトを早くドヤールに帰すべく、より一層仕事に集中したのだった。


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9/2アース・スター ルナより発売決定
転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います③~


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― 新着の感想 ―
国で一二を争う商会の長を呼びつけて手伝わせておいて自分の家族が仕事の邪魔をするのを諌められないとか、大事な丸石事業を任せて大丈夫なのか不安になる。聞く耳持ってくれなくてじゃないんですよ…
サラナは一生遊んでくらせる財産築いて、恋愛も行動も財産管理の自由も認められているからな わざわざ、年の差あり結婚をする理由はないんだよな
アルト会長としてはサラナに恋愛感情を自覚してもらったうえで、自分を選んでほしいってところでしょうか 商売に関しては情に配慮しつつもシビアな人だけど、恋愛が絡むと奥手でロマンチストになりますね
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