001/こちら側のどこからでも斬れます
アメリカのどこか。薄暗い病院の一室。
日本人の年老いた女性が、目を閉じて苦しそうに呼吸をにしている。その脇で、涙を流して彼女の手を握る碧眼の少年。
「ごめんねマルコ……強く生きるんだよ……」
「いやだよばあちゃん……一人にしないでよ! 俺をニッポンに連れてってくれるんだろ……?」
「一度でいいから……マルコに、日本を見せたかったな……」
「そうだよばあちゃん……! ニッポンにはサムライや、ニンジャがいるんだろ?」
「ふふ……大体そんな感じさ」
「着物を着たゲイシャさんが、ロボットの犬を連れてるんだろ?」
「あぁ……大体そんな感じだよ」
彼女は息を切らしながらも笑って頷き、マルコの頬を伝う涙を拭ってやる。
「マルコの事……ずっと見守ってるからね……いつか……ニッポンヘ行ってね……」
「何言ってんだよ! きっと今に良くなるからさぁ、そしたら俺を……」
だが、女性は少年の言葉に応えることなく、彼女の腕が少年の頬を離れてベットに落ちる。
「ばあちゃん……? ばあちゃん……!!」
少年は声を上げてポロポロと涙を流すが、やがてグシャグシャと目を擦り、ぐっと堪えるように口をへの字に結ぶ。そして力を失った女性の手をもう一度ぎゅっと握り直す。
「ばぁちゃん……俺、行くよ……いつか必ず……“ニッポン”へ行くから……!!」
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「……マルコ……おい、マルコ! 何、ボーっとしてんだ?」
「……! いや……」
~~~場面変化~~~
顔をあげるマルコ。冒頭から20年の時が経過しており、彼は精悍な顔つきの青年へと成長している。短髪の銀髪、無精ひげ。右の側頭部には銃弾が掠めた痕が剃り込みの様に残っている。
ここはネオン輝くラスベガスのカジノ、天高くそびえるプラザホテル。
最上階付近のVIPルームに高級なウール地のスーツに袖を通した10人程の屈強な連中が、大きなルーレットの台を囲むように少し離れて等間隔に立ち、前で手を組んでいる。各人の手には各々異なる銃が握られており、その一人がマルコだった。
「ガキの頃を……思い出してた」
「ハハッ! 泣く子も黙るマンガーノ・ファミリーの幹部サマに“ガキの頃”なんてあったのかァ?」
マルコは苦笑しながらジッポ・ライターを弾き、葉巻に火を点け――
「いつかさ……日本に、行ってみたかったんだ」
葉巻を燻らせ、マルコはため息交じりの紫煙を吐き出す。。。
掲題
『こちら側のどこからでも斬れますっ!!
~サムライガールは斬り捨てゴメン☆~』
「それにしても、マフィアが護衛任務とはなァ? これじゃ警察官だぜ」
ルーレットの台を囲んで対面に立つ、蝶ネクタイを外してスーツを着崩した男がマルコと話している。手には小ぶりなショットガンが大事そうに握られている。
「マフィアが毎日ドンパチするとでも? 映画の見すぎだ、フェラーリ」
マルコはそう言ってまた紫煙を吐く。やる気のない表情ながら、これまでにいくつもの修羅場を潜ってた事が感じて取れる。
「この間連れていた新米は来ないのか?」
「……“居なくなった”」
「ハハッ! 殺されたか、或いはてめぇが……」
「辞めたんだよ。ご丁寧に鬱病の診断書とセットだ。ITベンチャーを立ち上げキャピタルゲインを狙うそうだ。『マフィアじゃ食えない』だと」
「ウツ病のパソコン野郎なんかぶっ殺しちまえよ。お前は甘すぎる」
「……タマ代で20セント」
「……?」
「撃ったグロッグの処分で499ドル、特殊清掃、仏の処分に800ドル……業者に負けさせても650だ。その他諸経費合わせて1500ドル掛かる」
