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002/極度乾燥(しなさい)

~~~マルコの幼き日の回想~~~




「だからぁ、何でもないってば!」


暗闇の中。チャックを開ける音と共に光が入り込み、バッグを覗き込む幼き日のマルコの顔が映る。

※バッグの中からカメラで映しているイメージ。


キッチンに向かっているばあちゃんを尻目に、マルコがスクールバッグを机に起き中を覗いている。


「・・・・」


中にはボロボロに破れた教科書やゴミが入れられている。乱暴にバッグを閉じ、口をへの字に結ぶマルコ。彼の目に涙が溢れるが、彼はぐしゃぐしゃと腕で顔をこする。


「ばあちゃん……弁当におにぎり持たせるの、もうやめてよ。アメリカじゃ、みんなサンドウィッチ食べてるんだよ」


「味噌焼きおにぎり、大好きだったじゃないか」


「おにぎりなんか嫌いだ!!」


そう言って、マルコは乱暴に机を叩く。


「……サンドウィッチが好きなのかい?」


「……みんなが食べてるのは、サンドウィッチなんだよ」


「分かった……明日から、サンドウィッチを持たせてあげる」


だが、そう言いながらやってきたばあちゃんが持つ小さな皿には、焼きおにぎりが二つ乗っていた。


「……!」


「でもねマルコ。おにぎりを、嫌いならなくても良いんだよ。次からは……家で作ってあげる」


「………」


机に置かれた焼きおにぎりを見て、やがてマルコはこらえきれず大粒の涙を流し始める。


「うっ……うぅ………!」


ばあちゃんは優しそうな笑みを浮かべて、熱々の焼きおにぎりをテーブルに乗せると、そこに刷毛で醤油を塗る。オニギリの上で、醤油が心地の良い音を立てる。


『ジュウゥ・・・ッ』


「おにぎりはねぇ、日本のソウルフードさ」


「ねぇばあちゃん……日本ってサムライやニンジャがいるんでしょ?」


「………」


おばあちゃんは視界の端のテレビ台に立てかけた『007は二度死ぬ』や、『セーラー服と機関銃』『ブレードランナー』などのVHSを尻目に、ニヤリと笑って言う。


「あぁそうさ。悪者のヤクザもいて、正義のサムライが街の平和を守ってる。ばあちゃんもご先祖様がサムライだからね。若い頃はセーラー服着てオテンバして、街を救ったもんさ」


「ははっ、ばあちゃんすげぇ!! 俺、いつかニッポンに行ってみたい!」


「ふふ……そうね。いつかマルコと、日本に行こうね」――――



ーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー


「……ルコ………おい、マルコ!! 何ぼうっとしてる!!」


「! いや……」


『ジュウゥ・・・・ッ』




~~~~場面変化~~~~

あれから半年後。ニッポン

ヨーコとマルコは、ニッポンの焼き肉屋でヤクザファミリーの襲撃を受けているのである!


マルコがテーブルの()()しゃがみながら、イレズミだらけの男の頭を鷲掴みにして熱々の焼き網の上に押し付けている。


「ぎゃああぁぁ………ッ!!」


『ジュウゥ・・・・ッ』


「ちょっと昔を思い出して……」


「マルコ、後ろッ!!」


「オラアァァァッ!!」


その瞬間、別のイレズミの男が鉄パイプを振り上げ、隣のテーブルの座席を飛び越えて殴り込んでくる。


「おおっと!!」


マルコは相手の一撃をしゃがんで交わすと、刀を抜き払い向きをくるりと刃の無い裏側に変え――――


『ゴンッ!ゴンゴンゴンガンゴンッ! ゴンッッ!!』


ヤクザの後頭部に対して、刀をメタメタに叩き付ける。ブクブクと泡を吹いて昏倒するヤクザ。


「安心せい、峰打ちじゃ」


「マルコ……そういうのは峰打ちとは言わない」


茶碗片手に焼き肉ごはんをかきこみながら、マルコの横を走り抜けて店の出口に駆けてゆくヨーコ。


「うるせぇな、いっぺん言ってみたかったんだよ!」


ヨーコを追いかけて、自らも走ってゆくマルコ。そして、二人は扉を破り店の外に躍り出る――――






雑居ビル立ち並ぶ大通りに、錆びついた天然色の看板が立ち並ぶニッポンの街並み。

ヤクザファミリーの軍団に取り囲まれたマルコとヨーコを背景にして―――


掲題

「こちら側のどこからでも斬れますっ! 002/極度乾燥しなさい(スーパードゥラァイ)





