10 陛下と王妃と王弟殿下
★追放聖女の勝ち上がりライフ 本日、書籍発売!★
発売を記念して、本日は2話更新します。
学園の長期休暇に入ってすぐ、国王陛下に呼び出され執務室に向かうと、そこには国王、王妃両陛下が待っていた。
「おー、トーリ。久しぶりだなぁ。学園から成績も優秀だと報告が届いていたぞ」
「トーリ様、お久しぶりです。また背が伸びられたのではありませんか?」
「兄上、義姉上、お久しぶりです」
温かな笑顔で迎えられ、自然と頬が綻んだ。年の離れた兄は、先王が亡くなって直ぐに即位して以来数年経つが、一国の王となるべく生まれたような立派な方だ。先頃、後継たる嫡男にも恵まれ、ますますその立場は盤石になりつつある。
年の離れた弟である自分には、まるで父の様に頼り甲斐があり、いずれは王弟として兄を支える日を思うと、喜びを感じる。
義理の姉の王妃も、幼い頃から兄の婚約者として接してきているので、血の繋がりはないが最早実の姉の様なものだ。その義姉から、揶揄う様な視線を向けられ、何だか嫌な予感がした。
「トーリ様。シュネッツカ侯爵家のご令嬢に冷たくしたんですって?侯爵夫人が夜会で大袈裟に騒いでいましたよ」
義姉の言葉に、嫌な予感が早速当たったとうんざりする。シュネッツカ侯爵家の令嬢は、確か学園に通う二つ下の令嬢だったか。
「学年も違うのに休み時間の度に私の教室に押しかけてきて、何だかんだと付き纏ってきたご令嬢ですね」
「お茶会でお会いしましたが、可愛らしい方ではありませんか。お気に召さなかったの?」
確かに、容姿は可愛らしくあったが。
「ご令嬢に、侯爵家の領地の特産である鉄鉱山についてお聞きしましたが、碌にお答え頂けませんでした。話の内容は流行のドレスや宝石、歌劇で人気の俳優。一体学園に何をしにいらっしゃっているのか」
呆れながらそう、シュネッツカ家のご令嬢を評すると、義姉上は眉を顰めた。
「あらまぁ。末っ子のご令嬢とはいえ、随分と甘やかされているのねぇ」
「……学園に通うご令嬢方の話題は皆、似たり寄ったりですよ。兄上や義姉上が通っていらっしゃった時より、随分と緩んでいる」
ユルク王国は祖父の時代から大きな戦もなく安定した治世を保っている。そのせいか、学園に通う子息、令嬢達も、気が緩んでいるというか、学生の間は自由が許されるという風潮が蔓延している。兄や義姉が通っていた頃は、国の政策や自領についてなど侃侃諤諤と議論を交わし、身分や学年を超えて学生達が切磋琢磨していたと聞いていたのに、ガッカリしたものだ。
国王を支える王弟として、厳しい勉強、鍛錬が当たり前だった自分にとって、他の学生達との落差は激しい。幸いにも、周りの側近達がある一定以上のレベルがあり、彼らとなら会話も苦にならない。他の者とは、くだらぬ話題ばかりだとしても、社交も必要であると理解しているので、我慢して通っている状態だった。
「お前なぁ。昔は良かったなどと、年寄りの台詞だぞ?他にお前の胸を撃ち抜く様な、麗しい令嬢は居ないのか?」
兄の呆れた様子に、俺はますます警戒を強めた。
「まさかこのお呼び出しは、また、見合いの話ではないでしょうね?」
まだ婚約者のいない俺の相手を、兄夫婦はなんとか見つけようと必死になっている。心配を掛けているとは思うが、遊びの事しか頭にない令嬢など、お断りだ。
「いやいや、違う。お前に視察に行って欲しいのだ。ほれ、お前も興味を持っていただろう?ドヤール領だ」
「ドヤール領…」
その言葉に、俺は熊みたいな年子の兄弟を思い出した。ヒュー・ドヤール、マーズ・ドヤールの辺境伯家の兄弟。実技は抜群に成績は良いのに、座学は苦手だったな。いや、今年に入ってから、座学の成績も急激に良くなっていたな。中の下当たりの順位をウロウロしていたのが、上の下辺りまで伸びていた。赤点を取る事も、補習を受ける事も無くなっている。次期辺境伯とそれを支える弟としては喜ばしい変化だ。
また、最近、ドヤール領では目を見張る様な研究、発明が相次いでいる。小麦の観測日誌から発見された小麦の病気とその対処法、気象の法則性。王宮の研究所からの要請で、日誌の解析に文官が派遣された。
日を置かずして、クズ魔石を使った魔道具が開発された。ドヤール家の兄弟が学生寮に持ち込み、大騒ぎになった品だ。魔石装置付き卓上ポットは簡単に湯が沸かせ、わざわざ食堂に出向かずともお茶が淹れられると、寮住まいの学生達に人気だ。温冷ファンも火のクズ魔石を使用すれば温かな風が流れ出す。お陰で大雪でも薪代を節約する事が出来ると、平民の学生達が喜んでいた。
「孤児院での羽毛布団の作成、新たな化粧品の開発など他にも目覚ましい成果を上げている。それらに全て、辺境伯の妹婿、ラカロ男爵が関わっている様だ」
「セルト・キンジェ・ラカロ男爵ですね」
先頃、前ドヤール辺境伯の養子となったラカロ男爵は、曰く付きの男だ。元は隣国のゴルダ王国の伯爵位にあったが、ラカロ男爵の娘が、子が成せぬ事が判明し、ゴルダ王国の第二王子との婚約が解消された。一人娘の婚約解消に失意の男爵は、ゴルダ王国での爵位を返上し、妻の兄であるドヤール辺境伯を頼って、一家で移住をして来た。元々、ゴルダ王国でも勤勉、実直な切れ者と評判だったが、ユルク王国に移住してから、その功績は目覚ましいものだ。
