エリカについての話し合い
「エヴァーさん聖女見習いの治療が終わりました。力を使いすぎたようで体調が悪くなったようです。アクトさんが聖女見習いを彼女の部屋まで送ってくれることになり、現在移動中です。」
「あら…アクス聖騎士さん!そうなんですね。やはりこの間の生命力を使った後遺症が残っているのかしら…ちなみに治療が終わった患者はいますか?」
仕事を始めて3時間ほどだったのかしら?まだ午前中だし、時間的に考えると一人目の治療途中で具合が悪くなったのでしょう。エリカは大丈夫かしら…。
「それが…全員です。」
「全員?? 全員といいますと…?」
「本日並んで待っていた34人の患者全員の治療を終えました。」
「えぇぇ???」
「冗談でも嘘でもありません。アクトさんも僕もびっくりしました。 2人目以降の患者を入れる時は体調の確認も行いましたが、問題なく治療に専念していました。しかも聞いたことのないくらいの速さで治療をしていて最短で治療が完了した患者は数秒くらいと予想されます。」
「はぁ…ぃぃい…?」
***
アクスが虚言を言う理由はどう考えても全くない。おそらくアクスの言っている通りだろうと考えつつもエヴァーは自分の目で確認せざるを得なかった。
もし34人全員が問題なく、治療が終わっているのであれば…。
聖女であるミエル様に報告すべきだ。場合によっては上級貴族の中で今後のエリカの扱いについても話し合いが行われるだろう。
タタタッ
本来神殿の中で走ることは禁止されているが、急がないと治療を終えた患者がみんな帰ってしまう。それでは確認ができない無いので、エヴァーは必死に走った。
5歳で神殿入りして神官になってからは走ることが全くなかったので、久々の走りに息が上がって苦しかった。
タタタッ
「はぁーはー。ちょっと…。」
「エヴァーさん?神殿で走るなんて!何か緊急事態ですか?」
治療が終わった患者の帰りに必要な馬車の手配をしていた神官が、息を切らしながら来たエヴァーに声をかけた。息を整えようとしているエヴァーが何を言うのかと深刻そうな表情で静かに待った。
「へスタさん!今朝3区域で治療を受けた方々はもう帰られましたか?」
「え…と…半数以上は歩いて帰ってしまいましたが、十数人は平民街行きの馬車を待っているので、まだ待合室にいます。」
「あ、ありがと…」
言葉を最後まで言える間もなく、エヴァーは急いで待合室に向かった。
へスタは緊急事態では無いのかと一安心し、馬車に乗る人の名簿を書くための準備に戻った。馬車の乗り場から待合室はさほど遠くないので、エヴァーはすぐに到着した。
「みなさん、突然すみません。今日の治療について伺います。治療中に問題はありませんでしたか?体の具合はどうですか?」
「あー3区域の神官様ですよね?今日の聖女様はすごかったです。ぱっーと光を出してはさーっと直してくれました。」
「うんうん。僕は足で治療をして貰いたくて来ましたが、足はもちろん全身に力が沸く感じです!」
「自分は腰の痛みで以前2区域で治療したことがあります。また無理をして痛みが酷くなって治療に来ました。2区域ではもっと時間をかけて治してもらいましたが、3区域の聖女様は治療が早くて助かりました!早速帰って本日からでも仕事ができます。」
3区域で治療を受けていた人々がみんな笑顔で思ったことを言っていると、2区域から治療を終えた1名の人が隣にいる人に「そんなに3区域の聖女見習いさんはすごいのか?」と聞いた。午前中に多くの人数の治療が終わることはあまりなく、待合室にも2区域で治療を受けた人1名以外は全員、3区域で治療を受けた人だった。
治療を受けた人々の話を一人ずつ全員に確認をしていくエヴァーはびっくりしてしまった。体の具合や治療がきちんと終わったのかは一般神官であるエヴァーは本人に聞く以外に確認する方法がない。ただそんなエヴァーの目から見ても一目瞭然だったのは、治療を受けた全員の顔がぴちぴちになったことだった。
生命力がみなぎっている。ここまでの治療をするには相当の聖力が必要なはずだ。
まるで聖女さま級の治療能力でないか!?
…一体エリカに何が起きているの?
