勉強を始めます。①
異世界のエリカになって1ヶ月が経った。
何とかこの生活にも慣れてきたが、未だに美味しくない食事には慣れない。
食事の度に「こんなところ出て行ってやる!」と叫びたい気持ちで一杯になる。しかし冷静に考えるとこんな子供の体で神殿出を試みても結局自分を守る術がないので、どこかで野垂れ死ぬだろう。力なき子供はこんなところでもすがるしかない。
約一か月前、聖女見習いエリカになって3日目の朝、初めての治療でうまく聖力も使えて調子に乗った私は早く仕事を終わらせた。深く考えもせず、行動した私のせいで神殿は大騒ぎになったそうだ。
確かに一日2人ほどしか治療のできない聖女見習いがいきなり34人も治療したとなると、大事だよね。
当時、私を巡って会議も行われたらしいが、誰も会議内容を教えてくれないので、詳細については何も分からない。ただ会議の後も特に何の指示もなく今まで通りの生活をしていいみたいだった。
現在有り余る聖力を気にせず、存分に使っているのだが…。
3区域の治療は早くて良いと噂になったらしく、毎回治療人数が増え始めた。昨日の治療室の前には約100人が並んでいた。さすがにこのまま増えていく人数を問題なく治療をしてしまったら、どこまでも患者が増えそうでやや怖い。
どのくらいの人数まで増えるかも治療できるかも正確な人数までは分からない。正直病気やらケガやらで大変な患者には申し訳ないが、一人一人治療していくのもややめんどくさいし、1日の治療人数がどんどん増えるのも正直困る。何の対価も貰えない現状では頑張って治療しようとする気持ちにもならない。やっぱり私は元エリカに比べ全然聖女の器の人間ではないと思う。
あぁー何か広範囲の治療方法とかないのかな?
10代頃に読んだファンタジー小説とかに聖女が広範囲で治療を行う場面とかあったような気がするけど…。小説はあくまでも小説ってことなのかしら?
この異世界も聖力とかあるわけだし、小説の中のような感じだけど…。ははは~
ちなみに会議後に生活自体はさほど変化は無いが、少しだけ待遇が変わった。
図書室の利用を許可してくれたってことだ。
元々のエリカの記憶では図書室には出入りできなかったようなので、これはラッキーだと思っている。
図書室を利用することで、エリカの記憶にない情報を集めたり、この世界に関することも調べることができるだろう。あわよくば、聖力の広範囲治療術に関する本を読めるかも知れないし、図書室に行けるのは楽しみだ。
貴族でさえ、担保になるものかお金を預けないと入ることすら許されない図書室に入ることが許可されたのは、異例的な特別待遇であるとエヴァーに聞いた。
ただ図書室で何の本を読んだか、何を調べたかなどの内容をまとめて報告することになっている。まだ7歳だし読書感想文的なものを書いて渡せばいいだろうが、相当面倒だとは思う。前世の私ならこんな面倒なことは全て部下にやらせていただろう。
やっぱり色々やってくれる部下がほしいな…。
あ、忘れていたが、嫌な変化が一つあった。
それは普段の生活の中でも聖騎士2人が護衛することになったことだ。
護衛って聞こえはいいものの実際は監視である。聖騎士2人が交代で24時間見張っているので、普段の何気ない行動をするにも気になってしょうがない。
エヴァーは監視役では無いが、彼女が傍にいる時間まで含めると一人になれるのは部屋の中に居る時だけだ。
この偉大な聖力を持っていても神殿から出られないし、今や監視もされているので何もできない状況である。いつか掴めるかも知れない時期の為に今は猛勉強することにした!
この世界を理解し、聖力など必要な勉強は全て頑張ると決心した。
今日は初めて図書室に入るつもりで、只今この短足で頑張って歩いている。
不思議なことに図書室が神殿の真ん中の地下にあるとのことだ。
地下に図書室があると聞いて湿気とか大丈夫なのかと考えてしまったが、本が日焼けすることはないだろうからむしろいいのかな?
うっ…足が痛くなりそうだ。聖女見習いの部屋から神殿の中心の地下ってさすがに遠い。
ちなみに私の後ろにいる美形の男子は護衛聖騎士のルイだ。
見た目は10代にしか見えない子供だが、この世界では立派な大人であるとのこと。
聖女任命式も15歳だったわけだし、男女ともに15歳で成人ってことかしら…?
この世界の平均寿命って超絶短いのかな?…成人年齢低くないか?
色々分からないことだらけだが、もう大丈夫でしょう!
図書室で調べられるだろうからね。ふふふ~
「ルイさんはどうしますか?」
「僕はここで待っているよ。ちなみに今日から図書室に入ったら、借りた本と内容と自分に重ねて考えた内容をまとめて報告書を書くのを忘れずにね。その報告書持って行かないと僕が怒られるの~」
「監視役なのにいいのですか?私が嘘の内容をまとめるかも知れませんよ。」
「別にいいよ。僕はエリカを監視役ではあるけど、それはエリカがどっかに攫われたり、何かのトラブルに巻き込まれたりするのを阻止する役だし、それ以上のお仕事はお断りだ。ルーベルさんはそこも含めて仕事するタイプだから図書室までついて入ると思うけどな~」
ルーベルとはもう一人の護衛騎士の名である。
初対面の時から思っていたが、ルイさんはは軽い感じで、ルーベルさんは真面目な感じがした。
***
エリカと初対面中のルイとルーベル。
「わー異例の力を持っているというエリカ?ははは。僕はルイだよ。護衛騎士と聞いているだろうけど、監視役さ。色々と君に関する全てが上級貴族に報告されるから問題は起こすなよー。」
「こらっ、ルイ。聖女見習い…すまない。僕はルーベルだ。ルイの話は気にするな、これからよろしく。」
「あはは。よろしくお願いいたします。」
この会話が二人の護衛騎士との初対面だった。
ルーベルは任務をしっかりこなそうとしている感じで、ルイはちょっといい加減な感じだけど、どっちにしろ私にしてみれば2人とも味方ではないと思った。
***
現在。
…ルイさんは図書室に入りたくないようだし、今後ルイさんと一緒の時は図書室でも一人の時間が確保できるわけだ。
本読んでいる時や感想文書いている時にじっーと見られると集中できないし、よかった!