≪次の角で待ち伏せが5人! 手前の小路を抜けましょう!≫


ヨーコが握ったガラケーから浮かび上がる立体映像のハナコの指示に従い、ヤクザ達から逃げるヨーコとマルコ。


「なぁヨーコ! お前言ったよな!? アメリカにいたらまた襲われる、だからニッポンで鍛えてやるって!」


「いかにも」


「追えー! 逃がすなッ! ブッ殺せェッ!!」


こっち(ニッポン)の方がメタクソ襲われるじゃねえか!!」


「うっ……ええいうるさい! 実戦こそ修行なりだ!」


≪ヨーコ様は昔、雷組のボス(クミチョー)を斬ったのです。それで雷組の残党から執拗に追われているんです≫


「!? お前のせいじゃねえか!! 何故そんな真似を!」


「雷組が()()()()()()利権を独占していたからだ」


「えっ? 異世界?」


≪あぁっ! ヨーコ様、それ国家機密ですよ!≫


「えっ? あっ……」


「え?」


「追え! 逃がすなァ!!」


ノラのロボット犬や、井戸端会議の舞妓達を華麗にかわしながら、薄暗い裏通りを疾走して大通りへと飛び出すヨーコとマルコ。


その大通りには巨大で真っ赤な“鳥居”がそびえ立っていた。

『ピシィ!』

二人はそこをくぐる際だけピシッと一時停止、45度の角度で一礼しながらそそくさと端を通る。


「あそこだ追え!! ぶっ殺せェッ!!」

「オオォォッ!!!」


威勢よく追いかけてゆくヤクザ達だが―――

『ピシピシピシィ!』

ヤクザ達も鳥居をくぐる時だけはピシッと一時停止、45度の角度で一礼しながらそそくさと端を通ってゆく。


やがてヨーコは大通りに面した店の『人口ヱ星』と書かれた看板に懸垂の要領でヒョイとよじ登ると、雑居ビルの屋上へ―――


「ハァ……口を滑らせた。ハナコ。連中を巻いて、話せそうな場所を」


≪もう、ヨーコ様ったら……近くにカラオケがあるので予約しておきました。ついでに公安経由で店の人払いも≫


「おい待て、どういうことだ?」


「いいかマルコお前は()()()()()でここに来たんだ」


「ホワット!?」




~~~~場面変化~~~~

雑居ビルのカラオケ店。自動ドアが開くと中の店員がカウンター越しに、にこやかに対応する。




「いらっしゃいませ! 当店は無料でコスプレサービスを……」


しかし、入ってきたのはサムライソードをやトゲトゲの鉄球を担いだヤクザの集団。


「ちょっと失礼するぜぇ!?」


「ひいぃぃ!?」




~~~~場面変化~~~~

『バァン!』

ヤクザが扉を勢いよく蹴破るが、中ではメイド服を来た少女が小さなステージで踊り、オタクの恰好の青年が一人でサイリウムを振って声援を送っている。


「すっきっだよっと! 言えずにぃ~~初恋(はぁ~つぅ~こい)はぁ~~♪」

「ファイヤーッ♪ サンダーッ♪ オォーッッハイハイッ!!」


「………ここも違うか」


ヤクザはやや引き気味に扉を閉じる。


「カラオケに入ったのは、確かに見たんですが……!」

「違ってたらハラキリだぞ」

「えぇっ……」


ヤクザ達が階段を登って消えた後、先ほどの部屋のドアを蹴り飛ばして出てくるオタク姿のマルコ。よほどコスプレが気に入らなかったのか、頭に巻いていたバンダナを床に叩きつける。


『ビターンッ』


「じゃあ何だ……ここ(ニッポン)は、俺にとって異世界だってのか!?」


メイド服のままのヨーコが、その後に続く。

※ヤクザの退場から、二人の登場、そのまま出口に向かって進む様子を、正面からワンカットで撮るイメージ。


「ナリタ・エアポートが異世界……厳密には並行世界を結ぶ転移装置だ。マルコの言う“日本”と“ニッポン”は、異なる世界線の同じ国なのだろう」


「ハイハイ並行世界(マルチバース)ね。オーライ、わかったよ」


「呑み込みが早いな」


「MCUシリーズのファンでね。それともう……色々“受け入れる”クセがついた」


「雷組のボス(クミチョー)、名をライデンハンゾウ。奴も戯画(ギガ)を持っていた」


戯画(ギガ)はそもそも空間転移―――異(並行)世界を含む別の空間へ物質を移したり、召喚したりする転移術なのです。神隠しを始め、式神を召喚する陰陽師など、伝承も残っています≫