エヴァーは自身が確認したことを全てミエル聖女に報告した。
もちろんその報告は神官長にも伝わった。
神官には貴族と平民の2種類がいる。
基本的に細かい仕事は平民の神官が、方針や決定事項を決めるのは貴族の神官の仕事だ。
神官の服は同じ白で統一されているが、貴族は右胸に丸い金のブローチをつけている。
金の模様はそれぞれの貴族の家紋のマークを記していて、上級貴族か下級貴族かすぐ分かるようになっている。金のブローチには家紋以外に上から1/3に別れていて光具合が違う。
1/3の一番上が光沢、その下がマットになっていると上級貴族。
1/3の中間が光沢、その他の上下がマットになっていると中級貴族。
1/3の一番下が光沢、その上がマットになっていると下級貴族。
そして緊急の案件に関する会議に参加できるのは一部の上級貴族のみだ。
いくら聖女見習いの案件であっても、下級貴族出身のミエル聖女の参加は許されない。
現在3区域での上級貴族は神官長を含め3人いる。
・神官長「突然の会議に集まってもらうことになったが、みんな時間は大丈夫か?」
・ブルスタ「神官長、大丈夫です。」
・ウルイス「はい。問題ありません。」
・神官長「それでは聖女見習いエリカについてだが、この間、生命力まで使って治療していて死にかけたという報告のあと、飛躍的に聖力が上がったようだ。本日治療人数34人を約3時間以内に終わらせたという。」
・ブルスタ「なんと?はっ…34人ですか?」
・ウルイス「エリカは生きているのですか?具合は大丈夫ですか?」
・神官長「力の使いすぎか、体調が悪くなり今は部屋で休んでいる。」
・ブルスタ「ははは。これはいい知らせですね。今後はもっと多くの数の人間を治療をさせられるかも知れません。もしくは戦争の治療チームとして派遣も可能ですぞ!聖女は行かせられないから、力の少ない治療チームではいつも人手不足です。」
・神官長「エリカは7歳だ。治療チームの配属はまだ早い。今後エリカのことをもっと細かく報告してもらうつもりだ。聖力が増大した理由を含め、これ以上の力の増加の可能性を調べる必要がある。」
・ウルイス「確かに…その年に入った子供たちの中で聖力が一番多かったエリカは実験には入れ無かったわけで今更実験に加えるのもこれからの増加可能性を潰してしまう結果になるかも知れません。」
今からでも実験材料としてエリカを使いたいと思ったウルイスだったが、話の流れ上、神官長の考えに従うしかないので、あえて口を噤んだ。しかし空気の読めないブルスタはそのまま話を続ける。
・ブルスタ「まぁー。エリカを今更他のチームに配属できないのも残念ですが、今やっている実験材料に使ってもいいと思いますぞ。どうせエリカ位の聖力は5-6年に一度は神殿に入るわけですし…。」
・神官長「エリカはイレギュラーな結果をみせてくれた。今までの実験でもこういった事例はない。しばらくはエリカの成長具合を見守るだけにするが、今後実験に使う可能性も考え、次の聖女見習い候補として孤児院の中で一番聖力を持っている子は残しておくようにしろ。」
・ウルイス「はい。もちろんです。」
・ブルスタ「それではエリカはただ見守るだけですか?監視役はどうしますか?信頼できる人にしないと行けませんね。」
・神官長「自身の生命力を削って聖力を使うと聖力が増加するということは今までなかったことだ。おそらくそれが理由ではない。普段の生活やもしくは特別な体質など他に原因があると考えられる。しばらくエリカのしたいようにさせておけ。監視役はブルスタが信頼できる人間で手配しろ。」
・ブルスタ「はい。任せてください。」
***
上級貴族の会議が終わるまでミエル聖女の部屋で一緒に待っているエヴァーが口を開いた。
「ミエル聖女様、会議はいつ終わるのでしょう。エリカはまだ7歳です。もし戦争に送り出されたり…。」
「エヴァー少し落ち着いてください。」
「はい。すみません。」
エヴァーに落ち着いてと言ったミエルも落ち着かない様子で、唇を噛んだり、指の爪を噛んだりしていた。エヴァーは終始部屋の隅から隅へと歩きまわっていた。
ミエルは突然会議の結果よりも体調の悪いエリカの食事が気になった。
「あの…エヴァーそろそろお昼時間ですが、エリカに食事の用意をしてください。」
「あら、聖女様!会議の結果が気になって、すっかり忘れてました。」
「会議が終われば、こちらから知らせます。」
「ありがとうございます。」
そそくさと歩いて行くエヴァーの背中を見つめるミエルはエリカが無事に聖女見習いの仕事ができるようにと願うばかりだった。