「………」
「ぶっ殺せば終わりのお前と違って、俺は管理職だ。殺すのにも経費がかかる」
「世も末だな」
「デスクワークと原価交渉、賄賂に談合新人育成。で、今日はスポンサー様への接待だ。マフィアがこんな下らねぇ仕事とは思わなかったな」
そう言って、マルコはそう言ってまた紫煙を吐き出しながら、眠そうな目をこする。
「スポンサー? 今日の護衛対象が?」
「……サンダース上院議員。次期大統領選候補だ。マイノリティーのアジア系で顔にキズ。昨今の“多様性”にウケるキャラとテキサスでの演説動画がバズり、再生数が700万を超えた」
「お前見たか? その動画」
「政治に興味は無い。聞いたのは、ヤツの裏の顔が一晩で7000万スっちまう馬ヅラのバカって事だ。アッチもな」
「……そんなヤツが何故SPも付けない。何故オレ達なんだ」
「理由は三つ。一つ目はファミリーに金を落とす事。代わりに選挙は俺達の出番だ。二つ目はここのルーレットが賭金上限無しのウルトラ違法レートで、正規の護衛依頼ができない事」
「マルコ、アンタは襲撃があると思うか?」
マルコはつまらなそうな表情を変えず、葉巻をくゆらせ紫煙を吐き出す。
「ベガスのセキュリティ予算がいくらだと思ってる? バカみてぇに突っ立ってりゃ、今日の任務は終わりだ」
「突っ立てりゃ終わりの任務に、俺達のような選りすぐりを?」
「……アンタがいりゃあ問題無いよ“ショットガン・フェラーリ”。ムスコみてぇに大事に握りしめてるおニューの銃はUTS-15か?」
「15連射可能なショットガンさ。T-1000だってぶっ飛ばせる」
そう言って、フェラーリは手にした銃を得意げに構えてみせる。
「排莢不良を起こすクズ鉄だろ?」
肩をすくめ“やれやれ”と言った仕草をするフェラーリ。
「お勉強と実戦は別だろ? 銃も、オンナもだ、マルコ」
「吠えた所で、所詮俺達は掃き溜めの犬だ」
「ノラ犬みてぇに言うんじゃねぇ、俺達は立派なお家のファッキン・ピットブルだぜ?」
「鎖で繋がれた、な。今日のメンツだって全員マンガーノファミリーか、その傘下のヒットマンだろう」
「なぁ、それなんだがよォ……」
「?」
「じゃあ……あの女はどこのファミリーなんだ……?」
「……?」
「えっと……確か映画だと、こうだったような……あれ……?」
「……!?」
そこにはセーラー服に紺ソックス、ピンクのハイカットスニーカーの少女が、右手にグロッグを、左手に9㎜弾を持ち頭を捻っている。頭の上に浮かんだ『?』マークが見えてきそうだ。
「えっ?? いや、ちょ………さぁ……??」
艶の黒髪を切りそろえたボブヘアーに、大きな瞳。プックリとした薄ピンクの唇。布の袋に入れた細長い何かを背負っている。160㎝を切るであろう彼女のキャラクターは、屈強な男ばかりのこの空間でかなり浮いていた。
(日本人か? いつからあそこに? というか、グロッグの装弾が分からない……?)
「おい、アバズレの米ツブ女! 一晩いくらだ? ハハハ!」
フェラーリはニヤニヤしながら差別用語を連発する。
「あっ……ええと……」
「ハハハッ! おいマルコ、あの女なんか言ってらァ。おい、一晩いくらか聞いてんだよ!聞こえてんのかボンクラ!」
「・・・・」
言い返せずうつむき、肩を震わせている少女。英語が苦手なのだろうか。
「……フェラーリさんよォ」
マルコはため息をつくと、銃を引き抜き―――
「あぁ? なんだよマル……」
振り向いたフェラーリに、目にも止まらぬ早業で銃を突き付けるマルコ。
『ジャキッ!』
「二度と彼女に汚い言葉を向けるなッ! ナチの手先のおフェ○ブタがッ!」
(は……速ぇ!!)