「ほう」


≪それと……異世界()()も一例だけ≫


「転生だァ? もう何でもありだな」


「ハナコ!」


ヨーコがハナコをいさめると、ハナコは口を尖らせる。


「はぁい。別に、教えたっていいのに……」


「?」


「雷電自身は手で掴める無機物の転移しかできなかったが、ヤツはフロント企業のカネを使って力を増幅させ、人間の転移を可能にする転移装置(ナリタ・エアポート)を作り渡航の利権を独占していた」


「それで斬ったのかよ! オテンバが過ぎるぜ!」


「ふふ……どうしてもマルコのいるアメリカへ、行きたかったんだ」


「……?」


二人は話しながら外の階段を使って一階まで降りてくると、そのまま出口へ。


「おい……こいつら……!?」

「おい、ちょっと待……ほげぇッ!!」

『バキィッ!!』


そして出口を塞いでいたヤクザの下っ端を当たり前の様に打ちのめし、悠々と外に出てくるマルコとヨーコ。外には心配そうに見守る一般市民のサムライやゲイシャ達。


二人は10歩ほどの距離を歩くと、振り返りカラオケのビルを見据える。


「ハナコ、人払いは済んだか?」


≪従業員の離脱も確認。ビルの中には今、雷組のヤクザしかいません≫


「なぁヨーコ、こちら側のどこから(マジック)でも斬れます(・カット)戯画(ギガ)なんだろう? どこが転移なんだ?」


≪ヨーコ様のは転移術を極めた奥義です! 斬撃の延長線上だけを200mに渡り瞬間転移させ、物理的に断裂させる≫


「まぁ細かい事は私も良く分からん! バッとやってピュッだ!」


≪「・・・・」≫


「そろそろ、マルコもやってみるか?」


そう言って、ヨーコはマルコの腰の刀をあごでクイと指してみせる。


「!」


マルコはうなずくと、日本刀を眼前に掲げ逆手に構える。


≪呼吸は深く胆田を意識して。斬るのはあのビルじゃない、そのもっと奥―――地平線の彼方までを斬るように……≫


「マルコ考えるな。感じろ! パッとやってビュッ! パッとやってビュッだ!」


「くっ………ッオラァァッ!!!!」


マルコは勢いよく刀を抜き払い、刃は空を斬り裂き――――


「・・・・・・」


しかしそれ以上は何も起こらない。


≪オラァッ! ですって。プークスクス≫


顔を真っ赤にするマルコ。


「ハァ、まだまだ修行が足りないな」


ホーリーシット(くそったれ)! ヨーコとどう違うってんだ!?」


≪肩力み過ぎ、小手先気にし過ぎ、集中しな過ぎ≫


「それと……ちゃんと()()を叫ぶ事」


「技名……本当に必要か?」

「無論だ」


マルコとは対照的に、目をキラキラと輝かせ、刀を引き抜くヨーコ。


「くらえ――――こちら側の、どこ(マジック)からでも斬れます(カット)☆」


『キンッ――――ズッパァァァァンッ!!!』


ヨーコが放った斬撃は、カラオケのビルをど真ん中から、真っ二つに斬り裂いて見せる。


「ぎゃああああああぁぁ!!」


『ズズウゥゥ・・・・ン』


≪さっすがヨーコ様っ≫


「へへへ……どうだマルコ? 斬り捨てゴメンだ」


崩れ落ちるビルを背に、刀を収めながら、ヨーコはマルコに屈託のない笑みを浮かべるのだった―――






~~~~場面変化~~~~

「取り逃がした……だと?」


ニッポンのどこか。平庭式の枯山水庭園。

平らで広大な土地一面に白い砂が敷かれており、白砂にはホウキで表現された美しい文様が、波のうねりを繊細に表現している。


そんな枯山水庭園のド真ん中に、大きな座布団と、ひじ掛け。威厳を放つ一人の男が黒い着物と羽織をまとい、片膝を立てて座布団に座っている。


「…………」


砂の上に直接座布団を敷いているのだ。

目の前には先ほどのヤクザ達が全員、土下座をしている。男の顔は構図的に手前の鹿威し(日本庭園にある竹のヤツだ)が邪魔で、伺い知る事はできない。


「申し訳ありません組長。すべては私の責任です。ハラキリを……」


ヤクザの一人(先ほど『違ってたらハラキリだからな』と話していた男だ)が腹を切ろうと頭を上げ、短刀を取り出す―――