「ゴルダ王国の第二王子が、婚約を破棄し聖女と再婚約したのは驚いたが、ゴルダ王家も金の卵を産む鳥を、みすみす逃してしまった様だな。平民の王子妃を迎えたはいいが、教養も後ろ盾も足りず、派閥が割れて苦労しておるようだ」
国内の貴族や諸外国の貴賓への対応一つ、満足にこなせず、第二王子自身も不出来で、フォローが出来ない。ゴルダ王家の求心力はジリジリと下降線を辿っている様だ。
「我が国は儲けたな。知恵者を得たおかげで、今年の大雪に充分備える事が出来、領主達にも恩を売る事が出来た。悩みの種だったクズ魔石の集積場も、この調子なら次の夏までに今の集積量の4分の1は処理出来そうだ」
「それほどですか?」
魔物から出るクズ魔石は、ある一定量纏めて放置すると、魔力が漏れ出し土地を汚染する。使い道もなく、処理にも気を遣うクズ魔石は、人里離れた山などに作られた集積場に埋めていたが、そこもそろそろ一杯になりそうだった。それが、魔石装置の開発で急速に使用され、その量を減らしているのだ。
「単にクズ魔石を使って温める、冷やすという構造の装置だが、卓上ポットや温冷ファンだけでなく、汎用性が高い。アルト商会では、魔石装置を使った卓上の調理器具や、保冷機能付き食糧庫など、ドンドン開発されているぞ」
アルト商会。まだ商売を始めたばかりの、新参の商会だが、ドヤール家との契約後はメキメキと業績を伸ばしている。王都の本店の他に、ドヤール領内にも支店を構えたが、他の領からも支店を開いて欲しいと依頼が殺到していると聞く。
「ドヤール領。楽しみですね」
興味深い事が多い。そしてあの伝説の前辺境伯バッシュ・ドヤールと、騎士団長と互角に戦うとも聞く、現辺境伯ジーク・ドヤールに会えるのも楽しみだ。学園に通うドヤール兄弟も、同学年では抜きん出た強さを誇るが、その祖父と父の実力も、自分の目で確かめてみたい。
「陛下。ドヤール領の視察、お受けいたします」
俺は好奇心の躍る胸を抑えながら、兄に恭しく礼をした。
◇◇◇
「宜しいのですか、あなた。正しい情報を与えないで」
楽しそうに悪巧みをしている夫を睨め付けながらも、王妃の目は笑っている。
「良い。あやつの驚くのを想像するだけでも楽しい」
喉の奥で笑いながら、王は妻と視線を交わす。
「全く、あやつの女嫌いには困ったものよ。とっくに妃を決めなくてはならぬ年なのに、頭でっかちに育ちよって」
「陛下も昔はあんな感じでしたわ。他家の令嬢を厳しくやり込めるところは特にそっくり!あの頃私が、どれほど苦労してフォローしたか…」
自分の事を棚に上げた夫を、王妃は叱りつける。王は肩をすくめた。
「まあまあ。俺はお前という素晴らしき伴侶がいたから、態度を改める事が出来た。あやつには俺の時の様に、愛しく賢い女と出会って、目を覚まして欲しいのだ」
王の言葉に、長年連れ添っていても変わらぬ、初々しい照れを見せる妻を楽しみながら、王は手元にあった書類に目を通す。そこには、ラカロ男爵の娘、サラナ・キンジェ・ラカロの報告書があった。隣国での評判から婚約解消の経緯、ユルク王国へ移住してからの暮らしぶりが詳細に記してあった。
「読めば読むほど面白い。父親が上手く隠れ蓑になっておるが、サラナ嬢が本当の知恵者なのだろう」
利益契約は商業ギルドで厳密な調査が行われ、正式な利益者が登録される。親子であっても、代理で登録など出来ない仕組みだ。ドヤール領で最近利益登録された商品達は、すべてその名義はサラナになっていた。
「ドヤール領にいる文官の報告によると、サラナ嬢は貴族としての地位にも名誉にも興味がないらしい。これほどトーリの理想通りで、魅力的な令嬢に欠けらも興味を持たれなかったら、トーリはどう思うであろうな?」
「トーリ様は見目麗しく優秀な王弟ですよ?興味を持たぬ令嬢がおりますでしょうか?」
「分からんぞ。サラナ嬢は己の口を養うどころか、他の者も充分食わせる財を己一つの才覚で作り出したほどの才女だ。まだ13歳という若さでだ。身分も地位も興味なければ、トーリの様に女性に辛辣な態度をとる男は敬遠されるのではないか?」
「……トーリ様。本当はお優しい方なんですけどねぇ」
「ああも頑なだと、良からぬ噂が立ってしまう」
夜会では実しやかに、王弟の男色疑惑が広がっていた。常日頃から身分も高く見目麗しい側近達に囲まれており、側近達も主人である王弟の女嫌いを理解し、令嬢達を排除するので、余計に噂に拍車を掛けているようだ。
「こんな噂が浸透した後に、トーリに意中の相手でも出来てみろ。相手に誤解されて、逃げられたりでもしたら、目も当てられん」
無駄かもしれないが、トーリの好みそうな、優秀な女性に接する事で、せめて女性に対する嫌悪感だけでも薄められないかと命じたドヤール領視察だった。
それがこれほど劇的な効果を上げるなどと、この時は誰も予想していなかった。