フェラーリはまともに反応できず、一方的に銃を突き付けられてしまう。
「なっ……なんでお前が怒って……」
「死んだ俺の祖母は日本人だ! このウマのケツの穴野郎が!!」
「わっ……分かった。悪かったよ兄弟」
マルコは一瞥しながら銃を下ろすと、吸い終わった葉巻をシルバーのシガートレイにしまい少女の方へと歩いてゆく。
「あっ……!ええと……」
少女は目に涙を溜めながら、マルコの事を見上げる。少し空いた口が、マヌケなリスの様な小動物を思わせる。
「……俺は日本語が話セル。もう大丈夫ダ」
「あっあの………マ、マルコか……?」
「……名乗った記憶は無いが?」
「いやっ………先ほどの会話を聞いてて……その、ありがとう」
「……気にするな。アンタ日本人か?」
「いや……私はニッポン人だ」
「……? つまり日本人だろう?」
「日本ではない、ニッポン人なのだ」
「……??? まぁいい、困りごとカ?」
「弾の込め方が分からなくて……これ、前から込めるのか??」
(火縄銃かよ……)
マルコはグロッグを受け取ると、マガジンを取り出し弾を装填してやる。
「おぉっありがとう! えっと……私の名前は、ヨーコと言うんだ」
「ヨーコか……良い名だ。死んだ俺の祖母もヨーコだった」
「今後とも、宜しくお願いします」
そう言ってヨーコは深々と一礼する。
「なぁヨーコ……ここはアメリカだぜ?」
「……?」
そう言って、マルコは手を出して見せる。アメリカ式挨拶のキホンは、握手なのだ。
「……!」
ヨーコも気付いて微笑んで手を出し、二人はガッチリと握手を交わす。
「マルコだ。宜しくなヨーコ」
軽く笑みを交わし、持ち場へと戻ってくるマルコ。
「なぁ、マルコ……」
「何だフェラーリ……まだ文句があるのか?」
「そ、そうじゃねぇよ……さっきの続きさ。マフィアを護衛に使う三つの理由、あと一つは何だ?」
「あぁ……普段は襲う側の、俺達の経験則さ。相手の動きの予想がつく。まぁ俺の読みじゃ『相手は諦めてクソして寝る』だがな」
「じゃあ……敵が目玉を抉ってケツにブチ込みたい程、マジで議員サマを殺したかったら?」
「そうだな……」
マルコは少し考えた後、ネオン煌めくベガスの夜景を窓から見降ろしながら呟く。
「窓越しに軍用ヘリからガトリングをぶっ放して、完全武装の特殊部隊をぶち込む、かな」
そう言って、ニヤリと笑ってみせるマルコ。
「ハハハッ!! お前は相変わらずサイコーだぜ、マルコ!」
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滅茶苦茶に壊れた室内。散乱するガラス片。弾痕だらけの壁。
横倒しのルーレット台に身を隠すマルコとヨーコを除き、屈強なマフィア達は皆無残な姿で倒れている。砕けた窓ガラスの向こうで強烈なライトを向けた軍用ヘリがガトリングを撃ちまくり、室内では完全装備の特殊部隊が10人程で隊列を組み、アサルトライフルを乱射している。
『ドダダダッ!!―――――ダダダダ――――ッ!!』
「クソッタレ……クソッタレが!!サンダース議員なんか来やしねぇ……俺達はハメられた……!!」
『ドガガガガガァーーーッ!!』
「全員グルだったんだ……! でなきゃ、あんな完全武装の連中がベガスのセキュリティーをくぐれる筈がない!」
ルーレット台の陰に隠れたマルコとヨーコが頭を抱えて必死にヘリの弾幕をやり過ごす。集まった他のマフィア達は既に全員がやられたようだ。
ヨーコはルーレット台の陰からグロッグを構えるが、特殊部隊の弾幕を前に、一瞬でグロッグを射抜かれてしまう。
「むむ……やはり銃は難しいな……」
「くそ! どうすりゃいい……!!」
「ナンとかフェラーリさんはどうだ? 散弾銃を弾幕に退路を……」
「特殊部隊サマに撃たれておっ死んだよ!! ご自慢のUTS-15が弾詰まりしてな!!」
その間にも、正面からアサルトライフルを撃ち鳴らして、ジリジリと間合いを詰めてくる特殊部隊。全員が防弾・防刃のボディーアーマーとフルフェイスのヘルメットに身を包み、一分の隙も無い。
「クソッタレ………日本ヘ……行ってみたかったなァ……」
マルコはそう呟き力なく座り込むと、乾いた笑みを浮かべて天を仰ぐ。だが、その時だった。
「マルコ、ニッポンに行きたいのか?」
「は?……あぁ、そうだよ。その前に蜂の巣だろうがな!」
「私は……マルコにニッポンに来て欲しい。ニッポンに来てくれ!」
ヨーコは目を輝かせながら言うが、その間にも無数の弾丸がマルコ達の頭上を掠めてゆく。
『ドダダダァーー!!』
『チュインチュインーーッ』
「お前何言ってんだ!? そんなのは、このクソッタレな状況をどうにかしてから言え!」
「じゃあ、どうにかなったら良いんだな?」
「……!?」
ヨーコはそう言って背中に背負っていた長い布の紐を解くと、中から日本刀が現れる。
「日本刀……!?」
ヨーコは前傾姿勢を取り、日本刀を前に向けて目を閉じる。
「待て……何をするつもりだ! 相手は特殊部隊に、軍用ヘリだぞッ!? そんなものでは……」
「大丈夫だ」
だが、ヨーコは落ち着いた様子で脚を広げて腰を落として構えを取ると、逆手向きに刀を持ち右手を添える――――
「この向きなら……」
そして、刀の鍔を親指で弾く。僅かに覗いた白銀の刀身がキラリと光り―――
「……こちら側のどこからでも斬れます」
キンッ―――――――ズッッッッパアアアァァァァーーーーン!!!!!!!