『ガッ!!』


だが男は立ち上がるとヤクザの首根っこを掴み、そのまま怪力で体ごと持ち上げてみせる。


「うっ……!!」

「ハラキリはヤクザの()()だ……貴様はどっちだ? 誉れるのか? 誉れないのか?」

「ほ……誉れ……ません」

「だよなぁ!? 誉れないよなぁ!? つまり……貴様はハラキリに値しない」


すると、首を掴まれたヤクザが白目を剥いてブクブク震え始めると、頬からプツプツと水分が出始め―――


『バッシャァッン!』


ヤクザの身体中から水分がほとばしり、彼は辺りを水浸しにしてガクガクと震えながら白目を剥いて倒れてしまう。周りのヤクザ達はその光景を見て戦慄する。


(あれが……体内の水分を一瞬で転移させ、脱水症状を引き起こす組長の戯画(ギガ)……極度乾燥しなさい(スーパードゥラァイ)……!!!)

「ソイツを片付けろ……次は俺が出る」

「はっ!!」


男が合図をすると、ヤクザ達は整列して左右4方向に分かれ、枯山水庭園からそれぞれ一列に退場してゆく。左右のそれぞれ最後の一人は大きなホウキを持っており、足跡で乱れた庭園の砂紋を懸命に修正しながら去ってゆく。


「待っていろヨーコ……ククク………フハハハハハ!!」


男の片目には刀傷があり、男はその傷を片手で押さえながら枯山水庭園の真ん中で高らかに笑う。

庭園の砂紋様が男を中心に、凶悪で禍々しい様相へと変わってゆく―――(その紋様は下っ端のヤクザが懸命にホウキで描いている)




~~~場面変化~~~

ヨーコとマルコの修行や日々の生活を1ページの見開きの中に収めてゆく。


どこかの高い山の上で、水を入れた壺を両手に持ち、空気イスのポーズで耐えるマルコとヨーコ。

マルコは汗だくで必至だが、ヨーコは澄ました表情。

家でうつぶせに倒れたマルコの背中に、ヨーコが裸足で乗って腰のマッサージをしているが、あまりの痛みに叫ぶマルコ。

屋台街に買い出しに行くヨーコとマルコ。巨大なザリガニとカエルを両手にはしゃぐマルコと、顔を手で覆って逃げるヨーコ。

その後街のサムライ達と仲良くなり、同じテーブル(街の真ん中にフリースペースの畳とちゃぶ台がある)でご飯を食べるマルコとヨーコ。マルコは豪快にザリガニにかぶりついている。

座禅を組みながら居眠りをし、ヨーコに竹刀でぶっ叩かれるマルコ。

山の頂上で、ヨーコと共に空手の型のポーズを取るマルコ。

ヨーコと共に、屋台でザリガニの乗ったラーメンを頬張るマルコ――――




~~~その日の夜~~~

武家屋敷の様な木造の日本家屋。日本庭園の様な景色広がる、広い縁側。障子、畳。

ヨーコ家にて小さなちゃぶ台の前で、楊枝を咥えてくつろぐマルコ。ヨーコは割烹着を着て炊事場に向かっている。


(異世界転移、か……ここはばあちゃんの住んでいた日本じゃないんだな……)


畳の上にあぐらをかきながら、周りを見渡すマルコ。

行灯、居間に飾られた真っ赤な甲冑と、二本の飾り刀。掛け軸には『酔生夢死』と達筆に描かれている。


(いや……でも、イメージ通りだが……?)


するとそこにヨーコがやってくる。手にはざらついた趣のある皿に乗せた、出来立ての焼きおにぎり。


「夜食だ」

「……!」


ヨーコは焼きおにぎりをちゃぶ台に乗せると、刷毛でしょうゆを塗る。


『ジュウウ……』


美味しそうな音と煙を立てるおにぎりを取り出すと、ヨーコは小さなお皿に盛り付けてそれをマルコに渡す。


「マルコが好きだと言っていた、味噌焼きおにぎりだ。ちゃんと“おばあちゃんの味”になってるか?」


そう言って、おにぎりを手渡すヨーコ。マルコは一口頬張り、その美味しさに驚いた表情を浮かべるが、強がるようにニヤリと笑って見せる。


「ま……まぁまぁかな。まだばあちゃんには遠いね」


「ははは! おかしいな~」


そう言って笑いながら、ヨーコはどこからともなく日本酒のトックリと、おちょこを取り出す。


「おいおい……そりゃサケか?」


「マルコが来て半年だ。今日は呑もうじゃないか」



