異常な神殿①
ドン!ドンドン!!
「早く開けろ!」
ドンドンドン!!!
「早く開けろ!聞こえないのか?」
ちょうど護衛をしてくれている傭兵は販売店から離れていた。
家の中で怯えながらユージンとユミルが目を合わせた。
怯えているユージンを後にし、ユミルが恐る恐るドアを開けた。
黒いローブで顔まで深くかぶっている大柄の男の人が立っている。
怖かったが、ユミルは勇気をだして声をかけた。
「どなたですか?」
「夜遅くすまない、友人が大怪我をしてしまって急いでいる。外傷の傷薬を2つ…いや3つくれ。」
「こちらです。小銀貨3枚です。」
黒いローブの男はお金を手渡し、治療水の入った瓶を持ってそそくさと去っていく。
やっと安心したユミルとユージンは一息ついてドアを閉めた。
「閉店後に来る人は久々でビビった。へへへ。」
疑いもせず、子供らしく笑うユージンの言葉に「そうだね」と頷いたユミルだが何だか不安だった。ローブを深くかぶり顔を見えなくするのも、初めての客なのに必ず治療水の在庫があると確信したかのように傷薬がほしいと言ったところをみると前からイン・イン水販売店を知っているようだった。知人に聞いたような感じでもないし…
ただ黒いローブの男が危険である証拠もない今、頭の片隅に覚えておく以外できることは何もない。
「傭兵をもう一人雇ったほうがいいのかしら」
タイミング悪く帰ってきた傭兵をみて、やっぱりもう一人雇った方が良いと考えるユミルだった。
***
黒いローブを深くかぶった大柄の男は治療水を革の鞄に入れ、馬に乗り急いで走っていく。たどり着いたのは、神殿から少し離れている場所にある立派な邸宅だった。
神殿の神官として勤めているジョシュア・プロンポンが時々泊まる邸宅で、彼は中級貴族だ。執務室の机に向かって座っているジョシュアは片手を机に置き、人差し指をトントン動かしている。
3区域に来る患者が減り続けている。
これでは3区域での収益がどんどん減ってしまう。
聖女見習いのエリカの治療が結構早いと噂になってから徐々に増えてきたのだが、半年前から急激に減ってしまっているが、一体なぜだ。
「ジョシュアさま、イリです。」
「入れ。」
「以前3区域の患者が減っていることに関する調査をしてまいりました。イン・イン水販売店で販売されている治療水のせいです。今は噂になって他の区域にもじわじわと広がっている状況です。これが販売店で購入してきた傷の治療水です。」
「はっ!治療水?神殿で禁止しているものを平民ふぜいが売っていると?」
こんな不穏な動きを未然に防ぐことができなかったと知られたら、私の立場はどうなる?
しばらく傷の治療水を見つめていたジョシュアは手をかざし確認をした。
聖力を感じたジョシュアがイリに聞いた。
「治療水はどうやって作っているか確認したか?」
「販売店で作っているのではないようです。店主の話だと薬草で作ったそうですが、聖力無しでは作れるはずがないので、ひとまず購入してまいりました。」
「薬草で治療水を作った前例は歴史上何度もあったことだ。しかし外傷は話が違う。薬草で作れるはずがない。もし作れたらそれは奇跡だ。裏に聖力を使える誰かがいるに違いない。神殿に裏切りものか?それとも神殿の目を盗んで神官にならなかった誰かがいるのか?」
神殿では子供が5歳になれば、聖力を検査する。
聖力は 1〜10までランク付けをする。3以下の人は神殿に入らなくてもいい。
それ以上の聖力を持っている子供は平民、貴族関係なく神殿入りが決まる。
平民の子で聖力を持っている子は、必ず神殿の孤児院行きになる。
貴族の子は聖力を持っていてもすぐに神殿に入るわけではない。週に何時間か神殿で勉強をし、神官としての常識を学んでいく。聖力の多さによって違うが、女の子は聖女か神官になるし、男の子は聖騎士か神官になる決まりだ。
平民の子も貴族と同じように進路が決まるのだが、時より平民の女の子は、貴族の子を産ませるだけの為の道具として使われる。これは中級貴族以上なら誰でも知っていることだ。
聖力がゼロ同士で、聖力を持っている子が生まれることはない。
その為、聖力を持っている平民を欲しがる貴族は多い。
「イリ、イン・イン治療水販売店の裏にいる聖力の持ち主を探し出せ!」
「はい。もっと探ってみます。」
はっ!もし神殿に裏切り者がいるとしたら、大ごとだ。私の線でどうにかしないと…
***
まだジョシュアの動きを知らないエリカは気楽に治療水を作りながら、時間のある度にチビカの異空間ポケットからお金を出して数えてニヤニヤと幸せな時間を満喫していた。
「異空間ポケット最高!チビカ~ユミルが買ってくれた串の焼肉も出して~」
たまにユミルに頼んで美味しい食べ物もチビカに運んで貰っているエリカは少しだが、頬がふっくらとしてきて結構可愛らしい姿になってきた。
子供はふっくらとした方が可愛いよね〜と思いながら、パクパク食べるエリカだった。