どうせ見張りの聖騎士を付けるなら、治療室の前で護衛をしてくれる顔なじみの二人が良かったのに…。
既に配属されている業務があるからか、それとも顔なじみの二人は平民出身で、監視役の二人はまだ貴族出身だからか?理由は分からないけど、これから不便な生活が続きそうだ。
まぁー。とにかく今は歴史からこの世界に関する情報を集めよう。
「じゃあー後で!」と言い、エリカはルイに手を軽く上げ横に振った後、そそくさと図書室に入った。
「司書さん、エリカと申します。」
「あぁー。君が来たら好きなように見させていいと聞いておる。図書室は指定の席もないので、空いているところに座れば良い。読み終えた本はテーブルの隣にある籠に入れておけ。」
「はい。ありがとうございます!」
かなり年をとったおじいちゃんが、無表情で淡々と説明してくれた。
エリカは歴史関連の本を探し始めた。
広々としている図書室は心配とは裏腹に湿気もなく、本の読みやすい光に包まれている。
これは何かの魔法とか神のご加護とかの類のものなのかしら?
居心地の良い場所だ。
ではさっそくこの本を読んでみるか!
ふむふむ。
なるほど…思った通りファンタジー世界だ。
ぷーっ。何それ!あり得ないだろう?
…でも私も異世界に来たわけだし、この歴史をただの笑い話と思うのは違うのかも知れない!?
【唯一神の創造物である人族、天族、魔族、獣人族を始め、神は色々な生き物を創造した。全ての種族と生き物は男女ペアで作られた。
「私の子供たちよ。子孫を増やし、世界を発展させて行きなさい。自由に生きろ。」と神は言った。
神はこの言葉を最後に地上からいなくなった。人族と獣人族は平地、天族は雲の上、魔族は地下それぞれ気に入った場所に住み始めた。他の種族に比べ、体の弱い人族はすぐに亡くなってしまった。神は彼らを見守っていた、悲しんだ神は新たな人族を作った。
今度はすぐ死なないように特別な力を授けた。その力とは「聖力」である。
神は安心して地上を去って行った。
聖力を持った人族は以前のようにすぐ死ぬことは無くなった。
子を産み、家族を増やし、ここまで繁栄させてきた。
しかし年月が経つに連れ、神から授かった力にも変化が現れた。最初は人族だれしもが持って生まれていた聖力だが、段々聖力を持たずに生まれる子供が増えてきた。ただ聖力を持っている人が聖力を持っていない人を治療すればよかったので、すぐ死ぬ人が増えたりはしなかった。やがて聖力を持って生まれる子供はもっと減っていた。人々は聖力を持っていない人をすぐに助けられるよう神殿を作った。神殿を管理しみんなに滞りなく治療が行われ、安心して暮らせるようにと王室が生まれた。これが神殿と王室の始まりだ。】
要はそこからはあれこれの理由で今のような階級世界になってしまったわけか。
現在各種族の国は大きな島のようになっていてあまり交流がない?
ということは…人族はこの国に暮らす人々のみで、この国を出ても他に人が暮らしている国は無いってこと?それではこの国を出ると地上で出会えるのは獣人族のみってことか?
私がいずれここから逃げても袋の中のネズミってことじゃない?
oh、No~~~神様!!!
あなたは、私のこと嫌いなのですね?どうして私にこんな試練を与えるんですか?
私はただ少しお金を貯めて、家を買って好きな動物と気楽に生きることを希望しているのですよ?
はぁーもういいや。歴史書を報告書に書くわけにもいかないし、聖力関連の本を読むか。
***
「ルイお待たせしました。これ報告書!」
袋の中のネズミであることが分かり、ちょっとイライラしていたエリカが片手で書き留めた報告書を渡した。
「あははは〜やっぱりエリカって私と同類だよね?最初会った時からその目を見て思ったんだ。」
爆笑しながら、同じく片手で受け取ったルイが続けて話した。
「あのさ〜その仮面捨てなよ。自分を取り繕ってしまうと後々面倒だよ。」
「あの…ルイさん何のことだかさっぱりですが、疲れましたので部屋に戻ります。」
「はいはい~結構気の強い子だとは思ったよ。そうでしょ?」
う…うるさいな。気を付けるべきだった。
力のない今はとにかく従順で聞き分けの良い子供を演じた方が後々楽だろうから、もっと気を付けなければならない。
前世で作られたこの人格が簡単に消えるわけじゃあるまいし、困ったね。ルイさんは例外としておいてこれからはもっと気をつけよ。
べらべらと話すルイを軽く無視して自室に戻るエリカだった。