その瞬間ヨーコの放った目にも止まらぬ斬撃が、ボディーアーマーに身を包んだ特殊部隊を、バリケード代わりのルーレット台を、その先で浮遊する鋼鉄の軍用ヘリを、ついでにカジノビルの支柱までを、横一文字に斬り裂いた。
『ドカァァン!!』
そしてハリウッド映画ばりに、派手に爆発するヘリコプター。ヨーコは鮮やかな手さばきで日本刀を一振りすると、美しい所作で刀を鞘に納める。
『キンッ』
「……斬り捨てゴメン」
「ホーリーシット!!! どーなってんだ!?? アンタ戦いの女神か……!?」
「“まるで戯れ、画空事の様な神通力”――――ニッポン人はこの力を戯画と呼ぶ」
「ギ……ギガ……!?」
「それより……約束だぞマルコ。ニッポンに行こう」
「あっ……」
「じきに警察が来る。捕まると面倒だろう? それに、マルコはきっとまた狙われるぞ。そんなひ弱で大丈夫なのか?」
「なっ……ぐっ……!」
「ニッポンに来いマルコ。私が鍛えてやる」
そう言いながら、ヨーコは刀を包んでいた布を広げる。布は意外と大きく、彼女は布の端をムササビの様に両足に巻き付ける。
「こうすると飛べる」
(ニンジャ……!? ニンジャだ!! ヨーコはサムライでニンジャなのか!!)
「不慣れなこっちで優しくしてくれたのはお前だけだ。ニッポン人は義理を尽くす。それに……」
「それに?」
「今回の襲撃、恐らくニッポンのヤクザ“雷組”が絡んでいる」
「……!!」
マルコは、病床での祖母と交わした最後の会話を思い出していた―――
「なぁヨーコ……ニッポンってさ、本当に今でもニンジャやサムライがいるのか?」
「あぁ、大体そんな感じだ」
「ハハ……じゃあイカした髪型のゲイシャガールが街を歩いていて、ロボット犬も連れてるんだろうな」
「あぁ、大体そんな感じだ」
「……!? じゃあ……じゃあ、全身タトゥーのヤクザキングが、サムライソードで弾丸を斬ったりも……!?」
「あぁ、大体そんな感じだぞ」
「……!??」
マルコはヨーコの目を見つめる。彼女の嘘偽りなき、その澄んだ瞳を。
「ハハ……コイツはファッキン・アメージングだぜ……!」
マルコはニヤリと笑う。腹を決めた男の顔だった。
「決めたぜヨーコ……俺を……ニッポンヘ連れてってくれ!!」
ヨーコもニッコリと笑って頷く。
「うむっ! では、早速!」
その瞬間、ヨーコはマルコを抱きかかえると―――
「えっちょっ!? 待て待て待っ―――」
『ダンッ!!』
プラザホテルの最上階、ガラスの割れた窓辺から外へと勢いよく飛び出した。
「|ホーリィィィシィッットッ!!!」
華麗に空を飛ぶ二人が満月を横切り、シルエットが浮かび上がる―――
~~~場面変化~~~
12時間後。普通の飛行機から連結路を抜けて降りてくるヨーコとマルコ。
「いや結局飛行機なのかよッ!?」
「?? 当然だろう。あのままニッポンまで行くと思ったか? 映画やアニメじゃあるまいし」
「あっいや……」
(それもそうか……そもそも日本は世界3位の先進国………社会通念上の常識はアメリカとそう変わらない筈。もしてかしてニンジャやサムライと言っても、あくまで一部の観光産業的な……)
「ここが成田空港だ」
「あぁ、これがナリタ……………ホワット!??」
『ゴオオォオォォ・・・・』
50mほどの巨大で真っ赤な鳥居。これを先頭に、奥に行くほど少しずつ小さくなってゆく真っ赤な鳥居が遠くまで無数に続いている。床には畳が敷き詰められており、鳥居の両脇には竹林が茂っている。気のせいだろうか。鳥居の周りには青白いオーラの様なものが漂っている様に見える。
「えっ……空港……えっ?? なんか、青白い光が見えるが……? 『ゴォォ・・・』って言ってるし」
「ヤオヨロズの神々の通り道です。通る際は一礼の後脇を歩く事。靴も脱ぐのだぞ? 誤って着物を脱がないように」
鳥居の柱には達筆過ぎて識別不能な封印札がベタベタと貼られているが、一枚だけキレイな貼り紙があり、ゴシック体で「ここではきものをぬいでください」と書かれている。
(なるほど……“ZEN spirit”ってヤツか!)