~~~~~~~



提灯にフッと息を吹きかけ、火を消すヨーコ。代わりに小さなロウソクに火を灯し、薄暗い部屋の中にぼんやりとオレンジ色の光が揺らぎ始める。そしておちょこの一つをマルコに渡し、ヨーコは丁寧な所作で日本酒を注いでゆく。


「ふぅ、今日は何だか暑いなァ」


そう言って、ヨーコは“お姉さん座り”の形で脚を投げ出し畳に座る。割烹着から露わになる白く柔らかな脚。


「はい………乾杯っ」


橙色の薄明かりのせいか、おちょこを合わせるヨーコの頬が赤らんで見える。この雰囲気は―――


(コイツはとんだゼン・スピリッツ(禅の精神)だぜェ……!!!)


浮かれるマルコだったが、彼は冷静を装ってクールな表情を浮かべてみせる。


(いや待て……ヨーコはまだ少女だ……俺にロリコン趣味は無ェ……)


「フッ……ヒヨッコ(女子高生)がサケなんて呑んでいいのかよ?」


そう、基本的にヨーコはいつもセーラー服を着ているのだ。つまりヨーコは今も、割烹着の下はセーラー服なのである。


「誰が女子高生だと言った? 私は成人、これはコスプレ(正装)。ニッポンの文化だ」


「!?」

(ホーリーシット! 合法かァ……!!)


「なぁ……マルコ」


「ん~?」


「良かったら……聞かせてくれないか? マルコの、おばあちゃんのコト」


「オイオイ、そんな辛気臭ぇ話より、今は……」


笑い飛ばそうとするマルコだったが、目の前で自分を見つめるヨーコの真剣な眼差しに―――


「……知りたいんだ」


「………」


マルコは少し面食らってしまう。彼はため息をつくと、しかし懐かしそうな笑みを浮かべて話始める。


「ガキの頃……イジメられててよォ。内緒にしてた筈だったが……イジメられた日は、ばあちゃんいつも焼きオニギリを作ってくれて、俺が眠るまでベッドの横で自分の故郷の昔話をしてくれた」


「ふうん……」


「今考えれば、ありゃばあちゃんの作り話だ。けど、俺はそれを聞くのが大好きだった……」


~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~

~~~~~~~

~~~~~


「ねぇねぇばあちゃん、日本にはヤクザがいるんでしょ? やっぱり悪いヤツなの?」


「ふふ……サムライソードを振り回す大悪党さ! 日本とアメリカを繋ぐ成田空港(ナリタ・エアポート)を独り占めして、金ふんだくって大儲け! オンミョージの子孫で、日本を陰で操る諸悪の根源ときたもんさ!」


「つ、強そう……!」


「でも、ばあちゃんは強かったからね。若い頃は、随分と悪者を懲らしめてやったもんだ」


「すげぇや!! どんな感じで!?」


「……どんな感じ?………うーん……」


ばあちゃんは少し困ったように考えるそぶりをみせ、辺りを眺める。そしてテーブルに載った、1回分に個装されたケチャップのパッケージに目をやる。


「……!」


ケチャップのパッケージには切れ込みが無く“Magic Cut”の文字。


「……おばあちゃんはニンジャとサムライ、両方の修行を積んでオーギを体得したのさ。こうやってカタナを構えれば、どこからでも斬れる必殺剣!」


「かっ……かっけぇ~~!!」


~~~~~

~~~~~~~

~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~


「だが……そんな婆ちゃんは俺が10歳の時、ラリッた暴漢から俺をかばって刺され、病院で死んだ。ハハ……ばあちゃん刀を持ってりゃ、あんな奴イチコロだったのによ……」


~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~

~~~~~~~

~~~~~


「マルコの事……ずっと見守ってるからね……いつか……ニッポンヘ行ってね……」


「何言ってんだよ! きっと今に良くなるからさぁ、そしたら俺を……」


だが、ばあちゃんはマルコの言葉に応えることなく、腕が少年の頬を離れてベットに落ちる。


「ばあちゃん……? ばあちゃん……!!」


マルコは声を上げてポロポロと涙を流すが、やがてグシャグシャと目を擦り、ぐっと堪えるように口をへの字に結ぶ。そして力を失ったばあちゃんの手を、もう一度ぎゅっと握り直す。


「ばぁちゃん……俺、行くよ……いつか必ず……“ニッポン”へ行くから……!!」









☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆









「ぉぃ……おい、おいってば! アンタどうしたんだ? ぼうっとしちゃって」


(私は、死んでしまったのだろうか?それとも―――)

(顔を覗き込んでいる人がいる。マルコじゃない。マルコよりも大きくて、大人の――――)


「……え?」


――――サムライ?


「気づいたか?」


「あの……ここは?」


「ハハハ、『ここは?』だとさ。こやつ、伝説の()()ではないか?」


「ふん、()()などこの100年出ておらぬわ。して……お主、名前は?」


「えっと……洋子……です」


「ヨーコか。貴殿もその年でサムライなのは立派だが……もうすぐ夕方だ。ヤクザが出てくるぞ? 特に雷組はいとヤバき連中ぞ。早よ、家に帰れ」


「うむ、ヤバきヤバき。いとヤバき」


「……!?」


段々と晴れてくる視界。心配そうに自分を眺める、着物姿のサムライ達、ロボットの犬を連れた芸者。夕闇と共に、通りのネオンの看板が一つ、また一つと灯り、街の全容を照らし出してゆく―――


「ここは……!?」


洋子は思い出していた。マルコと一緒に寝る前に、共に空想を広げて創り出した世界。

段々とマルコの求めてくる“昔話”の要求が細かくなり、最後の方はワープロに設定まで書き溜めていた()()()()

書き溜めた設定では街の大通りの真ん中にはフリースペースの座敷とちゃぶ台があって――――洋子は今、ちょうどそこにいた。


サムライ、ヤクザ、ロボット犬をつれた芸者。輝くネオンの看板―――サイバーパンクな街並み。そしてこれらは全て、()()()()()()()物語なのだ。セーラー服を着て、刀を振り回し、街の平和を―――


「まさか……」


洋子は左手に刀を握っている事に気付き、その刀をゆっくりと鞘から引き抜く。眩く光る刀身が姿を現し、少女の見た目となった自分の姿がキラリと映る―――


「なぁ………成田空港はあるか? 行きたい場所があるんだ」


「成田って……よもやあの()()()か?……よもや異世界に行く気か? よせよせ! 雷組のシマぞ!?」


刀身に映った少女が、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「構わないさ……いつか……アメリカに、行ってみたいんだ」