マルコはぎこちない仕草で一礼して、靴を脱いで鳥居を抜けてゆく。段々と光に包まれ、コマが白くなってゆく―――
「……ここが……ニッポン……!」
鳥居から出てくると、そこはいきなり、車の行き交う都会の夜の大通り。
高層ビルのてっぺんには真っ赤な“瓦屋根”が乗っかっており、その上をピョンピョンと飛び越えてゆくニンジャの集団。ロボット犬を連れたゲイシャガールや、スマホで電話をする刀を差したサムライ達が街を闊歩している。
そして、両脇のビルから大通りへと突き出した、無数のカラフルなネオンの看板。
巨大な立体映像が中空に映し出され、着物姿のゲイシャが滋養強壮剤の宣伝をしている。
『ピルル~ピリリルル~♪』
16和音の着信音が鳴り響き、ヨーコはキラキラのラインストーンが付いたケータイを取り出す。二つ折タイプのガラケーで、キノコのキャラクターのストラップが沢山ついている。
「あぁすまん、ハナコから電話だ」
(二つ折りのケータイ……!?)
しかし、ヨーコが電話を開くと、小さな画面から立体映像のメイドが浮かび上がる。
『ヴ・・・ン』
≪お帰りなさいませヨーコ様。 そちらが例のマルコさん?≫
「なっ……!!? 何だこれ!? サムスンか? わかった、ノキアだな!?」
「ただいまハナコ。アメリカから連れてきたんだ。マルコ、彼女に挨拶を」
「あ……こ、コンニチワ」
≪国家警察公安7課所属、特務主任のニッポン・ハナコです。ニッポン政府所属のAIアプリで、ヨーコ様の護衛と監視、免許の更新など生活サポートも承っております≫
「護衛と監視……!?」
≪ヨーコ様はニッポン最大の犯罪組織、雷組からニッポンを救った英雄ですから。詳しくは第二話で≫
「第二話……!?」
≪よろしくお願いします。マルコ様≫
そう言って、携帯から浮かび上がった立体映像のハナコは、長いメイド服のスカートを持ち上げて頭を下げる。
「肩書の割に、ポップな格好じゃねぇか」
「いや……わ……私だって、好きでこんな格好してる訳じゃないんですからねっ!」
腰に手を当てて、怒ったそぶりを見せるハナコ。
「ハナコのアバターはカスタマイズできるんでな。恰好や話し方をいじった。初めはえらくカタブツでねぇ」
そう言って、ハナコに笑いかけるヨーコ。
≪もうっ! 元に戻してくださいよ、ヨーコ様ぁっ!≫
「今度新しいスキンを買ってやる。もうすぐ帰るから、家のエアコンを入れておいてくれ」
≪はぁ……人使いが荒いんだから。失礼しまーす≫
そう言って“よっこいしょ”という素振りで画面に引っ込んでゆくハナコ。
ヨーコは携帯を閉じると、マルコの方を振り返り嬉しそうに笑いかける。
「さて……改めまして、ようこそマルコ」
そしてヨーコは派手なニッポンの街並みを背に、嬉しそうに両手を広げてみせる。
「不思議の国ニッポンヘ!」
「……ハハッ! こいつは楽しくなりそうだぜ……!!」
第二話へ続く!