~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~

~~~~~~~

~~~~~


ヨーコは頬杖をつき、嬉しそうにマルコの話す姿を見つめていた。その目にうっすらと涙を湛えて。


「ってな訳でよォ、そこからは生きる為にマフィアの世界(肥溜め)に……ってオイオイ、泣いてんのかァ!?」


「バカタレ……スンッ……泣いてない」


「………」


マルコは肩をすくめてサケをあおると、立ち上がる。


「ハァ、何だかサメちまった。ちょっと風に当たってくらぁ」


「あっ……おい、悪かったよ。つらい話をさせて……」


「構わねぇよ。大好きなばあちゃんの話……誰かに話せたのは初めてだったしな」


そう言って笑い飛ばし、引き戸の前に立つマルコ。だが―――


「!!!!」

『ズ・ズ・ズ・ズゥ・・・・』


その瞬間ヨーコは感じ取った。引き戸の向こうに猛る、総毛立つほど凶悪な殺気を。


「マルコ、待て!」


「え?」


マルコが振り返るのと、ヨーコがマルコの方へを走り出すのと、引き戸が真っ二つに斬り裂かれるのが、ほぼ同時だった――――


『ズバァァンッ!!』


引き戸が引き裂かれるが、間一髪でヨーコがマルコを庇って地面に倒れ込み避ける。ヨーコがマルコを押し倒した様な構図になってしまう。


「えっオイ……コイツは禅の精(ゼン・スピ)……」


「バカ! 敵襲だ!! 刀を持て!!」


その瞬間無数の矢が四方八方から家の中に飛び込んでくる。


『ドダダダダダッ!!』


「なっ……!?」


そして、それらの矢にはすべて、『爆』と書かれた札がぶら下がっており―――


「くっ……!! 外に出ろマルコ!!」


『ドカァァンッ!!!』


刀を掴み、爆発と共に外に転がり出るマルコとヨーコ。すると、辺りを100人程のヤクザの集団が取り囲んでいた。


「ほぉ……今ので殺せぬか……」


刀を持った大柄な男が、一歩ずつ前に出てくる。黒い着物と羽織をまとっている。


「不意打ちか……相変わらず、卑怯な奴だ……」


言葉を返しながら、ボロボロになった割烹着を脱ぎ捨てるヨーコ。不敵に笑う男の片目には刀傷があった。


「雷電………ハンゾウ……!!」


「ハンゾウ……コイツが雷組のボスか!?」


「腕は錆びておらぬようだが……ガキの子守をしながらではなぁ?」


「……!?」


『ポタ……ポタ……』


マルコがヨーコを見ると、彼女は腹の辺りを押さえている。セーラー服のお腹のあたりが、少しずつ赤く染まり始めていた。


「ヨーコ! お前……!!」


「……深くはない、戦えるさ……」


そしてヨーコはハンゾウの方を向いて刀を抜き払う。


「懲りぬ奴だハンゾウ……もう一度……斬り捨てる!!」




~~~~~場面変化~~~~~




―――思いっきり苦戦しているヨーコとマルコ。


「ハァハァ……峰打ちだオラァッ!!!」


刀身を逆向きにして、ヤクザの一人にフルスイングをかますマルコ。


『ゴイィィンッ!!』

「ぐはぁッ!!」

「囲めオラァッ!!」


しかし次々と現れるヤクザの数が多すぎて、ハンゾウと闘うヨーコの元に行くことが出来ない。


一方、ハンゾウと戦うヨーコも、腹の傷により思うように力を出せずにいた。


『ガキィンッ!!』


鍔迫り合いを経て距離を取り、日本刀を眼前に掲げ、逆手に構える。


「くらえ……こちら側ならどこから(マジック・カッ)でも―――」


だがその瞬間、ハンゾウは一気に距離を詰め、刀を繰り出したヨーコの一閃を受け止めてみせる。


「なっ……!??」


こちら側のどこか(マジック・)らでも斬れます(カット)……予め空間転移の穴を無数に作り、瞬間的に繋げて物理的に断裂させる戯画(ギガ)―――」


「……!!」


「だがお前の力は強力な分、調節が利かない。どこからでも斬れます(マジック・カット)とは聞こえが良いが……刀を鞘から出した瞬間は、自分も巻き込まれる為空間を繋げられない」


そして、ハンゾウは片手で握った刀でヨーコの刀を押さえつけ、反対の手で彼女の首を鷲掴みにする。


「くっ……!」


「だが私は違う……お前と違って()()でね……!!」


そして、ヨーコの額を汗が伝い始め―――


「あっ……!!」


極度乾燥しなさい(スーパードゥラァイ)!!」


その瞬間、ハンゾウはヨーコの体中の水分を()()()()させる。

『バッシャァァンッ!!』


「う……あ……!!」


ハンゾウが鷲掴みにしていたヨーコの首をパッと離すと、彼女はずぶ濡れスケスケの状態で力なく地面に倒れ込む。


そこに、多勢に無勢で傷を負ったマルコもヤクザ達に放り投げられ、ヨーコとマルコはヤクザ達に囲まれ、無数の刀を向けられてしまう。


「自己紹介が遅れたな……雷電ハンゾウだ」


「これはどうも……マルコだ。本日はファッキン・お日柄も良く……」


「待て……それは自己紹介ではない」


「……?」


すると、ハンゾウは刀を抜き払ってマルコの顔を鷲掴みにし、自らも刀身を掴みながらその切っ先をマルコの顔にあてがう。周りのヤクザが出てきて、マルコの四肢を押さえる。


「なっ……!?」


「自己ってのは、イマワの際で出るものさ……ちゃんと……自己を紹介しろよォ……!?」


そう言って、ハンゾウはマルコの顔面にゆっくりと刀を()()()()()()。刀身を握った自らの手も切れて血が滴り落ちるが、ハンゾウは狂気的な笑い声をあげる。


「あ゛っ……ぐあああああっっ……!!!」


「ククク……フハハハハ!! なるほど、ふむ……()()()()()()か」


「ぐっ……うぅ……」


顔面を斜めに刀で斬られ、地面に転がされるマルコ。ハンゾウを見る目が、少しずつ恐怖に染まってゆく。


「マ、マルコ……!」


ヨーコも必死に体を起こそうとするが、脱水症状の為うまく体に力が入らない。


「諸君、暴力は何も解決しない。話し合おうじゃないか。私は過去、そこの女に顔面を斬られ、あげく支配していたニッポンを追い出された」


「ナリタは国家機密のセキュリティだ……何故貴様が戻ってこれる……!?」


「戻ってこれないさ……“ナリタからは”な。アメリカという異世界国家へ逃れた私はせっせとカネを稼いだよ。そしてダラスにもう一度転移装置(エアポート)を作り、裏口から戻ってこれたというワケだ」


「……!」


「なぁマルコ……お前、アメリカでマフィアだったんだろう……? 今までに何人殺したか覚えているか?」


「……いちいち数えてる奴なんざ、素人(ファッキン・ビギナー)さ」


「同感だ」


そして、ハンゾウは腰に二本差した刀のうちの短い方、脇差を取り出してマルコの前に放る。


「……!?」


「今更一人増えても、どうという事ないだろう。ヨーコを殺せ。それでお前は助けてやる」


「……!!」

「………」


「どうした……お前達、まだ出会って半年ほどだろう? マフィアってのはそんなにアマちゃんなのか? それともお前は性根の腐ったロリコン野郎なのか?」


「………」


マルコは震える手で刀を掴むと、ゆっくりともう片方の手で鞘を握る。


「そうだよな………俺は泣く子も黙るマンガーノファミリーの切込み隊長だった……」


そう言って刀を抜くマルコ。刀身には自身の悲しそうな顔が写るが、マルコはそんな感情を振り払うように刀をヨーコに向けると、彼女を押し倒して馬乗りになり刀を振り上げる。


「悪く思うなよ、ヨーコ……」


「ハンゾウはクズだが……約束は守るヤツだ。私を殺せば……きっとお前は生きられる」


「……!? お前、状況分かってんのかよ……俺はお前を……!」


「マルコ……人を殺すのは、これで最後にしろ……きっと苦労してきたんだろう……無責任にお前を責める事はできない……でも……これで最後にするんだ……これからは……真っ当に生きろ……」


「何言って……」


「それから……寝る前には、ちゃんと歯を磨けよ。いつも歯を磨かず寝るだろう……虫歯になってしまう」


「ふざけてるのかよ! お前はこれから俺に……」


「あと自分が悪いと思ったら……ちゃんと『ゴメンなさい』だぞ……いつもそうやって、マルコは意地を張る……」


ヨーコの言葉に、段々と目に涙を浮かべていくマルコ。


「それから……人には優しくしろ……今まで悪い事をした分……多くの人を救え……」


マルコの刀を握る手がブルブルと震えている。


「それから……夏の暑い日でも、ちゃんとお腹に何かかける事……いつも夏に風邪を引いてたろ……えっと……それから……それから……」


「……ヨーコ……お前……」


「………うん?」


「お前……何て……顔してんだよ……!!」


ここで初めてヨーコの表情を描く。ヨーコは目に大粒の涙を浮かべていた。そしてこれからマルコに殺されるとは思えぬほど、安らかな笑みを浮かべて笑っていた。


「元気でな………マルコ」


そして、ヨーコはゆっくりと目を閉じる――――


『ガキィンッ!!』


するとハンゾウが、自分の長刀を抜き、マルコの振り上げていた刀を叩き落とす。


「……!?」


「場がシラケた………止めだ。その男をナリタに連れていけ……アメリカに“強制送還”だ」


「なっ……!?おい、止めろ……!!」


「本当だな、ハンゾウ……マルコを……殺すなよ……」


「その選択肢は()()()()()()なった。お前をどう殺すかに、思慮を巡らすとしよう」


「ふふ………それで良い」


マルコはヤクザ達に連れられ、シャコタンのセルシオに乗せられてしまう。


「ヨーコ……ヨーコ!!!」


そして、車はナリタへ向けて走り出していく。マルコ後部座席から振り返りながら遠ざかってゆくヨーコに向かって叫ぶ。だが車窓からわずかに見えたヨーコはまるでホッとしたかのように、眉をハの字にして笑みを浮かべていた――――


「さようなら………私の……可愛い坊や」







後編に続く!!


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